2023/11/20

【名著】『選択の科学』著者が教える「アイデア出し」の極意

NewsPicks NewsPicksパブリッシング副編集長
THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法:コロンビア大学ビジネススクール特別講義』が、本日ついに刊行された。

ベストセラー『選択の科学』で脚光を浴びたコロンビア大学の世界的心理学者、シーナ・アイエンガー教授の、13年ぶりの新著である。

ピカソからNetflixまで、世界を動かすビッグアイデアには「共通の型」があり、再現可能なのだと主張する本書。米本国ではマイクロソフトCEOサティア・ナデラ氏などから大きな支持を集めている。

今日と明日の2回にわたり、本書の一部抜粋をお届けする。今日のお題は「ブレインストーミングやクリエイティブなオフィス空間は、本当に生産性を上げているのか?」だ。
INDEX
  • その「ブレスト」、無意味です
  • IDEOもハマったブレストの「罠」
  • ブレストの効果は研究で否定されている
  • ニュートンの「リンゴの木」に意味はない
  • オシャレなオフィスと「創造性」は無関係
  • クリエイティビティを最も促す空間とは
  • 「風呂で浮かんだアイデア」の価値はゼロ

その「ブレスト」、無意味です

あなたが最近、何か素晴らしいアイデアが浮かんだときのことを思い出してほしい。
そのときあなたはどこにいて、何をしていただろう?
私はここ10年間、高校生から世界的企業の幹部までの1000人以上に、この質問をしている。
もしあなたが彼らと同じなら、「ブレインストーミングをしていたとき」とは答えないだろう。
実際、ブレインストーミング中に最高のアイデアを思いついたと教えてくれた人は、これまでほんの数人しかいない
(Jo Szczepanska/Unsplash)
世界中のあらゆる人や組織が、創造的な問題解決の手法として、ブレインストーミングを利用している。
正式な発想法としてのブレインストーミングが生まれたのは、1938年のことだ。
大手広告代理店BBDOは、大恐慌で多くのクライアントを失い、経営の立て直し役に副社長のアレックス・オズボーンを指名した。
オズボーンは新規顧客獲得のために、チーム全員を集めて、広告キャンペーンのアイデアを考えることにした。
オズボーンが考案したブレインストーミング(当初は「シンキングアップ」と呼ばれた)は、社内で最も使われる発想法となり、その後世界中に旋風を巻き起こした
(We Are/Getty Images)
オズボーンとBBDOは、これを使って第二次世界大戦中のアメリカで軍備拡大の必要性を啓蒙する活動や、ゼネラル・エレクトリック、クライスラー、アメリカン・タバコ、BFグッドリッチ、デュポンといった優良クライアントの広告キャンペーンのアイデアを次々と繰り出した。
この手法が注目を集めると、オズボーンは集団内の個々人の脳が嵐のように爆発的に活性化されるさまを表す、「ブレインストーミング」と改名した。
やがて世界中どこでも、人が集まると「解決策をブレインストーミングしよう」が決まり文句になった。
今やブレインストーミングは、アイデアをすばやく生み出す必要があるときの常套手段となっている。
ところでオズボーンは何のためにブレインストーミングを発明したのだろう?
(scyther5/Getty Images)
彼の悩みは、全社会議で若手社員からほとんど意見が出ないことだった。幹部が一方的に話すだけで会議が終わっていた。
オズボーンはこれを解決するために、アイデア出しの「グループシンキング」セッションを毎週開き、全員に発言の機会を与えたのだ。
彼自身が進行役を務め、若手社員に意見を求めることを忘れなかった。

IDEOもハマったブレストの「罠」

ブレインストーミングの基本ルールにはいろいろなバリエーションがあるが、ここではブレインストーミングサービスを顧客に提供する著名なデザイン企業、IDEOのルールを見てみよう。
1⃣量を求めよう
2⃣ぶっ飛んだアイデアを歓迎しよう
3⃣判断は後回し
4⃣他人のアイデアに乗っかろう
5⃣テーマに集中しよう
これらはオズボーンが1938年に考案したルールそのままだ。
(scyther5/Getty Images)
今日では銀行からコンサルティング会社、テック企業、メーカー、広告代理店、メディア企業、非営利団体、政府機関までのあらゆる組織が、創造的発想法としてブレインストーミングを採用している。
だがここで素朴な疑問が浮かんでくる。ブレインストーミングは本当に創造的なのだろうか?
オズボーンが最初に抱えていた、「参加者全員に発言させるには?」という課題は、たしかに解決された。
どんな集まりでも、テーマを選び、ルールに従ってブレインストーミングをやれば、全員参加の有意義な話し合いができる。
それに、ブレインストーミングは楽しい。
だが、実際に優れたアイデアを生み出しているのだろうか?
(andresr/Getty Images)
さっき挙げた5つのルールを吟味してみよう。
まず何より、ブレインストーミングは「量」を重視することがわかる。
1⃣量を求めよう
ルール1⃣は、たくさんの貝をこじ開ければ、真珠が見つかる確率が高くなるということ。
2⃣ぶっ飛んだアイデアを歓迎しよう
3⃣判断は後回し
ルール2⃣と3⃣は、どんなアイデアも日の目を見るようにすることによって、ルール1を支えている。
4⃣他人のアイデアに乗っかろう
ルール4⃣は、一見創造性を高めそうに思える。
だがルール1⃣、2⃣、3⃣の通りに実践すれば、「乗っかる」べきアイデアは100個挙がるかもしれない。
もし私が「月光で赤く輝き、日光で緑に輝く製品をつくろう」と言い、あなたが「透明にしよう」と言い、別の誰かが「空の色を映そう」と言ったら、いったいどうすればいいのだろう?
(flyparade/Getty Images)
たった3つのアイデアでも途方に暮れるのだから、数十個のアイデアに乗っかろうとしたら、ただの「アイデアの垂れ流し」になってしまう。
5⃣テーマに集中しよう
そしてルール5⃣。
私の考えでは、これが大きな足かせになる。
あなたもきっと、誤った課題を解決しようとしていることに気づいて、途中で方向転換した経験があるだろう。
課題を見つけることも、創造的プロセスのうちなのだ。
最初から「正しい課題がわかっている」と決めつけて、すぐに解決策のブレインストーミングに移ってはいけない。
(We Are/Getty Images)

ブレストの効果は研究で否定されている

実際、ブレインストーミングは効果がないという、明確な証拠が挙がっている!
社会心理学者のミヒャエル・ディールとウォルフガング・シュトレーベは、ブレインストーミングに関する1987年の画期的研究で、参加者を4人ずつのグループに分けてブレインストーミングをしてもらった。
このとき一部の参加者は、一般的なブレインストーミングの方法に従って、4人ずつのグループでアイデアを出し合った。
残りのグループは、一人ひとりが個別にブレインストーミングをしてから、4人でアイデアを持ち寄って1つのリストにまとめた。
両者の成果を比較したところ、個別にアイデアを出した参加者は、一般的なグループセッションでアイデア出しをした参加者に比べて、生み出したアイデアの総数がずっと多く、創造的なアイデアの数も2倍に上った
最近の研究では、集団でのブレインストーミングに埋め込まれたバイアスと、それが創造性に与える過大な影響に焦点が当てられている。
そうしたバイアスを生み出すのは、集団内のフィードバックだ。
(Anton Vierietin/Getty Images)
また、集団力学が個人の創造性を大きく妨げることも明らかになっている。
人はさまざまなかたちで周りに忖度し、アイデアを間引いたり、最初や最後に提示されたアイデアに過度に影響されたり、最も都合のいいアイデアを選んだりする傾向がある。
これらの傾向は時とともに強まり、創造性の阻害や手抜きにつながりがちな、グループシンク(集団で性急に合意形成を図ろうとして、誤った結論を導き出してしまうこと。集団浅慮)を誘発する。
こうしたことから、研究者も実務家も、アイデア発想の形式的手法としてのブレインストーミングに幻滅を覚えるようになった。
ブレインストーミングとは要するに、部屋にいる人たちの直接の経験をもとに、アイデアを出すことだ。
ひとことで言えば、「情報の洗い出しと共有」でしかない。
(skynesher/Getty Images)
あなたも「今すぐアイデアを出して!」と誰かに言われたら、すでに知っていることをもとに考えるだろう。
多様な経験を積んだ多くの人が集まってやる場合、ブレインストーミングは日常的な課題を効率よく解決する方法になる。
なぜならチーム全員の経験の総和に、必要な解決策がすべて含まれているからだ。
だが、初めて大衆車の量産に成功したヘンリー・フォードは、自社のエンジニアたちにブレインストーミングなどさせなかったことに注目してほしい〔詳細は明日配信の後編を参照〕。
そうではなく、フォードはエンジニアに命じて、使えるアイデアを世界中から探させた。
そうやって主任エンジニアのウィリアム・クランは食肉処理場の「動く食肉解体ライン」を探し当て、これをフォード社の自動車生産ラインに導入したのだ。
フォード社の自動車生産ライン(Bettmann/寄稿者/Getty Images)
こんなふうに考えるとわかりやすい。
5人がチームとしてブレインストーミングをする場合は、5人の持っている知識しか利用できない。
これを「箱の中」の思考と呼ぼう。
これに対し、私が本書『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法』で伝授するアイデア創出メソッド「Think Bigger」は、古今東西の人々の知識を総動員し、他人のアイデアに耳を傾け、心地よい環境から飛び出して、知識を広げていく。
これが、「箱の外」の思考だ。
ブレインストーミングは狭め、Think Biggerは広げる。どちらの方が創造的だろう?
(andresr/Getty Images)

ニュートンの「リンゴの木」に意味はない

ところで、「物理的環境」は創造性に影響を与えるだろうか?
たとえばニュートンは、実家のリンゴの木の下に座っているとき、落ちてきたリンゴが頭に当たって「重力の法則」を発見した、という説がある。
このリンゴの木には、特別な何かがあったのだろうか? 私は不思議に思って調べてみた。
その木は今も存在していた!
これが、ニュートンが350年前に座っていたリンゴの木だ。
英国グランサムにあるニュートンの生家に立つ木(『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法』)
このリンゴの木には何か変わった点はあるだろうか? 
ない。周りの芝生や建物、ほかの木にも、どこといって変わったところはない。

オシャレなオフィスと「創造性」は無関係

次に下の写真を見てほしい。
グーグルのオフィスにある滑り台(JHVEPhoto/shutterstock)
そう、これはグーグルのオフィスだ。
世界中の多くの企業が従業員の創造性を高めようとして、このスタイルを模倣している。
この方法に、創造性を高める効果はあるのだろうか?
残念ながらそれを裏づける証拠は何もない。
グーグル創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンに、どこでアイデアを得たのかと聞いてみるといい。
グーグルそのものが、正真正銘のすばらしいイノベーションだ。
彼らはよく知られているように、最初はスタンフォード大学院の味気ないデスクで、続いて最初のオフィスになった平凡なガレージで、アイデアの具体的な要素を思いついた。
ラリー・ペイジのガレージ(Justin Sullivan/スタッフ/Getty Images)
私たちの知る限り、グーグルが草創期に入居していた地味な物理的空間は、彼らのアイデアの質には何の影響も及ぼさなかった
同じことが、マイクロソフトのビル・ゲイツとポール・アレン、フェイスブック(現メタ)のマーク・ザッカーバーグなど、あらゆるイノベーターに当てはまる──なにしろスタートアップと言えば、ガレージでの起業なのだから。
人気推理作家のアガサ・クリスティも、代表作『オリエント急行殺人事件』をひらめいた場所は、お風呂という平凡な空間だった。
ありふれた場所で創造的なアイデアが生まれた例はいくらでもある。
グーグルは、「非日常的な」環境が右脳を活性化する、とまで言っている。
だが今では、それがただの俗説だということがわかっている。
赤い水玉の壁紙の部屋で仕事をしたからといって、それだけでは新しい発想は生まれない。
単に、次に生み出すアイデアが赤い水玉の影響を受けるだけだ。
(We Are/Getty Images)

クリエイティビティを最も促す空間とは

創造性を最も促すのは、無地の壁だ。
心がつながりを探して自由にさまようことができる。脳が邪魔されずに仕事をするには、刺激のない場所が必要だ。
これを示す最良の実例が、ベル研究所にある。
20世紀のイノベーションの聖地たるベル研は、ニュージャージー州のマレーヒルとホルムデルに2つの拠点を持っていた。
マレーヒルの拠点は1941年に建てられた、古い工場のような実用第一の建物で、多目的スペースに狭い廊下、ベニヤ板のオフィス、無骨な可動式家具があった。
ホルムデルの方は宇宙船を思わせる、6800枚のガラスが張られた未来的な外壁を持ち、反射池や3600本の植物が植えられた吹き抜けの空間、トランジスタに似せてつくられた給水塔があった。
ホルムデルにあるベル研究所(Universal History Archive /Getty Images)
総工費は3700万ドル、マレーヒルの12倍以上である。
どちらの方が創造的だったのだろう?
古びたマレーヒルは、トランジスタとレーザー、太陽電池、少なくとも3つのノーベル賞を生み出した。
洗練された輝かしいホルムデルは、プッシュホンとタッチトーン・ダイヤル、ファックス、ボイスメール、携帯電話、マイクロ波、1人以上のノーベル賞受賞者をもたらした。
そして2つの拠点は共同で、世界初の通信衛星、移動体通信網、光ファイバーケーブルを生み出した。
つまり、どちらも創造的だった!
そしてそれは建物の設計とは何の関係もなかった
(Universal History Archive / 寄稿者 / Getty Images)
創造性を刺激する空間について、2つのことが言える。
第一に、気が散るものがなく、1人でじっくり考えられる場所があること。
第二に、コーヒーメーカーや冷水機の周り、休憩所など、人と気軽に出会える場があること。
それだけで十分だ。
たしかに観葉植物は気分を上げ、暗く陰気な場所は気分を下げるだろう。
だが創造性に影響を与えるのは、あなたの周囲で起こることではなく、頭の中で起こることだ。
食肉処理場は殺伐とした血まみれの空間だが、前述のとおりウィリアム・クランはそこで最高のアイデアを得た。
(Morsa Images/Getty Images)

「風呂で浮かんだアイデア」の価値はゼロ

では前に投げた問いに戻ろう。直近で創造的なアイデアが浮かんだとき、あなたはどこで何をしていただろう?
よく聞く答えは、シャワーを浴びていた、車を運転していた、家を掃除していた、夕食の下ごしらえをしていた、などだ。
難題の解決策は、それを考えてもいないときに、奇跡のように苦もなく降りてくるように思える。ただ心をさまよわせればいいのだ、と。
だが、そう簡単な話ではない。
私たちは1日のうちの4時間ほど、起きている時間の約4分の1を、とりとめのない考えをめぐらせながら過ごしている。
(Yosep Surahman/Unsplash)
集中を要するタスクに取り組んでいるときでさえ、心はさまよう。
たとえば数学の問題を解いているとき、最初のうちは簡単だから、心はさまよわず、しっかり集中して解く。
すると思わぬ壁に突き当たる。
そこで立ち止まって、ふーむと考える。心をさまよわせる。
なるほど、そうか! ひらめきが生まれる。
そして頭が再び働き始める。
タスクに集中しながら心をさまよわせることによって、創造的なアイデアを生み出すことができるのだ。
(Thomas Barwick/Getty Images)
心をさまよわせるのは人間の自然な営みで、メンタルにもさまざまなメリットがある。
とはいえ、心をさまよわせたり白昼夢に浸ったりするのは、魔法を生み出す方法ではなく、あくまで最高のアイデアを生み出すために脳が行う重労働の「補助」と考えるべきだ。
アガサ・クリスティは探偵物語の構想を得るために、ただお風呂に入りまくっただけではない。
何時間も机に向かって、物語の構想を練り、執筆に励んだ。
この基盤があったからこそ、さまよう心の「魔法」を役立て、思うままに働かせることができた。
(Andriy Onufriyenko/Getty Images)
有益なひらめきの瞬間は、頭を働かせている間に訪れやすいことが、多くの研究で明らかになっている。
神経科学の「学習+記憶」のレンズを通して見ると、最高のアイデアが生まれるのは、タスクに取り組んでいる最中だとわかる。
シャワーを浴びているときや浜辺に座っているときにひらめけば、いい気分になるかもしれないが、そうしたアイデアは往々にして最初に思ったほどには役に立たない。
思いがけなくひらめいたアイデアは、その瞬間は重要で創造的に思えても、実際にはそれほど重要でも創造的でもないことが多い。
なぜだろう?
さまよう心がひらめきを生み出すためには、新しいアイデアをつくる情報の断片が、記憶の本棚にたっぷり詰め込まれている必要があるからだ
ひらめきの瞬間は、避けられない壁を乗り越えるための刺激剤として使うだけにしておこう。