2023/12/7

【磯田道史】AIにはできない“妄想”が社会を切り拓くヒントになる

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JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」。

NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

大好評だった昨年につづいて、今年は全7回(予定)の配信を通し、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

磯田道史×波頭亮 歴史家の目から見る2023年の世界と日本

今回のRethinkのゲストは、歴史家の磯田道史氏。磯田氏の視点では、2023年とはどのような1年だったのか? 昨年の放送に引き続き、この1年間を振り返りながら考察します。モデレーターは経営コンサルタントの波頭亮さんです。

ロシア・ウクライナ戦争は今後どうなる?

波頭 昨年はコロナ禍中に収録して、「なかなか明るい兆候が見えてこないですね」なんて話しましたね。一転して今年はロシアとウクライナの戦争が収束する前に、イスラエルとパレスチナの問題が起きるなど、世界は荒れに荒れています。歴史家である磯田さんにとって、2023年はどのような1年でしたか?
磯田 世界的な情勢について、印象的だったことが大きく2つあります。1つはロシアとウクライナの戦争が2年目に入ったことで、中国・ロシア・北朝鮮ブロックが出来上がり、それへの対抗軸がいっそう明確になったという国際社会の姿。
 そしてもう1つが、AIなど新しい技術が様々に登場し、我々がこれからどのような社会を生きていかなければいけないのか、垣間見え始めたことです。
 一方、国内政治に目をやれば、これまで非常に強い存在だった自民党の支持率が落ち、ここ数年の台風の目であった維新の勢いも陰り、新たな大衆型の保守政党が増えてきています。だからといってリベラルが力を持っているわけでもないというのが、この1年の政局の流れでしたよね。
波頭 なるほど、そうですね。まずは、ロシア・ウクライナの戦争が収束しなかったこと、これに尽きます。ドイツへのノルドストリーム(ロシア・ドイツ間の天然ガスのパイプライン)が破壊されたのは、実はロシアではなくウクライナが関与していたという情報が出るなど、新しい局面に入った印象はありますが、この問題は今後どうなるでしょうか。
磯田 どうやら決着がつかないのではないかという思いが、当事者の双方、そして国際社会に芽生えつつある気がします。歴史的に見ると、これは戦争が終わる数年前によくある兆候なんですよ。
 第一次大戦も第二次大戦も4年ほど続きましたが、最初はどちらも圧勝できると思っていたものが、やがて中盤の前期あたりになると、いずれかが決定的な勝利を収めるのは難しいと認識し始めます。今まさに、その段階にあると私は見ています。
 その後、双方ともに資源を使い果たし、その後も決定的な勝利の要因がないと思い始めたところで、交渉が始まるわけです。ただし、その交渉がまとまるのに半年から1年を要するので、収束にはもう少し時間が必要だと思います。
波頭 これまで西側諸国は結束して、すべてロシアが悪いのだという立場で一致していたものが、少しずつその体制が崩れつつあるようにも見えます。アメリカだけがおいしい思いをしているのではないか、と。
 ドイツなどは生活が困窮するレベルで経済が破壊されているわけですし、イギリスやフランスもインフラ面で困っています。その意味からもやはり、この1~2年がポイントになるのでしょうね。

信仰があるかぎり続く宗教戦争

波頭 もう一つ、ぜひ磯田さんにお聞きしたかったのが、イスラエルとパレスチナの問題です。
磯田 これはなかなか軽々と論じられる問題ではないのですが、第一次大戦や第二次大戦と違って宗教戦争は、非常に長い戦いになりがちです。実際にヨーロッパでは100年続く戦争が起きていて、信仰があるかぎり続いていくものと言っても過言ではありません。
 個人的には、神・国・金に対してどこまで本気になれるかというのは、地域や育ち方によって差があると思っています。かつて人類がアフリカを出て世界に拡散する際には、“向こうの大陸へ渡れば、より良い環境が待っている”という、架空のストーリーを信じて動いた人たちがいました。
 いわば、神の啓示というものを絶対的に信じ、命を賭けられる変異のようなものがそこで起きたわけで、これが宗教戦争の根幹にあるのではないでしょうか。
波頭 宗教的に絶対神を持つ国というのは、戦争になると強いですしね。そういう者同士が戦えば、殲滅戦になってしまうのも当然かもしれません。
磯田 そうですね。ただ、中世くらいまで遡れば、複数の絶対神が受け入れられていた時代があるので、誰かが知恵を出して、どうにかぶつからないように調整することが、21世紀半ば以降の地球においては大切だと思います。
 その意味では、日本の八百万の神を祀る文化というのは、もっと研究されていい気がします。共存という点において、非常に重要な考え方ですから。
波頭 おっしゃる通りだと思います。日本の八百万の神の信仰をはじめ、自然の多様性を尊重するアニミズムベースの宗教は共存と平和の宗教だと言えるかもしれませんね。宗教的にはプリミティブだと評価されてきたアニミズム型の多神教はこれからの人類を救う宗教なのかもしれない。

200年続いた社会がAIで崩壊する!?

波頭 テクノロジーについても、ぜひお聞きしたいです。今年はとにかくChatGPTが社会を席巻しましたが、AIがこれから世の中を大きく変えていきそうな気配がありますよね。
磯田 これについては、我々は早めに準備をしておかなければならないと感じています。最近では文学やアートの分野においても、AIはかなり高度な仕事ができることがわかってきました。20年前から言われてきた、コンピューターがブルーワーカーの仕事を奪うという仮説はむしろ逆で、ホワイトワーカーの仕事が奪われつつあります。
波頭 確かに、知識職業と見なされている高給取りの職種のほうが、AIに取って代わられやすいでしょうね。産業革命の時に50年かけて起きた世の中の変化を、AIはものの10年程度で起こしてしまう可能性があると私は思います。
磯田 そうなんです。日本の歴史を2000年スパンで見ている立場からすると、この200年間に構築されたものが、間もなく崩壊するのではないかと感じています。というのも、1800年頃、松平定信の時代に日本が学歴社会になり始める最初のきっかけが生まれました。社会の中で高待遇を得るなら、医者や法律家になるのが一番で、学を持たなければならないと一部の人が気づき始めたのがこの時代なんです。
 そして明治維新で身分制から身分レッテルに変わり、そこから人に学歴ラベルを貼る時代に入ります。東京帝国大学を出ている人、陸軍士官学校を出ている人は、他人に命令をしてもいい立場で、高い給料を与えていい人物なのだと。
 200年経った今もまだ、我々はそのシステムの中にいますよね。だから賢く見せるために、勉強を頑張っているわけですが、これがAIの時代にも通用するかというと、甚だ疑問なんですよ。
波頭 同感です。医療でも法律でも知識や論理的推論といった頭脳の賢さを価値の源泉にした仕事では人間がAIに優ることは難しい。
磯田 医師が聴診器をあてて病気を見つけようとするよりも、電極のついたスーツを身につけてAIが診断する方が正確でしょう。法律家の場合はなおさらで、裁判所に提出された書類や音源から、量刑相場と照らし合わせて判決を出すなんて、AIなら一瞬ですから。もしかすると裁判自体が不要になるかもしれません。そうなるとわざわざ大学へ行く目的は何だろうかということになるんですよね。
波頭 そうなると、優秀・有能な人材の要件も変わってくるはずですが、そこで重視されることは何でしょうか。
磯田 経済的には、生産手段や土地を持っている人が有利になるのではないでしょうか。AIは物や土地、建物を所有することはできませんから。所有することが経済行為として重要性が高まると考えています。
 例えば私のような学者が何かコメントするよりも、AIの方が的確なコメントを出せるかもしれません。そうなるとこれまで何十年も古文書を読んできたキャリアは無意味になります。その一方で都内に大きな土地を持っている人のほうが家賃収入などで稼げるわけです。果たして、そんな時代に人はわざわざ勉強をするのかという疑問があります。
波頭 生産財の所有者になることで、AIと勝負する土俵を分けることができるという話ですね。とは言え、人に残された道は生産財の所有しか手段が無いというのではいかにも寂しい。
 人間ならではの活動として、感情・情動の能力があると思います。人の共感を得たり、信頼を獲得したり、人を喜ばせたりといった人の感情に働きかける能力は人間ならではだと思います。こうした力を高めていくことがこれからのスキル形成になるはずです。
 ご飯を食べるにしてもただ食べるのではなく、磯田さんと一緒に食べるから楽しいし、より美味しいといった感情があるわけです。
磯田 そう思ってくれる人がいればいいですが(笑)。おっしゃる通りで、「あの人といると楽しい」と思わせる、えも言われぬ魅力というのは、AI時代の突破口になるかもしれません。

AIに置き換えられない人を育てる教育のあり方

波頭 では、政治経済の現状についてはいかがでしょう。これから日本を良くしていくためには何が必要で、どう動くべきだとお考えですか。
磯田 今年の重要なポイントは、円安もあってGDPが2位から3位に落ちた日本が、さらに4位にまで落ちるのは確実だということです。何やら中進国らしくなってきましたが、歴史家の視点で言うと、これはさほど驚かない現実なんです。
 なぜなら、GKドル(各年の各国通貨を購買力平価と地価変動率を用いて90年の共通ドルに換算したもの)で比べると、古代の日本はそもそもずっと世界最貧国だったからです。
 ちなみに実は、先ほど挙げた1800年頃というのは、日本が一人あたりGDPで東アジア諸国のトップだった時代でもあります。この頃は朝鮮や中国を寄せ付けない力を日本は持っていて、金銀を掘ってどんどん輸出してもいました。それがここ10年で各国に抜かれてしまいましたが、歴史は繰り返すものなので、特に意外なことではないんです。
波頭 実質実効為替レートという物価の変動を含んだ経済指標で見ると現在の円の強さは50年前と同じ水準です。つまり1ドル=360円時代。明らかに先進国グループとは言えません。ではそこで何か手を打てることがあるとすれば……。
磯田 変えるとすれば教育のあり方でしょうね。極端な例え話になりますが、世界に様々な国がある中で、「自分はこの国についてとことん勉強しよう」、「私はこの国の知識は誰にも負けない」という人が大勢いるような教育ができると、面白いですよ。
 「私はペルーの中でもチチカカ湖周辺に詳しいです」みたいなニッチな人材がその辺にたくさんいるなら、それはひとつの国力になると思います。
波頭 IMFが1997年に韓国経済に介入したあと、自動車メーカーのヒュンダイがすごく伸びましたよね。当時、ヒュンダイが何をやったかというと、毎年200人を100ヶ国に数年間住まわせてそれぞれの国に根を張り、それによって世界中に販路と仕入元をつくったんです。磯田さんがおっしゃるのは、まさにそういうことですよね。
磯田 そうですね。江戸時代の日本にしても、鎖国はしていたけど実際にはいろんなジャンルのオタクがいました。オランダの医学に精通した人や、地理や地図に異常に詳しい人など、「これについてはあの人に聞けばわかる」という存在が大勢いたんです。
 一律に同じ知識を持っていてもAIに置き換えられてしまいますから、もっと独自性を大切にした教育に切り替えていくべきでしょう。
波頭 それでいうと、私は今も意識的に妄想する時間を作っているんです。妄想って、すでに頭の中にある知識や経験をどう繋げるか、何と繋げるかという筋トレでもあると思うんですね。若い世代は何かを知ろうとする際にすぐにスマホで調べてしまいますが、これでは知識や経験をあれこれ繋げて新しい発見を得る力がつきません。
 論理的に繋げるだけでなく、空想や妄想でイメージを広げていく力こそAIにはない構想力です。探して拾うのではなく、自分で足したり引いたりくっつけたりする練習をしておくべきだと思います。
磯田 本当にその通りですよね。さすが、いいことをおっしゃいますね。

今の政治家に求められるもの

波頭 最後に磯田さんから、今の政治家に対して一言いただけないでしょうか。結局、政治家こそが社会の直接的なコンダクターですから、果たすべき役割は大きいはずです。
磯田 問題を問いかけ、それを解決するのに一番いい手段は何かを考える練習をもっとしてほしいです。言い換えると、課題を口に出し、解決策を聞いてまわる習慣をつけてほしいということでもあります。
 江戸時代には世襲で殿様になったのに、政治をちゃんとやれていた人が何人かいます。彼らがすごいのは、家来に「何か問題は起きていないか?」、「本当に困っていることは何だ?」と常に聞いていて、問題を吸い上げていたことです。そして、自分たちで解決できない問題に対しては、「解決できる人間を日本中から探してこい」と命じるんです。
 家来の側からすれば、下手をすると切腹物だから必死になって該当する人物を探します。そうして連れてこられた人に対して、殿様が「どうすればいいと思う?」と聞く。米沢藩の藩政を再建した上杉鷹山などもそのパターンですからね。
波頭 なるほど。そもそもそのお殿様は、国を良くしようと本気で考えているあたりが、今の政治家とは違いますよね(笑)。そうしたことも踏まえて、本日のRethinkするキーワードをいただけないでしょうか。
磯田 造語ですが「想感幸(そうかんこう)」で行きましょう。波頭さんがおっしゃった妄想する訓練というのはすごくいいと思っていて、無いものを頭の中で想像するということや、感動すること、そして自分がどういう時に幸せを感じるかを認知する能力は、AIにはないスキルです。
 何に感動し、幸せを感じるのか、改めて妄想してみることが、この閉塞した世の中を救うきっかけになるのではないかと。
波頭 今日のまとめにふさわしいお言葉かもしれませんね。今回も貴重なご意見、ありがとうございました。
Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp

視点を変えれば、世の中は変わる。

Rethink PROJECTは、JTがパートナーの皆さまとともに行う地域社会への貢献活動の総称です。

私たちは、心みたされるよりよい明日の実現に向けて、「Rethink」をキーワードにこれまでにない視点や考え方を活かしながら、地域社会の様々な課題に向き合っていきます。

「Rethink」は2023年5月より全7話シリーズ(予定)毎月1回配信。世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

NewsPicksアプリにて無料配信中。

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