2023/8/9

楠木建が聞く。価値を循環させるサステナブル時代の競争戦略

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 新しい商品を生産し、消費者のもとへ届ける。この一次流通を経済の「動脈」だとすると、リユース品を扱う二次流通は「静脈」にあたる。
 企業経営から消費者の購買行動までサステナビリティが重視される昨今では、社会に新しい商品を送り込むだけでなく、どこかで不要になった商品を「価値あるモノ」として「必要な人のもと」へ再流通させ、市場を循環させる「静脈」の機能がますます求められるようになっている。
 フリマアプリなどのマーケットプレイスの利用者が増え、リユース品に対する見方も変わった。「動脈」から「静脈」へと商品を循環させる「サーキュラーコマース」をさらに広げるには、どんなマーケットが考えられるか。その循環において、なにがポンプの役割を果たすだろうか。
 オークネットCEOの藤崎慎一郎氏に、楠木建氏が聞く。
INDEX
  • 時代の追い風だけでは、市場は拓けない
  • 事業のコアを、新しいマーケットに展開する
  • 循環がビジネスの価値を高める

時代の追い風だけでは、市場は拓けない

楠木 サーキュラーエコノミー(循環型経済)が社会的に求められているといっても、それがビジネスになるのは価値があるからですよね。
 他社ができないことをやっていたり、他社が知らないことを知っていたり。理由は様々ですが、何らかの独自性が、競争環境のなかで利益を生む。
 私はその価値の中身が何なのかに興味があって、今日の対談を楽しみにしてきたんです。
藤崎 ありがとうございます。私たちオークネットは、その独自性を生かして新たな二次流通、サーキュラーコマースのマーケットをデザインしようとしています。
楠木 二次流通というと、一般の方はBtoCのオークションやマーケットプレイスをイメージするでしょう。toCで一般消費者をターゲットにした場合は、もっとも参加者が増えたところが儲かる。
 最初は赤字を出してでも大量のプロモーションを打ち、売る側・買う側双方の利用者を増やして規模の経済を参入障壁とする。
 もちろん決済の利便性なども影響しますが、基本的にはネットワーク外部性(※商品やサービスの利用者が増えるほど、利用者が受けるベネフィットも増加する現象)に依存して、もっともモノが多く並んでいるところにお客さんが集まるわけです。
 ところが、オークネットの場合は因果関係が逆になっているように見えます。事業内容も、BtoBに振り切っていらっしゃいますよね。
藤崎 これまでは、そうでしたね。当社は1985年に創業し、BtoBの領域を中心に中古車のオークションを軸に事業を広げてきました。今でこそ誰もがスマートフォンで自由に出品し、ボタンひとつでモノを買えますが、クルマの場合は単価が高い。
 小さな傷がひとつあると価格が数万円下がる、事故を起こした履歴があれば十数万から数十万円下がるというふうに、価値が大きく変動するんです。「中古車を見ずに買えるわけがない」というのが当時のマジョリティでした。
 私たちは、ちゃんと目利きができる専門家を集め、車両検査のノウハウを蓄積して「購入者本人が見るよりも、安心できる」という信頼を得ていった。
 二次流通における品質管理のため、車両の状態を評価する第三者機関として、独立した車両検査会社を設立した。それが、オークネットが築いてきた独自性の一部です。
楠木 僕がおもしろいと思うのは、そこなんですよね。たまたま市場にフィットしたのではなく、一か八かのクジを引いて一等地を当てたわけでもない。
 初めから競争優位性を意識して、ちゃんと儲かるように戦略を組み立てている。これは、「マーケットデザイン」を考えるうえで、とても重要だと思います。

事業のコアを、新しいマーケットに展開する

藤崎 私たちは「マーケットデザインで価値をつなげる。」をミッションステートメントに掲げています。これまでオークネットがやってきたことも、自分たちの優位性を生かしながら、新しい市場を形成することです。
 サーキュラーエコノミーの盛り上がりによって二次流通市場が拡大していますが、決して流行り物に乗っかっているだけではないとお伝えしたい(笑)。
楠木 オークネットがつくってきたマーケットとは、たとえばどんなものだったんですか。
藤崎 最初のイノベーションは、創業時。まだインターネットがなかった1985年に電話回線とレーザーディスクを使ってオンラインオークションを始めたことです。
 当時、中古車を仕入れる業者は、目当ての車両が出品されるオークション会場の現場に足を運んで仕入れるしかなかった。
 オークション会場は車両を1,000台集められるような広大な土地が必要なため、街から遠く離れた山沿いや海岸沿いに設置されていることがほとんどで、さらに会場は全国に散らばっています。
 仕入れのために一日がかりで対応しても、向かった先に目当ての車両が出品されていないこともある。複数台仕入れに行ったのに見つからず、無駄足になるような非効率な状態にあったんです。
 そこで私たちは、オークション会場へ実際に足を運ばず、事務所にいながら中古車を仕入れることができれば喜んでもらえるはずだと考えました。しかし中古車は価格も高額で、ふたつとして同じ状態のものがないので、現物を見ないで仕入れるには不安が大きい。
 私たちはその領域を「オンライン」に変えたことで、現地に足を運ばずに高額な商品をやり取りできる新しいBtoBのマーケットをつくってきたんです。
楠木 一次流通を「動脈」だとすると、二次流通は「静脈」。その静脈にあたるビジネスに新しい仕組みを取り入れたんですね。その時点では、どんなノウハウがあったんですか。
藤崎 それは、本当に様々です。ひとつは、先ほど申し上げたように、事業者に代わって車両の状態を検査して評価する仕組みを構築したこと。
 より具体的には、高い検査技術を保持した検査員の育成、いわゆる「目利き」としてのスキルや、信頼できる第三者による「評価基準」づくりですよね。
 このような機能を「AIS」という子会社が担い、高い検査技術を持つ全国の検査員が年間100万台超の検査をしています。
 さらに、BtoBの二次流通のモデルとは、メーカーからすると「下取り」に近いものです。オークネットではこのノウハウをスマートフォンに応用し、リユース品のデータ消去や検査などの技術にも投資して、事業を大きく広げました。
楠木 ひとつの事業モデルが、他のマーケットに広がったんですね。
藤崎 ええ。二次流通市場のなかでオークネットが認知され、信頼されるようになると、オークションへの参加者も増えてビジネス戦略の幅も広がります。
 二次流通には、仕入れから卸・販売までのバリューチェーンがありますが、オークネットが成長できたのは、オークショナーとして、モノが持つ価値を価格に正しく反映できるところ。また、自ら開拓した世界に広がるバイヤーネットワークを持っているところです。

循環がビジネスの価値を高める

楠木 おもしろいですね。技術力、信頼性、バイヤーネットワーク。そういった要素を貫くような、リユースの本質的な価値の源泉が見えていらっしゃるという印象を持ちました。
 自動車とスマートフォンのマーケットは、一見すると別ものです。けれど、リユースのBtoB領域では、自動車もスマートフォンも「中古の機械は、外から見るだけではどういう状態かわからない」という共通点がある。
 それを安心して仕入れるためにはどうすればいいか。この勘所をわかっていらっしゃるということなんですね。
藤崎 そうですね。この数年で企業から「どうすればリユース事業を始められるか」といった相談も増え、2021年には一次流通事業者(小売りやメーカーなど)の二次流通を支援する「Selloop(セループ)」という事業を立ち上げました。
 企業が自社製品のリユース市場を開拓することは、買い取りや再販で顧客接点をつくり、データ化によって顧客理解を深め、無駄な廃棄を減らして事業全体をサステナブルに変えることにつながります。
一次流通と二次流通を組み合わせ、サーキュラーコマースを構築し、サステナビリティ・顧客関係性・収益性を同時に強化していくことがSelloopの大きな特徴。
 私たちは単純に今あるモデルをコピー&ペーストで増やしていくのではなく、モノの流通における「静脈」を太くしていくことを目指しています。
 単純にサステナビリティに貢献するというだけでなく、社会貢献のためにコストをかけるのでもなく、二次流通があるから消費者が高価でもよいモノを購入し、大切に使い終えたら市場に戻すことで対価を得る。
 企業がよい商品をつくったら、それを二次的、三次的に循環させ、LTV(Life Time Value)を高めていくようなサーキュラーコマースの仕組みをつくり、多くの企業が参画できるように働きかけたい。
楠木 なるほど。これまでは中古品が出回ると、商品価値が下がると思われていました。企業にとって、一次流通と二次流通はトレードオフだったんですよね。
 その常識を、社会の変化や人々の意識変容の追い風を受けながら変革していく。オークネットさんの役割をたとえるなら「静脈流通のコンサルタント」。二次流通のプロフェッショナルのようだと感じました。
藤崎 私たちが描いているのは、まさにそんな未来像です。
 商品を静脈流通に乗せることは、企業にとっても商品価値を高め、新しいマーケットを広げることにつながります。商品の二次流通についてはまずオークネットに相談しようと思ってもらえるようになりたいですね。