2023/11/17
これが現実。次の世界スタンダードを獲る「Deep」な技術を見逃すな
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス『START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスの反響を受け、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
研究の現場から「Build Japanese Dynamism」
「研究開発型のスタートアップには夢がある。しかし、お金と時間がかかり、成功の確率はそう高くない」──。そんな声が聞こえる中で、この領域のポテンシャルを誰よりも信じ、国内外の研究の現場を奔走するベンチャーキャピタリスト(以下、VC)がいる。その名はANRI・鮫島昌弘氏。日本のDeepTechスタートアップにはどんな勝ち筋があるのだろうか。グローバルな成功例を育み、日本を再興させるためには何が必要か。
──最近「DeepTech」という言葉をよく聞きます。日本のVCの中でも、トップに、この領域の可能性にベットされている鮫島さんの定義を教えてください。
鮫島 対象範囲が広いため言い切るのは難しい面もありますが、私は「大学や研究機関発の、知財となりうるコアな技術をベースにしたスタートアップ」を指すと捉えています。
DeepTechという大きな傘のもとで、BioTechやRobotics、ClimateTechなど、さまざまな領域に分かれた言葉があります。
──突然ですが、日本のDeepTechに「希望」はありますか。
もちろん“広大な夢”があるのですが、日本のDeepTechはこれまで「儲かっていない」という、正直、目をつぶりたい現実があります。
たとえば、今、上場している企業を時価総額の高い順から見ていっても、研究開発型のスタートアップは、大きくても200億円から300億円の時価総額にとどまっています。
これは海外のDeepTech企業と比べると、非常に小さい規模感です。
創薬領域のバイオスタートアップ・ペプチドリーム(2013年上場)は、一時期、1兆円に近い時価総額をつけましたが、それ以降、日本からホームランは生まれていません。
この状況を変えようと、研究機関から技術が市場に出てくるのを待つのではなく、VCが自ら研究者を口説き、会社を創り出す「カンパニークリエーション」が日本でも盛んになってきています。
また、今まで日本では国内市場を取ってから上場し、その資金を元に海外展開を狙うケースが多かったのですが、“Day1”からグローバルでの勝負を見据える起業家も増えています。
「会社を創るところからVCが深く関わる」「早い段階でグローバルに仕掛けていく」──私たちVC、そして起業家がともにリスクをとって新しいチャレンジを続けないと、日本のDeepTechの未来は、おそらく変わらないでしょう。
──世界をあっと驚かすほどの “すごい研究”は、日本に眠っているのでしょうか。
……これも、不都合な真実ですが、日本の研究費の低下により、開発力が年々、弱くなってしまっていると思います。
「まだ技術だけは世界に勝てる!」という日本の勝機は、少ししか残っていない。賞味期限が、じわじわと迫ってきています。
私は、2、3年前に、とある大学のClimateTech領域の研究室を訪ねました。当時、日本のVCでコンタクトをとったのは、私がはじめてとの話でしたが、実はアメリカの大きなスタートアップがすでに先生に連絡して「顧問になってくれないか」と相談を持ちかけていたと言うのです。
彼らの行動の早さに驚きつつ、世界からも注目されるような日本の研究をいち早く見い出し、私たちが育てないとアカン!と、改めて身が引き締まる思いでした。
最近、私たちが投資したバイオ領域のスタートアップにも、海外のVCはシードの段階から早々に目を付けていたようです。
海外のVCは、このようなカンパニークリエーションを、すでに2周、3周と重ね、「こうやればうまくいく」という知見を蓄積しています。
日本にも魅力的な “種” はまだある。その種が芽になるまで待つのではなく、日本のVCも種の段階から能動的に入っていくべきだと考え、日々、全国を飛び回っています。
──DeepTech企業が成功に近づくためには「優秀な研究者」と「優秀な経営者」がタッグを組む必要があるように感じます。研究開発の領域に飛び込んでくる起業家は増えているのでしょうか。
アメリカやヨーロッパでは、キラキラな経歴を持った起業志望者たちが、トップの研究者を訪ね、「私と一緒に起業しよう」とお願いしに行く状況が生まれています。
ただ、日本では、まだ力関係が逆なんですよね。
日本の研究者は、起業家候補の方たちに「私たちの研究って、こんなにすごいんです」とピッチをしなければいけない。
“ニワトリとタマゴ”の関係の話ではあるのですが、日本でも時価総額1兆円を超えるデカコーンが1社でも生まれたら、この状況はガラッと変わると予測しています。
メルカリが出てきたことで「日本のスタートアップも、やれるじゃん」と、資金が業界にどんどん流れてくるようになりました。
同様に、日本で1兆円のDeepTech企業を1社でも作ることができれば、流れはきっと変わると私は信じています。
VCも起業家も「数百億円の会社を、確実性の高い領域で作る」のではなく、「1兆円の会社へのチャレンジを、今は0.0001%の成功確率だけどやろう!」と挑むべきですね。
──日本で1兆円のDeepTech企業を作ることは現実的に可能ですか。
私はソフトウェアより、研究開発の領域のほうが成功しやすいと考えています。
まず1つ目の理由は「競合が少ない」から。ぱっと見、難しそうな事業をしているので、参入してくる企業が少ないんです。
2つ目は、厳しいチャレンジだからこそ「一流の人材を集めやすい」から。先に挙げたように競合がいないので、優秀な人材が分散しません。
3つ目は、競合が少ないゆえに「1社に集中してお金が集まってくる」から。
たとえば、日本でレーザー核融合のコアに取り組むスタートアップは「EX-Fusion」しかありません。だからこそ、一点集中的に資金を集めることができる。
このように、逆説的に、人と資金が集まりやすいんですよね。
そうなると成功確率が上がると、あのChatGPTを産んだOpenAIのサム・アルトマンも言っていますから、私も完全に同じ意見です(笑)。
さらに日本は、狭い島国でやっているからこそ、理想的な“オンリーワン”のポジションを取りやすい。世界を自然に取れる状況が、作りやすい環境にあります。
──なるほど、希望がありますね。越えるべき課題はありますか。
研究開発型のスタートアップは、成長するまでにどうしても時間がかかります。
しかし日本の場合、VCにLP出資するのは大手の生命保険会社や損害保険会社、信託銀行、メガバンクなど機関投資家が多い。それゆえ、長期間投資し続けることが難しいんですね。
“長く育てる”必要がある、DeepTechの領域とはマッチしにくい。
一方で、アメリカでは、大学の基金やファミリーオフィス、財団、個人投資家などが出資しているケースが多いんです。そういう人たちって、結果が出るまでの期間をあまり気にしないし、革新的なものにこそ、こぞって積極的に投資します。
ほかにも、グローバルでは女性やマイノリティへの投資に特化したファンドが各地で生まれたり、オルタナティブな選択肢として、新しい領域への投資が拡張しているんですよね。
日本では、多くの人たちがなるべくメインストリームに投資して、あまり変わったことはしたがらない。
ファンドに出資する人たちの多様性をもっと増やし、日本各地に眠っている大きな資金を有効活用できるエコシステムを形成できれば、この国も大きく変わることができると思います。
──核融合エネルギーや量子コンピューターなど、DeepTechが射程にする領域は“夢のようで”自分ごととして捉えにくい人も少なくないと思います。そんな中で足を止めない鮫島さんのモチベーションの源泉は、どこにあるんですか。
核融合とか量子コンピューターって、私が大学生の頃からずっと「実現するのは50年後」って言われているんです。
でも、その時間を私たちの努力で縮めることができれば、自分が生きている間に実現するかもしれない。そうなったら最高じゃないですか。
「未来の子どもたちのために」という大義も少しはありますが、最も私を駆り立てているのは「人類史に少しでも自分の足跡を残せる可能性がある」──その野心です。
日本の夜明けは、ここからですよ。
「気付かれないのが最高の技術」世界をひっくり返す基板が日本にはある
「地球に優しく」「サスティナブルな社会を」繰り返し叫ばれる、これらの言葉。重要な課題だとわかっていても、規模が大きすぎて自分になにができるのかわからない。しかし、私たちが普段使っているスマートフォンやパソコン、そんな身近な電子機器が、いつの間にか“環境に優しい製品”に変わる時代がすぐそこに来ている──。「気付かれないのが、最高の技術です」そう話すのは、エレファンテック清水信哉代表だ。「新しいものづくりの力で、持続可能な世界を作る」をミッションに掲げる同社は、一体、何を作っているのだろうか。
──社名はエレファンテック、ロゴは象で、とてもかわいい印象ですが、何をしている会社ですか?
清水 私たちは「持続可能な電子回路基板」を作っています。
電子回路基板とは、スマートフォンやパソコン、テレビなど、みなさんの周りにある、ありとあらゆる電子機器に使われている電気を通す板のこと。
この基板は、今までずっと「環境に悪い方法」で作られてきました。
私たちの基板は従来の製法と比べ、「銅の使用量を4分の1、CO2排出量を4分の1、水の使用量を20分の1に減らす」、極めて少ない資源量で作ることができます。
今後10年から20年のスパンで、世界中の基板を私たちのものに置き換えることを目指しています。
──省資源化のインパクトが大きすぎて、すぐに脳が理解できないです(笑)。具体的にどうすれば「環境に優しい」基板ができるんですか。
引き算ではなく、「足し算」の製法を取ることで可能になりました。
従来の基板は、銅箔を板に貼り合わせ、要らない部分を溶解液で溶かして廃棄する、そうして残った部分を配線として使う「引き算」の製法で作られていました。
世の中の製造物って、基板に限らず、この「引き算」方式で作られているものがかなり多いんです。
しかし、私たちは、必要な分だけ金属を印刷する「足し算」の方法で電子回路をプリントすることに成功しました。
材料も必要な分しか使わないし、捨てる工程がないので廃棄物を極めて少量しか出さない。無駄がないんです。
鉱山を掘り起こし、精錬して、船で運んで...…。材料となる銅からは、このような過程のすべてでCO2が排出されています。だから、使う材料を減らすと、省資源化に絶対的に効く。
“ちょっと改良する” 次元ではなく、ケタ違いに効果を生むソリューションなんです。
実は、この「足し算」のアイデア自体は50年ほど前からあったんです。それを東大発のスタートアップとして始め、世界ではじめて量産化まで成功したのが私たちエレファンテックです。
──50年前からあったアイデアを、なぜこのタイミングで実現できたのでしょうか。
理由は大きく2つあります。
1つは、ここ20年ほどでテクノロジーが大きく進化したからです。
基板を作る上で重要なのが、金属を細かな粒にして印刷するための「ナノテクノロジー」です。この技術が、理想的な基板の実現に大きく寄与しています。
もう1つは、市場のニーズがようやく高まってきたから。テクノロジーの領域では「技術」と「ニーズ」の2つが合致したところで、ようやくブレイクが起こるんです。
たとえば、EV(電気自動車)もそうです。実はEV方式の車って、ガソリン車より先に発明されているんですよ。
かなり昔から技術としては存在していたわけですが、気候変動やガソリンの高騰などの影響で近年になってようやく、その「技術」と「ニーズ」がクロスするタイミングがきた。
私がエレファンテックを創業した2014年時点では、サプライチェーンのカーボンニュートラルを喫緊の課題として実現しようとしている企業は、おそらく1社もありませんでした。
しかし、最近では「Appleが2030年までにカーボンニュートラルの実現を目指す」と宣言したのをはじめ、世界中でニーズが高まっています。
こうした社会的背景もあり、私たちの技術が今このタイミングでブレイクを迎えたのです。
──納得感があります。とはいえ、私たちは普段「電子回路基板」の存在を意識して暮らしていないため、エレファンテックの技術が使われた製品を手にしても、まったく気付くことができません。
私たちが取り組むClimateTechって、新しい体験を提供するものではないんです。
今ある資源が、この先使えなくなるから、「みなさんの生活は変えずに」環境に優しく持続可能な代替物を作ることを目指しているので、むしろ生活者には変化が伝わらないほうがいい。
たとえば、私は「紙ストロー」の登場ってテクノロジープロバイダーとしては敗北だと思うんですよ。
プラスチックは持続可能な社会のためによくないから、紙に変えます。みんなの体験はちょっと悪くなるけれど我慢してね──これって技術者の視点では、完全に「負け」です。
生活者としては、体験は一切変わらないのに、いつの間にか「持続可能な方法に変わっている」のが一番いい。
「イノベーション=体験が変わること」だと考えがちですが、この領域では真逆なんです。
重要なのは、いかに既存の生活を変えずに、環境に優しい状態を作るか。だからこそ、おもしろいし、チャレンジのしがいがある。
今、世界のスタートアップ投資の約20%をClimateTechが占めるとも言われています。グローバルではメインストリームですが、日本はまだまだこれから。
すでに私たちの製法で作られた基板を使うディスプレイが、日本中の大手家電量販店で購入できます。台湾電子機器大手メーカーとも大きな契約を発表したばかりで、みなさんのお手元のパソコンへも、どんどん私たちの技術が入っていきます。
──エレファンテックの創業は2014年です。10年前から実用化への道筋が見えていたのですか。
当時はまだ基礎技術でした。その段階で、成功するかどうかはわかりません。私たちは、2014年に「きっと、できるだろう」と信じて起業し、幸い成功した。
「成功は必然か? 偶然か?」と問われると、正直、後者でしょうね(笑)。
ただ、私たちが信じていた「環境に優しいテクノロジー」に、全世界が舵を切るだろうという大局観は明確だったので、向かっている道は間違っていないと確信していました。
当然の話ではありますが、サイエンティフィックなイノベーションって「できる」とわかってから始めたら、絶対遅いんです。
成功するかわからない、ニーズもあるかどうかわからない。その段階からチャレンジしないと、勝てないし、価値を生まない。
日本人は、リスクが低く、長く需要が続くことをやりたがる傾向にありますよね。
でもスタートアップって、そもそもが高いリスクを取って、チャレンジするための形態です。
とりあえず始めてみて、「ダメだったらすぐやめる」という意識は、もっと持ってもいいかもしれませんね。
私たちも、6年間の研究開発をした後に、やっと実用化できた。そして、そのタイミングで運よく世界的なカーボンニュートラルの「ニーズ」がやってきた。
「とりあえず10年やってみて、ダメだったらやめよう」この賭けに勝っただけです。今、振り返ってみると、それ以上でも、それ以下でもなかったと思います。
──「技術」と「ニーズ」が完全に交差した今、エレファンテックには世界中のメーカーから熱い視線が注がれているのでは?
Appleやマイクロソフトなどのビッグテックを筆頭に、「自社からCO2を排出しないこと」はもちろん、「取引先から仕入れるモノを含めてCO2をゼロにする」カーボンニュートラルや、「CO2排出より吸収が多い状態」を目指すカーボンネガティブを公約に掲げる企業が多くなってきました。
そうなると、彼らの取引先も必然的に環境に優しい技術を選ばざるを得なくなる。そして、取引先の取引先も──。このように連鎖的にサスティナブルな方向に進む企業が倍々で増えているのが世界のトレンドです。
ひと昔前は「将来のプロジェクトで検討したい」といった温度感の問い合わせが多かったですが、今は「早急に使いたい」という相談が、世界中からコールドメールでどんどん届いています。
私たちは地球に優しい技術に、遅かれ早かれ絶対に舵を切らなければいけない。エレファンテックの技術がひとつのイノベーションとして、自然に広がりはじめたのはうれしい潮流ですね。
──エレファンテックの技術が世界中に“口コミ的”に広まる中で、グローバル市場を獲るために超えるべき壁はありますか。
製造ラインの生産スピードなど、技術的な課題を解決していく必要はまだまだあります。
また、並行して市場開拓もしなければいけません。ニーズが高まっていることは間違いないですが、やはり新しいものを使うのってみんな怖いんです。
とくに私たちの扱う電子回路基板のような製品は、どの企業も非常に慎重に技術を選定します。
もし世界中の人が使うスマートフォンに私たちの基板を使っていただいたとして、それが原因で大きな不具合やリコールが出たら、もう全世界を揺るがす大事件になります。
ソフトウェアのように「アップデートですぐ修正します」という迅速な対応が、ハードウェアではできません。だから、導入には保守的にならざるを得ません。
その壁を私たちがどう超えていけるか、どんなスピードで成長していけるか。そこが、これからの大きなチャレンジですね。
投資家が群がる「食のイノベーター」が見る、日本のエコシステム
京都大学発の「リージョナルフィッシュ」は、その名の通り、水産物の品種改良を行う「食」の分野で世界を獲らんとする存在だ。彼らの技術を使えば、これまでの1.2倍の可食部を持つマダイや、2倍のスピードで成長するトラフグを作り出すことができる。その革新性から多くの注目を集め、2022年9月時点での累計調達資金額は約26.4億円。コンサルティングファーム・PEファンド出身であり、経営に高い知見を持つ梅川忠典CEOは、日本のスタートアップ・エコシステムをどう見るのか。
──リージョナルフィッシュは何をしている会社ですか。
梅川 いま地球に、いま人類に、必要な魚を──。このミッションを掲げ、私たちは「超高速の品種改良技術」と「スマート養殖技術」で、水産業にイノベーションを起こすことを目指しています。
“タンパク質クライシス”と聞いても、日本ではまだ現実味がないかもしれませんが、世界では人口が増え続けており、さらに気候変動の影響で食料危機の発生が近い将来起こるメガトレンドの大きな課題の一つとして捉えられています。
私たちは品種改良によって、生産者や消費者にとって有益な新品種の「魚」を開発しています。
たとえば、成長速度が早く、生存率が高く、より少ない餌で飼育可能だと、生産者にとってはメリットがある。
そして、よりおいしく、栄養価が高く、アレルギーが発生しにくい魚があれば、みなさんも喜んで食べるでしょう。
すでに「ゲノム編集」によって、可食部が増えたマダイや成長速度がアップしたトラフグが誕生しています。
──「22世紀ふぐ」をいただきましたが、とても美味でした。資金調達や事業展開も順調そうですね。梅川さんは、日本のスタートアップ・エコシステムをどう見ていますか。
今の日本のスタートアップ・エコシステムの最大の課題は、よい意味での、“えこひいき”が足りないことだと思いますね。
支援機関が連携して、優良なスタートアップをサポートしていくこと。「選択と集中」とよく言われますが、ある種のえこひいきがないと、世界で圧倒的に勝てるスタートアップは日本から生み出せないと思うんです。
日本研究機関の場合、平等性を重んじる傾向が強いためか、一人の研究者に研究費が集中しないように「あまねく広く」という考え方が一般的です。
我々、リージョナルフィッシュは京都を拠点に事業を展開していますが、京都の中だけでも、「京都府」「京都市」「京都大学」「地域の投資家」など多くの支援機関や支援者が存在しています。
みなさんから応援いただけること、それ自体はとてもありがたいことですし、よく言えばエコシステムが地方にも拡がってきたと捉えられますが、これらの機関同士の横のつながりが薄く、それぞれが、それぞれの基準で、サポートしているのが現状です。
スタートアップ側からしてみると、それぞれの支援機関に対して個別にアプローチをし、自分たちに注目していただけるようにコンタクトをとらないといけない。
このような状態だと、資金が適切に分配されませんし、スタートアップが本来集中すべき事業に100%のリソースを割けません。
もちろん、新しい芽を潰さないという意味でニッチな研究への資金提供も必要です。しかし、中途半端に資金を分散させてしまっては共倒れするだけです。
──個別にコミュニケーションしていると、それだけでかなりの時間が取られそうです。
そうなんです。たとえば、文部科学省に書類を提出し、面接を通過し、実証実験を終え、ようやく支援いただけると決まっても、経済産業省に行くと、またイチから書類を出して説明しなくてはいけない。
ビジネスとは関係ないところに莫大な労力が割かれてしまうのは問題です。支援機関同士の連携をもっと高めてもらえると、スタートアップとしてはとても助かります。
日本から圧倒的に世界を獲る存在を生み出すためにも、スタートアップサイドに多大な労力がかからないシステムを作り出し、一気通貫した支援の輪を拡げていく必要があると思います。
──なるほど。制度的な話になってしまいますが、実現していくためには何が必要だと思いますか。
たとえば、私たちは10月に経済産業省から、潜在力の高いインパクトスタートアップに官民一体で集中支援を行う「J-Startup Impact」に選出いただきました。
このような認定を受けた企業を、ほかの省庁をはじめ各自治体まで一貫して優先的にサポートしていく。こうした連携の取れた仕組みがあるといいなと思います。
日本では、根本的にお金がスタートアップに集まりにくい問題があります。限られたリソースを、特定の企業に集中すること自体が難しいのかもしれません。
まずは、国全体で「スタートアップを応援していこう!」という風土を作るところから。
その意味で、「スタートアップ育成5か年計画」が掲げられたことにはとても期待していますし、経済産業省、内閣府が音頭をとって市場全体を盛り上げていってほしいと思います。
──DeepTechに限っていえば、数年前と比較すると格段に資金が流れ込むようになったと感じます。「お金」の次の課題は何だと考えますか。
おっしゃる通りで、ここ数年で環境が変わり、資金は集まるようになりました。現況は、"DeepTechバブル”と言ってもいいほどだと思います。
しかし、そんな状況であるにもかかわらず、十分に技術をビジネスに昇華できていないんです。
その理由として、この領域に経営人材が少ないことが挙げられると思いますね。
「研究はできても、経営はわからない」という方が、とくに地方のDeepTechスタートアップには少なくありません。
DeepTech領域では、かかる時間がどうしても長くなるため、マイルストーンを作って、物事を順序立てて進めることが容易ではありません。
到達地点を明確にした上で、何年後にそこまでいくのか。到達するために必要な要素は何か。お金がいくら必要なのか。このようなプロセスと要素を、逆算しながら戦略的に考えられている人は多くないでしょう。
「目の前にあることを、とりあえずやる」みたいな経営になってしまいがちです。
──ポテンシャルのある研究であれば、お金は集まるようになった。あとは「優秀な経営人材」が必要だ、と。
その通りです。日本の研究には、世界と戦える優れた技術がたくさんあります。
僕たちが関わっている「ゲノム編集」や「完全養殖」も、日本が世界に誇れる技術です。
京都大学と近畿大学における2人の研究者の長年の研究成果をベースとしていますが、国内はもちろん、世界でも最高水準の技術を有していると自負しています。
ゲノム編集技術は、陸上養殖やスマート養殖システムの導入に向けた大きな助けになります。ただ、実現のためのプロセスには細かい作業が多く、根気も丁寧さも必要です。だからこそ、実直な日本人に合っていると思うんです。
そんな世界と戦える技術に対して、資金がしっかりと回ってくるようになりました。今、足りていないのは、その技術を事業化する人材です。
DeepTechの魅力を発信し、優秀な経営者を集める、もしくは経営者を育成する、そういった活動が必要でしょう。
東京に比べて人材のプールが限られている地方ではとくに、他の場所から新しく人を連れてくる必要があります。
でも、地方のスタートアップであっても、しっかり技術の魅力を伝えることさえできれば、東京からだって、海外からだって、経営者を引っ張ってこれると思います。
逆に地方だと、競合が少ないので目立つことができるし、その分、手厚い支援を受けられる可能性もあります。
我々のような、地方発のDeepTechスタートアップが、今後もっと増えていってほしい。そのために、京都から世界の食料危機、日本の水産業・地域経済の活性化を成し遂げる。私たちが、まず成功例となります。
📍ANRI鮫島氏、エレファンテック清水氏登壇のDeepTechセッションも開催。大型カンファレンス「START UP EVERYTIME」の情報は👇
執筆:川合彩月、高崎慧
デザイン:月森恭助
取材・編集:樫本倫子
デザイン:月森恭助
取材・編集:樫本倫子
〝スタエコ〟の論点
- 【新】スタートアップ・エコシステムってなんですか?
- いまこそ、スタートアップ⇔大企業を「越境」せよ
- SaaS=オワコンに「NO!」日本市場には伸びしろしかない
- 「原始時代ぐらい遅れてる!」焦りが生み出すグローバル戦略
- アメリカ進出1年。未来をつくる“覚悟”と見えてきた“勝ち筋”
- 「しょうがない」って言うな。一人の強い思いから未来は変わる
- 【教えて】 なぜ、スタートアップが国の「ルール」を動かせたのか
- “儲かる”構造づくりが「未来世代のための社会変革」への近道
- 「日本のポテンシャル」は低くない。勇気を持ってグローバルに挑め
- 「自然への思い」が巨大事業を動かす。再エネスタートアップの規格外の挑戦
- 東大・京大だからこそのVCの姿。トップに話を聞いたらすごかった
- 医療危機にどう対応するか?「重い」業界を変える変革者たち
- 日本の最先端がここに。「3つのアワード」に込められた思い
- 足りないパーツは明確。いまスタートアップ・エコシステムに必要なもの
- 準備OK。さあ、1兆円スタートアップを目指す時がきた
- 宇宙大航海時代をリードする、日本発スタートアップの未来図
- やるからには、数十兆円級の「ホームラン」を目指さないと意味がない
- エネルギーの源は「資源」から「技術」へシフトする
- これが現実。次の世界スタンダードを獲る「Deep」な技術を見逃すな
- 【警鐘】そのスタートアップは「世界標準」の設計になっているか?
- 【みずほ・MUFG・SMBC】メガバンクにとってスタートアップとは何か
- 日本の技術で世界に切り込む、ディープなスタートアップの今