2023/4/1

【岐阜】世界の高級ブランドも認める「尾州ウール」がすごいワケ

ジャーナリスト/岐阜女子大学非常勤講師
東海道新幹線で名古屋から北西へ約10分の距離にある岐阜県羽島市。隣接する愛知県北西部にまたがる地域一帯は「尾州」と呼ばれます。

海外の一流ブランドが手がける高級スーツの生地は、実は「メイド・イン・尾州」ということが珍しくありません。

業界全体が斜陽といわれるなか、創業135年の老舗繊維メーカー「三星毛糸」は、海外のラグジュアリーブランドに相次いで採用され、再生ウールを使った高品質な衣服の企画販売などの多彩な新規事業で注目されています。(第1回/全3回)
INDEX
  • ウールの古着を回収して再製品化
  • 三菱商事→外資系コンサルから家業へ
  • きっかけは海外取引先からのアドバイス
岩田真吾(いわた・しんご)1981年愛知県一宮市生まれ。1887年創業の素材メーカー「三星グループ」の5代目として、岐阜県羽島市を拠点に世界中を飛び回っている。慶応義塾大学卒業後、三菱商事、ボストン・コンサルティング・グループを経て2010年から現職。欧州展開や自社ブランド立ち上げ、ウール回収再生プロジェクト「ReBirth WOOL」などを進める。2019年、ジャパン・テキスタイル・コンテストでグランプリ(経済産業大臣賞)受賞

ウールの古着を回収して再製品化

1月31日、三星毛糸(本社・岐阜県羽島市)の岩田真吾社長(41)は東京国際フォーラム(東京都千代田区)にいました。経済産業省が主催した「次代を担う繊維産業企業100選」に同社が選出され、同日開催された「ファッション・ビジネス・フォーラム2023」のなかで授与式があったのです。
〈貴社は、我が国繊維業界が抱える課題に果敢に取り組まれてこられました〉
岩田さんが手にした選定証には、そう記されていました。
5代目社長として家業を継いで12年、「むかしからアイデアマンタイプだった」という岩田さんは、歴史ある日本の繊維業界と同様、ドラスティックな変化が難しい老舗企業で“新しい価値”を生み出してきました。
その象徴的な取り組みのひとつが、三星毛糸が手掛ける再生ウール製品のブランド「ReBirth WOOL(リバース ウール)」です。
天然素材の羊毛でつくるウール製の古着などを一般消費者から回収し、衣類として再利用する取り組みで、古着のウール部分を反毛機などでほぐして綿の状態にし、それにバージンウールを加えて糸にして製品化します。2022年に回収と再生がスタートし、2023年の秋から冬の販売予定でプロジェクトは進んでいます。
ウールが、じつは何度でも再生可能な素材だという特性に着目した“サステナブル(持続可能)”な取り組みです。
「ReBirth WOOL」では、さまざまな工程を経てウールが再生される(提供:三星毛糸)
岩田:「ウールは、何度でも使えるし、最終的に土に埋めることで自然に戻すことができるという環境に優しい素材です。ReBirth WOOLは、そんなウールの特性を生かした再生循環プロジェクトで、定期的に古着などの回収時期を設けて製品化しています。もちろんコストや手間の問題もありますし、今後のすべての製品が再生ウールになるわけではありませんが、いまの時代に合ったウールの特性を世の中に知ってもらいたいという思いがあります」
ファッション業界では近年、「大量生産」「大量廃棄」による環境汚染が世界的な問題になっています。2000年からの14年間で衣料品の生産量が倍増するなか、紡績や染色の工程で大量の水が消費され、マイクロファイバーによる海洋汚染などが深刻化しています。労働搾取の問題も、依然として批判の的になっています。
2019年には、国連貿易開発会議(UNCTAD)が繊維・アパレル業界について、世界で石油業界に次ぐ2番目の汚染産業だと指摘し、業界に衝撃が走りました。
「ReBirth WOOL」で再生されたウールの糸(提供:三星毛糸)
こうした問題意識が世界的に高まるなかで、ファッション業界のビジネスモデルは転換を迫られています。
2019年8月のG7サミット(主要7カ国首脳会議)では、世界のハイブランドやファストファッションが参加して、環境負荷低減に向けた国際的枠組み「ファッション協定」を発表。“サステナブル”であることがブランド価値に直結する時代を迎えているのです。
三星毛糸は、まさにその文脈で、もともと持っていた自社の高い技術を“現代の価値”に置き換えてきました。

三菱商事→外資系コンサルから家業へ

繊維産業は戦前、戦後と日本の基幹産業として長く輸出を支えました。
特に尾州は、イギリス北部のハダースフィールド、イタリア北部のビエラと並ぶ「世界三大毛織物産地」の1つに数えられ、1950年に朝鮮戦争が始まると、「織機がガチャンと音を立てるたびに1万円が儲かる」という例えに由来する「ガチャマン景気」で沸きました。
しかし、それも日本がバブル崩壊に沈んだ1990年代以降、中国や東南アジアとの価格競争に追い込まれ、産業全体が斜陽といわれて久しくなりました。
三星毛糸は、毛織物などの生地の企画・生産をしています。その歴史は、繊維産業の盛衰と軌を一にしています。
創業は1887年(明治20年)。岩田さんの高祖母が始めた、絹や綿の艶出し業が起源です。「ガチャマン景気」の最盛期、三星もグループ従業員が約1000人を数えましたが、繊維不況の時代になると一転、整理・縮小が進みました。岩田さんの父親が社長を務めた時代です。
“後継ぎ”として育てられた岩田さんが思春期を迎えた1990年代から2000年代にかけて、地域からは、のこぎり屋根の繊維工場が次々と姿を消していきました。当時、建設が相次いだショッピングモールなどの大型商業施設も、繊維工場の跡地に建っていました。
そんな光景を老舗の後継ぎとして見ていたはずの岩田さんは、成長曲線を描きにくい時代に火中の栗を拾うように家業を引き継ぎ、なにを成し遂げようと奮闘しているのでしょうか――。
岩田さんは2000年に上京して慶応義塾大学に入学。2004年に卒業すると、三菱商事に入社しました。
岩田:「大学で広い世界、世間を知り、(広告大手の)博報堂でインターンもしました。大きな会社でチームを組んで仕事することも面白く、家業でなくてもいいんじゃないかと思ったものです。父も当時、もう真吾は戻ってこないだろうと感じていたそうです」
「ところが、三つ子の魂百までといいますか、大きな仕事を任せられるうちに、やっぱり早く自分で責任をもって、いろいろと仮説を試してみたい気持ちがむくむく出てきたんです」
三菱商事を2年で辞めると、外資系の経営支援会社のボストン・コンサルティング・グループに転じ、こちらも3年半で退職。ビジネスエリートのキャリアをあっさり手放してしまいました。
岩田:「起業しようと思ったときに改めて思い出したんです。自分には地元があって、100年を超える企業の後継ぎという選択肢がある。そのほうがユニークで面白い人生で社会的な意義もあるように思えるようになって……」
岩田さんは、地元に戻って三星毛糸をはじめとするグループ3社に入社すると、わずか10カ月後に父から社長職を引き継ぎました。2010年、28歳のときのことでした。
当時、リーマンショックと呼ばれる世界的な経済危機を背景に、会社の業績は極度に悪化していました。東京で培った知識や経験で立て直してやるという意気込みが空回りし、現場に厳しいノルマや数値目標を迫っても、数字がなかなか改善しないので焦りが募ったといいます。
岩田:「若いころは尖っていました。東京から戻ってきても、同じようにバリバリやっていきたい感じだったんです。地元の同業他社と慣れ合ってはいけないと思い込んでいました」
1968年には当時の皇太子ご夫妻(現・上皇ご夫妻)が三星毛糸を視察したことも(提供:三星毛糸)

きっかけは海外取引先からのアドバイス

そんな時期を経て、三星が秘める老舗の底力と、岩田さんの打つ手が次第にかみ合い始めます。
海外との取引は長く繊維商社に任せていましたが、2012年にパリの高級生地見本市「プルミエール・ヴィジョン・パリ」に初出展し、ヨーロッパのラグジュアリーブランドと直接取引を開始。2015年には、イタリアのエルメネジルド・ゼニア社が日本の職人と共同制作する「メイド・イン・ジャパン・プロジェクト」に三星の生地が選出されました。
岩田:「その後も(ルイ・ヴィトンなどを傘下に持つ)LVMHグループなどのラグジュアリーブランドとの取引は増えていて、まだまだ販路拡大の余地があると感じています。これからデザイナーや職人の採用、次世代の育成に力を入れますよ」
岩田さんはそう言うと、ひときわ力を込めて言葉をつなぎました。
「ヨーロッパのラグジュアリーブランドに生地を売りに行きたいという人に来てもらい、ぜひチャレンジしてほしい」
高品質なテキスタイルをアパレルブランドに販売するという会社の軸を研ぎ澄ます一方、新規事業にも矢継ぎ早に取り組んでいます。
2015年には、初の自社ファクトリーブランド「MITSUBOSHI 1887」を立ち上げ、ウールやシルクといった天然素材の特徴を引き出した製品の生産・販売に乗り出しました。
冬だけでなく通年で快適に着られるウール素材のTシャツ「23時間を快適にするメリノTシャツ」をヒットさせたほか、冒頭の「ReBirth WOOL」プロジェクトも、この流れのなかにあります。
いまや、同社が「サステナブルな繊維」として注力するウールをはじめとした自慢の素材を使った自社ブランド製品は、売り上げ全体の約1割を占めるほどに成長しました。
岩田さんは「だれもが知っているウールですが、じつは全世界で生産されるすべての繊維の1%強(日本化学繊維協会推計)にすぎず、思ったよりもだいぶ少ない」と指摘したうえで、こう期待します。
岩田:「ウールが機能として優れている面や、サステナブルな面をもっとアピールして全体量が増えていけば、それだけ環境への負荷が抑えられますし、そうなってほしいです」
ウールの新しい可能性を提案する「MITSUBOSHI 1887」(提供:三星毛糸)
岩田さんが「サステナビリティ」というキーワードをいち早く意識するようになったのは、海外取引先との取り組みを重ねるなかで「サステナビリティに配慮した素材であることをしっかり発信できるようにしてほしい」とアドバイスされたことがきっかけでした。
岩田:「三星の強みは、ウールを中心とした環境負荷が少ない天然素材のよさを引き出した高品質の“ものづくり”にあります。世界の大きな流れに乗って、そういった部分をしっかりと発信していきたいと思っています」
岩田さんの発想と行動力は地域も動かしています。
2021年10月、尾州の事業者の参加や協賛・協力を得た大規模イベント「ひつじサミット尾州」を初めて開催。織物工場の見学、羊毛を使った工作教室、ヒツジのえさやり、羊肉のバーベキューといった多彩な内容が話題を呼び、6月のプレイベントと合わせた4日間で全国から約12000人が来場しました。
2022年も開催されたこの試みが、いま尾州の繊維産業を大きく変えようとしています。
Vol.2に続く