2023/6/16

【「企業再生」という仕事】数字の裏にある社員の人生 

トピックス日本の未来を想うベンチャー投資家の活動実録」を運営中の鈴木大祐さん。今回は公開のたびに注目を集める連載「僕たちはどうやってJALを再建したのか」の背景をインタビューで伺いました。当事者としてJAL再生に携わる中で、現場の人々との関わりによって変化した自らの仕事観や人生観を明かします。

(なお本記事は個人の意見であり、現在の所属とは関係ありません)
INDEX
  • 「現場」でないと、見えないものがある
  • 冬の時代と、利他の心
  • 組織愛は強さにつながる

「現場」でないと、見えないものがある

――鈴木さんはゴールドマンサックスに新卒入社、その後日本航空(JAL)に転職し、経営再建に携わりました。NewsPicksトピックス「日本の未来を想うベンチャー投資家の活動実録」で、2022年6月から「僕たちはどうやってJALを再建したのか」を連載しています。いまこのタイミングでJAL再建について振り返ったのはなぜなのでしょうか?
鈴木 JAL再建にまつわる自分が体験した出来事は、当時から「何らかの形で残しておきたい」と思っていました。日本の経済史においても大きな出来事だったと思います。今約15年が経とうとしており、記憶が風化する前に社員目線で当時の記録を残したいと考えトピックスで書き始めた、というのがきっかけです。
JALの経営破綻と再建については、たくさんの本が出ており、いろいろと読みましたが、JAL社内にいた人間が実際に体験し、感じていたことを記録した現場目線の記録物はほとんどないと思います。
――トピックスは、ゴールドマンサックス時代にJALと関わったのをきっかけに、JALに転職するところから始まります。
鈴木 前職のゴールドマンとは全く違う社風の日系企業であるJALの組織で働いたことは、自分の中にいろいろな多様性を生んでくれました。物事に対するアダプタビリティ(適応能力)が上がりました。外資のような過酷な環境も耐えられるようになりましたし、一方で伝統的な日本企業で重視されているような組織を前提とした社風の会社での動き方も経験することができました。余談ですが、転職して一気に年収が下がって、初年度は住民税が給料では払えず、貯金を切り崩した記憶も残っています(笑)。
Unsplash/John McArthur
――転職してすぐ経営の急速な悪化に直面し、鈴木さんはJAL再建のメンバーに。そして2010年1月19日の会社更生法の申請と、その前後の会社の様子が描かれていきます。JAL再建に携わる中で、仕事観や人生観に大きな影響を与えた出来事はなんでしょうか?
鈴木 「僕たちはどうやってJALを再建したのか?(6) 「the X-Day」編」や、「僕たちはどうやってJALを再建したのか(7)「関空・中部空港のドラマー1」編」などをご覧頂ければとおもいますが、現場の皆さんと一緒に会社再建のプロセスを進める経験を持てた自分にとって、とても大きな学びがあり、大切な人生経験になりました。
再生計画が承認されて、その瞬間は「いい仕事ができたんじゃないか」と思っていました。しかし、後に更生計画策定部隊から現場の本部に異動した際に、自分の目で見えていなかったことを目の当たりにしました。
僕はそれを聞いた時に、机上のエクセルだけで物事を捉え、そのエクセルの「人員1」という数字の裏には、一人の社員の人生がかかっているという事実に、自分の考え・思いが至れていなかったことを深く反省した。

これはゴールドマンやPEファンド、事業会社だとしても本社にいるだけではおそらく学ぶことができなかった大変貴重な人生の学びの経験だった。
会社再建というと聞こえは良いですが、現場にいないと、Excelで操作したような数字の話で分かった気になってしまいます。現場に行くと、エクセルの数字の一つ一つに、ひとりひとりの人生があって、さらにその人達には家族がいて、大変多くの人の人生が絡んだ話であることを頭ではなく、心で理解できるようになりました。そうしたことが、現場に行ってはじめて実感できる部分がありました。
多くの人たちの人生の集合体が「会社」という存在であると実感しました。
Unsplash/Tom Barrett
――JALの経営破綻の引き金になったのは、2008年のリーマンショックでした。そして現在、アメリカではIT企業を中心にレイオフが進んでいますし、日本のテック企業でも早期退職や希望退職の募集のニュースをよく聞くようになりました。
鈴木 リストラやレイオフは口で言うのは簡単ですけれど、実際には極めて重い決断です。先ほど申しあげたように、多くの人達の人生を背負わないといけない出来事です。かく言う僕自身も、リーマンショックの時にリストラの対象になりました。自分の実体験もあり、またJALでの現場経験をしたことで、会社再生についてはおそらくそうした経験がない状態よりも、圧倒的な深さで議論できるように感じます。
いまの仕事でも、いろいろな企業の経営者の皆様と経営改善の話をしなければならない状況になる場合もあります。そうした時には、自分の過去のこうした体験の記憶を思い出します。大規模なアクションを取らないと会社が潰れてしまう場合もあり、やり切らないといけない時もあります。でも、「この数字(コスト)をこうしてほしい」という一方通行のお願いではなく、その裏にあるいろいろな事情や、社員の皆さんのこれからを想像しながら、責任ある発言をするように心がけています。思い付きで意見をしたりするのは無責任になってしまうので、発言はもう2歩先、3歩先を考えてからコメントするようにしています。
――経営とは、時によっては、非情な決断をしなければならない仕事。鈴木さんにとって、現場の人たちの想いや情を知ったことは弱点にならないのでしょうか。
鈴木 社会や組織は人間の集まりであり、人生集合体であるという事を理解したうえで決断をしていかないと、結局のところ実行に移そうとしてもうまくいかないように思います。会社経営でも行政の方向性でも、なにか物事を決める人は、その決断が人の人生を変えうるすごく重いものだと認識するのが大事です。
とはいうものの、自分も若かりし時は、ゴールドマン入社直後から「ある日いきなり会社に入れなくなることがあるよ」といったうわさもまことしやかにささやかれていましたし、あながち間違っていませんでした。毎日自分が生きるか死ぬかで精いっぱいでした。JALでの経験を通じて、仕事の目的やベクトルが自分向きの内向きベクトルだった意識から、会社とか社会全体とか、もっと言うと我が国への貢献といった外向きの意識に変わり、自分の人生観も変わったように思います。

冬の時代と、利他の心

――2022年ごろから、急速に「企業経営、冬の時代」という言葉を聞くようになりました。JALが経験した経営破綻は、規模こそ違えど、さまざまな企業にありうる出来事……という感覚でトピックスを読む読者も多そうです。こうした冬の時代に対して、鈴木さんはどのようなことを考えていらっしゃいますか?
鈴木 一般論でお話すると、未上場企業を中心に資金が集まりにくくなっていると認識しています。経営者は意思決定の速さと深さがより重要になってきていますし、時にはかなり厳しい辛い決断をしないといけないタイミングも増えることと思います。
いま会社に何が起きてるのかを踏まえて、改善のための段階を踏んだ複数のプランを考えて、全部をテーブルの上に乗せる必要があります。コスト削減と売上減少のバランスはもちろんのこと、社員の生活への責任も含めて、覚悟を決めないといけないタイミングがくるかもしれません。冬の時代では、今後のシナリオとオプションを明確に頭の中で整理して考えて、然るべきタイミングで、必要なアクションを取る判断力と実行力が求められます。
そのボタンを押せば誰かが深く傷つくかもしれません。その重さに悩まれる経営者も少なくないでしょう。そうした方々の心を少しでも支えてあげられるような存在になれるよう僕も努力したいと思っています。経営を立て直すために厳しいことを言わなければいけない時はありますが、同時に会社の皆さんの心の拠り所のような存在にもなれるように努力を続けないといけないと感じています。
――経営者にとって厳しい時期が続くし、同時に投資家などの関係者も一緒に踏ん張るタイミングだと。
鈴木 結局、関係者は全員運命共同体でパートナーです。そうした中で大切にすべきことは、信念や大義だと考えています。今風にいえばミッション・ビジョンという概念かと思います。信念や大義がブレていなければ、つらいことがあっても最後の最後まで頑張り続けることができますし、難しい決断をする際の判断軸にもなります。一方でそういうのがないと、簡単に心が折れてしまうこともあるし、周りの人からも私利私欲のようなものが透けているように見られてしまうかもしれません。こうしたことを象徴する言葉をJALにいた時に稲盛さんが各所に張られていました。
「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉です。
今の僕の物事を考える判断軸の一つになっている考え方です。
Unsplash/Hannah Busing
――トピックスの反響でうれしかったものはなんでしょうか?
鈴木 当時JALでご一緒していた多くの人から個別にご連絡があり「あのとき鈴木さんがJALの為に頑張ってくれて心強かった」といったメッセージをたくさん頂きました。ほかにも若い世代の方々が「社会や世界や日本のために仕事をしてみたい」「こういう生き様があるんだ」とご連絡をくださって、こうした同じ想いを持った人が一緒に集まって、次世代に素晴らしい日本をつなげていきたいという前向きな希望を感じました。
自分の私利のためではなくて、自分が生まれた日本であったり、いまの日々の生活を過ごす自分の街に貢献できるような仕事をしたいと考えています。JAL再建の際、社長に就任した稲盛和夫さんも、よく「利他の心」という話をしていました。子どもたちの世代が日本を誇れるようにするために、僕は今頑張る、というのが自分の大義です。トピックスのタイトルにもその気持ちを込めています。
――タイトルは「日本の未来を想うベンチャー投資家の活動実録」。「日本の未来を想う」という部分が鈴木さんの核ということですね。
鈴木 そういうことを世の中に発信していると、共感してくださり、ご連絡をくださる方もいます。自分の想いを発信することで、同じような思いを抱いている人たちと一緒にお仕事や取り組みができる可能性が広がると感じています。日本の為に頑張ろうという同じ想いをもったコミュニティを作り、お互いに助け合っていきたいです。

組織愛は強さにつながる

――トピックス連載では、更生法申請のあと、新たな目標を掲げたことで社内の雰囲気が変わった話もつづられています。
鈴木 はい。倒産したあとに、経営方針やホスピタリティに優れた企業の多くに「ベンチマークプロジェクト」と称して学ばせてもらうような企画を実施しました。優れた他社からの多面的な学びを踏まえて、自社の戦略に落とし込み、現場に浸透させました。トピックスではディズニーの事例の話をしていますが、加賀屋(石川県七尾市)さんにも訪問したことがありました。
「日本で一番高い山はみんな知っている。でも二番目は知らないですよね。一番じゃないと覚えてくれないんですよ」というお話を聞いて、確かになと感じました。JALも、中途半端に改善するのではなく、「世界一になるぞ」と宣言しようと決めました。そして、「世界一戦略」と命名し、「エアラインの商品サービスのクオリティで世界No.1になる」ことが客室本部の最終ゴールであると打ち出しました。
――現場の人からすごく大きな反響があったとか。
鈴木 当時、「JALは経営に失敗したダメな会社」だと世間から揶揄され、現場の人達はそういう声を機内でもニュースでも至るところで聞いて、自分達を責め、自尊心を無くしているように見えました。でも、「JALは世界一になるんだ」という目標、具体的にはエアラインのランク付けの権威であったイギリスのSKYTRAX社にコールドコールをして品質評価を依頼し、社内には、ワールドエアラインレーティングの世界最高評価である「5スター」をとる、と目標を設定しました。すると、現場の皆さんの目が変わったのです。ものすごくやる気にあふれ、生き生きとフライトに出発していく様子を見ることができました。わかりやすくシンプルで、みんなが頑張りたいと思えるゴールを設定し、チーム一丸で突き進むことの重要さを感じた出来事でした。
――経営破綻の後に高い目標を出すことは、ある意味紙一重の部分もありますよね。「どうせナンバーワンになんかなれない」という反応ではなく、誇りに火をつけられたのはとても素敵なことですね。
鈴木 本社の中には、こういった目標を掲げることに反対する人もいたと記憶しています。「出来るか分からないことを現場に言ったら混乱する」みたいな意見でした。でも、ベクトルを合わせることは会社の経営において大きな力になります。「会社愛」みたいなものは青臭く思われることもありますけど、やっぱり大事なんです。組織への愛が強い人が集まると、それは無形の会社の強みにつながります。逆に自分の会社に対して社員が悪口しか言っていないような雰囲気だと、会社はどんどん弱くなります。
この話は別に会社経営のことには限らず、日本という国にも言えると思います。アメリカ人と話していると、主張や思想は当然多様でありますが、アメリカ人はアメリカという国が大好きだし、「アメリカは世界でナンバーワンの国だ」と思っています。悔しいですが、実際に強い国家であることは間違いありませんし、国民の多くがそう信じていること自体がアメリカの強さの源泉ではないかと感じます。じゃあ日本はどうだろう? 日本のことを大事に思っている日本人はどれくらいいるんだろうか、さらにはもっと身近な話でいえば、自分の住んでいる街を大切に想う人はどれくらいいるんだろうか、と考えると不安を感じることは否めません。そういう気持ちから、地方創成、地域活性化にも強い関心を持っています。
Unsplash/Samuel Clara
――鈴木さんは浦安情報もよく発信してらっしゃいます。
鈴木 はい、浦安市は素晴らしい街です!(笑) 本日も、一人の浦安市民、日本国民としてお話をしているつもりです。
自分が住む浦安という地域のためになにかできることはないかと常に考えていて、自分の街区の自治会長をやったりしています。事件や災害が起きた時は、自分に出来る活動はボランティアで取り組んでいます。
地震や台風が多い日本において、東京一極集中というのはリスクです。東京の機能が停止したら日本が止まってしまうというのはまずいです。もう一度アメリカを例に出すと、アメリカはニューヨーク、ボストン、オースティン、ロサンゼルス、サンフランシスコなどと、広い国土でいろいろなキャラクターの街があることが強みだと思います。東京は当然便利な街ですが、日本全体のいろいろな地方でも様々な産業発展が起こることはすごく大事ですね。「地域創生」ということは、言葉だけで終わってはいけないと思っています。住んでいる街を愛していくと、国に対する愛着にもなっていきますから。
撮影:鈴木大祐
――今後、鈴木さんが浦安でやりたいことはなんでしょうか?
鈴木 シンガポールは国土面積が東京23区くらいしかないし、人口も約570万人しかいないのに、セントーサ島の開発、チャンギ空港の魅力向上など観光に力を入れて世界中から人を集めていますよね。浦安には世界に誇れるディズニーリゾートがありますけど、それ以外でも世界から「この街に来てみたい」と思えるような街にできたらいいな、と思っています。浦安を単なる東京のベッドタウンにするにはもったいないです。そのために僕達市民に何ができるだろう、というのはずっと考えていますし、浦安にいるいろいろな仲間の友人達とよく話をしています。
撮影:鈴木大祐
――ありがとうございます。最後に、トピックスの今後について教えてください。
鈴木 JALの話を引き続き書いていきたいとおもいます。そして同時に、今日お話したような、いま日本が抱えている課題と、それに対して僕にできることは何か、何をすべきかという事というのも書いていくつもりです。ご覧頂けましたら幸いです。
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