2023/10/10

いまこそ、スタートアップ⇔大企業を「越境」せよ

NewsPicks / Brand Design Division
 日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
 そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス『START UP EVERYTIME』が開催された。
 カンファレンスと連動し、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。

資金調達に次ぐ課題が「組織」「採用」

日本の大手企業からメガスタートアップ、そして官庁まで軽やかにキャリアを移しながら、最高の組織文化のつくり方「カルチャーモデル」を追求する唐澤俊輔氏。人材流動性の低さも、日本の企業カルチャーのあり方に影響されていると言われるが、組織開発やカルチャー醸成のプロは現状をどう見るのか?
──日本のスタートアップ・エコシステムの課題として、人材流動性の低さが指摘されています。
唐澤 まさに昨年、「スタートアップエコシステム協会」で、スタートアップ企業に直面している課題についてアンケートを採ったところ、1位が「資金調達」、次いで「組織構築」、さらに「営業」「採用」という結果が出て、人材や組織に関する課題が大きいことがわかりました。
 そこで問題となるのが、他国よりも低い人材流動性ですよね。
日本マクドナルドマーケティング部長・社長室長、メルカリ執行役員人事責任者・社長室長、SHOWROOM COO、デジタル庁 CCOを歴任し、官民様々な事業・組織の成長を牽引。現在は、Almohaにて人事システムの開発、かものは代表として経営・組織コンサルティングを行う。デジタル庁シニアエキスパート(組織文化)。スタートアップエコシステム協会理事。グロービス経営大学院客員准教授。『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』著者。
 かつて、大企業に代表される日本の組織の強みって、メンバーシップ型雇用にあるとされていました。
 同じ会社で長く働き、社内の部門を異動していく。結果、ほかの部門に先輩や後輩がいて、社内ネットワークを使いながら、“あ・うん”の呼吸で仕事ができる世界だったわけです。
 ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代もありましたが、その後は、企業の内部留保は増えたものの、日本経済全体では「GDP成長が30年止まりました」という残念なマクロの状況があります。
 ですから、これからはスタートアップという成長産業にどんどん人が入っていけるよう、人材流動性を上げないと国としての成長の芽はないよ、というのが私の現状認識です。
──人材流動性を高めるには、何ができるでしょうか。
 まず、人がもっと相互に行き来すればよいと思うんです。
 大企業のCVCなどを見ていても、海外と比較するとスタートアップと組むことがけっこう苦手なんですよね。
 なぜかというと、組織の中に閉じた人材が多いからです。本来は、スタートアップの技術を自分たちの事業とかけあわせて大企業も成長していく必要があるのですが、内部でなんとかしようとしてしまう。
 でも、もともと日本の組織は社内部署を異動しながら、ネットワークを形成し、強くなってきたわけで、これをスタートアップ・エコシステム全体にも当てはめることができるんじゃないかと。
 つまり、大企業からスタートアップに行く、スタートアップから大企業に行く。そういう人の移動の中で、「ちょっとあの人に聞いてみよう」といったやりとりで物事が進むネットワークができるんじゃないかと思うんです。
──唐澤さんは現在、デジタル庁のシニアエキスパートをされています。行政サイドとの流動性はいかがでしょう。
「リボルビングドア」といって、官と民が行き来しながら一緒に働くトライアルがあります。
 この仕組みを日本の行政組織ではじめて採用したのは、デジタル庁だと言えます。行政がわかる役人が偉いとか、デジタルがわかる民間出身者が偉いとか、そういうことではなく、お互い連携して課題を解決しましょうと。
「日本は出る杭が打たれる文化だからよくない。変革しろ」ってよく言われますが、急に変革せよと迫られても、多くの人は「ウッ」となってしまうじゃないですか。
 過去は過去で否定せず、でも、少しずつよりよくしていこうね、という日本らしさを生かしたアップデートのやり方があると思うんです。
──その場合の「日本らしさ」ってなんですか。
 日本型リーダーシップの特長って、「人の話を聞くのが上手なこと」だと思うんです。
 相手の話を聞きながら最終的な落としどころをつくり、一つにまとめていくことがすごくうまい。
 その最たる例が、行政ですよね。いろんな意見を落とし込み、つくりきるという点において、彼らはプロフェッショナルです。
 コンサートで美しい音楽を奏でるように、異なる人たちで1つのものをつくり上げる“concertive”という言葉があります。
 日本語にすると「協奏」です。
 いま、competitionの「競争」から、co-creationの「共創」へという流れがありますが、さらに「concertive=協奏」というやり方でうまくファシリテーションするのが、日本のリーダーシップの強みなのかなと。
 ただ、協奏を可能にするためには、日本社会全体のスタートアップへの理解をもっと高める必要があるでしょう。
 いまだにスタートアップの“正体”が適切に伝わっていなくて、なんとなく怖いとかリスクがあると言われがちじゃないですか。
──それは私たちメディアにも責任がありますね。手前味噌ながら「START UP EVERYTIME」もスタートアップへの理解の一助となれば、と。
 そうなってほしいですね。私も正直、大企業からスタートアップに転職した当初は、「どうなっちゃうんだろう?」と不安に思ったこともあったんですよ。
 でも、すぐに大手でもスタートアップでも同じように人が働いていて、そこにいるみなさんが、よりよい社会にしたいと強い思いを持っていることがわかった。
 大企業にも行政にも、もっと気軽にスタートアップに近づいてきてほしいんですよね。互いに学べることがたくさんあると思うので。

垣根を越えて、まだ見ぬ異能とつながろう

信頼でつながる日本のキャリアSNS「YOUTRUST」。履歴書だけでは伝わらない過去の仕事でつちかった人とのつながりや、「○○さんとまた一緒に働きたい」といった個の長所に着目し、キャリア形成の新スタンダードを作り出そうとしている。スタートアップから広がった同サービスだが、直近は大企業のユーザーも増加。日本の人材流動性の課題は、本当に解決できるのか? 岩崎由夏氏に聞いた。
──「YOUTRUST」はキャリアに特化したSNSで、初期はスタートアップ業界から広がりましたが、いまは大企業のユーザーも増えてきた印象があります。
岩崎 大企業の領域は直近、私たちも狙って獲得してきたところです。
大阪大学理学部卒業後、2012年株式会社ディー・エヌ・エーに新卒入社。採用担当として経験を積む中で、求職者にとってフェアではない転職市場に違和感を覚え、起業を決意。「日本のモメンタムを上げる 偉大な会社を創る」というビジョンを掲げる、株式会社YOUTRUSTを2017年に設立。2018年4月にリリースした日本のキャリアSNS「YOUTRUST」の累計ユーザー数は約18万名。
 最近も、私たちのイベントに、パナソニックやソフトバンクが協賛してくれました。
 なぜ、こうした超大手企業が私たちの思いに共感し、第一歩を踏み出してくれたのか。
 理由はとてもシンプルで、大企業の中にもスタートアップ出身やそこに興味のある方が増えてきて、私たちの話に熱く共感してくれたからなんです。
 これって弊社だけでなく、どの会社にとっても、とくにtoB系スタートアップからすると重要なことだと思うんです。
 つまり、スタートアップのプロダクトを買うのはまだ少し怖い、という空気があっても、買い手側にスタートアップに理解のある方がいれば、途端に話が早くなる。
──スタートアップと大企業の間の人材流動性の低さが問題視されています。
 やはり、そこは異常に低いですよね。
 私が感じている課題は2つあります。
 アメリカの人生平均転職回数の平均が11.3回ぐらいで、日本は2.8回ぐらい。
 ジョブホッパーになれと言うつもりは一切ありませんが、一方で、動かない人は一生動かないし、動く人は何度も動く、という極端な状況もあって。まだまだ転職という選択が非日常すぎるのかな、というのが1つ目。
 もう1つは、転職するにしても、同じような企業群の中で動いていることですね。
 大企業の間で人は動くし、スタートアップの間でも人は動く。だけど、「前職とほぼ同じ仕事をしています、同じツールを使ってます」みたいな、どこまでもお互いの垣根を越えない状況があるなと。
 それってマクロで見ると、あまりにもったいない、と思うんですよ。
 私なりに「いい転職とは何か」を考えると、変化差分の大きさにこそ価値があると思うんです。たとえば、スタートアップの人が官僚になるとか、その逆もしかり。
 垣根を越えてみたら、こんなやり方があるんだって気づかされたり、異能同士でコラボレーションが生まれたり、そういう転職がもっと当たり前になっていけばいいなと。
──そのためには何が必要だと思いますか。
 シンプルに人が交わっていないだけだと思うんです。
 私の親友が経済産業省に転職したんですが、その瞬間から、私にとって経産省がとても身近になったんですね。
 知人の輪も広がって、ある日いきなり経産省の人から、「いま、スタートアップの労働時間に関してヒアリングして回ってるんですが」みたいな電話がかかってきたりする。
 今回のイベント(「START UP EVERYTIME」)もそうじゃないかと勝手に思ってるんですが、垣根を越えた人のつながりができるかどうかが、とくにコロナ禍でがんじがらめだった状況が変化してきたこれからは、より重要になってくるんじゃないでしょうか。
 大企業の若い層にも、「このままではまずいんじゃないか」と思ってはいても、いますぐ転職するほどではない、みたいな方がけっこういるんですよね。そういう方を私たちがハブになってつなげられれば、と考えています。
 そしてなにより、コミュニティを越境したい人たちにとって、意味のある場所をつくっていければと思います。

 より軽やかにキャリア選択ができる環境づくりを

新卒で入社したサイバーエージェントでは藤田ファンドの担当を務め、約4年半で20社ほどのスタートアップへの投資を実行。23年3月に独立し、Sworkersを創業した坡山里帆氏。いま旗を立てるのはHR領域だという。元投資家は、なぜ「採用」に注目するのか?
──今年3月にHR領域のスタートアップであるSworkersを起業されました。
坡山 もともとベンチャーキャピタル(VC)業を4年半やりまして、私たちが始めた頃よりもVCやCVC、事業会社など、お金の出し手は増えた印象があります。
 独立以前から、スタートアップの方に「自社の課題をサポートしてもらえないか」とご相談を多くいただくのですが、ファイナンスを除けば、ほぼほぼすべてが「採用」に関する課題なんですよ。
2016年、株式会社サイバーエージェントにて内定者時代に新規事業の立ち上げに参画。17年、同社へ新卒入社後、ABEMA開発局にてプランナーを経験。18年11月より、社長室 投資戦略本部 藤田ファンド担当として投資業に従事し、約4年半で20社ほどのスタートアップへの投資を実行。23年3月に同社を退社し、株式会社Sworkersを創業。
 スタートアップの総数は増えてきたものの、「スタートアップで働く」選択肢は、まだ社会に浸透していない。
 その選択肢があるよと私が発信することで、フィットする方がもっとスタートアップに入りやすくなる仕組みをつくれたら、というのがSworkers創業のきっかけなんです。
──坡山さんの過去の投資担当先には、タイミーやZEALS、ROXXなど名が知れ、急成長を描く錚々たる企業が並びます。急成長スタートアップでも採用に悩まれている?
 ええ、これはどんな会社にも言えることですが、たとえば大手商社や外資コンサルと比べると「将来性はどうなの?」ってなりますよね。
 このギャップ解決のためには、スタートアップ側がおもしろい未来を提示するとか、魅力的なオファー、人によっては金銭的価値かもしれませんが、それをうまく設計するとか、環境を整えるとか、できることはたくさんあると思います。
 ただ、問題は「じゃあ、明日から行きます」と言える方が何人いるのか、ということなんです。
 大企業の部長クラスの方ですと、オファーから3年ぐらいかけて経営層で入ってくださる、みたいな時間軸がリアルだったりするので。
 スタートアップ側からすれば、フェーズによって人材要件が急速に変わっていくわけで、タイミングよく最高の状態でジョインしてくれるって、なかなか難しいのかなと。
──課題解決のために何ができるでしょうか。
 いま考えているのは、スタートアップと大企業の双方にとってメリットがあるかたちで、グラデーションとなる活動領域をつくれないかということです。
 まだモデルを模索している段階ですが、そういった活動をサポートするプラットフォームができるといいなと思います。
──長年、スタートアップの動向を見てきた坡山さんが、希望を感じる新しい潮流はありますか。
 あまり性別で区切ること自体は好きではありませんが、事実として、VCや起業家における女性の割合が増えたな、とは思います。
 性別だけじゃなく、育児中・介護中などキャリアのライフステージにあわせた多様な働き方を意識されているプレイヤーも多くなってきたんじゃないでしょうか。
 元アナウンサーや元官僚の方など、これまではあまりスタートアップには入ってこない経歴の方も増えてきました。
 少しずつですが、人材の多様性が高まっているのを感じます。
 それから起業することに対しても、以前よりハードルが低くなった印象があります。
 いま、iU(情報経営イノベーション専門職大学)で非常勤講師をしているのですが、学生と話していると1年生でも「合同会社をやってます」「資金調達を最近して」って、さらっと話すんですね。
 もちろん学校や先生たちが、チャレンジを後押しする空気もあるんですが、みんな起業に対してとてもポジティブなのがいいなと思って。
 VCや起業家の先輩たちが、さまざまな成功事例を背中で見せてくれていることも大きいと思っています。
📍2024年1月31日までYOUTRUST岩崎氏も登壇したセッションを含むカンファレンスのアーカイブが、無料配信中。「アーカイブ・オンライン配信」チケットを選択👇
YOUTRUST岩崎氏も登壇。大型カンファレンス「
〝スタエコ〟の論点
  1. 【新】スタートアップ・エコシステムってなんですか?
  2. いまこそ、スタートアップ⇔大企業を「越境」せよ
  3. SaaS=オワコンに「NO!」日本市場には伸びしろしかない
  4. 「原始時代ぐらい遅れてる!」焦りが生み出すグローバル戦略
  5. アメリカ進出1年。未来をつくる“覚悟”と見えてきた“勝ち筋”
  6. 「しょうがない」って言うな。一人の強い思いから未来は変わる
  7. 【教えて】 なぜ、スタートアップが国の「ルール」を動かせたのか
  8. “儲かる”構造づくりが「未来世代のための社会変革」への近道
  9. 「日本のポテンシャル」は低くない。勇気を持ってグローバルに挑め
  10. 「自然への思い」が巨大事業を動かす。再エネスタートアップの規格外の挑戦
  11. 東大・京大だからこそのVCの姿。トップに話を聞いたらすごかった
  12. 医療危機にどう対応するか?「重い」業界を変える変革者たち
  13. 日本の最先端がここに。「3つのアワード」に込められた思い
  14. 足りないパーツは明確。いまスタートアップ・エコシステムに必要なもの
  15. 準備OK。さあ、1兆円スタートアップを目指す時がきた
  16. 宇宙大航海時代をリードする、日本発スタートアップの未来図 
  17. やるからには、数十兆円級の「ホームラン」を目指さないと意味がない
  18. エネルギーの源は「資源」から「技術」へシフトする
  19. これが現実。次の世界スタンダードを獲る「Deep」な技術を見逃すな
  20. 【警鐘】そのスタートアップは「世界標準」の設計になっているか?
  21. 【みずほ・MUFG・SMBC】メガバンクにとってスタートアップとは何か
  22. 日本の技術で世界に切り込む、ディープなスタートアップの今