2023/4/25

Z世代×ふるさと納税、銀行が考える社会を変える新たな挑戦

News Picks Brand Design Senior Editor
 過疎化による人口減少、少子高齢化による労働力不足、経済の停滞など、年々深刻化する社会問題。
 こうした課題を解決するため、三菱UFJ銀行はZ世代の声をもとに、自治体の事業に企業版ふるさと納税も活用し資金を環流させる「MUFG北海道推しごとオーディション(以下、推しごとオーディション)」を実施した。
 自治体の事業「お仕事」を、Z世代を中心に定着する「推し活」のパワーで盛り上げてほしいという意味を込めて、名付けられた本プロジェクト。
 ユニークなのは、各事業にどれほどの寄付金を付与するかを、“Z世代の声を反映して決めた”ところだ。
 今回、寄付対象となる各事業のプロモーション動画を制作して、TikTokで公開。視聴回数なども参考に、寄付金額を配分したという。
 銀行である三菱UFJ銀行が、いま地域創生の取り組みに本腰を入れるのはなぜか。
 そしてZ世代を巻き込んで社会課題解決に取り組む目的とは。
 3月22日に開催されたトークセッションと、登壇者らの個別取材からレポートする。
写真左から
●メディアアーティスト 落合陽一
1987年生まれ、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。筑波大学デジタルネイチャー開発研究センターセンター長、准教授、JST CREST xDiversityプロジェクト研究代表。IPA認定スーパークリエータ/天才プログラマー、ピクシーダスト テクノロジーズ代表取締役。

●サステナブルライフクリエイター 前本美結
高校でインドネシアのインターナショナルスクールに通ったことをきっかけに、2014年から貧困問題・環境問題をはじめとした社会問題に興味を持つ。活動はモデル・ライター・講演やコミュニティスペース/カフェの運営と多岐にわたるが、自身が「100年後に残って欲しい物」と思える物事のみに関わることを大切にしている。

●北海道副知事 土屋俊亮
1957年生まれ、札幌市出身。北海道大学農学部卒業後、北海道庁に入庁。農政部次長、経済部食産業振興監、農政部長、(株)北海道銀行アグリビジネス推進室産業戦略部長を歴任後、2019年北海道副知事に就任。

●三菱 UFJ 銀行 取締役副頭取執行役員 林尚見
1987年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2011年企画部副部長 兼 証券協働戦略室長、2013年執行役員法人企画部長 兼 電子債券戦略室長、2015年執行役員 経営企画部長、2018年取締役常務執行役 CSO、2021年執行役専務コーポレートバンキング事業本部長、2022年より現職。

●「僕と私と株式会社」代表 今瀧健登
1997年生まれ、Z世代向けのマーケティング・企画UXを専門とする「僕と私と株式会社」代表。遊休不動産のESG経営プロジェクト「Section L Pop-up」や、カーボンニュートラル社会の実現に向けたプロジェクト「CQ」、北海道ニセコ倶知安観光協会などのさまざまなESG/SDGsプロジェクトを推進するZ世代ヒットメーカー。一般社団法人Z世代代表。
──推しごとオーディションとは、どのような取り組みなのでしょうか。
 Z世代の声を取り入れながら、企業版ふるさと納税も活用して、北海道の自治体事業に寄付をする、という取り組みです。
 まず、各自治体から応援してほしい事業を募り、Z世代と有識者からなる審査会で6事業を選定しました。
 そして各事業のPR動画をTikTok上にアップロードし、その再生数やいいねなどを踏まえて、寄付金額を決めるというものです。
 TikTokの動画は「ゆりねちゃんという大学生をめぐって、6人の男子が、フリップを見せながら各自治体の良さを語る」というストーリー仕立てになっています。
 総再生数は220万回以上で、Z世代を中心に若い人から多くの支援の声をいただきました。

各事業のプロモーション動画

200兆円の預金をどのように活かすか

──推しごとオーディションを発足させた経緯を教えてください。
林 日本の銀行は、バブルが崩壊し不良債権問題の対応に追われた頃から、陰からお客様をバックアップするような立ち回りを続けてきました。
 自分たちはあまり目立つべきではない、頑張っている企業を社会の黒子としてサポートするのが仕事なんだと考えてきたのです。
 しかし、東日本大震災、パンデミック、ウクライナの戦争、脱炭素への世界的な声の高まりを受けて、今の社会が持続可能だと言い切れなくなってきました。
 当然ですが、銀行のビジネスも、社会の持続可能性のうえに成り立っています。
 現在の状況を考えると「銀行はあくまで黒子なので、皆さんの頑張りを応援します」と社会に対して他人事のような立ち位置ではいられません。
 銀行も課題意識を持って社会問題に取り組まなければいけない、という時代になってきたんです。
 弊行は、年間の国家予算を超える200兆円という預金をお預かりしています。その資金をもとに融資をすることで、企業の経済活動を支える役割を担ってきました。
 しかし、それだけで私どもの持っている力を、十分にわが国が良くなるために活用できているだろうか。
 もっと、別の形も含めて、資金を有効活用することで地域間格差の是正など、社会課題解決の一助になるのではないかと感じており、その一環で今回の取り組みに至りました。
 事業設計に際して「次の時代に必要な取り組みは、次の世代の主役たちが決めるべきだ」と考え、寄付先をZ世代の声をもとに決めることにしました。
今瀧 私は今回、Z 世代へ届けて、彼らの声を集めるポジションとして参加しました。
 普段はZ世代向けの企画・マーケティング事業を行う「僕と私と株式会社」の代表を務めています。
 Z世代はデジタルネイティブ世代であること、社会問題や環境問題への関心が高いことが大きな特徴です。
 物心ついた頃にはスマホがあり、何事においてもSNSで情報収集するのが当たり前という世代です。
 環境意識に関して言うと、カーボンニュートラル実現のタイムリミットである2050年は「子供世代のこと」ではなく「自分たちのこと」と強く認識している人が多いです
 就職活動においても、企業のSDGsへの取り組みを重視する人が多いですね。
前本 自分もZ世代なのですが、同世代の人たちと話をすると社会問題に関心が高い一方で、どうアクションを起こせばいいのかわからないという人は意外と多いと感じています。
 今回の取り組みは、TikTokの再生数や“いいね”などという形で、Z世代の意見を取り入れるというものでした。SNS上の拡散が“推し”の事業の応援につながるのは、楽しい仕掛けだと思います。
 各自治体の事業も私たちにとって非常に身近なテーマが多く、強い関心を持てたのではないでしょうか。
 北海道は日本の課題解決先進地域ですし、エネルギーや食という多くの日本人にとって関連の深い分野で大きなポテンシャルを秘めていることから、推しごとオーディションを一緒に取り組ませていただきました。
土屋 おっしゃる通り、北海道は日本のエネルギーと食の大きな基盤です。
 水力、太陽光、風力など再生可能エネルギーでは非常に大きなポテンシャルがあります。
 食に関しては、カロリーベースの食料自給率が217%とダントツで全国1位です。
 また、産業政策として、デジタル分野にも力を入れており、先般、世界最先端の半導体を作るRapidus社が北海道千歳に工場を建設することを決定しました。
 ただ一方で、こういった取り組みも若い人に認知されていないという課題を感じ、伝えることにも力を入れています。今回のような発信は、行政だけでは作れないと思います。
 今回、多くの人に届かせる方法はここにあるのだと確信を得ました。この可能性をどのように使っていけるのか、世の中を良くするために、我々がこれを契機に行動できるのかということが問われていると思います。
落合 本プロジェクトの面白い点は、一極集中になりがちな資産を適切に再分配する可能性を秘めているところにあると言えます。
 地方の持つ新しい価値に資金が流れるようになれば、地域格差も縮小して、持続可能な社会の実現に近づくと感じました。
 僕自身も、デジタルアートを作る際に、どうやって最先端の技術とローカルを融合させるかをよく考えます。例えば、地方で生産された材料を使ったり、地域の職人さんとコラボしたり。
 そうした際、重要なのは外部に参画してもらうことなんですね。
 本プロジェクトも、三菱UFJ銀行1社だけで完結させるのではなく、Z世代を中心としたTikTokのユーザーなど外部の人間を巻き込む形式にしている。
 こうした形式で、Z世代の率直な声を反映させることで、これまでの経済合理性という価値基準だけでは汲み取れなかった価値を掘り起こすことにつながるかもしれません。

“間接金融”が、持続可能な社会を実現する鍵に

──今回、寄付の対象となった事業について教えてください。
 今回の推しごとオーディションでは、全部で6つの事業が寄付対象に選ばれました。
前本 名寄市のジュニアスポーツエコシステム形成事業や、上川町の未来の上川人育成事業など、教育に関する事業に注目が集まりました。
 Z世代は義務教育を受けてから、さほど年数が経っておらず、教育事業への関心が高かったことも理由の一つかもしれません。なかなかお金を使ってもらえず変えづらい領域ですが、教育には人の生き方を変える大きな力があると思っています。
今瀧 Z世代が都会・地方に持つイメージは、他世代と少し異なります。
 30代より上の世代だと「上京するのが夢」だった方も多いと思いますが、今の若者には都会への強い憧れも少なくなっていると思います。
 一度上京しても「地方でのんびり生きるのが幸せ」と感じて、地方に居を移す人も増えています。
 実際に、弊社はフルリモートなのですが、社員の多くが東京から引っ越してしまいました。北海道や長野に移住していたり、私自身のようにホテル暮らしのノマドをしていたりします。
 SNSを通じて『地元農家の方が野菜を収穫する様子』や「家賃2万円の3LDKの家」といった身近な生活感のある投稿に触れ、調べていくうちに「お、地方って東京と違う良さがあるじゃん」と感じる人も多いようです。
前本 そういう意味では、地方の課題や魅力を自分事として見ている人が多そうですね。
──TikTokによる拡散効果はどの程度あったのでしょうか。
今瀧 プロモーション動画の総再生数は、220万回を超えました。
 TikTokだとすぐにスクロールされてしまうぶん、動画のリズム感をテンポ良くしたり、思わずコメントしたくなるような引っ掛かりを作ったりしました。
 視聴者に当事者性を持ってもらうために、登場人物の苗字を自治体の地名にし、撮影も実際に北海道で行っています。
──銀行の持っている強みは、社会課題の解決に役立つのでしょうか。
 社会課題を解決するためには、新しい事業を起こしたり、事業を転換したりする資金が必要となります。
 資金提供の方法としては、株や社債を通じてお金を必要とする相手に直接お金を出資する直接金融と、銀行が預金者のお金を貸し出す間接金融があります。
 現在、ESG投資をはじめとした社会変革の資金の流れは、直接金融の思想がベースにあります。
「社会課題への取り組みに積極的な企業に積極的に投資をすれば、社会はより良くなる」という考え方です。
 確かにそれもやり方の一つでしょう。
 こうしたお金の流れを変えれば社会を変えられるという考え方は、かなり古くから存在します。
 例えば哲学者のカントは『永遠平和のために』のなかで「戦争のための国債を買うのを止めれば、戦争はなくせるはずだ」と語っています。
 直接金融の場合、例えば株の売り買いなどを通じて、一部の企業に資金が一気に流れることになります。
 資金の流れや雇用、設備を一気に変えてしまう力がある。
 しかし、ある日突然、社会のあり方や構造を劇的に変えてしまって良いのでしょうか。それは可能なのでしょうか。
 雇用や設備を一気に変えるということは、リストラや工場の閉鎖、ノウハウの喪失のみならず、貧富の差の拡大などといった大きな副作用を生む可能性があります。
 現在、日本には数多くの発電所や工業地帯があります。
 そこに位置する多くの企業は、確かにCO2を大量に排出しているかもしれません。
 ですが、彼ら彼女らは、自らが排出するCO2をいかに減らすかについて、日夜真剣に議論を重ね、行動に移そうとしています。
 直接金融であれば「CO2を大量に出すような古い産業からは、資金を全部引き上げてしまおう」ということになるのでしょう。
 一方、間接金融の場合、「時間はかかるけれど、着実にCO2を減らしていこう」といった、企業の息の長い改革に伴走することができます。
 例えばある企業に10年間お金を貸し出すと契約したら、元利金をお支払いいただいている限り、「前倒しして全部お金を返してください」という権利は銀行側にはありません。
 そうすることで、企業が安心して長期的な事業構築を行うことができ、着実にかつ責任を持って社会を変えていくことができます。
 共に2050年のカーボンニュートラルの達成にはコミットしたうえで、達成までには色々な道筋があってもいいのではないかと考えています。
 今回の推しごとオーディションは寄付という形ですが、根底にある考え方は同じです。
 あくまで事業へのサポートとして、明日よりも明後日、明後日よりも明々後日と、少しずつでも良くなる取り組みを支援していきたい。
──今後、こうした取り組みは、どのように発展していくべきでしょうか。
今瀧 推しごとオーディションは、上の世代が僕らのために働きかけてくれる、非常にありがたいプロジェクトだと思っています。
 この良い流れを継続していくためには、僕らがモデルとなって、具体的にどのようにアクションすれば社会問題に貢献できるのかを示していきたいですね。
 僕や前本さんからすれば、三菱UFJ銀行さんのように大きなお金を動かすことって到底できません。
 ただ、Z世代の意見を代弁したり、翻訳したりすることはできる。
 お互いのアセットや強みをうまく組み合わせて将来を変えたいですし、それを世界へ発信できたらなと思ってます。
前本 私は今回のような、企業が自治体や外部の審査員を巻き込んだ形の社会貢献のあり方が、今後の社会改革の一つの見本になると期待したいですね。
 企業のサステナブルへの取り組みが注目されると同時に、取り組みを行っているように見せかける「グリーンウォッシュ」も増えてきました。
「グリーンウォッシュ」を消費者や取引先が見抜くのは難しいですが、外部の関係者と一緒に取り組むという形であれば、公平性は担保しやすいと思います。
 今後、弊行の活動として、推しごとオーディションをどう展開していくのかはこれから検討していきます。
 ただ、弊行一丸となって、持続可能な社会を作っていくという大きな方針は変わりません。
 自分にもZ世代の子供が二人いて、彼らにより良い社会を残したいと思っています。
 同じように次の世代に持続可能な日本、地球環境を残したいと思っているおじさん、おばさんたちが弊行にも、社会にもたくさんいます。
 若者だけでなく、全世代を巻き込んで、持続可能な社会を作る仕組みを、これからも考えていきたいですね。