2023/4/14

スプツニ子!も着目。企業の「意味ある」ヘルスケア施策とは?

Newspicks Studios Senior Editor/NewsPicks for WE編集長
女性活躍推進が叫ばれ、企業による働き方の制度改善や支援が拡充されるなか、忘れてはならないのが、健康課題へのアプローチだ。
経産省によれば、女性の健康課題による労働損失は年間約4900億円にものぼるといわれる。また、20〜40代の働く女性の約8割が生理による仕事のパフォーマンス低下を実感する*1 など、女性のヘルスケア課題と働き方は切っても切れない問題だ。
今回、女性特有の健康課題について独自の施策を推進する企業3社に、実施の背景と効果について聞いた。また、これらの取り組みとその意義について、自身もDE&I推進のサービスを提供する企業の代表でもあるアーティストのスプツニ子!氏に総括してもらった。

自律的なケアを推進する制度づくり

ヤフー株式会社は、執行役員以上の全37人が「女性の健康検定」を受検するなど、積極的に女性社員の健康課題の解決を図っている企業の一つだ。
CCO(Chief Conditioning Officer)という役割とともにつくられ、話題となっているのがグッドコンディション推進室。同部署は、産業医や看護職を含むさまざまな事業部からメンバーが集まり、日々の不安や悩みを気軽に相談できる場所として健康経営を後押ししている。同部署の市川さんは次のように話す。
「会社が持続的に成長するために、健康の側面から社員の未来のリスクを減らすこと、現在のパフォーマンスを高めることが我々の役割です。
例えば施策として、2022年の4月から生理休暇を『F休』に名称変更しました。結果的に取得率は上がり、女性社員の40%以上からポジティブな意見をいただきました。
名称変更は、制度の適用範囲を広げ、社員が自分の体調に合わせて働き方を選択し、コントロールできるようになることも目的の一つです。
そういった趣旨や目的を伝えるために、制度変更時に役員から全社への説明会を行ったり、役員と産婦人科医の『働く女性の多様な健康課題』をテーマとした対談動画を制作したり、コツコツと何度も周知を行いました。
もちろん、休暇がたくさん取得されればいいというものでもありませんから、女性自身がリテラシーをあげて自律的にケアすることが重要なのだと伝えています」

男女ともに取得可「プレグナンシーサポート休職制度」

NPO法人Fineのアンケートによると、仕事をしながら不妊治療を経験したことのある人のうち95.6%が「両立は困難」と回答。その一方で、サポート環境のある職場は5.8%にとどまる。
ヤフー株式会社においても同様の課題が顕在化し、性別にかかわらず最長1年間の休職期間を取得できる「プレグナンシーサポート休職制度」と相談窓口がつくられた。
「プレグナンシーサポート休職制度を取得した社員からは、『この制度が背中をおしてくれた』『期間が決まっているので治療に専念しようとふりきることができた』といった声が寄せられました。
不妊治療を目的とした制度ですので、女性に限らず、男性でも取得できるのが重要なポイントです。
社員の関心も徐々に高まっており、不妊治療に関連した精液成分検査を実施した際は、100人の枠があっという間に埋まりました

健康リテラシー向上のための啓発活動を実施

大塚製薬は1980年代からダイバーシティに関するフォーラムを開催するなど、時代に先駆け積極的にD&I活動にも取り組んできた。
同社は2014年、女性の「ゆらぎ期」の健康を支えるサプリ「エクエル」発売と同時に、女性に健康の重要性について知ってもらう啓発活動を社内外で開始。現在は「女性の健康推進プロジェクト」という名称で、ヘルスケアに関する実態調査を行ったり、あらゆる対象に向けたセミナーなどを実施している。
本プロジェクトのリーダーを務める西山和枝氏は、女性の健康意識の変化について次のように振り返る。
「エクエルが発売となった2014年当時は、製品の話以前に、女性自身がライフステージごとに起こる体の変化や女性ホルモンの影響についてまだ十分な理解がなく、我々としては、自分の体に起こっていることを知らなければ製品の価値も伝わらないと考えました。
そこで、エクエルの販売と並行して、女性の健康推進プロジェクトという名称で正しい情報を発信する活動を始めました。
ちょうど同時期の2015年くらいから女性活躍が叫ばれ始めましたが、国が描く目標通りには進みませんでした。その背景に、女性特有の健康課題があると認識され始め、経産省が健康経営優良法人の認定項目に女性の健康への施策を入れてから、徐々に女性の健康への環境整備が企業ごと化されてきた気がします。
それから10年弱がたち、肌感ですが、女性の健康に対する意識はかなり変化してきたと思います」

ブームへの懸念も。正しい情報発信をする重要性

女性のヘルスケアに関するセミナーなども開催するなかで「ヘルスリテラシーの高い人たちだけでなく、そういった情報にアクセスできていない人たちにどうやって届ければいいか」という課題も出てきた。
「企業から、女性だけでなく男性の管理職も含めて理解をしてもらい、組織全体としてリテラシーをあげるためのコンテンツを提供してほしいと相談されることもあります。性別、年齢問わず理解が進むことで、企業内での対話が広がっていくことを実感しています
一方で、昨今の女性のヘルスケアに関する世の中の流れについて、懸念を感じるところもあるという。
「昨今、フェムテックというカテゴリーにさまざまな製品やサービスが増えてきています。世の中全体で女性の健康課題を捉えていこうという動きには非常に賛同しますが、玉石混交といった印象もあります。
生活者自身がリテラシーを高めて見極める力を養い、正しい選択ができるように、また、健康情報を『本当に知ってもらいたい人たち』に届けるために、これからも活動していきたいと思います」

がん検診を全額負担。受診率は向上

女性従業員が70%以上を占めるポーラ・オルビスグループでは、2015年から当グループ健保組合と提携し、婦人科検診において希望者の子宮エコーを全額負担指定。そのほかにも30歳以上の乳がん検診は全額負担、保険適用外となる43歳以上の不妊治療に対しても費用補助が行われている。
「乳がん検診に関しては、厚労省では40歳以上への推奨となっていますが、罹患率などを考えて30歳以上の社員は無償で受診できるようにしています。
受診率は高く、21年度は30歳以上の女性の85%が受診しました。子宮頸部細胞診で73.4%という結果になっています」
株式会社ポーラでは2人に1人が罹患する「がん」に対しては『がん共生プログラム』を作り、罹患しても仕事を諦めず両立する支援をしている。
「がんは早期発見・早期治療ができれば寛解する病気です。高齢者の病気と思われがちですが、特に就労世代の女性は男性より罹患率が高く、身近なものであるという意識が大切です。
正しい情報を発信し、知ることで、過度にがんにおびえず、そして同僚ががんになったときに腫れ物に触るようなコミュニケーションにならないように、会社の風土全体で支援ができるようになることを目指しています」
社内イントラで、がんや健康リテラシーに関する情報を発信している

「半数以上が不調を放置」解消するオンライン診療

加えて、同グループは法人向けフェムテックサービス『ルナルナ オフィス』のオンライン婦人科受診・診療サービス「月経プログラム」と「更年期プログラム」を導入している。
「『月経プログラム』は実証導入を経て2022年4月から正式に導入しています。
従来、病院と自宅の往復時間を含めてかなり時間を取られていたものが、時間を予約してオンラインで診察を受けて、診療後数日以内に低用量ピルが届くシステムになったんです。
時間の短縮になり、安心して専門家の先生に診てもらえる。利用者の満足度や継続移行度が高かったことなどから正式導入をしました。
また現在、『更年期プログラム』を実証導入段階です。
社内でアンケートをとったら、40〜50代の社員の6割が更年期による不調を抱えているという結果でした。そして、半数近くが不調を放置していたんです。そういった不調を抱えている方々のパフォーマンスを改善したいと考えています。もちろん、実証導入中の費用は会社負担です」

生理、更年期。必要な情報を供給する難しさ

「女性の体の問題は社会の問題。個人の問題に追いやらないことが大切」と話すのは、法人のDE&I推進を支援する株式会社Cradle代表取締役社長を務めるスプツニ子!氏。
「生理も妊娠も出産も、女性の仕事やプライベートに影響を与える重要なトピックなのに、私たちはそれを公の場で話してはいけない、『仕事とは関係ない』と社会に思い込まされてきました。
重要なのに話せない、知りたいのに知ることができないという状況がずっとあったように思います」
自身が生理症状に苦しむ一方、英国で大学在学中にピルを処方されて悩みが解消された経験から、社会風土によって情報が与えられていないことに課題を感じた。
解決できるのに、その方法がタブー視されていては、いつまでも苦しむ人は減らない。
生理に関する議論を深めるために発表した『生理マシーン、タカシの場合。』には、世界中で反響があった。
「生理によって、女性の2人に1人の生産性が半減していることを示したデータもあります。つまり労働力の損失でもあるんですが、日本の特に上の世代からはピル=避妊用のイメージが強く、まだネガティブに捉えられる傾向がある。
女性たちに知識がないのは、性教育が進んでいないことや、社会風土の影響が大きいと考えます」
生理だけではなく、更年期症状に関しても、健康課題の大きさに対して対処が遅れていると話す。
「更年期症状に関して『3人に1人が退職を検討したことがある』『3人に2人が昇進辞退を検討したことがある』というデータがあります。組織全体として多様性を重視していかなければならない状況で、当事者が更年期に悩んで昇進辞退を考えてしまう状況は、非常にもったいないですよね」
実際、更年期のホルモン補充療法(HRT)についても、日本はまだまだ普及率が低い。
「こちらは2009年時点のデータなので改善されているとは思いますが、例えばオーストラリアやカナダでは約半数の人がHRTを受けていますが、日本で受けている人の割合は約1.7%です。同じ女性としても、こうした手段がもっと広まるようにと思います」

イノベーションに必要な「構造の変化」

課題はまだまだ山積するが、DE&Iに関連した取り組みを行う企業は年々増加している。
「まずは情報が必要だと思うので、企業が積極的に制度や支援を取り入れようと変わっていっているのは非常にポジティブな状況です。
DXをはじめとする生産性向上の流れのなかで、今後間違いなく体のマネジメントも注目されると思います。
私たちが働くうえでは何より体が資本なので、自分の体やホルモンのことを理解して、ピルやミレーナ、HRTなどの選択肢が増えるのはいいこと。とはいえ、個人で情報を収集して受診したり薬を購入するのには、ある種限界があるとも感じています。だからこそ、会社が応援したり、相談しやすい風土をつくることが近道だと思います。
弊社のCradleを導入した企業の社員さんからは『会社への印象が良くなった』『DE&Iのニュースに興味を持つようになった』という声や『更年期症状や生理症状について理解が深まった』『上司や同僚に相談するハードルが下がった』という声をいただいています。
ただ、こういった取り組みを加速するためには、構造の問題を解決する必要がある。
例えば、多くの健康経営を推進する企業で『メタボ対策』や『禁煙支援』が人気ですが、データを見るとほとんどが男性を占める健康課題なんです。
これは意思決定層の大多数を男性が占めているからこそ起こることで、その決定自体に差別意識や悪気はまったくないと思います。
本当に構造的な問題で、9割近くの女性がキャリアの中で悩む『生理症状』や『妊娠・出産の悩み』『更年期症状』への支援がなかなか足りていない。健康経営という目的に対して対象者と手段が偏ってしまいがちです。
DE&Iの「E(=エクイティ=公平性)」がもっと広く日本に浸透するためにも、さまざまな支援と手段が講じられるといいなと思いますし、私自身もそこに向き合って事業を推進していきます」
*1https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000100482.html