2023/12/26

【商工中金】スタートアップ「10億円」融資のインパクトとは

NewsPicks Brand Design / Editor
 スタートアップの新たな資金調達手段として、銀行からの借入「デット・ファイナンス」に注目が集まっている。
 ヒト・プロダクト・マーケティングに投資を続け、非連続的成長を目指すスタートアップにとって、定期的な資金の返済義務が生じるデット・ファイナンスは相性が悪いとされてきた。
 ではなぜ資金調達の常識が変わろうとしているのか。またどう活用されているのか。
 デット・ファイナンスを活用している成長株スタートアップLegalOn Technologiesの執行役員CFO、アライアンス責任者大木晃氏。また融資実行をサポートした商工中金スタートアップ支援室吉田充氏に聞いた。
(左)吉田充
2012年、商工中金に入社、営業店にて地場中小企業への渉外業務に従事。2018年より東京支店。スタートアップ新規取引推進に注力し、SaaS、AIを中心に数十社と取引開始。2021年よりソリューション事業部にてストラクチャードファイナンス、スタートアップサポート業務に従事し、2022年10月よりスタートアップ支援室の設置にあわせて現職。

(右)大木晃
東京大学経済学部卒、University of Texas at Austin (MBA)修了。野村證券投資銀行部門において、グローバルIPO等の株式引受業務やM&Aアドバイザリー業務に従事。2021年5月LegalForce(現LegalOn Technologies)入社、2022年4月より執行役員就任。

“できれば”デットも活用したい

──LegalOn Technologiesは2017年に創業し、提供するリーガルテックサービスのユーザー企業が延べ4,000社を超えるほど急成長を続けています。これまでどんな資金調達を行ってきましたか。
大木 創業以来、シード期も含めて5度のエクイティファイナンスを行い、累計調達額は179億円に上っています。
 エクイティに限らず、2021年のシリーズCの際には約3億円、シリーズCとDの間には15億円のデット・ファイナンスも行いました。
──スタートアップといえばエクイティの調達が中心ですが、なぜシリーズCの2021年にデットを活用したのですか。
大木 エクイティの調達のみでは、株式の希薄化、つまりダイリューションが懸念されます。
 成長投資として返済義務のないエクイティを資金調達の軸にしつつ、ダイリューションを抑制する。
 その上で、さらに調達額を最大化するために、デットを組み合わせたいと考えました。
 シリーズCの頃には弊社の事業も一定規模まで拡大し、デットが選択肢に入るようになったことも活用の背景の一つです。
──シリーズCの以前に、なぜ選択肢に入らなかったのでしょうか。
大木 大胆に投資を行って成長することで投資家にリターンを返すエクイティと異なり、デットは事業安定性が求められます。
 貸し手に対して安定的に利息を支払い、最終的には借入金額を返済するキャッシュフローの創出を証明する必要があります。
 このようなデットの特性もあり、成長優先で大きく先行投資を行っていた事業フェーズでは、足元のマイナスの損失を受け入れ、将来的な成長を待ってくれるエクイティによる調達が適していたんです。
──シリーズDを目前にして、商工中金からデットで総額10億円を調達しています。シリーズCと同様にダイリューションの抑制が目的だったのでしょうか。
大木 ダイリューションの抑制はもちろんですが、それ以外にも二つ目的があります。
 一つは事業をさらに拡大してエクイティ調達に弾みをつけること。もう一つは財務的・精神的余裕を持ってエクイティ調達に取り組めるようにするためです。
 弊社の事業成長の速度を鑑みると、デットの借入資金を活用しエクイティ調達のタイミングを遅らせられれば、バリュエーション(企業価値)が高まると仮定していました。
 バリュエーションの議論の“発射台”となるのは事業規模です。これを拡大できれば、エクイティ調達時にもポジティブに作用します。
 また、ラウンド前に資金的余裕を持てれば、腰を据えて資金調達交渉に臨めます。財務的余裕がない状況だと、どうしても交渉時に精神的に焦りが出てしまうこともあります。

10億円融資のいきさつ

──借入先を検討していた中で、どう商工中金と出会ったのですか。
大木 2021年6月に弊社株主から紹介いただきました。全国の中小企業向けに融資を行う商工中金が“スタートアップ向け融資”に積極的なのを知らず、恥ずかしながら驚いたことを覚えています。
吉田 そうでしたね(笑)。こちら側はお会いする前から画期的なサービスを開発されているスタートアップとして、御社に注目していました。
 はじめてお会いしたとき、シリーズCの調達にとどまらず、次回のシリーズDでより大きな調達を目指しているとお聞きして、ぜひサポートをしたいと考えていました。
 その後、調達の実現に向けて打ち合わせを重ね、最終的には総額10億円の融資を実行した日を昨日のことのように覚えています。
大木 シリーズDがクローズしたのが2022年の6月で、商工中金から融資を受けたのが2021年の12月。当社の目的とタイミングが合致していたので、非常にありがたかったです。
──スタートアップへのデットで、10億円は多額です。どんな過程を経たのでしょうか?
吉田 当初は新株予約権付融資、いわゆるベンチャーデットの提案も選択肢にありました。ベンチャーデットであれば将来のキャピタルゲイン(株価上昇期待)が期待できます。
 ただエクイティ性がありダイリューションが生じ得るため避けたいとの意向を受けました。
 こちらもLegalOn Technologiesの成長曲線が順調に推移していることは、ある程度把握していました。
 そのため、事業の成長性をさらに深掘りし、融資額をどの程度にし、どの程度の金利を得られれば、ビジネスとして成り立つのか検証していきましたね。
──具体的に事業の成長性をどう検証しましたか。
吉田 一般的な融資審査よりも深いレベルで、定性要素と定量要素を織り交ぜながら検証しました。
 定性要素として経営者の人柄、メンバーの経歴やケイパビリティについて調べるといった基本的なこと。
 さらに開発担当者や、VCなどの株主、ユーザーにヒアリングを行い、競合他社に対する競争力・優位性の洗い出しをしました。
 また定量要素については、財務状況の確認はもちろん、上場しているSaaS企業との成長曲線の比較や、既に取引しているスタートアップとの比較を行い、返済確実性を固めていきました。
 調査レポートは何十ページにわたりました。その結果、ベンチャーデットではなくピュアなデットでも問題ないと考えました。
 その上で、議論になったのが、返済期間と返済方法をどうするかです。
──返済期間と返済方法はなぜ重要なのですか?
大木 スタートアップは、採用、プロダクト開発、マーケティングなどに大胆に投資を行います。事業で創出されたキャッシュも基本的に再投資に回すことがほとんどです。
 成長と利益のバランスを意識して効率的に投資を行っていますが、借入期間が短期間だと返済を意識せざるを得ないため、事業成長の資金として活用しづらい側面があります。
吉田 こちらもその点は重々理解していたので、どこまでリスクテイクできるか、審査部門と協議を重ねました。
 その結果、総額10億円の契約ながら、まずは5億円の融資を実施。
 その後、お互いに合意したKPIを達成すれば、さらに5億円融資し、期中の返済は設定せず、期日に一括返済いただく形をとりました。
──企業によって融資内容をカスタマイズすることが商工中金の強みなのでしょうか。
吉田 まさに事業性や資金計画に応じて、個社ごとに融資条件を細かく設定しています。
 総額を一気に貸付するのではなく、LegalOn Technologiesのように複数回に分けKPIなどを設定し融資するなど、柔軟に対応しています。
 また金利についても、企業の信用力のみならず、貸出期間や返済方法、貸出スキームなどを考慮しつつ、適切なプライシングを心掛けています。
 スタートアップといえど、SaaS、AI、ディープテックなどビジネスモデルは様々です。
 そのため、スタートアップの事業性を評価する際は、あまり型化せず柔軟性を持たせるのがポイントだと考えています。
 融資先のスタートアップが事業に集中し、成長を加速できるよう、可能な限り長い融資期間にチャレンジすることは商工中金のこだわりです。

ネットワークを活用した、融資に限らないサポート

──融資が実行され、現在はKPIのモニタリングなどのやりとりをされているのでしょうか。
大木 もちろん定期報告は行っていますが、それだけではありません。商工中金の顧客ネットワークを活用させていただき、当社製品に興味のあるお客さまをマッチングしていただいています。
吉田 そうですね。先日は融資のお話ではなく、ビジネスマッチングの戦略立案のために商談をさせていただいています。
 我々は中小企業を中心に全国に約75,000社の顧客基盤を持っています。そして800人以上の営業スタッフがお客さまの事業課題に日々耳を傾けています。
 お客さまの、事業課題の解決にスタートアップのサービスが効果的であれば、積極的に紹介しています。
──既存の取引先とスタートアップ企業のサービスはマッチするものですか?
吉田 我々のお客さまの多くは中小企業です。DXも道半ばですし、様々な経営課題があります。
 例えば、LegalOn Technologiesの「LegalForce キャビネ」は契約書の管理をクラウド上で一元管理できるサービスですが、中小企業には、専任の法務担当がいる企業は多くありません。
 ただ契約書はどんな企業でも取り扱いますし、厳格に管理したり、簡単にアクセスできたりする必要があります。
 専任の人材を割けない企業ほど管理が煩雑になり、契約書へのアクセスも困難になっている。まさに、「LegalForceキャビネ」のニーズがあるんです。
大木 全国の中小企業に弊社のサービスを周知していただけるのは貴重な機会です。
 都内で創業すると、やはり首都圏以外への認知度はなかなか上がりません。デジタルマーケティングを行っても、そもそもデジタル広告に触れる機会が少ないお客さまも一定数いらっしゃいます。
 かといって、全国に幅広く自社で拠点を設置することは、コストも時間もかかるためなかなか現実的ではありません。
 全国にネットワークを持つ商工中金に、課題が顕在化しているお客さまをご紹介いただけることは、事業面でも大きなインパクトがあります。融資を受けるだけではなく、事業成長のためのパートナーともいえます。
──ビジネスマッチングを行うことで商工中金にどんなメリットがあるのでしょうか。
吉田 既存のお客さまの課題解決につながるため、お客さまからも喜ばれ、関係が深まります。
 またビジネスマッチングをきっかけにお客さまの事業が成長すれば、新たな投資機会、新たな融資につながることもありますね。
 商工中金としてはあくまでもフラットな視点で、融資先の課題に合うサービスを提案しています。複数の同業他社の類似サービスを提案し、融資先に選んでいただく場合もあります。
 それでもスタートアップにとっては新たな販路の開拓になります。
 地方の中小企業にサービスを知られていないことが課題のスタートアップは多いため、事業成長に貢献できていると信じています。
 中小企業、スタートアップ、商工中金の三方よしになれば良いと考えています。

苦しい時期からの信用を糧に

──成長過程のスタートアップにデットでのサポートや、ビジネスマッチングを行う。スタートアップからの信頼が高まれば、将来にわたって商工中金が資金の借入先として選ばれる。その布石という側面もありますか。
吉田 そうですね。既に成熟し、安定的に黒字経営をしている企業に対して融資を行える金融機関は多々あります。
 しかし、たとえ上場後であっても、戦略投資やM&A、海外展開などの事業性が読みづらい資金が必要になることもある。
 その際に、赤字の時に成長資金を融資し、成長ステージでの苦労を共にしながら築いた関係から商工中金に声をかけていただければ嬉しいですね。
大木 融資を受ける側であるスタートアップとしても、未上場の段階から信頼関係を築いて支援していただくことはメリットです。
 継続的にコミュニケーションを取らせていただくことで、将来取り得るファイナンスの選択肢の拡大にもつながります。
吉田 ありがとうございます。我々は「将来の日本経済を牽引する企業をサポートする」という指針を掲げています。
 信用は長期間にわたって築かれます。一番成長が必要で、資金繰りが苦しいスタートアップの時代から、日本経済を牽引する企業になるまで伴走したいという想いがあります。
 スタートアップの時代に融資をしたからといってその後も、必ず選ばれるわけではありません。
 ただ、こちらの片想いで終わらないよう今後もスタートアップとの信頼関係を深めながら、どう伴走できるのか商工中金の在り方をアップデートしていくつもりです。