2023/4/26

AI翻訳時代、英語との“付き合い方”とは

NewsPicks, Inc Brand Design
日本企業のグローバル展開の前に立ちはだかるのが「言語の壁」。企業としても、一人のビジネスパーソンとしても、世界に挑むために語学力の向上は必要不可欠だ。とはいえ、「AI時代」である。今後、英語を学ぶ意味はあるのだろうか。英語学習の正解とは何か。
それを探るべく、NewsPicks Brand Designはビジネスパーソンの語学力の向上に向けたオンラインイベント「English Learning with AI」を開催した。
Session 1「個人編」では、AI自動翻訳の現在地を紹介するとともに、英語学習の必要性について立場やアプローチの異なる3者が議論を展開。AI自動翻訳サービスを展開するみらい翻訳、他校に先駆けて教育にAIツールを導入した立命館大学、テクノロジーを活用しながらもトレーニングの重要性を説く英語コーチングのプログリットが意見を交わした。
Session 2「組織編」では、グローバル組織づくりの方向性を探った。エンジニアの約4割が外国籍というマネーフォワードと、日本の代表的なグローバル企業であるパナソニックグループが登場。企業としての語学学習の取り組みとAI自動翻訳への期待を紹介した。
Speaker
・株式会社プログリット 代表取締役社長 岡田祥吾氏
・立命館大学 教授 山中司氏
・株式会社みらい翻訳 代表取締役社長CEO兼 CTO 鳥居大祐氏

なぜ、日本人は英語を話せないのか

──日本人にとって英語力の向上は、永遠の課題のように捉えられていますよね。そもそも、なぜ日本人は英語の習得が難しいのでしょうか。
岡田(プログリット) さまざまな理由がありますが、学習時間が圧倒的に少ないことが問題だと思っています。多くの方が「中高で6年間も勉強したのに」と言いますが、50分の授業を週に数回受けているだけでは全然足りなくて、むしろそれで英語が話せるようになったら驚きです。
 加えて、大人になっても英語を必要な量勉強している人はほとんどいない。英語力が身に付くほど学習していない方が多いというのが、私の実感です。
山中(立命館大学) 日本は、朝から晩まで日本語という母語で生活できてしまうんですよね。英語が話せたほうが、可能性は広がることはわかっていても、なんだかんだで日本語でいけてしまうから学ぼうとしない。
 これから日本の力が落ちていき、日本語だけでは到底やっていけない時代になる。そうすると皮肉にも英語が上手になるでしょうね。
鳥居(みらい翻訳) 目的を持って使う状況に追い込まれないと、なかなか本気にならない状況ですよね。私自身も、生きた英語を使う機会が少なく、必死で学んだのは、大学院の共同研究で必要になってからでした。
 また、山中先生がおっしゃったように、日本語でなんとかなることも理由の一つとしてあるのではないでしょうか。一例をあげれば、英語のコンテンツでも有名なものは翻訳されて読めたり、見たりできてしまう。これは岡田さんが指摘する英語学習の少なさ、もっと言えば英語を学ぶ機会を奪っているとも思います。

英語力を上げるためのアプローチ

──英語力を上げるためには、どんなアプローチが適しているのでしょうか。プログリットは英語コーチングサービスで急成長しましたが、成功の要因に英語力向上のヒントがあるのではないかと思います。
岡田 現時点で成功とは言えませんが、我々が一貫して大事にしているのは、学習時間を取らないと英語力は上がらないという考えです。
 それだけではありませんが、ここを外すとどう頑張っても厳しいです。英語学習業界のほとんどは、英語がいかにラクに身に付けられるかを訴えてきました。その甘い言葉は喜ばれますが、それが事実ではないから英語の苦手な日本が続いているんだと思います。
──一方で、みらい翻訳は岡田さんと異なるアプローチで英語力の向上を目指しています。AIの進化は著しいですが、AI自動翻訳の現在をどう見ていますか。
鳥居 機械翻訳の歴史は長く、70年ぐらいありますが、ここ5年でニューラルネットワークによる大革命が起こり一気に進化し、翻訳も格段に精度が高まりました。みらい翻訳の場合、TOEICのスコアで960点相当です。私たちのツールをご活用いただくということは、隣りでTOEIC 960点の人がサポートしてくれるということ。
 弊社は特許や製薬といった専門モデルも開発していて、いずれも十分に実用水準に達しています。使わない理由がないぐらいまで精度が上がっているんです。
──AI自動翻訳サービスは他にもありますが、みらい翻訳の特徴は何でしょうか。
鳥居 英語が苦手な日本人の気持ちを理解しつつ商品化していることです。いくつか機能をご紹介すると、「Mirai Translator」には日本語を英語にしてから、もう一回日本語に戻して、日本語の原文と比較できる「逆翻訳機能」があります。英語が得意でない方も、これを見ながらだと安心できます。
 もう一つは、「時短メール英作文サービス」です。これは日本人が英文を作る過程を研究してサービス化しました。日本語と英語をまぜて投入できるので、自分でできる部分は最初から英語で書きたいという方にとっては効率がいい。
 また、英文作成の際に用法を調べながら作業することが多いこともわかったので、単語の意味や例文を参照できるようにしました。
 もう一つが、インタラクティブに編集できる点です。見直してみると、始まりが「I~」の文ばかり並んでいて、もう少しこなれたメールにできないかなと思うものです。
 そんな時、Iをクリックすると別の表現を提案してくれるので、選択するだけで簡単にこなれた英語が書ける。丁寧な表現を提案する機能もあります。
 こんなふうに痒いところに手が届く機能を揃えているのがみらい翻訳の特徴です。
──みらい翻訳のサービスをいち早く教育現場に取り入れたのが、立命館大学です。導入に踏み切った背景を教えてください。
山中 4つの学部でMirai Translatorを導入しました。
 言語学で「母語話者の直観」(native intuition)という言葉があります。「直観」とは、ダイレクトに真実にたどり着くという意味です。例えば助詞の「を」と「に」を選ぶ場合、留学生には難しいですが、日本人は理屈なしに使い分けることができる。
 言い換えれば、私たちは英語のネイティブスピーカーにはなれないんですよ。結局、私たち学習者はどんなに頑張っても途中までしかいけない。
 ところが自分よりも英語のできるAIが常に横にいてくれると、自分だけではできない表現を使えるようになるわけです。これまで日本人は英語ができなくて海外で不便を感じたり、チャンスを逸したりすることがあったかもしれませんが、AI翻訳によってそれを解消できる可能性が高い。
 こういうツールをズルだからダメだと言うのは、本当に愚かな話。いかに使って自分のアウトプットを上げていくかを、少なくとも大学で教育すべきだと思っています。反対もありますが、誰かが先陣を切らないといけない。
 それに、ダメだと言ったところで、学生は使いますよ。だったら、使ってパフォーマンスを上げていくことや、その中で英語力を上げていく方法を私たちが考えて教えていくほうが絶対にいいと思っています。
 機械翻訳を使っても、マウスを動かす筋肉しか付かないと思っていらっしゃる人もいると思います。しかし、機械翻訳の導入前後でTOEICのスコアを比較すると、ライティングとスピーキングは上がっており、すでに相乗効果を感じています。

英語の学び方、AI時代の最適解とは

──岡田さんはAI時代の英語の学び方について、どうお考えですか。
岡田 先ほど紹介のあった逆翻訳の機能、すごいですし、どんどん使ったほうがいいと思いました。
 ある程度の英語力がないと翻訳が正しいかどうか分からないから、少しは英語力があったほうがいいと言いたかったんですが、あの逆翻訳があったら要らないかもしれませんね。ライティングに関しては、学習の優先度は極めて下がっていると思います。
 それよりも瞬時の対応が必要なリスニングとスピーキングに重きを置いて学習したほうが、今の世の中だと圧倒的に効率がいいと思います。
──技術が進化するなら、もう英語の勉強はしなくていいと思う人もいるでしょう。山中先生はどう考えますか。
山中 大事なのは、短期的に100点を取ることではなく、興味を持ってずっと英語と関わり続けることです。
 言語は、そう簡単には上手になりません。英語と長いお付き合いを続けるには、とにかく英語に関心を持ってみる。そのために、モチベーションを上げてくれる一つのツールがAI翻訳だと私は思っています。AI翻訳の技術力に触れれば、自然と英語への熱が高まると思います。
 翻訳ツールを活用して関心を持ち、日々英語に触れる。その過程の中で機械翻訳による優れた表現を暗記することや、おかしなところを直すことは英語のいい勉強になります。どっちに絞るということではなく、これまでにはないハイブリッドな学び方が有効だと思っています。
鳥居 これまでの英語学習は「修行」だったんです。修行だからショートカットするなという話になる。そうではないと思うんですよね。
 たとえば文書作成にドキュメント作成ツールを活用したり、計算に電卓を使ったりするように、テクノロジーを活用して効率化を図れたり、精度が上がったりする。英語もそれと同じで、いかに使っていくかが大事。それが総合的にみて日本人の英語力向上につながると思っています。
Speaker
・株式会社マネーフォワード 取締役グループ執行役員D&I担当CTO 中出匠哉氏
・パナソニックオペレーショナルエクセレンス社 組織・人材開発センター L&Dソリューション部 企画デザイン課 秋山志穂氏

なぜ組織として語学力を強化するのか

──人材開発や社員教育における語学力の強化は、マネーフォワードにとってどのような位置付けなのでしょうか。
中出 マネーフォワードのエンジニアリング組織は、日本人も外国籍の方もいるので、コミュニケーションが開発の生産性に直結します。サービスそのものを作っているチームですので、英語教育は経営の重要項目として取り組んでいます。
 優秀なエンジニアを採用するために、5年ほど前から外国籍エンジニアの募集を開始しました。当初は日本語が話せる外国籍エンジニアを採用していましたが、近い将来、外国籍がエンジニア全体の半数を超えることが予想できたので、どこかで英語に切り替えてしまったほうがいいだろうとは思っていました。
 そこで2021年から方針転換を決定し、全員が英語で仕事をする環境を目指すことにしました。
 エンジニア組織を英語化、グローバル化していくと決めて、楽天さんやメルカリさんといった先行する会社を参考にしました。
 社員のやる気だけに任せるのは無理があると感じて、会社として英語学習を支援すべきだと考えるようになり、コーチングサービスを提供したり、業務時間の一部を使って学習できるようにしたり、後押しする取り組みを行っています。
 それに加えて、学習効率の可視化やノウハウの共有に力を入れています。例えば、どのぐらい学習に時間を使うとTOEICのスコアがどれだけ伸びていくかという推移を公開しています。英語を学ぶ励みになったり、学習方法やペースの参考になったりします。
──パナソニックグループでは、いかがですか。
秋山 グローバル人材を育てるため、2000年ごろからTOEICを昇格基準の一つにしました。それをきっかけに英語の研修や学習プログラムを充実させ、全社員の底上げを図ってきました。
 ただ、20年経った最近では、もともと英語ができる方が多く集まってくださっています。また、昇格要件にしてしまったことで、それ以外の能力が高いのに上がれないという弊害も出てきてしまったので、現在は昇格の要件を見直しています。
 現在でもグローバル人材の育成に力を入れていることに変わりはなく、英語学習に関しては費用の50%から100%を支援しています。また、海外トレーニング制度やMBA留学制度なども整備しています。
 とはいえ、最近では全社員一律ではなく個別に支援する傾向にあります。一人ひとりのキャリアを考える時代ですし、2022年4月から持ち株会社制になりましたが、事業会社によって重視するスキルは違いますからね。

AI自動翻訳ツールがもたらす業務の変化

──今、ChatGPTが話題をさらっていますが、どんどんAIが進化している中で、翻訳ツールが各個人の英語力を伸ばし、これからのビジネスパーソンの力を左右するでしょう。こうしたツールを、どのように活用していますか。
秋山 パナソニックは2022年度の売上が8兆円を超える見込みで、そのうち約6割は海外での売上です。日々、海外とのやり取りが発生している部署も多い。そこでは、みらい翻訳のツールを使っています。
 本格導入する前に1カ月間、約1000名の社員でトライアルを実施したのですが、8割から9割が、トライアルの時点で大変有効だと回答したので、本格導入に踏み切りました。
 メールのやり取りなどでも効果はありますが、特に分厚い仕様書など翻訳にとても時間がかかる業務では大幅な効率化が図れています。
──なるほど、ありがとうございます。中出さん、いかがですか。
中出 英語のトレーニングは英語をマスターすることが目的ではありません。生産性を上げたいのであって、そのために必要であれば自動翻訳ツールもどんどん使うべきですし、実際かなり役立っていると思います。英語ができる人でも、自動翻訳ツールを使って日本語を読んだほうが早い。
──ちなみに、ツール選定で何を重要視しましたか。
秋山 みらい翻訳を選定した最大の理由は情報セキュリティです。いろんな取引先があり、情報セキュリティのガイドラインは厳しいものです。そこに合わせられるツールがなく、AI翻訳を利用する大きな課題になっていました。丁寧に何回も打ち合わせをしながら、ガイドラインを越えてくださったのがみらい翻訳です。
中出 秋山さんと同じですね。外に漏れてはいけないデータもありますので、そこが担保されていることは重要です。

グローバル組織を作るために今後必要なこと

──グローバル組織を作るために、今後どのような取り組みを進める考えでしょうか。
中出 2024年度末をめどに、すべてのエンジニア組織が英語で仕事する状況を目指していますので、まずはそれをやり切りたいですね。ただ、みんなが英語で仕事をしたとしても、まだまだ日本人のほうが活躍しやすい状況かもしれません。
 せっかく優秀な方が世界中から仲間になってくれているので、日本人と同等に活躍できるようにすることが重要だし、私の使命だと思っています。エンジニア組織が英語で仕事するのは通過点に過ぎません。
秋山 キャリアの自律が各社員に求められているので、それに合わせた英語の支援が必要になってきます。
 例えば10年後のポジションを想像して、そのために英語が必要だと感じているのなら、現業務と英語の学習をバランスよく進められるようなプログラムを提供します。今まさに必要な方に対しては、ミーティングのファシリテーションやプレゼンテーションなど実務で英語力を伸ばすためのサポートを考えます。
 また、自動翻訳ツールで業務の効率化を図れるので、グローバル人材に必要とされる異文化理解を深めたり、CQ(カルチュラル・インテリジェンス)を高めたりするのに割ける時間は増えます。
中出 グローバル人材は、異なるカルチャーやバックグラウンドの相互理解が重要ですよね。そのためには、一緒に働くこと。そして、社内で相互理解を促進するようなコンテンツを用意して、ワークショップを実施するなどの取り組みをしています。
──中出さん、秋山さん、貴重なお話ありがとうございました。