2023/11/29

中途半端に有能な人には限界がある。突き抜けた“無能”であれ

作家 マンガ原作者
マンガ編集者の経験を持ち、作家業の傍らマンガ原作も手掛ける堀田純司氏がさまざまな仕事の悩みを軽くするヒットマンガを紹介するシリーズ5回目。

軽く腕組みをしたカッコいいプロフィール写真だけ見ると「仕事ができそう」。だけど、その人と実際に仕事をしたらポンコツだった……。そんな体験、ありませんか?

有能そうな若手社員で丸の内が似合う、しかし実際は無能で社内ニート状態。そんな主人公が繰り広げる令和の爆笑お仕事マンガ『無能の鷹』をご紹介します。 
INDEX
  • 「有能な人物オーラ」の持ち主、その実態は……
  • シンプルな無能さが結果を呼ぶ
  • 中途半端に有能な人は、意外と限界がある
  • 真のリーダーの器とは

「有能な人物オーラ」の持ち主、その実態は……

はんざき朝未さんの『無能の鷹』は、講談社の女性マンガ誌「Kiss」連載中のビジネスマンガ。
「意表をついた肩書(exハッピーエヴァンジェリト)」、「サンクスポイント制度」、「横文字だらけの意識高すぎ会話」など、今どきのビジネス界隈、スタートアップ界隈"あるある"がドバドバ出てくるめちゃくちゃおもしろいコメディです。
声を出して笑ってしまうので、仕事につかれたときはぜひ読んでみてください。
その主人公は鷹野ツメ子。ひと目見ただけで伝わってくる「有能な人物オーラ」の持ち主。このマンガの「メイン語り部」となる鶸田(ひわだ)も、面接の場で彼女を初めて見た瞬間、「デキる人だ」と感じます。
身のこなし、きれいな発声、板についた落ち着き。
自分と同じ就活生でありながらスーツも着慣れていて、ただよう雰囲気も理知的。しかも人情味も感じられて謙虚な物腰もある。まさにデキる人。しかし1年半後、彼女は社内のニートになっていました。
xijian / iStock
ふたりはITコンサルティング会社に採用され、同期の新人アシスタント(コンサルタントの一格下)として働き始めていました。
鶸田は能力がある。コンサルタントに必要な分析センスもある。しかし極めて自己肯定感の低い青年で、コミュ障。だから営業力がない。そのためなかなか契約がとれず、「この仕事 向いてないのかな」と悩む日々を送っていました。
しかし鷹野の危機はそれどころではなかった。
「シンプルにアホすぎる」

シンプルな無能さが結果を呼ぶ

鷹野はムダに優しい指導社員の鳩山が絶望するほどの無能ぶりを発揮し、与えられる仕事もなく、出社して動画を見て過ごす日々を送っていました。
「なぜこの会社を選んだのか」という鶸田に彼女は、
「丸の内のオフィス街をパリッとした服でカツカツ歩いて、受付を社員証でピッしたかったの」
AzmanJaka / iStock
と答えます。そう、彼女の無能さは特に「純粋がゆえの知恵」とかにつながっているわけもなかった。極めて話の浅い人物でもあったのです。
ただ、彼女は別にハッタリで世を渡ろうとしているわけではない。ムダにマウントをとることもない(マウンティング合戦に巻き込まれたことはありますが)。
鷹野の長所は、会社が私を必要としているかどうかよりも、私が会社を必要としていることが重要という、常識を超えて動じないメンタルの持ち主であるところ。
長くつきあえば無能の正体がバレてしまうが、初見の相手には強いという特徴がありました(鶸田の指導社員の雉谷は、彼女のことを「初見殺し」と呼びます)。
鶸田は彼女の「有能オーラ」を買って、いっしょにプレゼンに行くように誘う。
先方はカーシェアリングを手掛けるスタートアップ企業。外車のことを「外出用の車ですよね」という鷹野で大丈夫か、と鳩山に危惧されながらふたりは出向く。
鶸田は途中で腹痛を起こし遅刻してしまいますが、場をつないでいたのは鷹野。そして鷹野に、
「彼は私などよりはるかに優秀です」
そう紹介された鶸田は、
「オレは聞き入ってもらえる努力をして地味でも内容のある話をしたい」
と腹を決めて、ふたりは無事に契約をとることになりました。

中途半端に有能な人は、意外と限界がある

鷹野の存在は、不思議な効果をもたらします。いうなれば彼女は「大いなる空白」
現代社会は複雑で、有能でなければやっていけない。しかしそうした有能な人ほど、彼女のオーラを誤認してしまい、自ら沼にハマッていくところがあります(メンタリストと呼ばれる人物評価の達人でさえも、彼女のことを有能だと誤解してしまいます)。
落語の「蒟蒻問答」という噺では、蒟蒻屋の六兵衛のジェスチャーを、永平寺の僧侶が勝手に深読みして勝手に感服して帰っていきます。
鷹野の場合も相手が、自分からどんどん深読みしてしまって、ディープなほうへ、ディープなほうへと事態を引っ張っていく傾向がある。
中途半端に有能な人は、意外と限界があるものです。理解が早いのはいい。話もすぐ通じる。しかしその分、「突き詰めて考えること」はなしですんでしまう。そのため小利口な人間は、意外と想定外のブレークスルーは生み出せないものです。
NanoStockk / iStock
しかし鷹野のようにワケのわからないことをいう相手であれば、人は自分のタスクやビジネススタイルを根本から考え直すハメに陥り、それが新しい展開につながる(こともある)。
実際に鷹野と遭遇したビジネスパーソンたちですが、肩書を「ハッピーエヴァンジェリスト」と間違えられた新任部長は本当の自分らしさを見つけることになり、鷹野のことを「回答の精度は低いが、ムダにグラフィックと音声に凝りすぎたバーチャルヒューマン」と誤解した取引先は「愛」を知ることになりました。
みんなが有能であることを目指す世界では、意外と無能であることはメリットをもたらすこともある。

真のリーダーの器とは

いかがでしょう。あなたも、いくら考えても打開策が見つからないようなピンチでは、思い切って開き直って「空白」に徹してみては?
そうすると周囲が限界ギリギリまで考えて、知恵をしぼってアイデアを出してくれるかもしれません。真のリーダーの器とはそういうものかも……しれませんよ。
この作品の掲載誌「Kiss」のキャッチフレーズは「読むと恋をする」。しかし個人的にいいなと思うのは、このマンガ、いわゆる「恋愛要素」がまったく出てこない。「鶸田と鷹野がお互いを意識する」みたいなありがちな展開は、匂いもありません。
ムダにジェンダーを意識することのないドライな作品世界であるところも「今どきの作品らしくていいな」と思います。こういうことを考えること自体、自分の感覚が古いのかもしれませんが。
<POINT>
・仕事がデキそうな見た目だけでは実力は判断できない
・シンプルに無能な人はハッタリやマウンティングとも無縁
・小利口な人はブレークスルーをなかなか生み出せない
・中途半端に有能アピールするよりも無能に徹したほうが周囲が頑張る