2023/3/27

奇策は不要。東芝テックが示した「CVC」の一つの正解

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 大企業を中心とする事業会社が自己資金で組成するファンド「コーポレート・ベンチャー・キャピタル」(CVC)
 事業連携やM&Aなどを目的として2010年以降に設立が相次ぎ、国内におけるCVC投資は2017年から2021年の5年間で118件から361件へと大きく増加している(※)。
※「STARTUP DB 調査報告」より 
 政府も協業を後押しする。企業が設立10年未満の非上場企業に一定額以上を出資すると、出資額の25%相当を課税所得から控除できる「オープンイノベーション促進税制」が2020年4月から開始された。
 当初は22年3月に終わる予定だったが、24年3月までの延長が決まっている。
 一方、課題も少なくない。
 規模もカルチャーも異なる大企業とスタートアップでは目線を合わせることが難しく、出資する側・される側という「権力格差」も破談を招く要因となる。
 社内に目を転じれば、成果創出までに時間を費やすCVCは、何かと存在意義を問われやすく、経営戦略上の位置づけが明確でないと失敗に終わりやすい。
 CVCに関する社内的な合意形成や出資先との関係構築のポイントはどこにあるのか。
 POSシステム大手、東芝テックで2019年に「CVC推進室」を立ち上げた鳥井敦氏と、経営戦略論などを専門とする埼玉大学経済経営系大学院の宇田川元一准教授との対談から、その問いに対する一つの答えが見えてきた──。

ビジネスモデルや成長性より「世界観」

宇田川 私は企業変革とイノベーションの推進について研究をしています。
 近年の動向として、社長直轄などのかたちで新規事業部門を新設する企業が増え、CVCもそうした動きの一環と言えますが、経営戦略上の位置づけや経営陣の本気度がわかりづらく、「他がやっているからウチも」とブームに乗じているように見えるケースも少なくありません。 
 東芝テックはいかがですか。
1977年東京生まれ。2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師・准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。対話的なアプローチを基盤に、企業変革について研究している。また、大手企業やスタートアップ企業で、イノベーション推進や企業変革のためのアドバイザーをつとめている。 専門は、経営戦略論、組織論。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。2020年 HRアワード2020書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働くーわかりあえなさから始める組織論』NewsPicksパブリッシング)。
鳥井 安易にトレンドに乗ろうとする空気はありませんし、経営層からは現状への危機感とCVCへの関心の高さを強く感じます。
 CVC推進室を立ち上げる時、役員に一人あたり2時間のプレゼンを3セッションやらせてもらいました。
 経営層がそれだけの時間を割いてくれたことに驚きましたし、質問をたくさんいただいたことにも手ごたえを感じました。
楽天で約10年間勤務。オークションサービスや動画配信サービス、電子書籍サービスなど数多くの新規事業立ち上げに携わる。2013年に東芝入社。教育分野向けの新規事業PJに従事。東芝テック転籍後、オープンイノベーションを活用した新規事業創出活動を推進し、2019年に東芝テックCVCを新設。2021年より現職としてCVC活動を率いる。

宇田川 役員全体の理解を得ているのが重要ですよね。一部の役員だけが応援している状態だと、立ち上げた後に他の役員から厳しい目を向けられ、挫折しかねません。
鳥井 僕が役員にCVC立上げの意義を説明していた当時、「両利きの経営」という言葉が今ほど一般的ではありませんでしたが、これからの東芝テックには「知の探索」(新規事業創出に向けた実験と行動)が不可欠であることや、CVCは不確実性が高い取り組みであることなどを念入りに話しました。
 百発百中などはあり得ない、けれども、とにかくたくさん打席に立たないと未来はない、と。
宇田川 新規事業創出の必要性について社内的な合意があった上で、CVC の経営戦略上の位置づけを示しながら、鳥井さんが初期段階で丁寧に賛同を得ていったわけですね。
鳥井 そのメッセージが伝わり、CVCを設立することになりました。
──東芝テックのCVCはどういうポリシーを掲げているのでしょうか?
鳥井 基本的には、東芝テックのコア領域であるリテールテックを中心に、当社にはないケイパビリティと成長可能性を秘めたスタートアップに出資し、共創の可能性を探ることを目的としています。
 ただ、出資に際しては、カルチャーバックボーンを理解し合い、共創によって実現したい未来をしっかり共有できる相手と組むことが何より大切と考えます。
 出資先の中には、当初のシナリオ以上に成長するケースもあれば、思ったほど業績が伸びないケースもあります。
 後者の場合、出資先は自社の生死がかかっているので、それまでと同じ感覚でいられないのは当然ですが、僕らは互いに踏ん張って未来を見据えた話し合いがしたいわけです。
宇田川 そういう追い込まれた局面で初めて試されることがありますよね。調子が良い時は理想を語れるけれども、何かを失いかけると、掲げた理想と反する行動に出てしまう人もいる。
鳥井 そうなると建設的なやり取りが難しくなるので、日頃から共創する意味をきちんと語り合い、苦しい時に原点に立ち返ることが欠かせません。
 だからこそ、出資先のビジネスモデルや成長性はもちろん大事だけれど、投資判断の軸は何かと聞かれたら、いちばん重要なのは「一緒に成長できる経営チームであること」が僕らなりの答えになります。

相手先が業績悪化。関係見直しか、それとも……

宇田川 一方で、スタートアップ側から見ると、出資者であるCVCとは圧倒的な「権力格差」があるのも事実ですよね。
 出資者は一定の立場が保障されているのに対し、相手は会社が潰れたら大変なことになる。どうしても構造上、取るリスクに差があります。
 その前提に気づかずに、出資者である大企業の側の論理から「支援しているつもりで、実際は利用している」という構図になってしまうことが一番怖いことではないでしょうか。
 それは、スタートアップにも、出資者の大企業にとっても。
鳥井 おっしゃる通りです。CVCチームの中でも常に自社の論理でものを言うのではなく、スタートアップと「対等な姿勢」で向き合おう、という話をよくしています。
宇田川 対等な姿勢、とはどういうものでしょうか?
鳥井 言葉にすると当たり前のことですが、時には東芝テックのフィルターを外して、相手にとって最善の行為を考え、行動することです。
 一例を挙げると、支援先の一つにダイナミックプライシングに関するSaaSサービスを展開しているスタートアップがあります。
 ホテルや公共交通機関を主要顧客としていたために、コロナ禍の影響をもろに受けてしまい、一時的に業績が悪化しました。
 普通なら追加投資を控えてもおかしくない状況ですが、僕らとしては、彼らの「今」がなくなったら、「未来」もなくなると考えました。
 どうにかして会社を維持できる道を探り、彼らと数年後に立ち上げようと計画していた共同研究開発プロジェクトを大幅に前倒しして開発費を確保し、出資先を支えました。
 もちろん、彼らの将来的なバリュエーションを見越して、ここで資金をつなぐことは東芝テックにとっても経済合理性がある、と考えてのことです。
 その共同研究開発プロジェクトは順調に進み、小売企業なども交えて商品化が見えるところまで来ています。
宇田川 業績が悪化した出資先の資金をつないだことはもちろんですが、共同研究開発が成功しつつあることも興味深いですね。
 なかなか上手くいかない企業が多い中で、東芝テックではなぜ順調に共創が進んだとお考えですか?
鳥井 それこそ相手の経営陣と「ダイナミックプライシングの技術を活用して、小売の世界でもイノベーションを起こす」という考えをしっかり共有していたからだと思います。
 スタートアップの中には、自社事業に専念したいと考える人たちも少なからずいます。
 その場合、共同研究開発には後ろ向きになりますし、少数精鋭の会社であれば、本業以外に人的リソースを割けないという事情もあるでしょう。
 そのダイナミックプライシングの会社も、もともとホテルや交通機関をターゲットにしていたので、東芝テックとの共同研究開発は彼らにとって方向転換を意味します。
 でも、当社からの支援の話を彼らはとても前向きに受け止めてくれました。その時の本気度がものすごく高かった。
 それを見て、彼らと僕らのビジョンが一致していることを確信しました。

オープンイノベーションの本来の意義とは

宇田川 今の事例はリテール領域における東芝テックの事業課題と投資先の「ダイナミックプライシング」のポテンシャルが噛み合っていた点が重要ですよね。
 一見すると既存の事業領域から遠いように見えるテーマでも、自社との交点を探り、しっかり接点を見つけて噛み合わせることで、会社にとっても合理的な支援ができている。
 それは事業部の課題をきちんと把握していたからできたことなのでは。
鳥井 CVC推進室のメンバーは中期経営計画はもちろん、定期的なヒアリングを通じて各事業部の事業課題を常に把握するようにしています。
 ただし、事業部や会社からトップダウンで言われたことをやるような“下請け”になってしまってはCVCの存在価値はありません。
 独立性を保ちながら、自分たちの意思で新たなテーマを見つける姿勢は不可欠です。
宇田川 私は大学の経営戦略論の講義で、「戦略には実現可能性がなければいけないが、戦略を実現可能性から発想してはいけない」とよく話していますが、それに近いことかもしれません。
 既存事業部の取り組みの枠内に置きに行くのではなく、事業環境の未来に起きうる変化に適応する能力構築を行うために、新たに既存事業にとっても事業上も合理的だという筋道を作りつつ、スタートアップの成長に持続可能な形で貢献するのがCVC担当者の役割ですよね。
鳥井 おっしゃる通りで、事業部にヒアリングすると、どうしても今直面している課題の解決方法など、既存事業の延長線上にある話が多くなりがちです。
 それは当然のことですし、事業部は事業部なりの大局観を持っています。ただ、事業部とCVCでは大局観の範囲や射程が異なります。
 東芝テックの未来は、僕らが今想像できていないところにある。CVCチームはそう考えます。
 例えば以前、情報セキュリティの企業が当社に興味を寄せてくださったことがありました。
 東芝テックの主要領域であるリテール業界とは接点がなさそうに見えますが、そうとも言えません。
 当社では購買データをはじめ、各種のデータを収集・加工し、小売領域を中心とする顧客企業のビジネスに活かしていただくデータソリューションサービスを展開しています。
 小売店舗でのIoT活用が進めばリスク管理の必要性も高まりますから、サイバーセキュリティは当社にとって重要なテーマになり得るわけです。 
 スタートアップ投資はそもそも不確実性の高い取り組みですから、既存事業と全く接点を感じない企業も含め、様々な距離感の投資先でポートフォリオを組むべきだと思います。
宇田川 成果が可視化しづらい案件や、結果が出るのが数年後という案件も少なからずあると思いますが、CVC推進チームの評価はどのように決まるのでしょうか。
鳥井 様々な軸がありますが、業績面のみならず、「目標に向かって動けているか」という行動面を大きく評価してもらえるのが特徴かもしれません。
 他方で、オープンイノベーションの意義を踏まえると、我々が出資先の価値の向上にどれだけ貢献したかということも評価してほしいなと思うのですが、そこはまだ完全に評価軸として定着していないところがあります。
──オープンイノベーションの意義とは?
宇田川 あえて私からお答えすると、元々は、大手企業の組織内で資源配分を受けられなかったアイデアが外部に飛び出して行って、様々な資源を外部で調達しながらイノベーションが生み出される現象から、この議論が始まっています。
 つまり、支援者の側からすれば、いかにそうした組織の外部にあるアイデアを支援して、イノベーションを生み出していくか、ということがオープンイノベーションという視点の原点のはずです。
鳥井 日本のオープンイノベーションってその逆で、外の資源を自社に取り込むことばかり考えていますよね。
 しかし、社内に持ってきた瞬間に、スタートアップ本来の強みであるスピード感が落ちてしまいます。
 イノベーションの種は「外」で育てるという視点を持ち、スタートアップ独自の環境で事業を大きくしていくことが大切で、それを支える手段を考えることがCVCの重要な役割だと思います。

他社には真似できない東芝テックの「習慣」

──自社のリソースを活用してスタートアップを支援するのがCVCの特徴といえます。その点における東芝テックの独自性とは、どのようなものでしょうか。
鳥井 リテール領域でのタッチポイントの多さなど、当社の事業リソースに当てはめて教科書的に答えることもできます。ただ、本質はもはやそこではない気がしていまして……。
 僕らが本当に自信をもって差別化ポイントといえるのは、先ほどもお話ししたスタートアップとの「向き合い方」なのかもしれません。 オープンイノベーションの本質的な意義を理解して、貫き通す。投資先が困っている時にこちらの論理を一方的に押し付けずに対話する。
 総じて言うと「当たり前のことを当たり前にやる」ということです。
宇田川 私もCVCに奇策はないと思います。いかにスタートアップの成長に対して、筋を通して支援するか。そこに尽きますよね。
鳥井 世の中的にはCVCが「奇策」ととられることが多いので、宇田川先生からそう言っていただけるのは嬉しいです。
 僕はよく「新聞」に例えるのですが、朝、新聞を読むのってものすごく簡単ですよね。でも、それを1日も休まずに1年間やり通せるか。
 それが「当たり前のことを当たり前にやる」だと思うんです。
宇田川 まさに「習慣」ですね。リクルート卒業生有志の人たちが書いた『リクルートの口ぐせ』という面白い本があるのですが、この本に出てくるのは、リクルート社内での口ぐせを通じて見えてくる、職場の思考を深めるための習慣です。
 壁打ちをしてアイデアを一緒に育てたり、フィードバックをして成長を促したり、一つひとつの習慣の積み重ねが優れた事業を作り出していくようなんですね。
鳥井 最強のカルチャーですね。
宇田川 習慣というのは、地味ですが組織の能力の裏返しのようなもので、極めて重要なものです。お話を聞く限り、東芝テックには当たり前のことを当たり前にやり続ける習慣が浸透していますよね。
鳥井 奇をてらったことは全然していないと思います。
宇田川 今多くの日本企業で、人事は人事、経営企画は経営企画と、組織の断片化が進む一方で、それらの視点をつないでいく対話が失われています。
 会社の未来を見据えて新たな種を蒔こうとしても、相手が閉じていては、なかなか話を聞いてもらえない。そういう中で鳥井さんたちは、一緒に考えるパートナーにお互いになろうと努力しているように見えます。
 極めて地味なことだと思いますが、その地道な積み重ねの先に経営メンバーの理解やスタートアップとの信頼関係が生まれている。
 これは東芝テックの大きな強みだと思います。習慣というのは極めて模倣困難性が高いものですから。
鳥井 そう評価していただけて我々としても心強いです。
 東芝テックCVCは、当社役員、事業部門、スタートアップ、VCといった多くの方々との信頼の中で生まれたもので、関係者の皆様にはとても感謝しています。
 とはいえ、まだ完成されたものではありません。日々さまざまな方とコミュニケーションを重ねる中で、新たな挑戦や進化の必要性に気づかされます。
 大企業が関わることで、スタートアップ企業のイノベーションをいかに加速させられるか。それこそが我々の活動の本質です。
 CVCとしての理想の形を追求し、本質的な価値の創出に向けて、これからも挑戦を続けます。
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