2023/7/21

【日本人VC初快挙】世界の老舗ファンドと戦うチームづくり

世界最高の投資家100人を選ぶ米フォーブスの「マイダス・リスト」に日本人VCとして初めて選出された中村幸一郎さん(Sozo Ventures)。

ひとりでは勝てないような時代を代表する超人たちと戦うSozo Venturesの「チーム」は、一体どのようにして作られているのでしょうか?

コミュニケーションと信頼関係を重視する姿勢、そして「グローバル展開をサポートできる総合金融機関の日本代表」を目指す協業のあり方を、中村さん、小原嘉紘さん(Sozo Ventures)、そして平川凌(NewsPicks)が語ります。
※前編の記事はこちら
INDEX
  • 「チームプレー」の総合力
  • 「VC」になった理由
  • 「グローバル展開をサポートできる総合金融機関の日本代表」

「チームプレー」の総合力

平川 個々人が特定の業界に注力することで成果を出すことが一般的なVC業界で、Sozoが行っている「チームプレー」はめずらしいですね。
中村 Sozoのモデルは、VC業界の中ではとても変わっています。共同創業者のフィル・ウィックハムはSozoを立ち上げる際に3つの重要なことを考えたんです。
「グローバルでトップファンドになることを目指す」、「グローバル展開のカテゴリで一番になる」、そして「システムで勝負する」。
VCは基本的に自分の案件を重要視するカルチャーが強く、個人事業主的なマインドで働いている人が多いんですね。そういった習性をアンラーンするのは難しい。だから最初から、そういったVCカルチャーで育った人を採用しないことを決めました。Sozoのチームワークカルチャーで成長できそうな人、それぞれの必要な分野で経験やポテンシャルがある人を採用して、「チームでやる」と。
平川 なぜフィルさんはその方針を選んだのでしょう?
中村 たぶん、フィルはあの世代の中では珍しいキャラクターだったんです。グローバルビジネスとグローバル投資、両方の経験がある。もともとVCって、ものすごくセレクティブな世界だったんですね。一定の流儀を知っている投資家、いわゆる「sophisticated investor」の投資枠を争う。そしてそんな彼らに対して説明可能なモデルや、彼らを惹きつけるチームを組もうとしていた。
でもSozoはそこを目指すのをやめようと。フィルは、彼ら以外の金融機関や企業への理解度もすごく高かったんです。切り捨てられてきた「unsophisticated investor」にアプローチして新しいやり方を教育するコストを払うかわりに、ブルーオーシャンを開拓するというモデルを選びました。
だから、僕たちのチーム構成と、個人事業主的なVCファンドのチーム構成、そしてカルチャーって全然違うんですよ。かつ、Sozoのカルチャーはアメリカと日本のカルチャーのどちらか一方に寄せていません。組織運営はきっとどちらかに寄せたほうが楽なんだけど、意図的に両方のカルチャーを残すためにものすごいコミュニケーションコストをチームの皆がかけています。それが僕らの強みになるから。両方のカルチャーがあるからこそ気づくことやできることが実はいっぱいあると思います。
平川 両方のカルチャーを残すというのは、具体的にどういうことなんでしょうか?
中村 チーム内にアメリカのメンバーと日本のメンバーがいますが、私たちはお互いの考えを知ることに多大なエネルギーを割いています。たとえば月曜日は、ほとんど1日中チーム内でのコミュニケーションに時間を使っています。
小原 僕はSozoに入ってから約6年半が経ちますが、常にチームの皆がコミュニケーションの最適化を模索しています。月曜日はチーム内でのミーティングの時間に1日使う、そこにおいて日米でギャップを作らないようにみんな努力しています。会話だけで埋まらないギャップは、システムやツールでの効率化もメンバーが考えてくれています。
中村 半導体会社でグローバルロジスティクスのマネージメントをしていた人を雇ってコミュニケーション管理をしたり、メディアの人を採用して社内ストーリーの説明やコミュニケーションの評価をしたり、コミュニケーションのコーチを何人も雇ったり……。
小原 こうやって羅列するとけっこう謎に聞こえるかもしれませんね(笑)。
中村 でも、他のVCでも似たような話ってあるんですよ。たとえば、起業家のバックグランドを持つ人を採用者として雇う。そうすると、採用候補者の案件を理解しているから、採用の質が上がる。データリサーチャーもアナリストにしても、どんどん多様なバックグラウンド、業界知識、ネットワークを持っている人を集めてチームとして機能を拡大していくという流れがあります。特殊な専門性がある人材を集めてチームとして協業することはすごく難しいけど、そういうことをちゃんとやらずにトラディショナルな個人事業主的なVC体制をやっていたら、なかなか規模や歴史で勝る老舗ファンドに勝てません。
そして同時に、この業界ですごく感じることとして、伝説的な人たちがものすごく勤勉に仕事をしているんです。マイケル・ジョーダンがチームにいて、完璧に守備をしているイメージ。しかもトレーニングを欠かさない。そんな人たちに若手の立場として対抗していくのは、チームの力だろうと思います。
平川 チームづくりやカルチャーづくりにおいて、参考にした企業はあるのでしょうか?
中村 Emergenceはかなり研究しました。直接教えてもらいにも行きましたね。Emergenceはジェイソン・グリーンらがSaaSという新しい分野を開拓するときに作ったファンドですが、内部のカルチャーや人材育成の仕組みが素晴らしい。ポートフォリオのサポートもすごく勉強になるんですよ。ジェイソンのボードミーティングの端っこに参加させてもらったりもしました。
あとはやっぱり、フィル自身に教わっていますね。フィルはそういったVCにとっての「先生」なので、僕にとっては共同創業者ではあるけれど、ファンド全体の組織に関する先生でもある。彼がフェローとして支援してきた人たちが、いまいろんなファンドで活躍している。それをフィルの横で見れることが、刺激にもなるし勉強にもなります。
平川 チームの総合力が外部から評価されたと感じたタイミングはありますか。
中村 主要ファンドとの定例会を行い、そのファンドのトップが参加するようになったときに、価値を感じられているなと思いましたね。Benchmarkのピーター・フェントン(Peter Fenton)、Ribbit Capitalのニック・シャレック(Nick Shalek)、QEDのフランク・ロットマン(Frank Rotman)といった面々と話ができるようになった。
小原 そういった人たちと定期的に話せること自体に、「このチームで働けてよかった」「このチームモデルでやっていてよかった」と感じます。
中村 彼らが僕らを大事に思ってくれているのは、ネットワークでの信頼関係の構築も強い意味を持っていますが、Sozoが彼らの案件の付加価値を上げることに貢献できたからだと思います。これは企業からの評価もそうですね。たとえばPalantirCoinbaseやSquare(現Block)の日本展開においては、「すごく助けてもらった」という言葉をもらいました。こういうふうに言ってもらえるようになることがすごく大事だと思います。
小原 投資前から日本でのビジネスの立ち上げの支援や事業開発を行うことで信頼関係を構築することもあって、「投資する前からそんなにうちのために働いてくれるなんてクレイジーだ」と言われることもありますね。
中村 ベンチャーの進出サポーターやコンサルタントはすごく数がいますけど、実際経営陣から名前を出してもらったり、投資枠をもらったりするようになるのはすごくハードルが高い。着実な信頼関係を築くにはだいたい2〜3年かかります。たまに商社系大企業のベンチャー支援の話を聞いていると、「この担当者、本当に数年我慢ができるのか?」と思ってしまうときがありますね。

「VC」になった理由

平川 ところで、おふたりはなぜVCの世界に足を踏み入れたのでしょうか?
中村 私はずっと起業家サイドにいて、ビジネススクールを卒業するまでVCは考えたことがなかったですね。VCに対して、「実務がわかっていないうさんくさい人たちだ」と思っていました(笑)。事業会社で自分のスキルをブラッシュアップをしたいなと、スティーヴ・カプラン(Steve Kaplan)に相談していろんな人を紹介してもらったり、事業会社の就職活動をしていたりしたんですが……マッキンゼーのパートナーに「全然向いてないよ、この職業」と言われたんです。
平川 そんなにはっきりと。
中村 衝撃を受けて、ビジネスプランコンテストに没頭していました。シカゴ大学のコンテストで2年連続で2位を取って、コンテストを担当していた先生に「起業家タイプじゃないのにあなた何をやってるの?」とさらに言われて。そこでスティーヴにもう一回、今度は「自分のキャリアとしてVCってどう思う?」と相談したら、「やっと気づいたか」って顔をされたんですね。そこで紹介してもらったのが、女性ベンチャーキャピタリストの第一人者のひとりであるキャサリン・グールド(Kathryn Gould)。彼女のオフィスに押しかけて行ったらVCの仕組みについて半日かけてすごく丁寧に教えてくれました。
そこで初めて「VCって面白い仕事だな」と思ったんです。自分が思っていたVCとは全く違う、プロフェッショナルな仕事をして、いい会社を長い時間をかけてたくさん育ててきた人たちがいると。帰ってスティーヴにそれを伝えたら、次に紹介してくれたのがフィルです。ベンチャーキャピタリストの育成プログラムである「カウフマン・フェローズ・プログラム(Kauffman Fellows Program)」に応募しろ、フィルにメンターになってもらえと。スティーヴの推薦メールには、「中村はサメのように諦めない男で、とてもいい生徒だ」と書いてあったそうです(笑)。
小原 僕は実家が自営、祖父が起業家でした。だから「祖父を超える起業家になる」というのが、小さい頃から私の命題でした。でも、学生時代は焦燥感と物足りなさを感じていて……。そんなときに偶然孫正義さんの『志高く』を読んだんですね。孫さんが私と同じ佐賀出身なのにも惹きつけられて、「こんなことしている場合じゃない、孫さんに続かねば」と思ったんです。孫さんが行ったバークレーに行くことを決めて、アントレプレナープログラムを受けまくって、ベイエリアのスタートアップにレジュメをばらまきました。そのうち2社だけ返事が返ってきたので、土下座するような気持ちで面接を受け、パロアルトの駅に喪服みたいなスーツを着て降り立った、というのが私のこの業界の始まりです。
そのとき、すごく楽しかったんですよ。当時VCそのものにはまだ興味はなかったけれど、こういった環境にずっと身を置きたいという気持ちが強くありました。いろんな試行錯誤はありましたが、Sozoに出会って、世界を作っていくようなアントレプレナーと並走して事業を作っていけるのがとてもエキサイティングで、今に至っています。
中村 Sozoに来ている人は、小原さんもそうだけど、若い時になんだか変な選択をして、一般的なルールを外れることを自分で選んだ人が多いですね。この「選択」「判断」にほとんどさらされていなかった人が、VCのカルチャーをラーニングするのはすごく難しそうです。採用でもマネジメントでも最近思っていることですが、この難しさの根幹は、日本の子どもの教育から始まっている根深いものなんじゃないでしょうか。
平川 子どもですか。
中村 日本の子どもは就職するまでほとんど何も自分で判断しないですむことが多いんですよね。ある程度成績で分類された大学に行って、中でもすごく頭のいい子は人気のある医学部や法学部に行くよねというふうに、あまり考えずに職業選択まで行く。そうやって選ばれた会社も、もうやる事業が決まっていて、大企業による寡占状況の中で、横並びの状態にある。そうしたら経営判断の必要はなくて、人事評価は年功序列で判断すればいい。大きな判断を求められる局面がほとんどないまま、多くの人が組織に所属しています。判断の訓練をされないまま就職して、判断することを求められないまま働いている。
小原 確かに。一方でアメリカ社会だと、子どもでも自分で判断しなければならない局面がけっこうありますからね。
中村 そう。でも、ビジネスが国際化してくると、必然的に国際的な人がメンバーに加わってくる。日本とは違って若い頃から判断の必要にさらされた人たちが、組織に入ってくるんですよ。そういった人たちと同レベルの判断をするためのトレーニングはすごく難しい。
でもよく考えてみると、今のビジネスや組織は、これまでの順行運転では成り立たなくなっています。プロダクトライフサイクルが短くなって、海外ビジネスの割合がどんどん増えていく。それに応じて、マネジメントの方向性の変化や組織問題が増えているけれど、多分逆行することはもうないでしょう。それどころか、10年経ったら「判断にさらされる組織」のほうが普通になるはずです。教育も含めて変わらなければならない状況に、急速に変化している時代だと思いますね。

「グローバル展開をサポートできる総合金融機関の日本代表」

平川 最後に、Sozoがこれから目指していることを教えてください。
中村 VC業界はいま岐路に立っています。小原はよく「総合金融機関化」という表現をしますが、ベンチャーやスタートアップが、総合的な金融サービスの提供をVCに求めるようになっています。シリコンバレーバンクの破綻問題があったことで、進化を求める動きはより一層クローズアップされていますね。
そういう中でSozoの強みは、ジオポリティカル的にリスクが最もない「日本」というポジション。シリコンバレーは世界中からイノベーションが集まって、グローバルに展開していく場所なんですが、VC同士のシリコンバレー内での競争は非常に激しい。そこでSozoは「グローバル展開をサポートできる総合金融機関の日本代表」として、スタートアップのグローバル展開をリードしていく組織でありたいですね。そのポジションは築くことができつつあるように思いますし、大きな責任も感じています。僕らがうまくいかないと、日本というくくりでその機能を果たせるところがなくなってしまうのではないかと。だから絶え間なく、組織も産業も機能も拡大し続けていくつもりです。
平川 総合金融機関を目指すのは、なかなか難しいですよね。
中村 はい。でも、3年前に書いた3年計画よりも今のSozoは大きくなっていますから。Sozoを始めたときフィルは「150ミリオン規模のファンドになっていればいいね」という感じだったんです(笑)。
でも、トップティアのファンドやそこに所属しているスーパースターは常に進化して、常にアンラーンしている。彼らが見ている世界と目線を合わせていくためには、自分たちも常に進化して拡大していかねばならない。そうしなければ追いつけないし、これまで築いてきた信頼関係も失われてしまいます。死にものぐるいでチームで働いて、泥臭くキャッチアップしていくのがSozoのやり方なんだろうと思います。