2023/10/6
【新】スタートアップ・エコシステムってなんですか?
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス『
START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスと連動し、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
一歩踏み出し、お互いを「知る」
2022年3月30日に創設された「一般社団法人スタートアップエコシステム協会」。その立ち上げを牽引し、代表理事を務めるのが藤本あゆみ氏だ。日本各地でスタートアップ支援の動きが活発になってきたいま、何が大事なのか、話を聞いた。
──そもそもスタートアップ・エコシステムとはなんでしょうか?
藤本 シリコンバレーで発展した、イノベーションを生み出すための生態系(エコシステム)です。
一般的には、起業家と投資家(VC)の関係を中心に語られることが多いのですが、実は、それだけにとどまらないよね、というのがポイントです。
ヨーロッパで創立されたStartup Commonsの定義によれば、スタートアップ・エコシステムとは「物理的・仮想的なある場所にいる人々や、さまざまなステージのスタートアップや組織がスタートアップ企業を生み出すシステムとして相互作用することによって形成されるものである」。
作成:スタートアップエコシステム協会
なぜ「相互作用」が重要かといえば、たとえばGAFAのようなテックジャイアントだって、既存産業をディスラプションしただけではありません。
数々のスタートアップをM&Aしてきただけでなく、政府省庁との規制緩和のロビイング、伝統的金融機関との取引きや既存産業との協調など、相互作用をしながら、社会や生活を変えてきました。
もちろん日本にも、スタートアップ・エコシステムが存在します。
しかし、一つひとつのエコシステム、たとえばVCと起業家のエコシステム、アクセラレーションと起業家のエコシステムのようなかたちで関係が閉じていて、垣根を越えた「相互作用」が少ないのが、いま、一番の課題だと感じています。
Plug and Play Japan株式会社 執行役員CMO。文部科学省 起業家教育推進大使。2002年キャリアデザインセンター入社、2007年4月グーグルに転職し、人材業界担当統括部長を歴任。「Women Will Project」のパートナー担当を経て、同社退社後2016年5月、一般社団法人at Will Workを設立。その後株式会社お金のデザインを経てPlug and Play Japan株式会社にてマーケティング/PRを統括。2022年3月に一般社団法人スタートアップエコシステム協会を設立、代表理事に就任。米国ミネルバ認定講師。
私が所属するPlug and Playはアクセラレーター/VCとして、2017年に日本オフィスを構えました。
スタートアップの起業家だけでなく、VCやアクセラレーター、大企業、行政、研究機関といったエコシステムを形成するプレイヤーは日本に増えているものの、それぞれの点と点がつながらず、線に、そして面になる世界、つまり社会や産業を変える本格的な変化が訪れないことをもどかしく感じていました。
個人同士のつながりで連携することはできますが、もっと早く、大きく成長しなければ1社ずつでできることには限界があります。
その思いに賛同いただいた方々と一緒に立ち上げたのが、「一般社団法人スタートアップエコシステム協会」です。
「エコシステムをより強くする、活性化する、連携する、相互作用させる」ことが重要。これは日本固有の課題ではなく、世界中でも同じことが言われています。
しかし、島国という特性や言語の壁などがあり、日本は日本という国で閉じていて、さらにそれぞれのステークホルダーとの関係にとどまっているのが、非常にもったいない。この垣根を越えたエコシステムの活性化が必要だ、と。
どの環境でも、はじまりは小さいものだと思うんです。最初から自然に大きなエコシステムがあって、みんなが「相互作用」している状態が生まれるわけではないでしょう。
2022年1月の年頭記者会見で、岸田総理が「スタートアップ創出元年である」と話されて、とても話題になりました。
日本のスタートアップ・エコシステムは、「新しいフェーズにやっときた」。現時点で世界水準に後れを取っていたとしても、ここから大きく巻き返したいと、みんなが思ったらできると信じています。
エコシステムが面になっていくためには、それぞれがコンフォートゾーンから抜け出すことが、まず大事だと思っています。
スタートアップだけではなく、投資家や支援者、政府や自治体、それぞれがこれまでより“ちょっと”でも、違うところに一歩踏み出していく。
いきなり連携しましょうって、そう簡単にはできないですし、ほかのエコシステムのプレイヤーがやってることを知る、話をしてみるといった基本的なところも、意外にまだまだこれからです。
お互いを知らないと「うちはここに強みがあるから、絶対どこにも負けない」となって、自分たちのサークルに、いかに囲い込もうかという思考になりがちです。
でも、一歩引いてスタートアップ・エコシステムという、もっと大きな視点で見ると、いまの日本で「そんなこと言っている場合ですか?」と。
日本には起業家が少ない、ユニコーンが少ない、グローバルスタートアップが少ない……。
世界中のエコシステムがすごい勢いで成長しているなか、日本は停滞している、世界の成長に追いついていないと思うのであれば、その一人ひとりがエコシステムを構成する立場として、どう相互作用したら変化のスピードを進められるんだろうと視点を変えないといけない。
自分たちの世界だけにいると、それはどうしても見えないんです。
いきなり視座を上げましょう、視野を広げましょうと言っても、簡単な話ではないので、まずはエコシステムを構成するそれぞれのプレイヤーが自分に近い人のことをより知るために、第一歩を踏み出してコミュニケーションすること、小さい一歩だけど、それがすごく大事なアクションだと思っています。
とはいえ、足元の成長に必死で向き合うスタートアップのみなさんは、「そんなことより自社のビジネスをがんばりたい」となるので、私たちのような協会が不要なブロックを除き、刺激づくりをできれば、と活動しています。
フランスやドイツは5年ほど前からエコシステムをちゃんとつくろうと国をあげて推進しています。
日本でも、昨年政府が「スタートアップ育成5か年計画」を掲げました。
世界的に見ても、政府がこれだけ「スタートアップだ!」と連呼している状況はとても大きな支援だと思います。
スタートアップが日本経済を活性化させる大きな要因になり得ると、期待が高まっているいまが大きな潮目になる。5年前は、そこまで話をしていませんでしたから。
ただ、「スタートアップ〝エコシステム〟を活性化させよう」と言うのは、私たち協会ぐらいです。それは問題ないんです。エコシステム自体がなにか新しい利益を生むわけではないので。
でも、自社だけではできないチャレンジができたり、連携することで、もっと成長のスピードを速められたり。連携・協業・相互作用していくことで、日本のスタートアップにも、もっと新しい道が開けてくる。
フランス・パリの「Station F ※世界最大級のスタートアップ集積施設」で聞いて、すごくおもしろいと思ったのは、スタートアップの課題の90%はスタートアップ同士で解決できるということ。
だから、大企業とつながることだけが正解でもない。もしかしたら日本では、国の多くを占める中小企業が課題解決のカギになるかもしれません。
エコシステムが豊かであればあるだけ、その選択肢がたくさん生まれるわけです。
スタートアップサイドも、自分たちがさまざまな享受を受ける(テイクする)だけだと、エコシステムとしては成立しないので、ギブ&テイクの循環が大事です。
エコシステムは、続いていくことが前提のもの。うまくいっている地域では、成功した起業家が次の世代にちゃんとギブする連鎖が生まれていて、ギバーが多いのが特徴ですね。
政府の後押しも強力ですが、経済産業省、国土交通省、文部科学省、内閣府……さまざまな省庁も目指すところは同じなのに、それぞれの役割が違うため別々で支援をしているケースもあります。
それぞれが連携し、さらに凝縮したスタートアップの支援体制をつくっていくことが重要です。
「はい、やります」と、すぐ動けることだけではないとわかっています。
とはいえ、日本のスタートアップ・エコシステムの活性化を願う私たちは、外から言い続けるしかないので、ずっと伝えていこうと思っています。
エコシステムの形成が不可欠
共著論文「アクセラレーターによるスタートアップの育成」が2022年度の日本経営学会賞を受賞。今年4月までスタンフォードで1年間、スタートアップ・エコシステム調査を行ってきた経営学者の芦澤美智子氏。なぜいま、日本のエコシステムの発展が重要なのか、話を聞いた。
──スタートアップ・エコシステムについての研究が、盛り上がっていると聞きますがどうなんでしょうか。
芦澤 2017年ごろから経営学のトップジャーナルで特集号が組まれ見かけるようになりました。
学会では「アントレプレヌーリアル・エコシステム(Entrepreneurial Ecosystem)」と呼ばれています。スタートアップ・エコシステムと実質的には、ほぼ同義です。
“Entrepreneurial Ecosystem”がタイトルに含まれている論文数の推移が、2015年8件、2016年14件、2017年39件、2018年84件、2019年115件、2020年104件、2021年に130件、2022年に140件と増えていってます(Web of Science)。
また、アントレプレナーシップ研究を牽引している5つの国際ジャーナルでも、論文数は増えていますね。
──スタートアップ・エコシステムとはなんでしょうか。
「ある特定の領域で、スタートアップが急成長し、大きく成功することを可能にする、相互依存する複数要素のセット」ということです。
平たく言うと、急成長スタートアップを連続的に生み出すシリコンバレーのような場所に備わった環境全体のことです。
1996年より大手監査法人にて会計監査、M&A財務監査等に従事。2003年にMBA(慶應義塾大学)取得後、産業再生機構とアドバンテッジパートナーズで企業変革プロジェクトに携わる。出産後にアカデミアへの転向を志し、2013年に博士号(慶應義塾大学)を取得し大学教員となる。共著論文「アクセラレーターによるスタートアップの育成」が2022年度日本経営学会賞を受賞。研究の主眼は、スタートアップ・エコシステムに置いている。政府自治体の委員や、社外取締役(上場企業およびスタートアップ)の経験も有し、各種セミナー等の登壇も多数。アカデミアの知見を産業界/政策当事者に伝えることに力を注いでいる。
主な要素としては、社会資本、文化資本、投資資本、人的ネットワーク、経済政策などが挙げられます。プレイヤーでいえば、起業家、資金提供者(ベンチャーキャピタル、エンジェル投資家、銀行など)、起業家の教育機関(大学)、インキュベーター・アクセラレーター、政府や公的機関、ネットワークやコミュニティを生み出す人や組織のことです。
これらがうまく連携し、相互にサポートし合うことで、起業家は新しいビジネスを成功させる可能性が高まります。特定の地域や国が経済的に成長するためには、健全なアントレプレヌーリアル・エコシステムの形成が不可欠とされています。
これに似たような図を見たことありますか? これは有名なチェスブロウのオープンイノベーションの図をもとにしてるんです。
Open innovation funnel and the entrepreneurial ecosystem(Pustovrh and Jaklic, 2018)
右下に、スタートアップ・エコシステムという言葉が出現していますね。
──この要素はいち企業というより、企業群などのことなのでしょうか。
そうです。御社が今回のカンファレンスを開催するように、ミートアップも一つの要素です。考えてみれば、10年前はカンファレンスがこんなになかったですよね。大企業もここまで活発にやっていなかった。
御社のINITIALなどのデータベースサービスも、スタートアップを支援するインフラ的な役割を担っていると思います。
スタートアップはそれぞれが無名で小さいですから、成長のための資源(人・金・情報など)を集めるために、ミートアップやデータベースが重要になります。
──たしかに。IVS(2007-)、B-Dash(2011-)など、10年以上前からやっていたカンファレンスも、いまほどの規模ではなかったと思います。ミートアップもシリコンバレーで発展し、世界各国に輸出されていきつつ、研究もされているのですね。
スタートアップ・エコシステムの分野は、学問的には大きく2つに別れます。一つは経済学ベース。もう一つは、社会学・心理学ベースでの研究です。前者は主に、お金の流れを、後者は人や組織の行動や心理にフォーカスをあてています。
もう一つ、この分野はイノベーションを生む政策を考える土台としても非常に重要であることもポイントです。日本も近年、政府や自治体がスタートアップ支援政策を矢継ぎ早に打ち出していますが、ヨーロッパ各国も、アジアだと中国や韓国も、国がスタートアップ支援に力を入れていますよね。
私もこの夏、スタートアップ・エコシステムの第一線の研究者が集まる経営学の国際学会に行ってきたんですけども、ポリシーメイキング(政策立案)の話が活発に議論されていました。
エコシステムのサイクルを決める「成功の規模」
──芦澤さんから見て、日本のスタートアップ・エコシステムの課題はなんでしょうか。
これはもう大前提の課題ですが、やはり規模ですね。
日本のスタートアップエコシステムの規模も着々と大きくなっています。資金調達量は、10年前から約10倍ですから。ですが、米中のスタートアップ資金調達額は日本の約30〜50倍の規模となっています。GDPでは米中は日本の約5〜6倍にすぎないことから考えると、日本のエコシステムの規模が小さいことがわかります。
資本主義システムにおいては、規模の違いは将来の成長に大きな影響を及ぼします。次のサイクルに注ぎ込まれる資金・人の量が、成長率が同じであれば、どんどん開いていきます。
──サイクルがポイントなんですね。成功規模が次の循環への入力となり、規模の差によって、倍々ゲームで差がついてしまう。
さらに、英語圏経済や、インドや中国などの内需が桁違いに大きい経済圏と違って、日本語経済圏は人口減少社会です。
インターネットをベースとして、デジタル技術の多くは、国境や言語を超えてプラットフォームサービスを形成します。ネットワーク外部性が利く、つまり広がれば広がるほど、強固になります。日本の1億2000人ほどの中で勝っているものより、世界の人口を相手にしたサービスが勝ちやすい。
マクロな流れとしては、このまま行くと、差は開くばかりということです。
──日本政府が「5か年計画」などの大号令をかけたのもうなずけますね。
そうです。すでについてしまっている大きな差を、国策として制定し、いまのうちに引き離されないように追いつこうとする動きは、世界各国でも見られます。
スタートアップのビジネスは、不確実性が高いので、リスクを取ってチャレンジし続けられるかが、カギになってきます。この流れは、多くの有識者や政府のみなさんも、認識しているはずです。
──ほかに課題はありますか?
一つは、投資慣行などのガラパゴス化は問題だと思います。
黎明期のスタートアップ業界において、どうにか立ち上がらせるために必要だった、特殊な仕組みややり方が、ずっと続いてきてしまった。
日本の投資契約書には、投資する側がリスクがないようなかたちの文言がいっぱい入っています。投資家側に聞くと「実際にはそれら文言が行使されることはない。ガバナンスのために入っているにすぎない」とおっしゃるのですが。
ただ、いざ世界に打って出るために海外の投資家たちに話をしようとすると、投資契約書を見て、不審に思ったりして、入ってこられなくなることがあると聞いています。
もう一つは、社会規範の問題ですね。カルチャーといってもいい。
「会社辞めて起業します」といったときに、同僚、友人、家族がどう反応するか。
この10年、20年でだいぶ変わってきましたが、まだまだ、心配されることのほうが多いんじゃないでしょうか。
個が自分のキャリアで勝負しようと考えて、優秀な人が、もっともっとスタートアップに来るようになるといい。私が昨年滞在していたシリコンバレーでは、世界中から集まる優秀な人たちが切磋琢磨しエコシステムをつくっています。
日本の強みを世界でどう活かすか
──マクロには水を開けられる状況の中で、日本ならではの勝ち筋はありますか。
勝ち筋については、みんな悩んでますよね。私も専門ではないので、考えながらしゃべるんですが……。
要するに、ネットワーク外部性が強く利くデジタル産業で世界と勝負するのが難しいということかと思います。資金や経験の蓄積、スピード感、そして規模感で負けてしまっています。ソフトバンクは世界でも存在感あるグローバル企業ですが、孫さん個人の力が強く、モデルケースにはなりにくいでしょう。
Oishii Farmの古賀(大貴)さんは、NewsPicksでもよく取り上げられていますよね。
Oishii Farmに一つのヒントがあると思いますね。古賀さんは、もともとコンサルの時代に、大手日本メーカーの植物工場の高い技術に触れていたそうなんです。
その時に思ったこととして、植物工場を日本でやるから難しい。技術は高くても、日本の野菜は質が高く安く売られているから、負けてしまう。そこで、マーケットを変えた。アメリカは日本ほど生鮮野菜や果物のクオリティが高くない。そこで日本の高い技術でつくったものをアメリカ市場(ニューヨークなど)で売って、成功している。
また、冨山和彦(経営共創基盤 会長)さんが、IoTの世界ではデジタルとリアルの両方の技術が必要だから、日本が強い技術分野に、デジタルを取り込むことができれば、勝ち筋があるのではないか、とおっしゃっています。
一方、スタンフォード大学の医学部に所属している池野文昭さんは、世界の中で日本は最も高齢化が進む社会であり、医療や介護分野の市場として最も先端を行く可能性があるとおっしゃっています。
他にも日本が諸外国に比べて、強みがある技術や市場、方法論の分野を見つける。そこを起点にし、日本市場にとどまるのではなく、世界を土俵にしてチャレンジしていく考え方が取れたらいいのではないでしょうか。
そのためには、日頃から世界に視野を広げ、世界をフィールドにして行動する力が必要になりますね。
課題のところで触れた規模の問題も、社会的な規範や文化の問題も、より多くの人が世界に視野を広げ行動するようになると解決していくことだと思います。もちろん、政策での支援や、私が所属する大学でやるべき起業家教育も進化が必要になってきますが。
日本もいよいよ世界で勝負するスタートアップを生み出そうという気運なので、起業家もエコシステムビルダーも、総力で課題を乗り越え、ステージを上げる時期に来ているように思います。
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デザイン:月森恭助
編集:中島洋一、樫本倫子