「年功型」だからこそ誰もが「成功」を夢見てビジネス書に走る
【Vol.3】海老原嗣生「ビジネス書は『栄養ドリンク』。効果は錯覚だ」
2015/4/29
欧米で成功者を目指しているのは一部だけ
自分のビジネスに役立てるため、知識や教養を身につけるため……。人がビジネス書を読む理由はそれぞれだろう。実際のところ、ビジネス書は本当にビジネスの役に立つのか? NewsPicks編集部は読書家として知られる各分野のプロフェッショナルにインタビューを実施。ビジネスへの役立て方、良書、悪書をわけるもの、座右の書などビジネス書について語り尽くしてもらった。
ビジネス書大賞発表。経営者、書店員、ピッカーに支持された作品は?
ビジネス書とは、栄養ドリンクのようなものです。大体1000円くらいで、「効いた気」がする。実は「自然治癒力」で体力が回復しているだけなのに、ドリンクのおかげと錯覚してしまう。だから、買う人が後を絶ちません。
では、なぜ、日本のビジネスパーソンは“自然治癒”するのでしょうか?
それは、「年功社会」のせいです。年功性の崩壊、実力主義……。なんやかんや言っても、今でも、結局、「35歳で係長、40歳で課長」となる人が大半です。
とすると、30代前半だと多くの人はまだヒラです。欧米の一部エリートだともう部長になっていたりするのに「自分は大丈夫か」と多くの人は悩む。だからビジネス書を読みあさる。
ところが、読み続けると同時に年を取り、多くの人は昇進を果たす。だから、「あの時のビジネス書が効いた」と錯覚するのです。それが「栄養ドリンクに似ている」ということなのです。
もう一つ、日本でビジネス書が売れる理由があります。それは、「誰もがエリート」型社会だということ。
欧米だと(正確には欧州と米国では少々異なりますが)、エリートと普通の人は分離しています。アメリカなら、リーダーシッププログラム(LP)で採用される一部の高学歴者が、出世街道を驀進(ばくしん)する。フランスでは、上位グランゼコールを卒業したカードル層が役職者のポストを握っています。
「ヒラ」から出世する人もいないわけではないですが、それとて、30歳には結論が出てしまう世界。だから、30歳過ぎても、うだつの上がらない人は、一生そのままという国柄。日本のように、学歴がそこそこくらいの大量の新卒入社社員が、かなりの確率で課長・部長となれてしまう、生易しい社会とは根本的に異なるのです。
欧米でももちろんジョブズ本は売れていますが、それは日本でいえば坂本竜馬や西郷隆盛などの偉人伝を読んで「すごいなぁ」と感動するためのものです。ところが、30代半ばでも「末は役員に」と多くの人が考える日本では、その本に書いてあることをそしゃくして明日から実践すれば、俺も10年後にはグレートなリーダーになっている、と誤解してしまう。この差があります。
それって、「妖怪ウォッチ」を買ってメダルを集めれば、誰でも妖怪と交信できると考えている子どもたちと同じでしょうね。少なくとも欧米人からはそう見えているはずです。
その子ども向けおもちゃを売りさばくおもちゃメーカーが、アニメやマンガ、映画、テレビ番組、雑誌などを通して、子どもの購買意欲を刺激するのと同様に、ビジネス書の商売も、多角的に30代ビジネスマンの射幸心をあおります。
MBAでもない単なるビジネス教養を教えるサブスクールが全国に校舎を構え、エリート街道ガイドブックのようなビジネス誌が20代向けの分冊を発行し……。そして、極めつけはこんな茶番構造をやゆするはずの識者・評論家までもが、「欧米ならそれが当たり前」というような煽り方までします。コンサル出身の某女性とか、東大出身のもじゃもじゃ頭の学者とか。
長寿健康大国だからドリンク剤が売れ、誰もがエリート社会だからビジネス書が売れるってことですね。
1500円を超えた本に良書なし
すみません、特集の趣旨に反して、ビジネス書批判ばかりしてしまいました(笑)。ここからは少々、編集者の意図をくんで、良きビジネス書とはという話を少ししましょう。
私に言わせれば、特に1500円以上の栄養ドリンク、もとい、ビジネス書は良くない。2000円を超えた日には、まずめったに役に立つ本はない。そう、安くて薄めの本が良いと思っています。
なぜなら、高くて分厚い本は、余計なことがたくさん書いてあるからです。それも、研究書よろしく、理論的な話が結構多くを占めます。しかし、そんな理論の説明は、“うんちくおやじ”として与太話をするとき以外、まったく役に立ちません。
今までに流行った分厚いビジネス本で心に残っているのは、以下の2冊くらいかな。1冊は、C.K.プラハラードの『コア・コンピタンス経営』。
世の中の“偽物秀才”たちは、結局、モノマネをいかにうまくやるか、という技術を磨くだけの仕事をしています。そういうモノマネ秀才向け教科書の極みが、マイケル・ポーターの著作です。良きポジションに逃げ込み、そこで、徹底的に成功した他社を分析して、マネるか、というだけの話です。
そんな創造性の欠片もない世界観に対して、アンチテーゼとなったのが、本書です。企業は企業独自の神秘的な力をもっている。いくらポジショニングで他社に対して有利になっても、結局、そこにしっかりとしたコア・コンピタンスがなければ成功などできない! とポーターに一鉄を食らわせました。
そしてもう1冊がクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』(この本は1500円を超えていますが……)。彼の説く“破壊的イノベーション”には、裏の意味があります。タブレットやスマートフォンなんていうのは、典型的な破壊的イノベーションです。
なぜなら、パソコンから「キーボード」を取っちゃったから。つまり、それ自体は、現在の製品より明らかに「質の低い」ものです。ところが、それをわかりながらも取っ払った。では、なぜそんな製品はそう簡単にはできないのか。
それは、「現在の顧客の声」を重視するからに他なりません。だって、パソコンからキーボード取るよ、なんて言ったら顧客は反対するに決まっていますよね。でも、出したら売れた。
それは、パソコンを持ち運ぶ、という新たな提案で、音楽や読書、ゲーム、SNSなどの非ビジネスユーザーという未開拓顧客がこちらに振り向いたから。そう、クリエイティブな世界は、目の前の顧客を捨てることから始まる。こういう大胆な視点がいい。上記で批判したポーターとは、やはり一線を画します。
ビジネス書を卒業して、自分のオリジナルづくりにまい進せよ
繰り返しになりますが、ビジネス書はドリンク剤と同じで、そうそう効くものではないと思っています。特に、仕事をうまくする術のような仕事本などその典型でしょう。
内容は多かれ少なかれ、大体同じ。はしかのように、ある年代どうしてもそんな本に魅かれてしまうのであれば、良書を1冊徹底的に読み込み、それをそしゃくして完全に自分のものにすることを勧めます。1冊で卒業して、あとは自分の「オリジナルづくり」にまい進するほうが得策です。
自分の持ち味を創るには、自分の頭で考える、自分なりのアンテナを張り巡らすことです。そちらのほうが、ビジネスを生き抜くうえで、よっぽど大切であり、逆にむやみに、類書を読み続けることは時間のムダ。のみならず、必ずやビジネスパーソンとしての成長に危害をもたらすと警告をしておきます。