2023/11/1
“儲かる”構造づくりが「未来世代のための社会変革」への近道
NewsPicks / Brand Design Division
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス
『START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスと連動し、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
「経済合理的なリスクマネー」とは何か
これまでスタートアップ起業家、上場企業経営者、さらにグロースファンドの投資家として活動。2023年2月には、新たなベンチャー・キャピタル(以下、VC)「アニマルスピリッツ」として、主にシード・アーリーステージのスタートアップを投資対象とする1号ファンドを立ち上げた朝倉祐介氏。自他ともに認める「事業家目線の投資家」である朝倉氏には、日本の現状がどう映っているのか。
──朝倉さんは「スタートアップエコシステム協会」の理事でもありますが、日本のスタートアップ・エコシステムの現状についてどう見ていますか。
朝倉 「スタートアップ・エコシステム」という言葉はここ数年で、ずいぶんと世の中にも定着してきたと感じます。
政府が「スタートアップ育成5か年計画」を掲げたり、世の中の関心や課題としてスタートアップが話題に上ったりするのも、基本的には好ましい流れだと捉えています。
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の調教育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、大学在学中に設立したネイキッドテクノロジー代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。スタンフォード大学客員研究員等を経て、シニフィアンを創業。同社では、Post-IPO/Pre-IPO双方のスタートアップに対するリスクマネー・経営洞察の提供に従事。スタートアップエコシステム協会理事。主な著書に『論語と算盤と私』『ファイナンス思考』。
ただ、その上で「何のために国を挙げてスタートアップを応援する必要があるのか」という、そもそもの目的に関しては、まだ世の中で前提がそろっていない気がするのです。
突き放して言えば、スタートアップの活動というのは個々の企業の経済活動なのですから、それぞれが独自にがんばればよいもの。なぜわざわざ国策として支援する必要があるのか。
スタートアップ支援を行う社会的な意義を僕なりに解釈すると、「未来世代のための社会変革」を実現するためではないかと思います。
世の中には大企業からNPOのような組織まで、多様なプレイヤーがいますが、スタートアップは世の中に出現する、さまざまな課題に対して「持たざる者」であるがゆえのフットワークの軽さで解決策を提示し、経済的なインセンティブ構造に基づいて「未来世代のための社会変革」を牽引するリーダーたり得る存在だと思うんです。
こうした目的をベースに、「スタートアップ・エコシステム」の理想的な好循環の姿を私なりに整理したのが下の図です。
右上から見ていきましょう。
いちばん大事な「未来世代のための社会変革」、スタートアップを通じてこれを実現するためにはどうすればいいか。
ゴールから逆算するとスタートアップの「成功事例」がもっと増える必要があります。「成功事例」をブレイクダウンすると、たとえばIPOして世の中に大きなインパクトを及ぼすスタートアップがあり、加えてM&Aを通じて既存企業の一部に組み込まれる一群もある。
その上で、成功を増やすために必要なのが「スタートアップの質と量」です。
「スタートアップの質と量」を上げるためには、起業家やスタートアップに参画する人材も含めた「スタートアップ人材の質と量」が重要になってきます。
また、「スタートアップの質と量」向上のためにはお金も関わってきますが、こうした成長資金を提供する「VCの質と量」も重要です。僕が近年、主に注力しているのは、この部分となります。
加えて、「VCの質と量」を高めるには「経済合理的なリスクマネー」を提供するLP(Limited Partner:ファンドへの投資者)が必要です。
さて、スタートアップ・エコシステムの発展を鑑みると、“経済合理的”という言葉が重要だと私は捉えています。ひらたく言えば、投資を通じて儲けることにこだわるお金ですね。
当たり前の話だと感じられますか? なぜ、そんなことをわざわざ言うのか。
ここには日本の資金循環における、ある特徴が関係しています。それは、スタートアップへの投資家にも、VCへのお金の出し手(LP)にも、事業会社がとても多いということです。
利益を得ることを目的とした“経済合理的”な金融投資家であれば、イグジットしたときのリターンを考えてスタートアップを評価します。
しかし、事業会社の場合、既存事業とのシナジーや共創が主目的になるなど、金銭的なリターンを優先しないケースが相応にあるんですね。
ときには、資本関係をベースに投資先を系列や下請け企業のように扱うことも少なくない。
こうした経済合理性を度外視した投資は、ときにスタートアップのバリュエーションを歪めてしまいます。そうなるとラウンドが進んでも、ほかの投資家がついてこなくなってしまい、持続的な資金調達が妨げられたり、上手く上場できたとしても価格が崩れ、結果的に、上場後の一般投資家を含めた誰かにババを引かせることにもなりかねません。
そういった活動が社会に信任されるとは私は思いませんし、社会に信任されない活動が根付くとも思いません。
──「経済合理的」な投資サイクルがスタートアップ・エコシステムの発展にとって重要な要素となるわけですね。
こうした歪みはスタートアップに対する直接出資だけでなく、VCに対するLP出資を通じても生じます。
事業会社がVCにLPとして出資する際には、スタートアップの情報を得たいとか、新規事業の材料にしたいとか、事業提携したいとか、経済的リターンとは別の意図もある。もちろん、そういう(経済合理性を重視しない)プレイヤーが一定数いてもいいんです。各事業会社の観点で見れば、それ自体は理にかなった考えだとも思います。実際、私自身もミクシィの代表を務めていた頃はそうした目的でLP出資を行っていました。
しかし、もう一つ浮かび上がる問題として、事業会社の「定期的なレポートがほしい」「人材教育をしてほしい」などの要望にVCが応えていくうちに、本来、最優先で成長支援すべきスタートアップではなく、LPである事業会社への対応の比重が大きくなるケースがあります。
もちろん、その結果、VCのファンドサイズが大きくなって定常的な収益が上がるのであれば、それはVCファームを経営する立場としては、一つの経済合理的な判断だとも言えます。
ただ、スタートアップ・エコシステムの発展という観点からすると、そのようなVCばかりになってしまってはダメだと思うんです。
やはり、VCの本質は金融業であり、本質的にはキャピタルゲインを追い求めるものだと思うし、そうでないと持続的に活動ができない。そうなると、回りまわってスタートアップにリスクマネーを提供するプレイヤーがいなくなってしまいます。
だからこそ、きちんと金銭的なリターンを上げようとする「経済合理的なリスクマネー」が必要になるわけです。真っ当に資本主義に取り組もうということです。
「アニマルスピリッツ」を育むための教育
──図版の中央には、朝倉さんが立ち上げた新VCの社名でもある「アニマルスピリッツ」が置かれています。
ここまで説明してきたエコシステムを心臓として駆動させるものが、僕は「アニマルスピリッツ」だと考えています。
理屈、理論も大事ですが、それ以上に、動物的な野心、血気こそがスタートアップを駆り立てるものだと思うんです。
「アニマルスピリッツ」があるがゆえに、「スタートアップ人材の質と量」が増える。「成功事例」も増える。そうした「成功事例」を見て、「アニマルスピリッツ」に火がつく人たちもいるだろうし、そこでお金を稼いだ人が、投資サイドに回ることもある。
そうなれば、自然と「経済合理的なリスクマネー」も増えていくことでしょう。こうした循環を回していくことが重要だと私は思います。
──「アニマルスピリッツ」を育むためには何が必要ですか。
元も子もない話ですが、いちばんは教育じゃないでしょうか。
ポイントは三つあって、一つ目は、他の人と異なる点を全面肯定すること。違うことはいいこと。クールだよね、と。
二つ目は、失敗を積極奨励すること。失敗を「許す」ではなく、成功に向かう必須プロセスとしてむしろどんどん失敗しようと「積極奨励」してほしい。
そして、三つ目は、自分の頭で考えられるようにすること。たとえば、リクルートの社風で有名な、「君はどうしたい?」という問いかけに答えられる人を育てることです。
僕たちが受けた公教育を振り返ると、その反対のことばかりではないでしょうか。
一つの象徴が「前へならえ」です。前の人と同じことをしなさい。義務教育の9年間をかけて、「前へならえ」をやらされ続けるのは、ある意味、呪いに近いと思いますよ。
かつての工業化社会においては、教育で「前へならえ」を教えることが効率的な手法であったのもわかります。だけど、さすがに時代は変わった。
社会のインフラ基盤となる大手銀行でさえもイノベーティブであることが求められる時代に、「前へならえ」でやっていけるわけがないですから。
──変わる必要があることばかりですが、何か希望が持てるトピックはありますか。
そういえば、最近こんなニュースが出たので、僕もNewsPicksでコメントをしました。
政府が企業年金や年金基金の運用者に受託者責任を負わせるという内容ですが、上の図とつながる話だと思うんです。
どういうことかというと、実はアメリカでスタートアップが存在感を持つようになったのは1970年代以降の話で、それ以前は他の先進国と比べても、いまほど影響力はなかったんですね。
しかし、これはスタンフォード大学のイリヤ先生(Ilya A. Strebulaev)が書かれた「The Economic Impact of Venture Capital」という有名な論文でも指摘されていることですが、1974年の「エリサ法改革」がターニングポイントとなったんです。
まさに内容が、年金基金の運用者が受託者責任を持ちなさい、というものでした。かつ、それとセットで“オルタナティブ投資”が許されるようになった。
オルタナティブ投資とは、VCやバイアウトファンドなどのリスクの高い投資のことです。ファンド全体のバランスを見ながらそうしたリスクの高い金融商品にも投資してよい、と。結果、イエール大学に始まる近代的な投資のポートフォリオの中の一部にオルタナティブ資産が含まれるのも当たり前になった。
注意してほしいのは、アメリカ政府は「新興企業を促進しよう」という目的で改革を行ったわけではないことです。あくまでも、年金をきちんと運用しなさい、と。真っ当に資本主義に取り組んでいこうと。
ただ、その号令の結果、アメリカでは年金の一部がVCに振り向けられるようになり、70年代以降、スタートアップが躍進してきたわけです。
──お題目ではなく、社会の構造を変えることで流れが変わった、と。
そうです。だから先ほど紹介したニュースを知った際も、日本の年金運用の受託者たちが、経済的合理性をより追求するなかで、スタートアップやVCへの投資も検討する状況が生まれればいいなと第一に思いました。
つまり、スタートアップ・エコシステムを構築するということは、本質的には「日本の経済や社会の構造そのものを変えていく」ことだと思うんです。
旧来のパラダイムに則りながら、「とにかくスタートアップを増やそう」「ユニコーンを増やそう」と言う方たちもいますが、僕は同床異夢に感じることがあります。
本気でスタートアップ・エコシステムを構築したいのであれば、できあがった建物に、場当たり的な施策を付け加えるのではなく、基礎の土台から変える必要がある。場合によっては雇用慣行や教育制度だって、打ち崩さねばならないかもしれない。社会の構造を変えようというのですから、摩擦は避けられないわけです。
そういう意味では、痛みも生じ得るラディカルな話でもあります。
そもそもスタートアップは、個々の既存産業だけでなく、エコシステムの観点から見ても、既存の構造をディスラプトし得る存在なんです。
この先、時代は変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。いま日本は、その大きな岐路にさしかかっていると思います。
📍2024年1月31日までアニマルスピリッツ朝倉氏も登壇したセッションを含むカンファレンスのアーカイブが無料配信中。「アーカイブ・オンライン配信」チケットを選択👇
取材:樫本倫子、梅山景央
デザイン:月森恭助
編集:梅山景央