2023/10/27

レッドオーシャンの半歩先へ。合理的に心をつかむサービスの作り方

NewsPicks Brand Design / Editor
 事業が成長し市場が大きくなると、様々なプレーヤーが参入し、レッドオーシャン化していく。その結果、現状を維持し続けるだけでは、継続的な事業成長が困難となる。

 では競合ひしめく中、時代の変化を読み取り、ユーザーに選ばれ続けるための「法則」はあるのか。

「HOT PEPPER」「Airレジ」「スタディサプリ」など様々な領域で、事業成長を続けるリクルート。

 その中で30年以上の歴史を誇る国内最大級の旅行サイト「じゃらん net」は、どのような成長の法則を持っているのか。旅行プロダクトのユニット長をつとめる宮田道生氏に聞いた。

“全員”が喜ぶ価値を作る

──旅行という巨大市場で「じゃらん net」は国内最大級の旅行予約サイトです。なぜ事業成長を続けることができたのでしょうか。
宮田 ユーザーが喜ぶこととは何かを追求し、新しい価値を提供し続けているためです。
 継続的な事業成長の根幹はここにあります。
 そもそも「じゃらん」が国内旅行情報誌として創刊された1990年当時は個人が旅行を楽しむという発想はまだ一般的ではありませんでした。
 旅行といえば社員旅行などの団体旅行が主流。この常識を覆し、個人旅行という新しいスタイルを提供しようと、温泉宿やリゾートを中心に紹介する雑誌として立ち上げられたのが「じゃらん」です。
 その後、WEBサイトを立ち上げた際は、紙よりも取り扱える情報量が多いという特性を活かし、よりユーザーの多様な嗜好に応えられるよう情報を拡充しました。
 現在では当たり前になっている、エステ付きプラン、ご当地グルメ付きプランなどの多様なプランを宿泊施設と一緒に企画して提供することも「じゃらん」が、こだわり続けてきた価値の一つです。
 メンバー全員で“10年後のユーザーが喜ぶ旅行体験”とは何か常に考え、話し合い、サービスの方向性を決める。
 この方法論を「じゃらん」は創刊時からずっと大切にしています。
──徹底的なユーザーファーストが継続成長のポイントだった?
 サービスの方向性を決める起点はユーザーファーストですが、「じゃらん」にはユーザーである「カスタマー」と、広告を掲載する「クライアント」の2種類のお客さまがいます。
 継続成長のためには、双方に価値を提供することを重要視しています。
 とくに「じゃらん net」は、クライアントである宿泊施設や観光事業者から掲載課金型で広告料をいただくのではなく、従量課金型でシステム料をいただくビジネスモデルを採用しています。
 予約があって初めて料金が発生するため、クライアントからの信頼をいただかなくては、ビジネスが成り立ちません。
 例えば、団体旅行が一般的だった時代、旅行はGWや夏休みに行くものでした。
 オフシーズンになると、宿泊施設や観光事業者は従業員や施設をフルに活用しきれていないこともあった。
 集客のきっかけを欲していたところへ、「じゃらん」が個人旅行というスタイルを作ることで、クライアントは、新たな集客が可能になっています。
 また、こだわりのコース料理、アクティビティなどを利用できるといった宿泊プランを多様化することで、これまでのユーザーに加えて、顧客単価の高いユーザーと出会う機会も生んでいます。
「じゃらん」のメディア事業に用いられてきたビジネスモデル。必要な情報を求めるユーザーとクライアントが出会うプラットフォームを作り、最適なマッチングを実現し、双方の満足を追求する。

競合が増えたのになぜ使われる?

──WEBメディアやSNSなど、旅の情報を得る手段は増えています。「じゃらん」はなぜ使われるのでしょうか。
 そうですね。実際、競合他社が増え、予約できる宿泊施設の数やプランに大きな差はなくなりました。
 宿泊プランづくりに代表されるような質の高い旅行情報の提供にこだわる一方で、テクノロジーや行動心理学といった合理的な手法も駆使し、ユーザーやクライアントに喜んでもらう工夫を重ねています。
 時代の変化を意識し、時代の半歩先を見つめながら常にサービスを進化させていることが、使われる理由だと考えています。
──具体的にはどのようなサービスを拡充したのでしょうか?
 例えば、行動心理学を応用し、「じゃらんステージプログラム」を2020年にリリースしています。
 これはユーザーにもっと旅行を好きになってもらい“プラス1回”旅行に行きたいと思っていただくための仕組みです。
 利用が進むほど、ポイントが還元されたり特典が提供されたりする点は、一般的なステージプログラムとさほど変わりありません。
 その上で「じゃらんステージプログラム」は、ステージをいかに“上げやすく、下がりにくく”できるかを追求していることが特長です。
 行動心理学では「保有効果」と呼ばれていますが、人は何かを得るよりも失うリスクを嫌うといわれています。
 ステージアップやステージキープのハードルが高いと、ステージの判定日までに「自分は達成できない」と思ったユーザーはサービスを使わなくなってしまう傾向にあります。
 既にインセンティブを受けているユーザーほど、本来はステージを継続させたいと考えています。
 つまり、ステージキープのハードルが高いと、ユーザーを嫌な気持ちにすることが多くなってしまうんです。
──ステージキープをしやすくするために、どんな工夫を重ねたのでしょうか。
 利用金額をいくらにし、何%ポイントを還元すれば、ユーザーに心地よく使い続けてもらえるのか。閾値を変え、テストを繰り返しました。
 すると、ポイント還元率が低くても、ステージアップに手が届きそうな金額の方が利用頻度は上がりました。この結果を基にポイント還元率や特典を決定しています。
 また「じゃらんステージプログラム」では、ステージの判定日の設計にも独自性をもたせています。
 ステージが落ちてしまい、がっかりしているユーザーに対して“もう1年間利用を重ねればステージが上がりますよ”という仕組みでは、せっかくの旅行が、楽しい体験ではなくなってしまいます。
 そのため、判定日を毎月とした上で、“過去12ヶ月分”の利用額でステージを決めています。
 例えば、本当は旅行に行きたいけど、夏休みに長期のバカンスで利用したから、しばらくは旅行に行かない。
 そんなユーザーでも、もう1回旅行に行くことでステージアップを達成できれば、自分のペースで「次はどこへ行こう」と考えてくれます。
 可処分時間や可処分金額が限られている中、どうすればユーザーのよりよい旅行体験を作れるか。
 私たちにできることは、ユーザーの心を科学的にひもとき、旅行に出かけたいというワクワクする気持ちを後押しすることです。
 忙しい日常の合間を縫ってでもどこかへ出かけ、新しい体験をするきっかけを作れるとよいと考えています。

科学的にユーザーとクライアントを結ぶ

──カスタマーとクライアントを結びつけてこそビジネスが成り立つと言っていましたが、クライアントへの送客においても合理的な手法を用いているのでしょうか。
 データを活用し組織一体となって、クライアントとユーザーの需給を結ぶようにしています。
 宿泊施設は客室のグレードによって価格が異なります。同じ宿泊施設でもグレードが低く価格が安い客室の方が満室になりやすい傾向がある。
 すると、価格の高い部屋は埋まっていないのに、価格の低い部屋が埋まっており、その宿泊施設に泊まりたい意欲はあるが泊まれないユーザーが出てきてしまいます。
 その際に、営業が宿泊施設と交渉の上、グレードの高い客室を割引し、データに基づいて適切なユーザーにレコメンドしています。
 そうすることで、ユーザーは泊まりたかった宿に泊まれる上、グレードの高い客室を安く利用できるため満足感を得ることができます。
 結果、宿泊施設の稼働率が上がるだけでなく、顧客満足度が高いユーザーが増えるためリピーターの獲得にもつながります。
 また、過去の宿泊予約のビッグデータを基に需要を予測し、宿泊施設へ価格調整のレコメンドを行う「レベニューアシスタント」というSaaSツールもいち早く提供しています。
 「レベニューアシスタント」からレコメンドされた宿泊施設全体の需要データを基に、宿泊施設が、適切な価格を決めることができる。
 PDCAを回していけば、最適な宿泊料金をユーザーに提示できるようになるはずです。
 大型連休や年末年始は需要が多いため価格が高い。オフシーズンはその逆。私たちがやっているのは、そうしたシーズン単位のおおざっぱな需給データを基にした価格調整のレコメンドではありません。
 クライアントの需給データを細かく検証し、客室の予約状況にあわせて調整できるよう支援しています。

継続成長を続ける組織のあり方

──なぜ他社より早く行動心理学やデータ活用をサービスに落とし込めたのでしょうか。
 新しいアイデアを常に考え、早く実践していることはもちろん、それを形にするためのオペレーションが整っていることは大きいと思います。
 例えば、先ほどお伝えした、データを活用したレコメンドの仕組み。この仕組みはデータが揃っているだけでは機能しません。
 データを可視化・判断するマーケターやデータサイエンティスト、対象の宿泊施設を担当する営業が、阿吽の呼吸で連携することが必要です。
 マーケターやデータサイエンティストが宿泊施設の予約状況のデータを提供する。その上で、営業がデータを分析、クライアントと即日交渉を行い、キャンペーンの了承を得てサイトに反映する。
 これを即実行できるオペレーション力があるからこそ実現できます。
──組織の力も大きいんですね。
 そうですね。合理的なシステムやオペレーションが伴っていることはリクルートの強みです。
 比較的規模の小さい10人、20人という企業であればできていた新しい挑戦が、100人、200人になるにつれ、採用のための時間を割いたり、組織体制を整えたりしなければならずできなくなる。挑戦のスピードが鈍化するケースをよく耳にします。
 一方、リクルートは、全社員数が約2万人、「じゃらん」に関わる人だけでも約2000人です。
 この規模感で新しいサービスの開発や事業成長を続けるには事業構造やプロセス、オペレーションをかなり緻密にデザインしておくことが不可欠ですが、リクルートにはそのケイパビリティが備わっています。
 リクルートの組織力があるからこそ、市場や社会にとって価値のある大きな挑戦がしやすい。
「じゃらん」も規模が大きいからこそ、ユーザーやクライアントに信頼してもらえていますし、業界構造や人々のライフスタイルを変えるようなサービスを次々と提供できています。
──宮田さん個人としては、何に挑戦したいですか。
 現在、長年のデフレの影響もあり、物価や人件費が上がっても、宿泊施設はなかなか価格転嫁しづらくなっています。
 利益が減り、再投資も進みづらくなるため、このままではいずれサービスの質が落ちることが懸念されています。
 そうして旅行という体験が陳腐化し、コンテンツの魅力が失われれば業界全体が衰退してしまう。それでは「じゃらん」の継続的な成長もあり得ません。
 であれば、未来を見据えて新しい価値や仕組みを作り、旅行業界全体を中長期的な視点で盛り上げたい。
 今後も、合理的な挑戦を続けていくつもりです。