2023/12/18
銀行が埋める、スタートアップ融資の「空白地」
商工中金 | NewsPicks Brand Design
不安定な社会情勢の煽りを受け世界的に金利が上昇。スタートアップへの投資に陰りが出て「冬の時代」といわれている。
この状況下で、資金調達の選択肢として注目されているのが銀行からの借り入れである「デット・ファイナンス」だ。
従来、スタートアップと相性が良くないとされていたデット・ファイナンスだが、その風向きが変わりつつある。
例えば、全国の中小企業への融資を通じて地域経済を支えてきた商工中金は、5年間で累計600億円ものスタートアップ融資を実現している。
では、なぜいまデット・ファイナンスがスタートアップから注目されているのか。また中小企業金融に向き合ってきた商工中金が、なぜスタートアップ融資を推進できるのか。商工中金 スタートアップ支援室の髙橋幸一氏に聞いた。
この状況下で、資金調達の選択肢として注目されているのが銀行からの借り入れである「デット・ファイナンス」だ。
従来、スタートアップと相性が良くないとされていたデット・ファイナンスだが、その風向きが変わりつつある。
例えば、全国の中小企業への融資を通じて地域経済を支えてきた商工中金は、5年間で累計600億円ものスタートアップ融資を実現している。
では、なぜいまデット・ファイナンスがスタートアップから注目されているのか。また中小企業金融に向き合ってきた商工中金が、なぜスタートアップ融資を推進できるのか。商工中金 スタートアップ支援室の髙橋幸一氏に聞いた。
デット・ファイナンスが注目される2つの理由
──これまでスタートアップの資金調達手段といえば、調達する資金に対して株式を発行するエクイティ・ファイナンスが中心でした。なぜデット・ファイナンスが注目されているのですか。
髙橋 エクイティがスタートアップの調達手段の中心であることに変わりはありません。ただエクイティにはないメリットが、デット・ファイナンスにはあります。
スタートアップ「冬の時代」と言われ調達環境が厳しくなる中、これを有効活用すれば、資金調達に新たな幅を持たせることができるため注目されています。
──どんなメリットがあるのですか。
主なメリットは二つ。一つは代表的なメリットである株式の希薄化、つまりダイリューションがないこと。
新株を発行すると、既存の株主の持ち株比率が低下します。経営者の持分が希薄化することで、意志決定権が薄まってしまったり、既存の株主の1株あたりの価値が低下してしまったりする可能性があります。
今は赤字でも、スピード感をもって成長し、企業価値を何十倍にも高めるのがスタートアップのスタンスです。経営者の意思決定のスピードが落ちるのは痛手です。
二つ目は調達コストがエクイティに比べて低い点。
エクイティで資金調達をすると、投資家からは高いキャピタルゲイン(株価上昇期待)を求められ、配当を含めた「資本コスト」が膨らみます。
デット・ファイナンスは、このコストがかかりませんし、グローバルと比べれば日本はまだまだ金利が低く借りやすい。
また、IPO(上場)間近のレイターステージになると、既に株式価値が相当高くなっているケースもあります。
つまり、IPO時に期待できるキャピタルゲインが限定的になりやすい。投資家にあまり利益にならないと判断され、思うようにエクイティが集まらないこともあります。
そのため、最適な資本構成を実現するためにも、デット・ファイナンスの活用は不可欠といえます。
──不可欠なのであれば、なぜ、近年になって盛り上がっているのですか。
スタートアップと銀行の双方において、対話ができる組織体制が整ったことが、この盛り上がりを支える大きな要因です。
現在のスタートアップには名だたるCOOやCFOが在籍し、盤石な経営体制を備えるケースが増えています。経営者のビジョンをどう実現するか、綿密な事業戦略・財務戦略が練られています。
一方、銀行はというと、私が銀行業に携わってきた25年間で、ベンチャーブームは何度かありましたが、少なくとも商工中金では専門組織は設置されていませんでした。
銀行は金利をつけて貸し出し、期日内に確実な返済を求めるビジネスモデルです。
成長を続けているスタートアップでも、赤字であることがほとんど。財務戦略の設計が甘いと、銀行の審査基準からするとリスクが大きく、今まではあまり融資できていませんでした。
──具体的にどう変わったのでしょうか。
これまでとはリスクシナリオの設計が大きく異なっています。
攻めたいマーケットにニーズがなかった、競合に先を越されたなど、様々なリスク要因に対して事業計画がどれだけ耐えうるのか。
さらに、そこに対するコンチプラン(緊急事態や予想外の事態が起こった際に、企業に生じる被害を最小限に抑えるための計画)があるかを銀行は審査します。
これまではコンチプランの提出を求めても「そんな後ろ向きなことは考えてない」と提出されないこともありました。
しかし、今は、こちらがお願いするまでもなく、幾つものコンチプランが用意されています。
スタートアップ側の変化もあり、事業性を評価しやすくなったため、デット・ファイナンスが広がりを見せています。
「空白地」を埋めていく
──大企業や中堅企業ではなくスタートアップに銀行が融資するメリットはどこにあるのでしょうか?
これまで融資が進んでいなかった市場のため、多くのビジネスチャンスがあります。
銀行の審査を経て事業性が高いと判断できれば、大きな金額を長く融資することも可能です。
また早い段階からサポートを行い、スタートアップの成長に沿って長くお付き合いさせていただくことができるのもメリットと言えます。
──商工中金は5年で累計600億円と多額のスタートアップ融資を行っています。なぜ実現できたのでしょうか。
スタートアップへのデット・ファイナンスを行う銀行は徐々に増えています。ただ、融資の空白地が生まれていると我々は考えています。
先ほど、審査が通れば、長い期間で多額の融資ができると言いましたが、実はまだまだローリスク・ローリターンのデット・ファイナンスが多い。
投資家からはハイリスク・ハイリターンで調達できている。健全に経営ができているものの銀行からは多額の融資を受けられないスタートアップが山ほどいる。これが空白地です。
商工中金は、このミドルリスク・ミドルリターンのゾーンに注力し、この空白地を埋めています。
──空白地とはどのような企業を指すのでしょうか。
業種・業態問わず様々な企業が当てはまりますが、一例を挙げるなら、シードやアーリーのディープテックなど。こうした業態は、研究や設備投資などの初期コストが莫大にかかります。
さらに、研究技術をメーカーに売れるレベルまで実用的にしたり、モノを作って販売したりと収益を上げ始めるまでの期間も長くなります。
このような、返済の見込みを評価しづらく、キャッシュフローが生まれるまでに長期間を要する企業へのデット・ファイナンスは、まだまだ担い手が限られていますが、我々は積極的にチャレンジしています。
実際、スタートアップへのデット・ファイナンスの皮切りとして、4年半前に、落合陽一さん率いるディープテック企業、ピクシーダストテクノロジーズへ10億円、期間5年の一括返済で融資を実行しています。
──多額でかつ長期の融資をどう実現させたのですか。
できる限りリスクをミニマイズするため、1社1社契約条件を詳細にカスタマイズしています。
実際、10億円を5年後一括返済する条件で融資したとしても、融資を受けた企業が一気に10億円を使うとは限らない。であれば、5年の間に何回かに分割して融資をすると定める。
そしてこれが達成できたら追加融資をするとKPIを決めています。
KPIが達成できていなければ、リスクシナリオに基づいて融資を抑えるなど企業ごとに条件の調整を行っています。
その上で、リスクに見合った金利をしっかりいただく。ミドルリスクを取る代わりに、ミドルリターンをもらうことを心掛けています。
少し金利が高くても、エクイティで調達するよりコストが抑えられ、多額の成長資金を借りることができます。
ここにまさにニーズがあると考え実行してきた結果が、累計600億円の融資額だと考えています。
ミドルリスクをどう勝ち取ったか
──ミドルリスク・ミドルリターンを取るにあたり、社内で反対意見はなかったのでしょうか。
ここは散々議論しました(笑)。ただ、例えば、5年かけて黒字化を目指しているスタートアップに、期間1年の融資をしても成長資金として活用できません。
スタートアップが、赤字となっている理由は製品力の強化、採用、マーケティングなどに大きく投資し、高い成長性を維持するためです。
それなのに、借りたお金をただ返すだけとなるような期間設定や返済条件は本質的ではありません。
我々が、ピクシーダストテクノロジーズへ融資した際も、期間5年の一括返済じゃないとダメだと、もうこの条件でイエスかノーしかないと審査セクションに直談判しました。
その上でどうすれば実現可能か、何度もプランを練り直しました。審査セクションへの説得材料を得るため、投資家や有識者、エンドユーザーへのヒアリングも行いながら交渉を重ねました。
こうしてケーススタディを積み上げた結果、今では、審査セクションとも我々はミドルリスクを取れるという認識を共有できています。
担保や保証ありきじゃない。「事業性」を評価した融資を
──スタートアップへのデット・ファイナンスが商工中金の事業の中心ではありません。スタートアップを評価するケイパビリティをどこで得たのでしょうか?
以前から国の政策として、担保や保証に依存しない融資を増やす方針が出ていました。
そのため、プロダクトの強みやマーケットの成長など、事業の本質を徹底的に分析する「事業性評価」を商工中金は先駆的にやり続けていたんです。
中小企業への事業性評価のノウハウは商工中金の特筆すべき強みの一つだと考えています。
──なぜ先駆的に重視できていたんですか?
商工中金は、元々、政府と中小企業組合が共同出資する中小企業専門の金融機関として設立されました。
リーマンショックや東日本大震災といった危機時に「危機対応業務」を行うなど、セーフティネット機能を発揮してきました。
しかしながら、2016年に、危機対応業務において必要書類を改ざんするなどの不正行為が判明。監督官庁より業務改善命令を受け、解体的出直しを図る中で、改めて我々の存在意義を見つめ直しました。
その結果「企業を支えていく」という我々の原点に立ち返りました。
中小企業の事業性評価を突き詰め、経営状況が悪化するリスクを防ぐ、さらに事業成長の応援役となれるような戦略を策定しました。
資金ニーズがある企業に融資し、継続的に事業成長してもらいながらどう返済してもらうか。様々なスキームを組み中小企業と向き合い直しました。
その過程で、中小企業を深く理解してサポートすることと、スタートアップの成長性や競争力を検証しそこにベットすることは、本質的になんら変わらないのではないかと気付き、スタートアップへのデット・ファイナンスを重点施策に定めています。
独自路線を貫き続ける
──大きな反省があった分、独自路線を早くから築けたのですね。
はい。また、メガバンクなどに比べれば我々の資本力は低い。
ならば限られた資本を、他の金融機関でも対応可能な領域ではなく、我々にしかできない領域にこそ使うべきだと考えています。
他行が貸しにくい企業を応援することは、セーフティネットの役割を果たしてきた商工中金ならではのこだわりです。融資対象がスタートアップになっても、この想いは変わりません。
──今後スタートアップへのデット・ファイナンスをどう推進していくつもりですか?
この数年間、スタートアップへの融資をする中で、VCとのネットワークが深まりました。
VCからスタートアップをご紹介いただくケースも飛躍的に増えています。このエコシステムを強化することへ、よりコミットしていきます。
例えば、2023年11月から麻布台ヒルズの「Tokyo Venture Capital Hub」に参画させていただいています。デット・ファイナンスのサプライヤーとしての存在感を強めていくつもりです。
また一方で、地域金融機関との連携も強化していきます。地域金融機関の課題は、地元のスタートアップを支えたいものの、そもそも接点が少なく、ノウハウが積み上がらないこと。
地域金融機関に対して勉強会を開く、つながりのある金融機関を複数呼んでシンジケートローンを組成するなどの連携を行っています。
スタートアップへのデット・ファイナンスの注目度は上がっていますが、まだまだプレーヤーは手薄です。
マーケット全体を盛り上げるため、多くのパートナーと連携し、より広くより深く、スタートアップをサポートしていきたいと考えています。
執筆:シンドウサクラ
撮影:大橋友樹
デザイン:Seisakujo inc.
取材・編集:山口多門
撮影:大橋友樹
デザイン:Seisakujo inc.
取材・編集:山口多門
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