2023/5/2

起業家、Z世代、エッジ人材。なぜ「地域」に挑むのか?

NewsPicks Re:gion 編集長
 コロナ禍以降、多くの企業が地域移住支援やワーケーション制度を制定し、従業員の働く場所や時間を自由にする動きが広がった。一方で、エッジ人材が組織の枠を超えて「地域」に参画する動きも増えている。
  地域創発番組『POTLUCK JAPAN!』シリーズの最終回は、地域と関わる新しいキャリア像について議論。その一部をダイジェストにしてお届けする。
INDEX
  • 地域に関わる人が増えた決定打は、コロナ禍
  • 「一所懸命」から「多所懸命」へのシフト
  • 「地域」は日本の成長分野になっていく

地域に関わる人が増えた決定打は、コロナ禍

──地域と関わるなら移住や転職が前提だった時代から、この数年で「リモート副業」や「転職なき移住」など、地域との関わり方のバリエーションが急増しました。これは劇的な変化ではないでしょうか?
島田 そうですね。コロナ禍で出社に制限がかかり、企業は半強制的にリモートワークの体制を整える必要に駆られました。コロナが日本社会にもたらした、唯一の良い変化だったと思います。
 「結果を出せるなら東京にいなくてもいい」という新しい価値観が生まれて、ワーケーションをする人や実家に戻る人、多拠点生活を始める人が増えました。コロナ禍が、生き方や働き方を“自分で選べる時代”を後押ししたと考えています。
島原 コロナ禍は決定打でしたね。都市と地域の関わり方の、新しい可能性が示されました。
 そこまでの流れを振り返ると、そもそも日本では都心部の大企業が地域に支店や工場を作り、地域に雇用を生んでいたという構造を通じて、都市と地域は深い関わり合いがあったんです。それが90年代頃からグローバル化が進み、工場は海外に移転し、支店もなくなり、都市と地域との関わりが薄れていった。それが2000年代までに起きたことです。
 その状態が変化した最初の兆しは、実は2004年に起きた中越地震(観測史上2度目の最大震度7を記録した直下型地震)だったと言われています。新潟県を中心に大きな被害があり、そこに国際NGOなどで活躍する若者たちが国内外から駆けつけたことが、地域の可能性が再発見される萌芽だった、と。
──なるほど、災害ボランティアを通じて、地域に「関係人口(観光でも定住でもなく地域と多様に関わる人々)」が増えたわけですね。そこで地域の魅力に気づく人が生まれた。
島原 そうです。その次に地域の関係人口が増えたことを明確に観測できたのは、2011年の東日本大震災でした。いろんな地域や組織から東北に人が集まって、「復興」というキーワードの元に新しい挑戦が無数に生まれました。
 その様子を見て、私は「2025年までに東京のコミュニティとつながったまま他拠点生活をする人が増えるのではないか」と予測したのですが、残念ながら「出社が常識」だった当時、新しい暮らし方を選べる人はごく一部しかいませんでした。
 そしてコロナ禍を経て現在、多くの企業でリモートワークが可能になったことで、地域に新たな移住者や関係人口が増えつつある、というのが大まかな流れだと思います。
 もちろん、人口動態統計では東京への転入が増え、マクロには「東京回帰」が始まっているのは事実ですが、一方で東京に住民票を置いたまま多拠点生活をしている人も多いので、データでは測れない動きは確実にあると思っています。
 特に人口の少ないエリアでは、数人でも関係人口が増えるだけで、大きなインパクトになりますから。単純な人数の足し算引き算だけではない影響があるでしょう。
──今瀧さんの会社で働くメンバーは7割がZ世代で、地域移住者が多いと伺いました。
今瀧 会社を設立したのがコロナ禍の最中で、最初から完全フルリモートの働き方を選択しましたから、ほとんどのメンバーは地域もしくは海外に移住しています。逆に東京にいるメンバーの方が少ないほどです。
 ただ、普段は分散している代わりに、月に1回1週間、全メンバーでひとつの地域に集まって一緒に働くということもやっていて、個人の自由さと組織の一体感の両方を満たせる仕組みを作っています。
 僕自身は、いまは1週間ごとに住む場所を変えていて、東京や大阪、石垣島、韓国、フィリピンなどいろんな場所で仕事をしながら暮らしています。いろいろな土地の魅力に触れることが、結果的に新しいビジネスの種になることも多いですし、自分自身の変化にもつながっていると思います。

「一所懸命」から「多所懸命」へのシフト

──働き方の変化という点では、島田さんはコロナ以前からウェルビーイングの重要性を提唱して、ユニリーバで新しい働き方を導入されていました。
島田 私は“朝9時出社”という原則がずっと疑問だったんです。だから、2016年にユニリーバで「WAA (Work from Anywhere and Anytime)」という、働く場所や時間を自由に選べる制度を作り、その2年後には「地域 de WAA」という地域課題解決型ワーケーション制度も作りました。
 どこで、いつ働いてもいいとなると、人間はその人にとって「心地よい環境」に移動します。WAAを導入した結果、アンケート結果やヒアリングからわかったことは社員のウェルビーイングは上がり、「自分の生産性は約30%上がった」と感じていることがわかりました。
 ポジティブ心理学を中心とする調査でも、ウェルビーイングが高い人はパフォーマンスが20〜30%上がり、創造性はなんと3倍になるということがわかっています。
 この結果に対して、社内外からの反響は驚くほど多かったです。やはり多くの人が、満員電車に乗って朝9時に出社する働き方を疑問に思っていたんですよね。当たり前と思っていることに疑問を持ち、声を上げることが、本当の働き方改革につながると思いました。
島原 ただ、すべての会社がフルリモートを実現できるわけじゃないですよね。大前提は、成果で評価すること。ちゃんと時間通りに仕事をしているかとか、プロセスを監視するような会社では成り立たない
島田 それって、従業員を信頼しているかどうかなんですよ。心配して疑うから、監視してチェックして、ほらやっぱりダメじゃないかといって、出社回帰してしまう。「ぱ」を「ら」に変えてとよく言っているんですが、心配を信頼に変えることが本当のパラダイムシフトなんです。
──個人のキャリアの観点から見ると、「自由」にはメリットだけでなくデメリットもあるようにも思えますが、どうでしょうか。
島田 私はいろんな地域に行くようになって、より豊かな生き方ができるようになりました。
 よく、都会から離れたり、大きな組織から離れたりするとキャリアが不利になるのではと思われがちですが、私はそうは思いません。自分にとって大事だと思うこと、心地よいと思える場所やワクワクする仕事を自分で選んだからこそ、新しいキャリアを開拓できていると思っています。
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島原 これまでの日本人は“一所懸命”に、1つの場所で頑張っていました。なぜなら、その生き方が終身雇用や年功序列と相性が良かったから。でも今後は、所属している会社がずっと存在し続けるかはわからないし、産業構造も変わるかもしれません。
 特に、賃上げの障壁になっている解雇規制が緩和されたら、会社に忠誠を尽くしたくても会社は応えられなくなる。だから、人生100年時代のキャリアは一所懸命ではなく“多所懸命”で、多軸を持つことが必要になると思います。
今瀧 地域を旅したり、地域で仕事をしたりするとき、「矢印が自分に向いている感覚」があるなと感じていて。東京で暮らしているときには知り得なかった、地域の自然や文化や産業に触れることで、逆に新しい自分を見つけている感覚があるんです。
 いろんな人との出会いやチャンスも増えたし、それによって自分の未来の姿や幸せについて考える機会が増えたのも、地域に関わることで得られたと感じています。
島田 人にはいくつもの強みや才能があるのだから、1社だけ、1つのコミュニティだけにいたらもったいない。移住でもワーケーションでも旅でもいいので、いつもと違う環境でいろんなことを感じたり気づいたりすることが、キャリアの可能性を広げると思います。
 これからの企業と個人の関係は“雇用”から“個要”、つまり「あなたが必要です」という関係に変わると思います。だから、自分で決めて動く必要性があるのではないでしょうか。

「地域」は日本の成長分野になっていく

──最後に、都市のビジネスパーソンが地域に関わっていくケースは今後ますます増えていくでしょうか?
島原 「地域」というジャンルは、これからの日本の成長分野であることは間違いないです。インバウンドはもちろんですが、高齢化や人手不足などの課題が集積していて、どうにかイノベーションで乗り切らなければならない、という意味で必要性がものすごく大きいから。
 地域の人と外から来た人、つまり異質な人同士が交わったり、地域同士のネットワークを拡張したりすることで、新しい「創発」の場になっていく可能性は高いでしょう。
島田 地域にはすてきな可能性がたくさんあって、それに共感する人たちと会って、話すだけでもワクワクします。私がそれに気づけたのは、東京と地域の両方の良さを知ったから。この経験を多くの人に感じてほしいという気持ちがあるし、本当の意味での「人材育成」の舞台としても、地域は最適だと思っています。
 でも、世の中には「こうしなきゃいけない」なんてことは一つもないので、みんなが地域に行くべきとも、東京にいてはいけないとも思いません。大切なのは、自分にとって心地良い場所とやりたいことを選ぶこと。それをどんどん広げていくことだと思っています。
 一人ひとりが自らの人生を選ぶきっかけのひとつとして、地域と関わるという選択肢が広がってきたことは素晴らしいと思います。
今瀧 今日、いろいろなお話をしているなかで、あらためて自分は「いい時代に生まれたんだな」と思いました(笑)。この時代だからこそ、自由な働き方を選択できたし、地域の魅力に気づくことになったし、新しい価値観を得られたんだなと。
 今後、地域の魅力に気づいて動く人が増えるほど、日本の魅力を世界に発信することにもつながっていくと思うし、そうしないと日本の未来が明るくなっていかないと思うので、これからもネクストスタンダードな働き方を発信していきたいと思います。