2023/7/28

データで考える。2050年に向けた世界と日本の「食料問題」

NewsPicks / Brand Design editor
 2050年、世界の人口は100億人に達する。
 今、私たちの「食料供給」と「環境」のバランスに、かつてない変化が起ころうとしている。
 爆発的な人口増加や、気候変動による平均気温の上昇……。
 農林水産省の統計によれば、2050年には、食料需要は2010年と比較して1.7倍になると予測されており、食料の安定生産や効率化が世界規模で求められる。
 一方、食料の半分以上を輸入に頼り、国内の農業従事者も減少している日本。これまで「どこか遠い国が直面している」と思われてきた食に関する危機が、実はこの国にも迫っている。
 食へのアクセスや気候変動対策などを含めた「SDGs(持続可能な開発目標)」の達成年限である2030年までは、わずかあと7年だ。
 目の前の2030年を超え、現役世代のみならず、私たちの次の世代が中心となる2050年を、新たなベンチマークとして設定し直してみよう。
 この地球で人類が生きていく上で必須なプラットフォームである「食料・水・環境」。それぞれの観点から地球の現在地を知り、次世代のためにできることを考える本連載。
 本記事では、2050年に向けた「食料問題」にフォーカスを当てる。今日からあなたの「食料」への視点が変わるかもしれない。

食料の世界需給バランスに異変

 2050年の地球では、世界的な食料需要の増加が起きると予測されている。
「食料」にまつわる、未来の地球のデータをいくつか見ていこう。
 世界の人口は、2019年の77億人から、2050年には100億人に到達、2100年までには110億人まで増える見込みだ。
 そのなかでも人口が最も増える国はインド。2027年には中国を抜いて、インドが人口世界一の国に躍り出るという。
 では現在、実際にどれくらいの人に、「食料」へのアクセスが閉ざされていくのか。
 国連WFPによれば、世界で食料不足に苦しむ人数は、2021年時点で最大8億2800万人、前年比4600万人増加している。
 新型コロナウイルス感染症のパンデミック開始以降はさらにそのペースを上げ、2019〜2020年でさらに1億2000万人増えたことが報告されている。それにより、現時点ですでに世界の10人に1人が慢性的な栄養不足の状態に陥っているのだ。
 食料へのアクセスが困難になりつつある原因は、人口増加だけではない。
 干ばつや無雨といった気候変動が、そこに拍車をかける。
 すべての国民が安全で栄養価の高い食料を将来にわたって合理的な価格で手に入れられることを「食料の安全保障」といい、具体的には、以下の4つの要素が重要となる。
 人口爆発や異常気象による食料不足と聞くと、発展途上国での話だとイメージしがちかもしれない。しかし、この「食料安全保障」という観点で考えれば、先進国も決して他人事ではない。
 例えば、気温上昇や異常気象は、先進国の人々が食べる穀物や畜産物、魚介類などのあらゆる食料へ悪影響を与える。
 トウモロコシをはじめ、小麦、大豆、米など主要な穀物の収穫量が低下したり、環境の変化で家畜がストレスを抱え、食欲や体重低下、病気に対する抵抗力が下がり、豚や牛が死んだり繁殖が難しくなったりする。
 すると、穀物や家畜の国際取引価格が上がり、食料にアクセスできなくなる人が増えるのだ。
 また2050年の穀物価格は、人間の生産活動による温室効果ガスの排出量予想方法によって左右されるが、現在の値からさらに7.6%、最大で23まで高騰すると考えられている。
 このように人口増加に加え、気候変動の影響により、世界の「食料」の需給バランスに異変が起きつつある。

輸入大国日本に潜む食リスク

 このように世界の食べ物の安定供給システムに不具合が生じると、連動して日本の「食料」の供給リスクも高くなる。なぜか。日本は世界から食べ物を大量に買っている輸入大国だからだ。
 1965年には7割あった日本のカロリーベースでの自給率は、2021年には4割程度まで落ち込んでいる。つまり、全国民の半分以上の食べ物を他国から輸入していることになる。この数字は、先進国の中では最低水準だ。
 この背景には、私たちの食生活がこの数十年の間に大きく変化したことが原因と言われている。
 日本人は、米や野菜といった自給可能な食料中心の食生活から、肉や卵、加工食品などを多く食べるようになり、原料や飼料のほとんどを輸入に頼るようになったことが自給率低下の一因となっている。
 では、2050年に向けて、輸入大国日本には、具体的にどのような「食料リスク」があるのか。
 例えば、軍事侵攻や戦争のリスク。足元でも報じられているロシアのウクライナ侵攻は、世界の食料のサプライチェーンに大きな影響を与えた。ウクライナは「ヨーロッパの穀倉」とも呼ばれ、国土の7割を農用地が占める。ロシアの生産量とも合わせると、両国の世界の穀物輸出割合はおよそ3割にのぼる。
 また、ロシアは世界最大の肥料輸出国でもある。戦争の終着点が見えない現在、肥料も外国頼みの日本の農業生産リスクは高まるばかりだ。
 そのほか、鳥インフルエンザなどの疫病リスク。円安に代表される為替リスクなども挙げられるだろう。
 加えて、近年では、気候変動による自然災害リスクは見逃せない。異常気象によってもたらされる干ばつや台風によって、農作物の生育環境だけでなく、生産工場や農場に直接被害が及べば、輸入ルートそのものが閉ざされることとなる。
 北海道大学大学院 工学研究院 教授の石井 一英(いしい かずえい)氏は、将来海外の飼料の価格が高騰する可能性に言及しつつ、世界情勢のタイミングによっては、国内で希望した飼料を買えない場合も起きると指摘する。
日本で、いつまでも食料が安定的に輸入できると安心するのは危険なスタンスです。食料自給率が100%になることはわが国の夢ですが、現実的には難しい。だから食料生産ができる国と、うまくパートナー連携をこちら側から図っていくアクションも今後は必要です」と石井教授は話す。

止まらない農家の減少、継承に課題

 ここで、日本国内の「食」の作り手である農業従事者の問題にも目を向けてみよう。
 現在の日本の農業が抱える大きな問題は、主に二つ。「担い手不足」と「高齢化」である。
 実際にどれくらいの農業従事者が減っているのか。2010年の「農業就業人口」は約260万人だったが、その後は毎年10万〜50万人ほど減り続け、2019年には約168万人にまで減少した。
 農業就業人口のうち、自営農業に従事している人の数は、2022年時点で123万人。注目したいのは2000年から20年間で、240万人から136万人に半減している点である。特に2015年から2020年の5年間で2割以上減少しており、2000年以降で最大の減少割合だ。
 高齢化の実態についても見てみよう。自営農業に従事している人の年齢構成をみると、1960年時点で20歳代であった主力層が高齢化し、2000年時点でもそのままボリュームゾーンを形成している。
 その結果、2010年以降の最多層が70歳以上となっているのだ。
 そうした背景の中、農作物の国内外売上の指標となる日本の農業総産出額は、生産需要に応える農家の努力もあり、近年は横ばいを維持しているものの、過去約30年で見ると、減少トレンドにある。
 先の石井教授は、国内の農業が抱える問題について、高齢化や人手不足に加え、「新しい技術の獲得と継承」が課題にあると話す。
 一般的に農家は、同じ土地で毎年作物を作り続ける。言いかえれば、仮に20歳で農業を始め70歳で辞めるとしたら、人生で合計50回程度しかチャレンジができないということだ。
 季節や土地の繊細なコンディションに合わせて作業をする必要があるため、実験室のようにトライアンドエラーを何度も繰り返すわけにもいかない。
 そういった条件下では、環境の変化に合わせた新しい取り組みを試すよりもリスクが先行してしまい、農家はどうしても保守的な考えにならざるを得ない構造があるのではないか、と石井教授。
「保守的であることを否定するのではありません。一方で、新しい技術や方法を取り入れる隙間が無ければ、少ないリソースの経営体で、この先も継続的に農作物を作る力やチャンスが失われていく可能性があります」(石井教授)

求められる、環境負荷が低い農業の形

 では、農家は新しい技術を次々に取り入れて、作物の生産性向上だけを考えればいいかと言えば、話はそう単純ではない。
 今、農業には、環境負荷軽減も考慮した、持続可能なソリューションが全世界で求められている。
 なぜ、そのような解決策が必要なのか。これまでの農業生産活動そのものが、環境に大きな負荷を与えてきたのも事実だからである。
 例えば、農業活動に欠かせない化学肥料。
 現代の化学肥料の製造には、ハーバーボッシュ法が使われている。ハーバーボッシュ法とは、窒素と水素を化学反応させて、アンモニアを合成する技術だ。
 アンモニアは、植物の生育に必要な栄養素である窒素化合物を作るのに不可欠であり、この技術が、20世紀以降の世界の人口増加に伴う大量の食料の生産を支えてきた。
 一方で、ハーバーボッシュ法は、環境負荷が非常に高いことでも知られている。アンモニアの素材となる水素は、石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料から作られる。さらに、窒素と水素を反応させる際には、大量の工業エネルギーを使って高温・高圧の環境を作り出さなければならない上、その過程で大量の二酸化炭素が発生する。
 そうして作られた化学肥料が大量に撒かれた土地には、その成分が地中に染み渡り、地下水汚染の問題にもつながっている。
 そのほかにも、化石燃料で稼働する農業機械の排気ガス、家畜の牛のゲップや水田そのものから発生するメタンガスなど、温室効果ガスの削減も重要な課題だ。
 ちなみに農林水産省の統計によれば、現在日本におけるメタン総排出量に占める農業分野の割合は約8割となっており、米国や欧州と比較して高い水準となっている。
 地球環境に配慮せず、上述したような農業のやり方が今後も続けば、より深刻な環境問題に発展することは自明だろう。
 石井氏は、今の日本の農業でも土地へ肥料を与えすぎてしまうことによる環境負荷が問題となっているため、必要な作物を必要なだけ流通させる需給システムが今後はより必要になるのではないか、と話す。

2050年への「食料問題」の解決案

 以上の議論から、食料不足は「環境問題」とセットで解決しなければいけないことが分かるだろう。そうした中、近年注目されるのがアグリテックだ。
 アグリテックとは、ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、農業の省力化や高品質化など、農業の進化を支える技術を指す。
 最先端の技術を活用することで、新規農業従事者の確保や栽培技術の継承などが期待できる。
 例えば、スマート農業に取り組むクボタでは、農業機械の「自動・無人運転」による超省力化や、スマートフォンと連動した端末を用いて、対応農機と連携したデータを収集・活用することで、農業経営の見える化を実現するなどの具体的な実例が出てきている。
 他方、国も未来の持続可能な農業へ向けて本気だ。
 農林水産省が2021年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」は、日本の農林水産業の生産性向上と持続性の両立を実現させるための政策方針だ。
 具体的には、2050年に向けて、以下の目標を達成するとしている。
「みどりの食料システム戦略」、2050年までの達成目標
 石井教授は、この取り組みについて、自国が抱える農業現場の問題やカーボンニュートラル、輸入問題に対して真摯に受け止めている点が評価できるという。
「国と各都道府県の間で認識ギャップが起こらないような進捗管理や、現場に目標をいかに浸透させるのかといった懸念はありますが、生産者の『自分たちの地域ではこれがやりたい』という声を吸い上げて対話しながら実現するシステムがつくれれば、消費者と生産者、地球環境保護それぞれの立場で、Win-Winの関係性が築けるのではないでしょうか」(石井教授)

日本の食卓に密接な、世界の「水」

 近年、注目される考え方として、「ロバスト性」という言葉がある。環境や気候の変化など外乱の影響に左右されない、内的な「強靭性」を意味する。
 石井教授は、ロバスト農林水産工学国際連携研究教育拠点の代表も務めるが、このロバスト性を兼ね備えた社会が今の時代には必要だとする。
 それを中長期的に実現するには、資源や再生可能エネルギーの研究も重要である一方、私たち一人ひとりの継続的な学びや学習体験が大事だという。
「2050年に向けた地球の課題は、もはやすべての人たちにとって他人事ではありません。
 昔の寺子屋のように、みんなが先生であり生徒でもあるような関係性の中で、食と地球環境の問題について対話をしたり、実際に食事を共にしながら考えたりするコミュニティをつくることが大切だと思います。
 すべての人が、食と地球環境の問題を自分ごと化することが、30年後、食について私たちが自由に豊富な選択肢を選べるロバスト性を持った社会につながるのではないでしょうか」(石井教授)
 さて、本記事ではここまで、2050年に向けた「食料の課題」についてお届けした。
 もう一つ、触れておかなければならない重要な視点がある。それが2050年の「水」の問題だ。なぜ、水について知ることが重要なのか。
 それは、世界の「水」と「食料」の問題が密接な関係にあるからである。実は、私たちが普段口にしている穀物や肉などの農作物を生産する際には、大量の水が使用されている。
 自給率が低く、食料の大半を輸入する日本は、海外の水を形を変えて大量に輸入しているとも言える。
 もし食料の輸入先で水供給のトラブルが起きれば、その影響は巡りにめぐって日本の食卓に影響を与えることになる。
 食料の問題と同じく、2050年には人口増加と気候変動を起因とした「安全な水へのアクセスの問題」が起きると予測されている。
 私たちは、未来に向けて、食料と水と環境をどのように考えていけばいいのだろうか。そして、どのように備えておけばいいのだろうか。
 記事後編では、世界の「水」問題についてお届けする。