2023/12/29

AI時代に必要な「社会と学校の繋ぎ方」

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 日本の子どもたちの学力は国際的に見ても比較的高い。OECDが2022年に実施したPISA学力調査によると、15歳時点の日本人の数学的リテラシーは世界5位、科学的リテラシーは世界3位だ。※OECD:経済協力開発機構、PISA:OECDが加盟国の15歳に対して行う世界的な学力調査。
 にもかかわらず、自分に対する自信や自己効力感は先進国の中でもっとも低く、若者たちは自分の将来や社会の先行きに対して強い不安を持っている。
 また、調査から、日本の子どもたちは「学習に主体的に取り組む意欲・態度が低い」という状況が浮き彫りになっている。
「せっかく高い能力を持っていても、自分の将来についてしっかりと考える軸がないと、進路も就職先も主体的に決められません。これは本人にとってばかりか、社会にとっても大きな損失です」
 そう語るのはNTTドコモ はたらく部代表の山本将裕氏だ。
 なぜ今の日本でキャリア教育が必要とされているのか、どうして学校教育では十分なキャリア教育が行われていないのか、理想的なキャリア教育とはどのようなものなのか。
 はたらく部代表の山本将裕氏と前文部科学大臣補佐官で現在東京大学教授の鈴木寛氏に語っていただいた。
山本氏:2010年にNTT東日本に入社。2014年より本社ビジネス開発本部へ異動、2015年よりNTTグループ内組織活性有志活動「O-Den」を組成。2020年独立し、フリーランスでスタートアップのアクセラレーターを実施。現在はNTTドコモに参画し、企業内大学ドコモアカデミー学長に就任。はたらく部を立ち上げ事業推進を実施。2023年ドコモアカデミーがキャリアオーナーシップ経営AWARD2023優秀賞を受賞。はたらく部は、経済産業省「第13回キャリア教育アワード」の優秀賞(大企業の部)を受賞。鈴木氏:通称・すずかん1986年東京大学法学部卒、通産省入省、慶大SFC助教授を経て2001年参議院議員選挙に当選、文部科学副大臣を2期務め「コンクリートから人へ」の予算構造改革を断行。2014年東大教授・慶大教授に同時就任(日本初)。通産省より山口県に出向中に何度も訪れた松下村塾に感銘を受け、学生・社会人を対象とした「すずかんゼミ」を立ち上げ、現在までにIT、医療、教育、中央官庁など様々な分野で活躍の人材を数多く輩出。

子どもにキャリア教育が必要な理由

──キャリア教育への関心が高まってきた背景を教えてください。
山本 子どもたちの自己実現のためと、今後の日本社会を支える人材育成のため、という二つの面があると思います。
 まず、子どもたちの自己実現という面ですが、日本の子どもたちは高い能力を持っているのに、将来に対する不安が極めて高い。
 これは子どもの問題というよりは、大人の側が「君たちにはこういう可能性がある」「こういう職業には、こんなやりがいがある」という将来像を見せてあげられていないことに原因があると思います。
 自分はどんな人になりたいのか、どんな将来を思い描きたいかというイメージトレーニングを抜きに親や周りの価値観で進路を選んでいては、自己肯定感も上がらないですし、自分のキャリアを切り開く人材に育ちません。
 それに企業側から見ても、将来なにがやりたいのかを自ら考えるキャリア意識や、ゼロから事業を起こそうと志し、主体的にプロジェクト推進に取り組むアントレプレナー意識が高い若者を欲しています。
鈴木 これまでの学校教育は、「工業社会で活躍できる人材」の育成に主眼を置いてきました。そのため、授業やテストは教科書の内容のインプットが中心で、上意下達の組織で効率良く働ける人を大量に育てることを優先していました。
 センター試験や大学入学共通テストも、そうした能力を測っています。
 進学先もゼミや研究室も就職先も、学力である程度決まるような社会設計になっていたので、子どもたちの側も「自分は何を実現したいんだろう」などと自問自答し、キャリアについて考える機会が少なかったのです。
山本 ある意味、思考停止していたと言えますね。
 中高生に対して大人たちは「とりあえず有名大学に行っておけば大丈夫」「この企業に就職しておけば安心」というその場しのぎのメッセージしか与えてこなかったのが実態だと思います。
 社会が安定成長を続けている時代だったら、それで良かったのかもしれません。しかし、日本企業の多くが2000年代頃から、それまでの勝ちパターンに頼ることが難しくなり「自分で目標を立てて、実現できる人材」を必要とするようになってきました。
 終身雇用の崩壊や加速度的なAIの進歩によって、一つの職業カテゴリーや大企業が簡単に消えてしまう時代になった今、キャリア教育の必要性が社会的に高まっていると言えるでしょう。
 これからの時代を生きていく子どもたちには、「与えられた仕事を規定通りにこなす力」ではなく、「将来を思い描き、それを実現する方法を構築する力」を身につけさせ、新しい仕事を創り出す力をつけておく必要性が高まっています。
──キャリア教育を受けると、子どもたちはどう変わるのでしょうか。
山本 キャリア教育と聞くと、「年に1回、卒業生が講演に来た」「将来の夢を作文に書いた」といったイメージが強いですが、本来の目的はもっと深いところにあります。
 キャリア教育で必要なのは多様なロールモデルを見せ続けることと、生徒自身がキャリア探索活動(課外活動)をすることです。
 キャリア探索を通じて、さまざまなロールモデルに触れ、ワクワクした瞬間や、憧れる能力、どんな人が実際に働いているのかなど、夢ほど鮮明じゃなくても希望の道筋が可視化されることで、努力が自分事になると思います。
鈴木 目標やそれに向かうための道筋が見えてくると、主体性が生まれますし、自分で自分の人生を切り開こうという自信も生まれてくる。
 学習への積極性も生まれてきます。
 私は2015年から、OECDのFuture of Education and Skills 2030プロジェクトでも、これからの時代を生きる子どもたちに必要なスキルとして、次の3つの能力を提起しています。
 一つ目は新しいバリューを創造する力。二つ目は責任を取る経験。三つ目は対立やジレンマに対処する力です。
 この3つの力は、自分が主体となってプロジェクトを進めることでしか身につきません。
 自分で目標に向けて試行錯誤したり、チームの仲間と板挟みになる経験をしたり、計画を立ててプロジェクトを進めたりする経験が大事です。
 コンテストに応募したけれど落選してしまった、発表会でうまく話せなかった、予算や時間が足りない、そんなピンチに直面して試行錯誤することから、3つの力は身についていくのです。
 京都大学 溝上慎一先生のチームの論文によると、中高生時代に部活、文化祭といったプロジェクトベースの学習をどれくらい経験したかによって、大学進学してから、社会に出てからの能力の伸び方が大きく異なるそうです。
 しかも、こうした能力は大学や社会に出てからでは、取り返すのが難しい。
 中高生時代にこうした能力を身につけずに学力一辺倒の生活を送ってしまうと、「大学合格が人生のピーク」という人になってしまう可能性が高いんです。
山本 企業だけでなく大学なども、中高時代の経験を重視する傾向にあります。大学受験では学力だけで合否を決める一般試験の定員を減らし、総合型選抜の定員を増やす傾向が進んでいます。
 総合型選抜では、高校時代に取り組んだ課外活動やそれを踏まえたキャリアビジョンなどを重視して選考を行います。
 近年は早稲田大学や慶應義塾大学で入学定員の4割程度が総合型選抜に充てられています。
 また、約8割の国立大学が総合型選抜を実施しており、いち早く取り入れた東北大学は「今後、選抜試験を全て総合型選抜にする」と発表しています。
鈴木 企業で必要とする人材、大学が求める人材、高校で学ぶ内容のずれが少しずつ解消されつつあると言えるかもしれません。

なぜ、学校では行われないのか

──どうして、学校教育で十分なキャリア教育は行われないのでしょうか。
山本 さまざまな要因があると思いますが、まずほとんどの学校の先生の余力がありません。外部の社会人を講師として招き、キャリアについての講演会をしてもらうのが限界だと思います。
 しかも普段の仕事ではプロですが、教えるプロではないから魅力の弱い授業になってしまう。
鈴木 私立であれば教員の異動もないので、OB・OGとの繋がりが生まれやすく、さまざまな職業の方に声をかけやすいのですが、公立ではそれも難しい。
 地域や学校の卒業生にどんな人がいるのかを把握している先生は、本当に一握りです。
山本 もっと踏み込んで言うと、キャリア教育の重要性をあまり認識していない学校も多い。KPIが受験実績なので中学・高校側が「大学受験の一般入試で有名大学に合格させるのが、自分たちの役目」とかたく思い込んでいる学校も少なくありません。
鈴木 でも、そういう大人側の思考停止って、子どもたちはかなり見抜いていますよね。実際に高校生に接していると、やっぱり社会や自分たちの取り巻く環境について、かなり解像度が高い良い子が多いなと感じます。
 そういう若者たちには、積極的に学校外の世界を見せてあげた方がいいと思います。

日本に足りない“ナナメの関係”

──職業の情報をネット検索するだけではダメですか。
山本 キャリア教育には、ロールモデルの提示と、双方向的なやり取りが不可欠です。
 私どもの「はたらく部」では、子どもたちにとってロールモデルになるような社会人コーチを学校現場に派遣することや、オンラインで80種類以上のワークショップ、生徒同士のグループワークや社会人との対話を繰り返しながら、キャリア探索行動へつながる取り組みをしています。
 またキャリア教育は、小さな行動が大事です。ちょっと社会のことに興味を持ったから学校で質問してみる、一人で勇気を出してライブに行ってみる、どこかのボランティアに参加してみる、ビジネスコンテストに挑戦してみるといった、社会に飛び出し大人と会話をする越境活動が大事です。
 そのため、はたらく部では子どもたちが社会人コーチとの継続的なコミュニケーションやワークショップでの経験を通じて、生徒たちが興味を持った領域について、越境を支援しています。
 コーチは起業家から、大手企業社員、NPO法人職員、公務員、YouTuberなどさまざまです。パラレルワークをしているなどキャリアオーナーシップを持っていることを条件にしています。
 みなさん、社会人になってから得たキャリアや経験を還元するだけでなく、行動を支援したいという思いで集まっていただいています。
鈴木 子どもたちにとって、憧れの存在ができることは大きいですよね。エンジニアを目指している子が憧れのエンジニアに「数学と物理はちゃんとやっておけよ」と言われるのと、学校の先生や親に言われるのでは、受け止め方が全然違います(苦笑)。
 そういう意味でも、はたらく部のような取り組みが、まさに日本社会に必要とされていると感じますね。
山本 子どもたちの生活圏は、家庭と学校で閉じてしまっているケースが少なくありません。そもそも、8割以上の子どもたちが働くことに対して、ネガティブなイメージを持っています。
 おそらく一番身近な働く人である学校の先生の働く環境が良くないこともあり、そのような印象になってしまっているとも言えます。
 そのため、学校ではやらないようなマーケティング、エンジニアリング、クリエイティブ、プレゼンのやり方、営業の世界、宇宙産業などさまざまなテーマをもとにやってみて楽しいと思えるワークショップを通じて「意外と私できるじゃん」と将来への希望を作っています。
 ワークショップでは、企業の方と協力して、企業課題解決プログラムのようなこともやっています。オンラインの中でも生徒たちがグループでプレゼン資料まで作り発表します。
 1回のセッションは90分で構成され、「社会を知る」「自分を知る」「やってみる」の3つの柱に基づき、毎回さまざまなテーマで体感的に社会や自分、将来についての理解を深めていきます。
 最初は「将来、何をしたいかなんて、何も思い浮かばない」と言っていた子が、回を追うごとに「もっといろいろな仕事のことを知りたい」と考えるようになり、そこから「この仕事に就くにはどうしたらよいだろう」「将来につながりそうなコンテストに応募してみよう」と少しずつキャリアのことを考えるようになっていきます。
鈴木 私がこれまでさまざまな教育現場を見てきて感じたのが、キャリア教育における「斜めの関係」の重要性です。イメージとしては「親戚のおじさん」みたいな、お互いにキレイごとを言わずに済む関係です。
 親戚のおじさんって、お正月などで会ったときに「仕事でこんな苦労をした」とか「これからは英語をやっておけよ」とか「今はこんな技術が出てきて、こんな仕事をしている」なんて、社会や仕事のことをあけすけに語ってくれるじゃないですか。
 そんな相手だと、自分も自分を飾らずに話せますよね。
 キャリアの話って、ワクワクするとか、やりたくないとか、楽しそうといった好き嫌いの部分も絡んでくるし、自分の気持ちに正直に向き合わなくてはなりません。
 そこで自分を出せるために「ナナメの関係」の相手が必要になってくるんです。
 日本の学校教育では「生徒と教師の縦の関係」、「生徒同士の横の関係」がメインで、正論や同調圧力の中で考えるようになってしまう。
山本 はたらく部ではまさに、今おっしゃっていただいたような点を意識しています。学校とも家庭とも違うサードプレイスとして、「斜めの関係」みたいな部分はかなり意識していますね。
 学校でもなく、塾でもない、家庭でもない、「第一線で働く社会人たちが、一緒にキャリアについて考えてくれる部活」を心がけています。
 生徒ひとりひとりのやりたいことに応じて、今後どんな学びや体験を重ねていけばよいか、各種のコンテストや外部プログラムへの挑戦をどう進めていけば良いかといったアドバイスもしていきます。
──現在、どんな利用者の方がいらっしゃるのでしょうか。
山本 全国の国公立、私立中高からお声かけいただき、これまでに4500人以上の中高生に出張授業を行ってきました。また、個人単位での契約の方も増加傾向です。
 最初は「将来の夢が漠然としていて、勉強する理由や大学に行く理由がわからなかった」という子も多いですし、そもそも学外の社会人に対して気後れして喋らない子もいます。
 そんな子たちが、自分の考えを堂々と話したり、自分の意見に基づいて行動できるようになっています。他人と話すことに強い苦手意識を持った子が、1年参加し続けたことで、1000人の前でプレゼンできるようになるまで成長したケースもありました。
 産業も社会もどんどん変わっていくなかで、大人ってそう簡単には変わらないじゃないですか。その点、子どもたちは社会人コーチが与えるちょっとしたきっかけで、社会を見る目も、業界や職業に対する考え方も、自分の人生に対する捉え方も変わってくる。
 社会人コーチだけでなく企業とも連携することで、子どもたちに幅広い業界や仕事の魅力も伝えていきたいですね。
鈴木 日本の子どもたちは可能性の塊です。もっと社会の広さ、職業ごとの楽しさを知ったうえで、幅広い進路から自らのキャリアを描いてほしいと思います。
 そのことが、子どもたちにとっても、社会にとってもプラスになっていくのではないでしょうか。