2023/7/25

【秘録】Threadsの先。「グローバル・コミュニティ」構想

スレッズのリリースで、今、話題を呼んでいる本がある。

ブルームバーグのトップ記者が2021年に上梓した『インスタグラム:野望の果ての真実』だ。

2012年に電撃買収されたインスタグラムと親会社フェイスブック(現メタ)の壮絶な内部抗争、そしてその余波を、数百人におよぶ関係者取材で明らかにした実録の書である。

インスタを買収したザッカーバーグの「究極の狙い」は何だったのか――。

2018年5月にフェイスブック社内で行われた「組織改革」の内幕を同書から抜粋し、お届けする(この4カ月後、インスタ創業者ケビン・シストロムは同社を去ることになる)。

そこからはスレッズの背景とも言える、ザッカーバーグの「ある構想」が見えてくる。
INDEX
  • 「アプリのファミリー」
  • 子会社ワッツアップ創業者の末路
  • 「作りたいのは、グローバルなコミュニティをひとつ」
  • もう一つの狙いは「独禁法対策」

「アプリのファミリー」

2018年5月、マーク・ザッカーバーグはフェイスブック社内に爆弾を投下した。
新しいボスを置く、というのだ。
この組織改革はフェイスブック始まって以来というほど大がかりなもので、2012年と2014年にそれぞれ買収したインスタグラムとワッツアップを今後どうしようとザッカーバーグが考えているのかが、はっきりと表れていた。
インスタグラム、ワッツアップの両アプリをふたつともフェイスブックの本体とメッセンジャーに統合し、全体を「アプリのファミリー」とする。
そのトップは、ザッカーバーグの右腕として製品部門を統括してきたクリス・コックスとする。
ザッカーバーグの片腕で現メタCPO(最高製品責任者)、クリス・コックス氏(写真:Christophe Morin/IP3 / Getty Images)
アプリ移動のナビゲーションを増やし、アプリ間を自由に行き来できるようにしたい、「ファミリー・ブリッジ」を作りたいとザッカーバーグは考えていた。
だが、そもそも、そういう統合は必要なのかと社内には疑問の声が多かった。
目的でアプリを使い分けるのがふつうだからだ。
2016年のアメリカ大統領選挙やプライバシー騒動で大揺れに揺れた結果、インスタグラムやワッツアップと違い、フェイスブックは疑念の目で見られることが多いという問題もある。
だが、フェイスブックにおいてザッカーバーグの言葉は絶対だ。
ザッカーバーグ氏(写真:Alex Wong / Getty Images)
この判断の背景には、部門間のつながりを強化すればネットワーク全体の有用性が格段に高まるというデータがある。
もっとも、ネットワークが大きくなればなるほど、一人ひとりはあまり共有しなくなるというデータもある。
ザッカーバーグは後者より前者を優先したのだろう。思惑どおりにことが進めば、究極のソーシャルネットワークが生まれるはずだ。
「ファミリー」全体の規模と力がフェイスブックの規模と力になるわけだ。

子会社ワッツアップ創業者の末路

ファミリーと言えばドラマが付きものである。
このころ、親会社であるフェイスブックは、規制当局から見ると、ロシアの大統領選挙介入という問題について、透明性が十分だとは言えない状態だった。
大統領選挙が終わった直後の2017年第1四半期、フェイスブックは「ロックダウン」と称し、偽のアイデンティティで選挙に介入するのを阻止するツールを開発した。
そして、そのツールで同様の試みをいくつか封じることに成功したが、絶対確実に阻止できるとは言いがたい状態だったのだ。
この問題でインスタグラムはおまけのような扱いだった。
ワッツアップも同じで、取り沙汰されることはあまりなかった。
このふたつを取り込めば問題が緩和するのではないか、広告のスペースも増えるし、ネットワーク全体の入り口も増えるしでいいことずくめなのではないかとザッカーバーグは考えたわけだ。
このあたりについて、インスタグラム関係はわりと平穏だったが、ワッツアップ側は大変なことになる。
(写真:stockcam/ IStock / Getty Images)
インスタグラムは事業に貢献していたが、220億ドルも払って買収したワッツアップは、2018年頭時点で15億人もユーザーがいるにもかかわらず収益を上げられる道が見えない状態だったからだ。
ストーリーズに相当するワッツアップのステータスに広告を入れろとフェイスブックは圧力をかけた。
だが、ユーザーについてもっと多くを知らなければ、それぞれに合わせた広告を表示することなどできない。
言い換えれば、暗号化を少し緩める必要がある。
それでは「広告なし。ゲームなし。ギミックなし。」というモットーに反するし、ユーザーの信頼を失うことになると、ワッツアップ創業者のブライアン・アクトンとジャン・コウムは猛烈に反発した。
ワッツアップ創業者、ブライアン・アクトン氏(写真:Phillip Faraone / Getty Images)
結局、アクトンはフェイスブックを去ることになる。ストックオプションで8億5000万ドルも損をするというのに、だ(この何倍ものお金を買収で手に入れてはいるが)。
CEOを務めるコウムも、夏には会社を去ることにした。
後にアクトンは苦しい胸の内を吐露している。
「なんだかんだ言っても、会社を売ったわけですからね。そのほうが総体的にはよくなると思って、ユーザーのプライバシーを売ったわけです。そういう道を選び、妥協することにしたわけです。そして、いま、その結果をかみしめながら生きています」

「作りたいのは、グローバルなコミュニティをひとつ」

フェイスブックの幹部全員が集まり、3日連続の会議を開いた。年度後半の事業計画を策定するためだ。
2018年前半は世間の批判を浴びた半年だったが、この会議で一番の話題となったのは、その件ではなかった。
ザッカーバーグの「アプリのファミリー」構想だ。
アプリは似たもの同士にならないよう個別に開発すべきだとクリス・コックスは訴えた。
「互いに食い合う面も多少はあるかもしれませんが、特徴的なブランドを増やしたほうが幅広いユーザーをつかめるはずです」
この前に、コックスとインスタグラム創業者ケビン・シストロムは、ハーバード大学教授クレイトン・クリステンセンの「ジョブ理論」で製品開発を進めるべきだと詳しく語っていた。
インスタグラム共同創業者、ケビン・シストロム氏(写真:Phillip Faraone / Getty Images)
なにかさせたい仕事(ジョブ)があるから消費者は製品を「雇う」のだ、だから、その製品を作る際には、消費者の目的をしっかり考えなければならないという理論である。
フェイスブックはテキストとニュースとリンクのための製品であり、インスタグラムはビジュアルな瞬間を投稿したり興味関心を追求したりする場、という具合に、だ。
ザッカーバーグの考えは違っていた。
「グローバルに考えなきゃ。作りたいのは、小さなコミュニティをたくさんではなく、グローバルなコミュニティをひとつ、なんだ
いま提供しているアプリのどれかひとつでも使っている人を一カ所に集められれば、25億人のコミュニティができる。
フェイスブックより大きいコミュニティになる。そう言うのだ。
コックスは食い下がる。
「でも、実現するのは難しいと思うんですよね。チームはそれぞれ大きく異なっていますし、ユーザーベースもまったく違うものになっていますから」
シストロムも援護射撃を試みた。
「そのやり方は、業務上、リスクとなるんじゃないでしょうか。

インスタグラムについて考えるとき、同時に、メッセンジャーについてもフェイスブックについても考えなければならないことになります。実際問題、どうしたらいいのか、首をかしげてしまいます」
だが、ザッカーバーグは、それは取るべきリスクだと思うと考えを変えなかった。

もう一つの狙いは「独禁法対策」

実は、ネットワークを大きくする以外にも理由が存在した。
データポリシーを統一し、会社全体で規制当局に対抗したいと考えていたのだ。
コンテンツルールを統一し、フェイスブックのアプリ、全部に適用する。
そうしてしまえば、後々、独占禁止法うんぬんという話が出ても、分割されにくい。表だって言えるような話でもないわけだが。
ともかく、会議でどういう意見が出ても同じことだった。ザッカーバーグの心は決まっていたのだから。