2023/11/30

労働人口が“2000万人消滅する”時代に向けて、「プロアクティブ人材」が必要な理由

NewsPicks Brand Design editor
 労働人口の減少により企業の持続可能性が懸念されるなか、中長期的な企業価値の向上に向けて、昨年から「人的資本経営」に取り組む企業が増えている。
 その人的資本経営を駆動させるラストピースとして、注目を集めているのが「プロアクティブ人材」だ。
 プロアクティブ人材とは、端的に言えば「自律的に考え行動する人材」を指す。
 なぜ、労働人口減少時代にプロアクティブ人材が必要なのか。
 日本総研で人材のプロアクティブ化に向けたソリューション開発プロジェクトに取り組む下野雄介氏と、企業の人事管理や組織行動に詳しい神戸大学の服部泰宏教授に、その価値について語ってもらった。

人的資本経営の現在地

──2023年には上場企業を対象に、人的資本の情報開示が求められるなど、「人的資本経営」が今注目を集めています。その理由を改めて教えてください。
下野 まず、日本においては経済や社会全体が縮小していく傾向にあります。そのなかにあっても、国際競争力を大きく向上させなければなりません。この難題を解くカギとして「人」に注目が集まっています。
 しかし、人口の推計と予測を見ると、2020年に7,500万人ほどだった生産年齢人口が、2050年には5,500万人になる。
 約30%の減少によって働き手が消失し、生産量が低下します。収入も消費も減り、社会インフラが維持できないスパイラルに入る“縮小社会”の到来が見えています。
 このような状況において、企業は「人の価値を最大限に引き出す」人的資本経営に本気で取り組み、1人当たりの売上高や利益を高めたり、多様な人が働きやすい環境を整備したりする必要に迫られているのです。
 ダイバーシティの実現、ジェンダーの公平性、女性管理職比率の向上といった話も、最終的にはそれに紐づいてくる。
服部 人的資本経営を実現していくためには、下野さんがお話しされたような人材の重要性に加えて、“優秀な人材”のアップデートが重要です。
 たとえば、私は人材採用を分析・理論化する「採用学」を研究していますが、従来の採用では学力競争を勝ち抜き、一定水準の大学を卒業し、コミュニケーション力が高い人が求められていた。
 ただ、現代社会においてコミュニケーション力が高いとは具体的にどういうことかは、捉え直し、言語化することが必要です。
 これまでの感覚で優秀な人材だったとしても、配置や適性の関係によって成績が出せないときがありますよね。
 その場合、企業は採用だけでなく評価、配置、育成の連携をしないといけない。
 日本総研と取り組んでいる「人材のプロアクティブ化」プロジェクトは、捉え直しの一つ。
 人的資本経営の肝であるプロアクティブ人材をどう定義し、どう測定するかを出発点とし、そのスコアリングモデルの構築に取り組んでいます。

人的資本経営のラストピース「プロアクティブ人材」とは

──プロアクティブ人材とはどのような人材を指すのでしょうか?
下野 プロアクティブ人材は、先見性、未来志向、変革志向の3つを持ち、それらに基づく自律的な行動によって、自らのキャリアと組織成長を同時に切り拓いていく人材を指しています。
 要は組織やキャリアの両面から自分の「やりたい!」という気持ちを持ち、自律的に行動している人です。
 私たちの研究では、プロアクティブ人材を測定するために、4つの行動の強弱に注目しています。
 1つ目は「革新行動」。自身の職務を前向きに変える行動をとること。
 2つ目は「キャリア開発行動」。自分のキャリアを自ら描き、またそれを切り開いていく方法をバックキャストで構想し、身に着ける行動をとること。
 3つ目は「組織化行動」で、やりたいことの実現に向けて組織を巻き込んでいること。
 4つ目は「外部ネットワーク行動」。自社組織内だけではなく、社外のいろいろな人とのネットワークを築いたうえで、フィードバックを受ける行動をとることです。
 こういった人物像と行動指標を持つ人材を、「プロアクティブ人材」と定義しています。
 この4つの行動それぞれに3つの質問、合計12の質問に答えてもらい、企業における「プロアクティブ人材」の平均値を調査しています。
──現状の企業の取り組みでは、プロアクティブ人材は生み出せないのでしょうか?
下野 人的資本経営の実現を目指し、人材育成の教育制度や研修などを用意する企業が増え、そのために十分なコストもかけています。
 しかし、人的資本経営において重要なのは、人的資本を体系的に理解し、科学的に捉え、測定して、改善するPDCAを回すことです。
 そこまで戦略的に考え、リソースを割いて取り組んでいる企業はまだ全体の1〜2割ではないでしょうか。
 人的資本を体系的に理解していなければ、その取り組みは局所的なものになりかねません。
 極端な例で言えば作りっぱなし、やりっぱなしで、社員自身がキャリアについて何を考えているかを知らないという状況です。PDCAのDだけの状態ですね。
服部 端的に言えば、社員がしらけてしまうんですよね。
 現場からすると、今もどうにか仕事をこなせている状態で、いきなり制度ができてもピンと来ない。
 企業からは「制度を作っておいたので、自分たちで頑張って」と言われているように感じるのではないでしょうか。
 これは人的資本経営の実践フェーズにおいて、重要な課題です。
 一過性のブームで終わらせないために、企業は社員をしらけさせないように、制度設計や文化醸成をしていく必要があるでしょう。

「プロアクティブ人材」を育むには

──具体的に、プロアクティブ人材を育むにはどうすればいいのでしょうか?
下野 個人と組織の両面で取り組む必要があります。
 まず個人としては、“記憶に残る成果”を得られる経験をすることが重要だと考えています。記憶に残る成果とは、難攻不落とされてきた企業から契約を取る、ジャンプのあるビジネスアイデアを発見したといった経験ですね。
 これまで“記録に残る成果”にコツコツと取り組むことが重要という価値観が強かったと思います。たとえば、売上目標を達成した、昨年比で何%の利益を出した、などです。
 今後は同じ職務のなかにあっても、新しいチャレンジの要素を取り入れ活動するということが大事だと思っています。
 いろいろな人を巻き込みながら、経験のないことにも挑戦していくと、プロアクティブ人材としての素養が育まれます。
 そうすれば、物事を多面的に見られるようになり視野が広がる。意識的な越境が、プロアクティブ人材を作るのです。
 そして、記憶に残る成果は、今の時代、企業価値向上にインパクトを残せますし、会社や他の社員から承認もされやすい。これが本人の自信につながり、さらなるプロアクティブ行動につながっていくのです。
服部 最近、働き方のスタイルとして、メンバーシップ型とジョブ型が比較されますよね。企業もジョブ型採用を積極的に推進しています。
 ジョブ型は「あなたの仕事はこれ」と規定します。ただ、プロアクティブ人材は、そこを踏み越える点がとても大事です。
 自分自身の業務だけに集中して、推進していく人はプロアクティブ人材とはいえません。
 野球でたとえるならば、サードの守備範囲にきた球だけを捕球するだけでなく、ときにはショートに転がったボールまで捕りにいく。
 プロアクティブ人材の行動は範囲が広く、与えられたジョブや役割を超えて、新しいことに挑戦するのが大事です。
──組織面ではいかがでしょうか?
下野 組織の視点では2つあります。
 1つ目は現場起点で人的資本経営を推進していること。
「イノベーションは現場で起こっている」ため、現場を直視し適切な手を打つことが徹底されている組織は強いと言えます。残念ながら、服部先生がおっしゃった「現場がしらけている」という状況が放置されていることはままあることです。
 2つ目は、パーパス経営を推進していること。企業の社会における存在意義への理解と共感は、個人がその組織にいる意味や、自律的な行動の方向付けに大いに役立ちます。
服部 そうですね。ただ組織は人の集まりではあるので、やはりそもそも組織内にプロアクティブ人材がいることが重要です。
 プロアクティブ人材は、課題に対しての答えを見つけるために自律的に行動するので、組織そのものの視点やバリエーションが広がる。
「この分野はこの人が詳しい」「あの分野の専門知識はあの人が持っている」といったバリエーションの広がりによって、大事な情報をキャッチできる。
 そういった組織はプロアクティブ人材が育ちやすい環境といえるでしょうね。

プロアクティブ人材を育てていくために

──先天的にプロアクティブ人材の素養がなくとも、そういった人材になれるのでしょうか。
下野 当然ながら、個人が持つスキルや知識が影響しますし、キャリア・自己肯定感・エンゲージメントなども影響するでしょう。
 ただ、実は個人の因子よりも、どんな職務を行っているか、よい職場であるかなど、マネジメントで向上できる部分が強いと思っています。
 我々の調査においても、チャレンジを認めてくれる職場や裁量・やりがいのある職務であるほどプロアクティブスコアが上がる傾向が見られます。
 これはマネジメントによる職務のリードや、よい職場環境づくり次第で、スコアが上がっていくだろうという見立てができます。いずれにせよマネジメントによる関与によって上げられるということです。
──組織からの働きかけ次第で、プロアクティブ度を高めていけるわけですね?
下野 プロアクティブ度は思考ではなく行動がベースですので、指導を受けたり真似をしたりすることにより行動を変えることができます。
 たとえば心理的安全性は、マネージャーとの1on1の対話による働きかけによって、発生します。
服部 上司のサポートや1on1ミーティングは重要で、「できる」という感覚を成功体験として積ませてあげることがプロアクティブにつながりますし、海外の調査でもその効果が示されています。
 一方で、人は不確実だったり、分からない点があると不安になり、それが因子となってプロアクティブ行動を阻害する側面もあります。
 成功体験だけでは天狗になりますし、不安が多いと潰れてしまうため、マネージャーがこの2つのバランスを考えて、メンバーとコミュニケーションをしていけるかどうかで結果が変わります。
──組織と個人の両方が意識を変えて、行動していくことが重要ですね。
下野 プロアクティブに動こうとする取り組みは、無駄骨になったり、徒労に終わることも少なくありません。
 しかし、常に動くという意志が重要なんです。それによって、自分のワークライフは確実に豊かになると認識してほしい。
服部 行動の面白いところは動機を問わないことです。
 自分の出世のために行動するという動機であっても、動いてみれば周りがどう反応するかが分かり、フィードバックが返ってくる。
 それを踏まえて見えてくるものがあり、次の行動が変わります。
 何か1つ行動してみれば、必ず見ている人がいますし、評価する人もいるものです。プロアクティブ人材とは、まさにそれを率先してできる人。
 そういった人材は、これから労働人口が減少したとしても、大きな価値を生み出していける。企業もその視点を持って、本質的な人的資本経営を推進してほしいと思います。