2023/10/25

営利と非営利を結ぶ「小さな商い」で技術や文化の継承を

AlphaDrive/NewsPicks for Business 編集者
創業10年にして、大幅なリブランディングを行った「大槌刺し子」。採算ベースに乗りにくい手工芸を、「ちょうどいいビジネス」として継続させていくために導き出した答えは何だったのでしょうか。

第3回は、日々の振り返り作業の具体的な手順や秘訣とともに、大槌刺し子が選択した事業継続のための方針と今後の展望について鬼丸昌也氏に伺います。(第3回/全3回)
INDEX
  • 日々の記録は、「ちょうどいい」を見つける財産となる
  • 「ビジョン」と「利益」を同時に追求する経営のあり方とは
  • 伝統工芸ビジネス継続のための3つの柱
  • 自分のペースで「ちょうどいい」を追求し続ける

日々の記録は、「ちょうどいい」を見つける財産となる

「ちょうどいい」働き方を見つけるための推進力となる、日々の「内省」と「記録」。この両者は、ワンセットです。
毎日、3〜5分でいいので一日を振り返り、書き留めていく。この2つのプロセスがあって初めて、「ちょうどいい」働き方を見つける作業が完結します。
よく、「内省作業をすれば、わざわざ記録しなくてもいいのでは?」と尋ねられますが、人は忘れてしまう生き物。記録しなければ、内省の価値は半減します。
また、半年、1年と続けると、そのまま成長記録になり、自分自身の財産になっていきます。継続することが自信にもつながります。
さらに、時間が経つと、人は自分の記憶を都合に合わせて改変することがあるものです。ですから、事実を客観視するためにもアウトプットは重要。つまり、記録は一石何鳥にもなるのです。
MangoStar_Studio / iStock
私は活動報告も兼ねて、SNSを活用して毎日記録していますが、ベーシックに日記帳を使うのが一番かもしれません。
ただ、「続けるのが苦手」という若いフォロワーには、手軽に書き込めるX(旧Twitter)の鍵アカウントで記録するのを勧めています。
内省のポイントは、以下の通りです。
1)一日の行動と出来事を、「事実」と「感情」に分けて振り返る。
2)その日、「自分がしたこと」と「誰かからしてもらったこと」を思い出す。
3)その日学んだことや、気づいたことを考える。モヤモヤが残る場合も、いったん折り合いをつける。
3)に関しては、無理してきれいにまとめる必要はありません。あくまでも「仮」でOK。その日一日に、なんとかカタをつける。そんな落とし所で十分です。
私自身は、最後は、感謝の言葉で締めくくるようにしています。
「いつも三日坊主で終わるんです」という人も多いのですが、それで構いません。2日続けて、3日目に休み、4日目にまた思い出して始める。それくらいのペースで続けていけば、数カ月後にはそれなりの記録がたまっていくものです。
大きな判断が必要な時、転機が訪れた時、この記録がひとつの指針になります。自分自身が価値を置いているものや、目指している「ちょうどいい」が、そこに浮き彫りになっているからです。

「ビジョン」と「利益」を同時に追求する経営のあり方とは

大槌刺し子は、発足10年の節目となる2021年に大きな転機を迎え、自分たちの「ちょうどいい」経営のあり方について徹底的に検討しました。
結論として、プロジェクト開始時に掲げた「10年後に法人化を目指す」という目標をいったん保留。大幅なリブランディングを行い、引き続き、私たちテラ・ルネッサンスを運営母体とすることを決定しました。
もちろん、当初の目標が達成できれば、それに越したことはなかったかもしれません。しかし、それが本当に「ちょうどいい」選択なのか。私たちはこの時も、自分たちの理念とビジョンに立ち戻りました。
これまでお話ししてきたように、大槌刺し子は、被災地の生活支援と大槌の女性たちの心理的サポートを目的としてスタートしました。
同時に、「伝統的な手工芸の継承」と「手工芸による新たな価値の創造」、そして、「手工芸によって大槌町全体を元気にする」という重要なビジョンも掲げています。
これまでの実績をお伝えすると、おかげさまで、今では岩手県の文化情報サイトに「大槌町の伝統工芸」として、大槌刺し子が取り上げられるまでになりました。
実は震災当時、大槌町自体では、刺し子は根づいていませんでした。10年の歩みの中で、確実に新たな伝統を築けたことは、私たちとしても大きな喜びでした。
しかしその一方で、手工芸品の製造販売は、採算ベースに乗りにくい実態があります。
その中で業績を上げるには、簡単なデザインにして、工数と刺し子さんたちの賃金を減らし、利幅の高い製品を作るしかありません。はたして、それが私たちのビジョンに沿うのか。
答えは、もちろんNOでした。
伝統を継承しながら、手工芸をビジネスとして継続させていく。そのために、私たちが選択したのは、「小さな商い」です。
ビジョンの実現のために、手間ひまをかけ、丁寧な手仕事で商品作りをしながら、適正な利益を上げていく。その試行錯誤の中で、運営母体であるNPOが経費面や経営面のサポートをする。
これが、私たちが選んだ、大槌刺し子の「ちょうどいいあり方」だったのです。理念・ビジョンの追求と、利益の追求。どちらか片方だけでは、私たちの目指す事業は成立しません。
渋沢栄一翁が著書『論語と算盤』で説いているように、社会貢献(理念)と利益、一見、相反するものを両方追い求め、持続可能なビジネスを作る。
これが、私たち大槌刺し子が選択したチャレンジです。

伝統工芸ビジネス継続のための3つの柱

では、その実現のためにやるべきことは何か。3つの柱があります。
1)大槌刺し子のファンを増やす
現在、私たちはオリジナル商品の販売から、OEM(受託製造)へと主軸を移しています。
さまざまな取引先とお付き合いすることで、新たな分野に刺し子を広めること。同時に、より安定した売り上げを立てることが目的です。
そのためには個人のお客様も含めて、ファンを獲得していくことが最重要課題。受け身では、大槌刺し子の魅力は伝わりません。
刺し子は、木綿が貴重だった時代に衣類を長持ちさせるために補強する目的で発展しました。その中で、健康や繁栄などの意味を込めた美しい文様が生み出されます。
その結果、日用品でありながら、独特の美を兼ね備えた伝統工芸へと昇華していきました。冬が長い東北で発展した刺し子は、まさに持続可能な暮らしを象徴する手仕事でもあるのです。
このような背景を含めて、SNSや交流会を通して発信し、刺し子という文化や価値を理解してくださる方を増やす努力を続けます。
2)海外への刺し子文化の普及
地方発祥の伝統工芸として、刺し子の存在を海外に発信していくことにも、今後取り組んでいく予定です。
多言語での発信を考えていますが、何よりも、刺し子製品の美しいビジュアルは、大きな強みになります。ですから、SDGsを意識したテキスト作成とともに、海外の人に訴求する製品作りや発信を追求していきたいと考えています。
3)技術の継承
大槌刺し子が、新たな伝統工芸として認められるまでになったのは、比較的、初期の段階で外部から講師を招き、丁寧な技術指導を受けたからです。
今では、多くの刺し子さんが緻密な伝統柄を刺せるまでになりましたが、伝統の継承に終わりはありません。
技術講習や勉強会を続け、切磋琢磨しながら技術を磨く取り組みは、今後も大槌刺し子の根幹を支える大切な軸として継続していきます。
Photo:Kohei Yamamoto
この3つが重なり合う中で、利益を生む「小さな商い」が確実に継続できる。お客様の心に響く刺し子製品を作り続けられる。私たちは、そう考えています。

自分のペースで「ちょうどいい」を追求し続ける

非常に心強いことに、私たちはこれまで、大槌刺し子を理解し支えてくれる専門家や企業の方たちとの関係性を築いてきました。
2021年のリブランディングの際にお世話になった中川政七商店代表取締役会長の中川政七さん
中川政七商店のコンサルティングで誕生した、ベビー・子ども関連ブランド「ファミリア」とのコラボ商品。発売後、多くの方々から好評を得た。Photo:Kohei Yamamoto
立ち上げ当初より、ジャケット用の刺し子生地を提供しているファッションブランド「KUON」創業者の藤原新さん
古着や古布のもつ歴史や文化を取り入れながら斬新なファッションアイテムにアップデートさせる注目ブランド「KUON」創業者の藤原新さんと刺し子の女性たち。Photo:Makoto Hoshino
長年、刺し子の技術指導をお願いしてきたSashi.Coの二ツ谷恵子さん、淳さん親子
そして、コラボしてくださっているさまざまな企業の皆さん。
多方面の方々と連携しながら、刺し子を通して新しい価値を創造していくプロセスは、大槌町を元気にするだけでなく、地方の伝統工芸を活性化する一助となると確信しています。
「KUON」の由来は、日本語の「久遠(くおん)」から。「襤褸(ぼろ)」と呼ばれるぼろぼろになってしまった使い古しの布を、裂織や刺し子織などの日本の伝統文化を取り入れることで生まれ変わらせる。2015年に立ち上げ、最初のサンプル製作を大槌刺し子に依頼した。(Photo:Makoto Hoshino)
加藤茶さんの著書『加藤茶パーソナルブック home』(カエルム刊)表紙にてKUONの刺し子ジャケットが着用されている
大槌刺し子のファンが増え、大槌の女性たちが輝くことによって町全体、ひいては東北全体が輝く。それが、私たちが目指す究極の復興支援。そのために何よりも大切なのは、事業を継続させていく“覚悟”だと私は考えています。
精神論になってしまいますが、その覚悟があればこれまでと同じように、なんとかして「ちょうどいい」を模索していこうとするからです。
「ちょうどいい」と言うと、「適当でいい」「楽をすること」と勘違いされがちですが、決して、そうではありません。むしろ、手間ひまがかかるもの。課題や自分の仕事観と真正面から向き合った結果、見つかるものです。
しかし、だからこそ自分自身の軸となり、等身大でしなやかな働き方を可能にしてくれるものでもあるのだと思います。ただし、何事も真正面からぶつかるのは疲れます(笑)。
ですから、途中でやめさえしなければ休んでもいいし、焦る必要もありません。刺し子も、時間をかけて一針一針じっくり縫い進めていくことで、いつしか美しい模様が浮かび上がります。
途中で息抜きしながら、無理せず自分のペースで、日々を振り返りつつ進んでいくのです。
そうすると、自分の大切にしたいものを守りながら、社会や職場で求められることに取り組み、結果を出していける「ちょうどいい働き方」が継続できるはずです。