2023/6/27

【宮台真司】なぜ「幸せ」になれない? 現代社会を考える

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 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

 世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

 大好評だった昨年につづいて、今年は全7回(予定)の配信を通し、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

宮台真司×波頭亮「日本社会」をRethinkせよ

 Rethink Japan、今年の第1回目のテーマは、日本政治と経済の現状。社会学者の宮台真司氏をゲストに迎え、社会現象だけでなく思想や政治経済の話題を通して、私たちが現在抱える様々な問題をRethinkします。モデレーターは経営コンサルタントの波頭亮さんです。

野党の劣化により、権威主義が日本政治を支配する

波頭 今の日本について、誰も好調であるとは思っていないでしょうが、ではどのくらい不調なのかというと、国連加盟国193カ国の中で最も成長していない国ワースト5に入るレベルです。
 いわゆる“失われた30年”の日本の経済政策を振り返ってみると、法人税減税で富裕層を対象に減税し、一方では消費税で国民からお金を巻き上げるようなことをやってきたわけで、これはもはや植民地経済ですよね。
宮台 なぜ日本が産業構造を改革できないのかといえば、それは既得権益を動かせないからです。その象徴の1つがまさに法人税減税分を消費税で穴埋めする手法で、従来なら退場を迫られる重厚長大産業の正社員の地位を守るために、若年層からどんどん非正規化して固定費を下げてきました。
 多くの企業がこうした反社会的行動をとることにより、既得権益が守られ、所得の健全な分配が阻まれますから、国内市場が縮小するのも当然と言えます。そうした中で利益をあげるために固定費を下げるのは悪いことではありませんが、相対的なバランスが崩れていることが問題なんです。
波頭 その点では野党の責任が非常に大きいと私は思うんです。自民党の得票率は3~4割程度なのに、それでもこれほど圧倒的に多くの議席を占めているのは、単純に野党の選挙戦略が稚拙に過ぎるからでしょう。なにしろ現状の政治に対する批判票の受け皿にすら、誰もなろうとしていませんからね。
宮台 まったく同感です。例えば今回の統一地方選挙では、国民民主党がほとんど存在しなくなるほど壊滅しましたが、これは原発問題に一因があって、集票母体を気にして当たり障りのないことしか言えなくなってしまっている。
 そうではなく、ドイツのメルケル元首相のように脱原発を明言すれば票は取れるはずなのに、利権を気にしてそうした発言ができないという、“空気の支配”ですよね。
波頭 そうですね。勝つためのメッセージというのがまったく伝わらない。

ユーロコミュニズムから学ぶべきこと

宮台 本来、こういう乱世においては、できるだけ多くの専門知やジェネラルな知見を集めて、いろんな問題に対して柔軟に対応すべきです。ところがいまだに日本の共産党はレーニンをマルクス主義と捉えていて、これは近代のユーロコミュニズム(※西欧諸国がとった共産主義路線)の観点からすればあり得ないことです。
 イタリアにしても共産党は名前を変えましたが、重要なのは従来の機関決定第一主義から脱却することだと思います。
波頭 ユーロコミュニズムについてはもっと語られるべきですよね。1980年代、戦後の資本主義体制がにっちもさっちもいかなくなり、それによって新自由主義が世界に広がったかのように喧伝されていますが、実はフランスはこれに乗りませんでした。これはユーロコミュニズムの原点だったと思います。
 実際、フランスといえば、しょっちゅうデモやストが起きている印象があるかもしれませんが、ここ20年の経済成長率ではドイツやイギリスに引けを取りません。つまり、コミュニティを重視した、再分配と非中央集権型の社会を作ることで、しっかりやっていけるモデルが示されているわけです。北欧が再興したのも同じ理由で、圧倒的な再分配で生きていく不安をなくすことができるんです。
 幸福度ランキングで50~70位にいる日本は、まったく勝負にならない状況で、それも現行の政策、現行の政権と渡り合う対抗軸がないことに大きな理由があります。これではとても民主主義とは言えないでしょう。
宮台 ヨーロッパでは大学まで学費が無料であったり、有料でも数万円程度で限りなく低額であったりと、将来に向けて蓄財しなければいけないというストレスがかかりません。言い換えれば、国が将来を保証するので安心してお金を使ってくださいと言っているわけで、これは経済活性化と幸福度上昇の有効な戦略です。
 ところが、日本の野党はそうした骨太な話をせずに、年金の受給額を減らせば年金財政は破綻しないと、当たり前のことを言っています。しかし財政が破綻しないことと、国民が幸せになることは必ずしも一致しません。
 それよりも、財政を使って何をするのかが問題なはずで、国民の将来不安を解消して「安心してお金を消費にまわしてください」と言えばいいだけのことなんですよ。給料を少し増やして消費が少し上がった、といったレベルでは話になりません。
波頭 そうですね。ちょっと乱暴なことを言えば、いったん財政破綻して既得権を壊してしまえば、0からスタートできていいのかもしれません。韓国にしても、1997年の通貨危機からの立ち直り方は素晴らしかったですから。

“民度”の劣化が招く民主制のリスク

波頭 経済以外のことにも目を向けてみると、安倍元首相の銃撃事件といい、全体として国が荒れてきているように思えてなりません。安心・安全・清潔が国の財産だったのも今は昔。しかしそれを国民全体がなんとなく看過しているように見えるのがより問題で、先日の統一地方選挙でも政権構造に対しての批判はほとんど見られませんでした。
宮台 私は社会学者なので、何事も社会の劣化が起点になるという見方をするのですが、そこで感じるのが民意の劣化です。統一地方選挙の低投票率もそうですが、今は政治について井戸端会議的に議論する機会すらないですよね。私の学生時代は少なくとも、そうした議論を積極的に周囲と行う、文化的なプラットフォームがありました。
 振り返ってみれば、人々が政治的な話題を明確に避けるようになったのは、1996年以降なのだと思います。それまでは、どんな話題でも本音で話せる人が親友と考えられてきましたが、その頃から空気が読めないと批判されることを人々が恐れだし、政治や性愛、趣味など、本当に関心のある話題をなるべく避けて、「友達」というキャラを演じる風潮が根付きました。
波頭 面白いですね。確かにそうかもしれません。
宮台 空気が変わりだしたのはこのコロナ禍以降で、“五輪疑獄”や統一教会問題が次々に噴出したことで、ようやく若い世代が「この国はもうダメかもしれない」と気付き始めました。それでも、ただ無力感に苛まれるだけで、そうした話題に触れようともしない傾向が強いのは、若者に連帯感がなく、政治的なコミュニケーションをとる土壌がないからです。
 しかし “民度”というのは、人々が日頃からどのようなコミュニケーションをとるかに左右されるものです。民度によっては民主制とは非常に危ういものであるはずですが、そこを教師や政治家は決して伝えようとはしません。民主制は、国民が一定の民度と生活形式を保っていれば素晴らしいものなのであって、無条件に良いものではないはずなのに、です。
波頭 なるほど。有名な話ですが、自力で生きていけない人は見捨てるのもやむなしと考えるレートが、世界で一番高いのは日本です。日本の約40%という数字に対し、他の国は先進国も途上国も10%ほどですから、圧倒的です。ここをどうにかしなければ、日本はコミュニティとして幸せになれる段階には進めませんよね。
宮台 例えば生活保護の不正受給者に対するバッシングが時々起こりますが、これは実は割合としては1%にも達しない問題です。それよりも生活保護の未捕捉率が8割に及び、他の国は逆に、捕捉率が8割に達している現実のほうをもっと批判しなければならないと思います。要は、「なぜ俺の金がズルしてるやつの手に渡るんだ」という心理ですね。
波頭 日本人はいつしか、目先の個人的な小さな損得だけで動くようになってしまったということですよね。
宮台 そうしたマインドを変えるためには、「仲間を守るためには、自分が多少犠牲になっても構わない」というメンタリティを規範として樹立するしかないと思います。

人との関わり方を見直す「IT」と「YOU」の考え方

宮台 哲学者のユルゲン・ハーバーマスはかつて、ホームベース(生活世界)とバトルフィールド(システム世界)という概念を提唱しました。ところが最近、マルティン・ブーバーを読み返して印象的だったのは、彼はこれをより包括的にわかりやすく示していて、バトルフィールドである市場や行政は、「人」をIT(それ)で捉え、ホームベースはYOU(汝)で捉えるものと言います。
「我とそれ」の関係においては、“それ”は入れ替え可能なものです。例えば料理を作る際の食材のようなもので、質の良い玉ねぎであればどの玉ねぎでもカレーを作る人にとっては構わないわけです。これはバトルフィールド(市場や行政)における人間との関わり方そのものでしょう。
 しかし、それでは人間は孤独になり、入れ替え不可能なYOUとして扱われた時に初めて、輪郭と重みが与えられます。人は感情的な安全が保証される場(ホームベース)がなければ、バトルフィールドにリエントリーできません。
 今の日本社会にバーニングアウトしてしまう人が多いのは、ホームベースを持たずにたくさん働くからと言えます。人にはもっと、お互いを「IT」ではなく「YOU」として眼差しを向け合う場が必要で、そうでなければ生産性も上がりません。
波頭 経済性や合理性だけでなく、非合理でも情緒的感情に直結した世界で生きなければならない、ということですよね。
宮台 そうですね。だから育児においても、勉強ができるから良い、楽器が弾けるから良いという視点は間違いで、「どういう状態であってもあなたが良い」とならなければいけません。今、日本の若い世代が自分に自信を持てずにいるのも、子供の頃からホームベースを持つことができずに生きてきたからでしょう。
波頭 それでは、そうしたお話を踏まえまして、本日のまとめとしてRethinkするキーワードをいただいてもよろしいですか。
宮台 はい、「なぜあなたの毎日はツマラナイのか」です。
 皆さんは成功すれば毎日が面白くなると思っているかもしれませんが、その成功を得たら幸せになれるという馬鹿げた思い込みを捨てなければ、いつか“こんなはずじゃなかった”感に苛まれてしまいます。
 大切なのはインスタグラムで「いいね」をかき集めることではなく、「あなたはあなた。だから好きだ」と言ってくれる仲間を集め、その人たちのために頑張ることです。そういうホームベースがあれば、人は成果に関わらず「ツマラナイ」と感じることはないはずですからね。
波頭 宮台さんとの対話は毎回、濃くて勉強になるお話ばかりです。自分自身の内にあるものに根ざした、自己肯定感が持てる生き方をしなければならないという今回のメッセージ、ぜひ多くの人々に届けば嬉しいです。本日はありがとうございました。
 Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp

 視点を変えれば、世の中は変わる。

 私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、

 パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

 「Rethink」は2023年5月より全7話シリーズ(予定)毎月1回配信。

 世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

 NewsPicksアプリにて無料配信中。

 視聴はこちらから。