2023/7/28

2050年に向けた世界と日本の「水問題」

NewsPicks / Brand Design editor
「20世紀は石油をめぐる紛争の世紀だったが、21世紀は水をめぐる紛争の世紀になる」
 世界銀行副総裁のイスマイル・セラゲルディン氏は、1995年当時、未来をそう予言した。
 その言葉通り、現在に至るまで世界の水需要は上がり続けており、今“ある問題” が世界的に懸念されている。
 それが、世界レベルでの深刻な「水不足」だ。
 国土交通省によれば、2000年から2050年の間に、世界全体で55%の水需要の増加が見込まれている。それによって2050年には、世界人口の40%以上の39億人が、深刻な水不足の被害にあうと予想されている。
出典:iStock
 なぜ、水の惑星とも呼ばれる地球で、世界的な水不足が起きてしまうのか。そして、私たち日本人にも、決して他人事ではない未来予測とは。
 人類が生きていく上で欠かせない「食料」と「水」、そして私たちを取り巻く「地球環境」……。
 それぞれの観点から地球の現在地を知り、次世代のためにできることを考える本連載。前編では、「食料問題」について取り上げた。
 本記事では、2050年に向けた「水問題」にフォーカスを当てる。
 今日からあなたの「水」への視点が変わるかもしれない。
前編「食料」の記事はこちら↓

使える水は、意外と少ない

かつて宇宙飛行士のガガーリンは「地球は青かった」と名言を残した。
 実際、地球の表面の3分の2は水でおおわれており、およそ14億立方キロメートル(1立方メートルで1000リットル)の水が存在すると言われている。
こんなに水があるのだから水不足で苦しむはずはない、そう考える人も多いだろう。
 ところが、地球の水のほとんどは海水であり、人間が生活や農業、工業で使える水「資源」(淡水)は、全体の2.5%程度だ。
 さらに、この淡水の大部分は、南極や北極などの氷や氷河、地下水として存在している。
 そのため、河川や湖などの人間が取水しやすい状態の水に限れば、その量は全体のわずか0.01%(10万立方キロメートル)に過ぎない。
 人類は、非常に限られた水資源を分け合って生活しているのである。
 しかし、その0.01%の水量自体が問題なのかと言えば、そうではない。
 国連開発計画(UNDP)の発表では、「世界全体を見ると、すべての人に行き渡らせるのに十分なだけの水量が存在しているが、国によって水の流入量や水資源の分配に大きな差がある」と指摘されている。
 例えば、カナダやニュージーランドのように水が豊富な国もあれば、インドやエジプトのように水資源が需要を大きく下回る地域も存在する。
 つまり、「水不足」の問題の根源は、地球全体の水の量ではなく、限られた安全な水へのアクセスの不平等さにあるといえる。

世界の水バランスが崩壊

 ではなぜ、水へのアクセスに不均衡が生じているのか。
 現状、世界の4分の1にあたる人たちは、未だに安全な飲料水にアクセスできない。
 特に低所得国においては、水道インフラの整備が十分行われていないために安定的に水が得られないことが主な要因だと言われている。
 一方で、近年、水資源の問題には、高所得国も巻き込んだ複数の要素が絡んでいるとされる。
 例えば、世界的な人口急増による影響。
 国連の推計によると、現在の世界の人口はすでに80億人を突破しており、2030年までに85億人、2050年には100億人に到達する見込みだ。
 人口の増加はつまるところ水の使用量増加に繋がるが、安全な水の供給量は変わらない。そのため、限られたパイを世界の人たちで取り合うことを意味する。
 一人当たりの水資源量は、2010年から2050年で、中東を含むアジアで20%近く減少、アフリカでは50%減少するという。
 もしこうした状況が続けば、2050年までに世界人口の過半数が、水ストレス(水不足によって日常生活に不便を感じる状態)のリスクにさらされるとも言われている。
 また、気候変動による異常気象の影響も大きい。
 水資源として利用可能な水の量は、降水量の変動により常に変化している。そのため、地球温暖化による気候変動で大雨や無雨、干ばつなどの異常気象が起これば、洪水リスクや渇水などが発生し、利用できる安全な水の量に大きな影響を与えるとされる。
 実際にそうした被害は、世界各地で多発している。2015年には国家レベルの干ばつ、洪水がそれぞれ32件、152件発生し、影響を受けた人は干ばつが約5000万人、洪水が約3000万人に上ると報告されている。
 このほか、水の所有権や水資源配分をめぐって、水紛争も世界各地で起こっている。
 東京大学 大学院工学系研究科 都市工学専攻 教授の片山浩之氏は、2050年の水の問題について、今後は世界中で浸水被害が大きくなるのではないか、と指摘する。
 片山教授によれば、地球温暖化に伴い、南極やグリーンランドの氷河が溶けて海水面が上昇すると、低地に都市を展開するアジア地域を中心に、水害に対する脆弱性が高まるという。
「洪水や内水氾濫、津波が起きると、水害に弱い街は水を排除する仕組みがないため、都市が機能しなくなる可能性があります」と片山教授。
 氷が溶けることでメタンが発生するという報告もあり、温室効果ガスの影響でさらに温暖化が進む負のループが生まれている。
 このように、今世界では、水を取り巻く環境のバランスが崩れつつあるのだ。

世界の水量に異変

 世界の水の使い道は、農業用水、工業用水、生活用水と、大きく分けて3種類ある。
 このうち、農業用水が全体の約7割を占め、工業用水が2割、生活用水が約1割という内訳になっている。地域別にみると、米が主食のアジアでの使用量が最も多く、続いて北米、ヨーロッパの順だ。
 主に農業用水は、田植えや綿、麦などの栽培をするための灌漑(かんがい)に使われる。灌漑とは、外部の水源から農地へ水を人工的に供給する方法のこと。
世界の水の7割は農業用水に使われる(出典:iStock)
 外部の水源から取水するということは、自然環境の中にある水量に依存することを意味する。
 気候変動の異常気象により降水量が減り、流域の水源量が減る。すると、灌漑水の需要だけが増えていくことになり、結果的に水不足を引き起こす。
 また、過度な取水や流域水源の管理不足が、水源の枯渇を招くこともある。
 実際に、中央アジアのカザフスタンとウズベキスタンにまたがり、世界4位の広さを持つ「アラル海」の湖面積が、1960年以降の旧ソ連政府による無計画な灌漑農業によって半世紀で10分の1にまで干上がった、との報道は記憶に新しい。
 加えて水不足は、人口増加や低所得国の経済発展などによる食料需要の増加とも密接に絡んでいる。
 世界で肉を食べる人が増えると、多くの牛や豚を育てなければいけない。そのための飼料をつくるには、灌漑用水が大量に使われる。
 例えば、1キログラムのトウモロコシを生産するには、灌漑用水として1,800リットルの水が必要になる。
 また、牛はこうした穀物を大量に消費しながら育つため、ステーキ1食分(200g)を生産するには約3,200リットルもの水が必要だと言われている。
 もし世界の水不足が深刻化していけば、食料生産の問題にも大きく関わってくる。
 こうした事実は、食料の60%以上を輸入する日本にとって、決して他人事ではないことは想像に難くない。
 次項では、日本と水の関係性について注目してみよう。

水・食の輸入大国、日本

 日本は、水資源に恵まれた国だと言われる。
 世界の水不足の問題を知った後でも、水に関して毎日何不自由ない生活を送れている私たち日本人にとっては、あまり縁のない話だと思うかもしれない。
 国土交通省によれば、水資源の豊富さを測る基準にもなる降水量では、日本は世界の平均の約2倍近くあるという。
 日本の地形は山地による急流域が多く保水力も少ないため、降水量の80%は利用されずに川から海に流れるか、地下水になるものの、季節要因による大雨などに見舞われることも多く、水不足を感じにくいという特徴もある。
 一方で、日本と世界の水不足の問題は、隣り合わせであることを忘れてはいけない。世界の水の使い道は、農業用水が70%以上であることは先述した。
 その傾向は日本においても同様で、2018年の全国の水使用量のうち、約3分の2が農業用水というデータがある。
 他方、日本は食料を海外からの輸入に依存しており、カロリーベースでの食料自給率は40%を下回る。そのため、食料をすべて国内で生産しようとすると、水はとても足りないということになる。
 日本は、水資源を食料のかたちに変えて海外から間接的に輸入している、とも言えるのである。これを、バーチャルウォーター(仮想水)という。
 2005年に海外から日本に輸入されたバーチャルウォーターの量は、約800億立方メートル。大半は食料に伴うもので、これは日本国内で使用される年間水使用量と同程度だ。
 もし世界で人口がこのまま増え続けて水不足や食料不足になれば、他国も当然資源を輸出する余裕は無くなる。
 その場合、日本への輸入価格が高騰するだけならまだしも、状況によっては希望しても特定の食料が手に入らない可能性も十分あるのだ。
 こうしたバーチャルウォーターの話題では、悲観論の一方向になりがちだが、少し別の角度からの意見もある。
 片山教授は、世界の水不足に対する懸念を踏まえた上で、各国は合理的な選択をするべき、と述べる。
「確かに全体の水量の分配比率は問題です。一方で、世界中の水が一気にすべてなくなるわけではありません。オーストラリアのような水不足の国もあれば、カナダのように水が有り余っている国もある。その時の世界情勢や状況に合わせて、過度に不安視せず経済合理的に考え、行動を変えていくことが大事ではないでしょうか」(片山教授)
 日本社会が水不足の問題を考慮する上では、国内の直接的な水不足だけでなく、海外の情勢にも常に目を向けていかなくてはならないだろう。

20世紀型からの転換が必要

 日本では、過去に何度か、大規模な渇水が発生している。
 戦後起きた東京オリンピック渇水では、水使用量が増えたことや少雨が原因で、東京が大渇水に襲われた。都内には砂ぼこりが舞い、当時メディアは「東京砂漠」と報じたという。
 また94年の列島渇水では、水道水の断水や給水制限によって一度でも影響を受けた人口は全国で約1600万人に上るとともに、1400億円相当の農作物被害が発生した。
 渇水が起きる原因は、実は少雨だけではない。「雪解け水」の不足だ。
出典:「人と水とのかかわりに関する世論調査」(内閣府、1994年)
 片山教授によれば、2050年の日本における水問題において、最も危惧すべきは、気候変動の影響による雪解け水のタイミングの変化だと言う。
 地形的に水が海に流れやすい日本ではダムの存在が重要だが、それですべての水を管理しているわけではない。実際には、冬の間に降った雪が溶けた水が、川の水量を補っており、日本人はその仕組みをうまく利用してきた経緯がある。
 雪解け水が田んぼにとって最も良いタイミングで流れる今までの状態が、いつまで続くのかが懸念、と片山教授は指摘する。
「気候変動の影響で、雪解け水による自然の水量調整がうまく機能しなくなることで、日本でも直接水不足が起きる可能性は十分あります。しかし、その発生条件がどれくらいの気温上昇により引き起こされるか、頻度はどれくらいなのか、といったことは実際に起きてみないと分からない部分も多いのが現状です」と、片山教授。
 では、水を貯蓄するダムを増やせば良いのではないか、というと、それも現実問題は難しい。地形や地質的な要因から建設地が限られる上に、近隣住民や自然環境への配慮が必要なことからダム建設には長い年月がかかるため、すぐに増やすことは出来ないのだ。
 こうした現状に対し、同氏は、前世紀的な水利用のあり方からの転換が今必要だと述べる。
「現在の都市や農業をとりまく水利用の仕組みやインフラは、基本的に20世紀の気候に合わせて最適化を繰り返してきました。ところが、21世紀はその前提が変わりはじめている。今はその転換点にいるのだと思います」(片山教授)

水問題の最適解を探す

 水利用の観点では、水源だけではなく、それを届けるための水インフラそのものが健全に機能することも重要だ。
 例えば、水道管が老朽化し、日本全国の水道関連の事故が相次いでいる、と報道されたのが一昨年。
 水道管路の法定耐用年数は40年。高度経済成長期に整備された施設の更新が財政難などの理由で進まないことにより、国内の水道管の老朽化率が上昇し、近年漏水や断水が問題となっている。
「どこかの限界集落に水を送るのが難しい事態となった場合、強制移住といった不幸が起きるかもしれない。綺麗な水を運ぶインフラ設備の安全面だけでなく、その地域で暮らす自由がおびやかされる可能性がある」と片山教授は語る。
 21世紀は水へのアクセスが出来なくなるかもしれない、そんな危機的な状況になるかの岐路に立っているのが今だとすれば、私たちは2050年、持続可能な社会を作るために、何を考えていかなければならないのか。
 片山教授は「農業分野と生活、あるいは都市用水を分断して考えるのではなく、協力関係を作ることが重要」とし、現在世界で主流の熱エネルギーをかけて海水から淡水を作るような力技ではなく、「人類に必要な水を最低限確保できる方法や最適解を模索し続けていかないといけない」と話す。
 蛇口をひねれば清潔な水がいくらでも出てくる日本では、水不足は関係ないと考えがちだ。しかし、意外にもそれらが身近な問題であることを本記事では述べた。また、安全な水を供給する水インフラの重要性についても触れた。
 世界の水問題を鳥の視点で知ることが必要な一方、虫の視点で私たちの身の回りの水問題について関心を持つ“目配り” が、持続可能な地球の水を守ることにつながっていくだろう。
出典:iStock
 2050年は、人口増加や気候変動により、私たちが生きていく上で欠かせない「食料」や「水」の問題に影響を与える可能性がある。それは、これまで人類が享受してきた前提が全く変わることを意味する。
 そんな新しい時代を迎える中で、次の世代、そしてそのまた次の世代が安心して暮らせる場所を作っていくためには、「食料・水・環境」をトータルで考え学び少しずつでも行動することが、2050年の持続可能な社会へのヒントとなるのではないだろうか。