2023/12/6

【新発見】音声広告は「ながら聴き」が価値になる

NewsPicks Brand Design Creative Editor
「映像広告と音声広告、どちらが印象に残る?」と聞かれたら、映像広告と答える人のほうが圧倒的に多いのではないだろうか。
 確かにビジュアルと音声から成る映像広告のほうが、音のみの音声広告よりもわかりやすく訴求力があるというイメージがこれまで醸成されている。
 そのため、多くの企業がテレビの登場以降、テレビCMに多額の予算をかけてきた。さらにここ数年で動画メディアや動画SNSが次々と誕生し、映像広告の勢いはますます加速していくだろう。
 その証拠として、2022年の映像広告市場は前年比133.2%の5601億円に到達し、2023年には7209億円、2026年には1兆2451億円に達すると予想されている(2023年2月サイバーエージェント調べ)。
 ところが先日、私たちの認識を覆すかもしれない実証実験の結果が発表された。
 音声が記憶にもたらす影響を調べたもので、「音声広告は映像広告と比べて記憶の維持率が高い」という結果が出たのだ。
 この実証実験を主導したのが、スマホやパソコンでラジオを聴けるプラットフォーム「radiko(ラジコ)」を提供する株式会社radikoである。
 音声広告はなぜ記憶に残りやすいのか。企業は、その結果をどのように受け止めたのか。
 実験を監修した脳科学者の川島隆太博士、音声広告を積極的に活用してきた明治の宣伝部・小口陽平氏、今回のプロジェクトを推進したradiko担当者に、音声広告の実際の効果と広告としての可能性について話を聞いた。

音声のほうが映像より記憶に残りやすい

 radikoは株式会社NeU取締役CTOの川島隆太博士に実験監修を依頼した。実験の概要について、川島博士はこう語る。
「実験の参加者に映像広告と音声広告を視聴してもらい、視聴前後の脳血流や心拍・皮膚電位を測定しました。
 通常のマーケティング調査ではアンケートを使って広告効果を測るのが一般的です。ただその場合、映像のほうがビジュアルやアニメーションといった情報量が多いため、多くの人が『映像広告のほうが印象に残った』と答えがちです。
 ところが、生体反応を調べるとアンケートだけではわからない、本能的な反応を見ることができます。
  映像と音声、どちらが人間の脳に影響を与えるのかを調べることができる。それが今回の実験の特徴であり、科学者として興味のある点でした」(川島博士)
 実験では、脳科学的な計測とともに追跡アンケートも行い、1週間後にどれだけ広告を記憶しているかを調査した。
 すると、音声広告のこれまで知られていなかった効果が明らかになった。
「生体反応を見ると、映像広告を見ているときは集中力が高く、音声広告を聴いているときはリラックスしていることがわかりました。
 通常は集中状態になると、情報が脳に残りやすいと考えられています。事実、実験直後は映像広告の記憶率のほうが高くなっています」(川島博士)
「ところが、追跡後のアンケートによると、1週間後では商品・サービス名の記憶の維持率は音声広告のほうが高くなるという逆転現象が起こっていることがわかったのです。
 実験直後・1週間後のアンケートは、選択肢は提示せず『実験時に見た・聴いたCMのなかで、商品・サービス名を覚えているものを教えてください』という自由想起させる問い方をしているので、数値的にはどちらもそこまで高くはありません。
 それでも、音声広告と映像広告の記憶維持率を比較すると、音声広告の記憶維持率がかなり高い結果となりました」(川島博士)
 一般論とは真逆の結果になった原因を川島博士はこう説明する。
「視聴者は映像広告を見ると、その映像に没入します。これが映像の魅力であり、強さです。
 ところが、人間の脳は音や映像といった多くの刺激を与えられているときには、その情報処理にリソースを奪われて、脳活動全般が下がりやすいことが従来の研究で明らかになっています。
 つまり映像広告は人を没入させますが、実は脳はお休みに近い状態になってしまう。そのため、情報が長期記憶として残りづらいのだと考えられます。
 一方、音声広告を聴くとき、視聴者の脳活動は映像広告の視聴時よりも活発で、集中状態にないことが観察されました。
 過度の集中状態にないため、余計な脳のリソースが使われない。この点がいかに記憶に残るかに影響を与えていると考えられます」(川島博士)

集中していない状態だと「自分ごと化」につながりやすい

 今回の実験ではさらに、音声広告は映像広告よりも「自分ごと化(※)」に関連する領域の脳活動が高まるという結果も得られたという。
※「自分に向けられた情報」「自分に合った情報」として視聴者が情報を受け取ること
「音声に比べ刺激に富んだ映像を見るとき、私たちは視聴することに集中するため脳活動は抑制されます。そのため、それ以上の情報との関連付けは非常に弱くなってしまう。
 一方、映像と比較すると刺激の少ない音声を聴いているときは脳のリソースに余裕があるため、私たちの脳活動は活発となり、他のことを考えたり思い出したりする余裕が出てきます。
 その結果、広告の情報を自分自身の記憶や広告を見聴きしている状況とリンクさせて記憶していると考えられます」(川島博士)
 川島博士によると、音声広告は情報量が少なく刺激としても小さいため、人によって解釈の余地が生まれる。それゆえ、さまざまな記憶とマッチしやすく「自分ごと化」しやすいのだという。
「脳の研究をしていると、情報が単純なほうが記憶に残りやすいというデータがたくさん出てきます。
 いまはテレビだけでなくインターネットもあり、多彩で刺激的な映像に触れるのが当たり前の時代です。
 けれども、映像は一度見ただけでは記憶に残りにくい。情報に埋もれて終わってしまうんです。一方、音声は記憶の維持率だけでなく、時間が経ってからの想起率も高い。
 今回の実証実験では、同じ広告を1回打つなら、テレビよりラジオのほうが記憶に残りやすいという結果になりました」(川島博士)

明治がテレビ広告と同様にラジオ広告に注力する理由

 では、実際にラジオ広告を出稿している企業は、今回の実験結果をどのように捉えているのだろうか。
 明治は2019年からチョコレート菓子「チョコレート効果」の販促にラジオを活用している。スポンサード番組は徐々に増え、2022年と2023年には同社がスポンサーとなった4つのラジオ番組が集まって「ラジレート〜ラジオとチョコレートは明治〜」が放送され話題となった。
 明治は2019年以前にもラジオ広告は出稿していたものの、あくまでも主流はテレビ広告だった。同社宣伝部の小口陽平氏も「テレビはリーチ数としてはまだまだ一番」と認める。
 ところがいま、同社はテレビ広告と同様に、ラジオ広告への出稿を強化しているという。
 なぜ、そこまでラジオ広告を重視するのか。そこには「ラジオならではの魅力がある」と小口氏は語る。
「趣味嗜好が多様化した現代において、ラジオは熱量の高い視聴者層に訴求できる稀有なメディアです。
 私自身もラジオのヘビーリスナーとして感じているのですが、ラジオには熱量の高いリスナーがいて、毎週決まった時間に決まった番組を能動的に聴いている。そこに継続的に決まったメッセージを出せるのが魅力なんです」(小口氏)
 小口氏がラジオのマーケティング効果を特に実感しているのは、「アルコ&ピース D.C.GARAGE」(TBSラジオ/毎週火曜24時〜25時)だ。
「番組内のコラボ企画『直火ローストのコーナー』は、『明治アーモンドチョコレート』を食べる前に聞くと香ばしさが倍増するネタをリスナーの方に送ってもらう内容なのですが、あのコーナーが始まってから1年間でX(旧Twitter)で『#直火ロースト』が1万件以上ポストされるようになりました
『明治ナッツチョコシリーズ』のXアカウントのフォロワーの年代別構成比にも変化が出ていて、10代・20代が約5%増加しています。
 売上の数字として出てくるのはこれからですが、いままであまり明治の商品を買っていなかった層が買ってくれるようになったのではないかと考えています」(小口氏)
 2023年10月現在、明治が出稿するラジオ番組数は9となっている。
 小口氏によると、ラジオ広告のクリエイティブで意識しているのは、情報を詰め込みすぎないこと。ラジオ広告は20秒しかないため、メッセージは1つに絞る。
 また、効果音も重視している。例えば学校を想定したシーンなら、無音ではなくチャイムの音を入れる。場合によっては「チョコレートは明治♪」のような歌を使うこともある。
 radikoの実証実験によって、音声広告がリスナーに与える影響が明らかになった。広告の出稿側であり、かつラジオのヘビーリスナーでもある小口氏はこの結果をどう捉えているのだろうか。
「ラジオは音だけ聞いているからか、食べている音や『うまい!』という感想を聞いたときに、自分に置き換えて想像しながら聴けると感じています。音声広告に『自分ごと化』の効果があるという結果にも納得です。
 音声広告のほうが映像広告より記憶の維持率、再現率が高かったという結果は腹落ちしますね」(小口氏)
 ラジオならではのメリットが見えた実験結果は、ラジオ広告を使ったマーケティング活動を、自信を持って推進していく材料になりそうだ。

音声広告の可能性を模索していく

 実証実験の結果を受けて驚いたのは出稿側だけではない。今回のプロジェクトを主導したradikoもそれは同じだ。
 実験によって音声広告のユニークネスが明らかになったことで、従来からの「定説」が裏付けられた、とradikoの五十嵐渉氏は感じているという。
「ラジオ業界では、ラジオは『想像力をかき立てる』『信頼を醸成する』『商品・ブランドへの好感度が高まりファン化が進む』といった特徴が定説として語られてきました。
 実験の結果を聞き、こうした定説があるのは、ラジオを聴いた人の記憶に情報が残っているからなんだなと納得しました」(五十嵐氏)
 同じくradikoの岡田真平氏も、今回の実験結果を納得とともに驚きを持って受け止めている。
「これまでの経験や広告主様の声から、ラジオは聴く人の共感を呼びやすかったり記憶に残りやすかったりすることはプロジェクトメンバーの中でも感じていました。そのため、『自分ごと化』につながりやすいという実験結果が出て、皆で想像していたことは間違ってなかったんだなと、安心しました。
 また、映像広告と音声広告を実験で比較すると、音声は映像の2倍近く記憶維持率が高いという結果が出ました。この部分は、想像以上に大きな差が出て驚きました」(岡田氏)
 そもそも、radikoが今回のプロジェクトを始めたのはなぜだったのか。
「radikoは全国の民放ラジオ99局とNHK、放送大学が参加する音声プラットフォームです。
 リスナーの方々から見ると音声サービスを提供する会社だと思いますが、ラジオ業界にとっては、オンラインオフライン問わずラジオを活用したマーケティングデータを担うプラットフォームでもあります。
 radikoが先陣を切って、これまで定説とされてきたラジオの良さを脳科学的手法で実証できれば、科学的裏付けを持って広告主様にご説明できる。
 それによって、音声広告の価値を上げていきたいという思いから、ラジオ局、広告会社の方々にもご協力いただきプロジェクトチームが発足しました」(岡田氏)
 今回の実験プロジェクトを通して、直後の記憶維持率、1週間後の記憶維持率ともに、音声広告のほうが映像広告に比べて高いことが確認された。
 この実証データをもとにradikoは今後、企業への音声広告活用をさらに積極的に提案していきたいと考えているという。
「音声広告を聴いた直後、1週間後、いずれにおいても情報が記憶に残りやすい点は、BtoC、BtoBいずれの企業にとってもメリットです。
 特に新商品のローンチ、社名変更のタイミングといった認知フェーズで活用いただくといいのではないかと考えています」(五十嵐氏)
「ラジオは映像がない分、他の情報ともリンクして残りやすく『自分ごと化』につながりやすい。企業や商品の世界観やメッセージをCMストーリーとともに実感を持って記憶に残していけると考えています。
 これからも業界内で実感されてきたラジオの価値を実証し、ラジオ局の皆様とも協力して情報発信を行い、ひとりでも多くの方に、音声広告の使い勝手の良さに気づいていただきたいです」(岡田氏)
 音声広告にはまだまだ伸びしろがあると言えそうだ。