2023/6/9

【谷尻誠】センスは「考え抜いた人」に宿る

NewsPicks Brand Design editor
 顧客のニーズを捉える、デザインの美しさを判断する、消費者の心の動きを読む。ビジネスのさまざまな意思決定において求められるのが、「センス」だ。

 だが、そのセンスとは抽象的で曖昧なもの。センスを磨く方法は体系づけられておらず、「自分にはセンスがない」と半ば諦めている人もいるのではないか。

 一方で唯一無二のセンスを武器に、活躍の幅を広げ続ける人もいる。

 そんな話題の“あの人”の「センスの磨き方」をテーマにした本連載。まず取材したのは、建築家で起業家の谷尻誠氏だ。

「NOT A HOTEL NASU」「千駄ヶ谷駅前公衆トイレ」「molten [the box]」などの建築作品をはじめとして、さまざまな受賞実績を持つ谷尻氏。

 どんな華やかなキャリアを歩んできたのかと思えば、実は大学で建築を学んだことも、著名な建築家に師事した経験もなく、叩き上げで仕事を覚えてきたのだという。

 そんな谷尻氏は、どのようにセンスを体得してきたのか。その秘訣を谷尻氏は、「考え抜くことに尽きる」と話す。

センスがあるのは、考え抜ける人

「センスって、残酷な言葉ですよね。あった方がいいことだけは明確なのに、どうやったら手に入るかはわからないんですから」(谷尻氏、以下同)
 そう語るのは、建築家として名を馳せる傍ら、起業家としても複数の事業を手掛け、活躍の幅を広げ続ける谷尻誠氏だ。
 建物のコンセプトやデザイン面を担う建築家は、そんな曖昧で不明瞭な「センス」がことさら試される職業だろう。
 谷尻氏は、センスをどのように定義しているのだろうか。
「僕は『センスがある人』とは、自分の頭で物事を考えている人ではないかと考えています。
 そもそもセンスとは、『美意識』や『判断軸』といった言葉にも置き換えられますよね。これらは『良い・悪い』といった客観的な指標ではない。
 あくまでもそれが『好きか』とか『楽しいと思えるか』といった主観的なものでしかないんです。
 そんな主観の塊であるセンスだからこそ、自分の“内側”から磨くしかありません。
 その一番の近道は、自分の頭で考え抜いて『これだ』という自分なりの答えを出すこと。
 もっとシンプルに考えてもいいかもしれません。自分の頭で思考して、意見やスタンスをしっかり持っている人って、自信に満ちていて純粋にかっこいいですよね。
 逆に、意味もなく流行を追ったり人の意見を聞き回ったりと、自分の“外側”から情報をインプットしても、センスを磨くという意味では逆効果なんじゃないでしょうか」
 さらに谷尻氏は、センスは「後天的に磨ける」と話す。
「『センスは先天的に備わっているもの』と言う人もいますが、僕は自分で考えることを日常的に実践すれば、後天的に体得できるものだと考えています。
 僕だって、元は田舎から出てきた単なる若造だったのが、いまでは『センスが良い』と言ってもらえる仕事をできているわけですから(笑)」

「楽しい」を因数分解しよう

 センスは、「考え抜くこと」で磨けると話す谷尻氏。しかしその方法にも、実はコツがあるという。
「僕が日常的にやっているのは、目の前にある状況が『なぜそうなっているのか』を深掘りすることです。
 たとえば、ライブ会場で数ある曲が流れている中でも、みんながつい踊ってしまう曲ってあるじゃないですか。その理由を、頭の中で考えてみる。
『このBPMが鼓動の音に似ているから、生物として反応してしまうのだろうか』とかね。別に正解に辿り着く必要なんてないんです。まあ、1人遊びみたいなものですね」
「その中でも声を大にして言いたいのは、『楽しいとき』こそ、その理由を深掘りしてみよう、ということ。
 一般的に、みんな失敗したときには反省して、何が悪かったかを考えますよね。一方で楽しいとき、うまくいったときには、何も考えません。『ああ、楽しかった』で終わってしまう。
 でも僕から言わせれば、楽しい状況の方がよっぽど、深く観察・考察する価値がある。
 なぜならこれから再現したいのは、失敗してつらい状況よりも、うまくいって楽しい状況だからです」
 では、その楽しい状況を、具体的にどう深掘りするのか。
「まずは、『なぜこの状況は楽しいのか(成功しているのか)』を言語化してみます。そこで複数の構成要素が出てきたら、それらを頭の中で整理・構造化するんです。
 そうすることで、どんな要素が揃えば『楽しい』を作り出せるのか、何となく見えてくる。
 そのうちに、それらの要素を掛け合わせて『新しい楽しさ』を発明できるようになるんです。
 実際に僕は、本業の建築の仕事以外にも、キャンプ用品のブランド『CAMP.TECTS』や、自然の中での宿泊やサウナを楽しむ体験を手掛ける『DAICHI』といったさまざまな事業を運営しています。
 振り返ってみれば、キャンプやサウナも趣味として全力で楽しんで、その楽しさを分析し尽くしてきました。
 その結果、『もっとこうしたら面白いんじゃないか』と閃いた結果がいま、こうして仕事になっている。
 楽しさを因数分解して、それらの要素の最大公約数を仕事にしている。そんな風にも言えるかもしれません」

知らない場所には“裏切り”がある

 趣味や遊びから得たセンスを仕事へと転化しながら、自身のセンスを高め続ける谷尻氏。
 本連載を提供するIHGホテルズ&リゾーツが大阪に新たに開業するプレミアムホテルブランド「voco」も、「プレミアム」と「リラックス」という異なる要素を共存させて新しい体験を生み出す、ユニークな立ち位置のブランドだ。
 異なる要素を共存させることの価値とは何だろうか。
「人が驚いたり感動したりするときって、思いがけない“裏切り”があったときなんです。
 たとえば贈り物をもらうときも、あらかじめリクエストしたものを誕生日にもらうよりも、頼んでいないものを、何でもない日にプレゼントされる方が、感動しませんか?
 相反するものを掛け合わせる方が、その裏切りが起きる確率が高い。だからこそ、僕自身も仕事や遊びを企画するときは、わざと異分子を混ぜてみます。
 そういう意味でも、『プレミアム』と『リラックス』という一見異なる要素が共存しているvocoには、新しい発見がありそうですね」
同じく、「おもいがけない特別」を宿泊者に届けることを大切にしているvoco。ホストも、ホテル滞在を特別なものにするために、寄り添いすぎない、でも気が利いた心配りで宿泊者を迎える。
「これまで『考える』ことについてお話ししてきましたが、その大敵は、実は『便利』とか『慣れ』なんですね。
 というのも、便利な状態とは、考えなくても物事がスムーズに進んでいく状態のことですから。
 だから僕は、あえて不便な状況に身を置くことにしています。たまに『左手だけを使ってお風呂に入るチャレンジ』なんてものをやってみたり(笑)。
 旅をして知らない場所に滞在することも、考える良い機会になりますよね。
 極端に言えば、ホテル滞在中にすることなんて、食べて、風呂に入って、寝るという家での生活と基本は同じなんですよ。
 でも、あえていつもの家とは違う空間に身を置くことで、『この空間がこんなに居心地が良いのはなぜ?』と、新たな思いを馳せるきっかけになります。
 こうした体験は、自己投資になる。特に若い人には、いろいろな体験を積んだ方がいいと話しています」
 2023年5月30日に大阪に開業したホテル「voco大阪セントラル」は、非日常を味わえるプレミアムと、自宅でくつろいでいるかのようなリラックスの両方を提供する、新たな体験を生む空間だ。
 自然体で気の利いた心配りを通して、思いがけない喜びを与える。宿泊者が自身の暮らしに活かせる、ちょっとしたヒントを持ち帰れる。そんなコンセプトを掲げている。
 そのコンセプトは、ホテルの隅々まで浸透している。
 まずはエントランス。vocoに一歩足を踏み入れれば、古民家で実際に使われていた古木を組み上げたモダンなエントランスが、訪れた人に新鮮な驚きを与えてくれる。
温かみとモダンさの両方を備えたエントランスが、宿泊者を出迎える。
 部屋のテーマは、「もうひとつのマイルーム」。
 プレミアムな寝具や家具を備えながらも、部屋全体は落ち着いてくつろげるデザインが施されており、自分の時間をじっくりと堪能できそうだ。
 さらに 1階には、レストランとバーを併設。ゆっくりと食事やアルコールを楽しめる。
 開放的な雰囲気のレストランは、静かに過ごしたい朝から、賑やかに楽しみたい夜まで、あらゆるシーンにマッチするだろう。
プレミアムとリラックスが共存する部屋の内装。大きなソファとベッドでゆったりとくつろげる。
中には、畳スペースがある部屋も。1人で集中したいとき、少し気分を変えたいときなどに重宝しそうだ。
エントランス付近には、開放的な雰囲気のバーが。朝は爽やかにコーヒーを、夜はしっとりとアルコールを楽しめる。
 ぜひvocoでの宿泊を通して新しい感性に触れ、日常を彩るヒントを探してみてほしい。