2023/3/25

【新進気鋭】1年で1億円売り上げた起業家が“酒”に挑む理由

AlphaDrive/NewsPicks エディター
秋田の老舗酒蔵で修業した若者が、「ナマハゲの町」として知られる秋田県男鹿(おが)市に、新たな酒蔵を立ち上げました。

その名は「稲とアガベ醸造所」。一風変わった名称の施設では、日本酒にテキーラの原料でもある植物「アガベ」のシロップを加えた新ジャンルのお酒「クラフトサケ」をつくっています。

運営する稲とアガベ株式会社は創業1年で売上高約1億円、2年目は1.5億円を見込むなど、現在急成長中です。

代表の岡住修兵さんは酒蔵の跡取りでも、秋田出身でもない「よそ者」です。

なぜ、斜陽産業とされる日本酒の世界でビジネスを起こしたのか。過疎が進む町を選んだのか。若き起業家が切り開く、日本酒と地方の未来を追います。(全3回)
INDEX
  • 「原体験」なければ起業家になれないのか
  • 秋田の名門「新政」でブランドの極意を学ぶ
  • 新規参入できない日本酒業界に風穴あける
  • 「液体」ではなく「世界観」を売れ
  • クラフトサケは、なぜ売れるのか?

「原体験」なければ起業家になれないのか

秋田市内から約1時間、JR男鹿なまはげラインの男鹿駅のすぐ隣に稲とアガベ醸造所はあります。
醸造所の建物は男鹿駅の旧駅舎を借りている。裏扉(写真下)は当時のドアをそのまま利用している
岡住さんは日本酒とは関係のない家庭に育ち、大学は関西の総合大学でアントレプレナーシップやベンチャーファイナンスを学んだ、若き起業家。日本酒業界では異色の存在です。
岡住修兵(おかずみ・しゅうへい) 稲とアガベ株式会社代表
1988年、福岡県生まれ。神戸大学経営学部卒。2014年から秋田市の新政酒造で酒造りを学ぶ。2018年に退社し、起業準備。2021年に秋田県男鹿市で「稲とアガベ醸造所」を立ち上げる
岡住 「大学で読んだ教科書に『起業とは、それ自体が社会貢献である』と書かれていて、衝撃を受けました。世の中の企業の8割は中小企業で、平均寿命は10年程度。起業家たちが中小企業を起業し、成長や廃業を繰り返すことで、多くの雇用を満たし、社会に貢献している――。僕も、雇用を生み出し社会に貢献する起業家になりたいと考えました」
しかし「経営」の世界は広く、選択肢は無限にあります。どの分野で起業したらいいか、答えはなかなか見つかりません。また、各界で活躍している起業家を調べてみると、パワフルで圧倒的なモチベーションの持ち主ばかり。到底かないそうにありませんでした。
岡住 「世の中の起業家の皆さんは、強烈な原体験やハングリー精神があります。しかし僕は、不自由のない家庭に生まれ育ち、大学にも進学できました。自分を突き動かす原動力のようなものがなかったのです」
休学してITベンチャーにインターンで入ったこともありましたが、企業に雇用されて通勤電車に乗る毎日は、肌に合いませんでした。将来に悩んだ岡住さんは、一時期メンタルの不調に陥りお酒に溺れました。休学、留年を経験し、自問自答を繰り返して数年、ある日ふと「(将来を)先に決めちゃえばいいんだ」と思い立ちました。
「今の時代、選択肢が多すぎるから、いつまでも悩んでしまう。それらしい理由をいくら考えたところで、後からも絶対に悩みは出てくることでしょう。それなら、理由にこだわりすぎず『これだ』って人生の軸を決めて、行動しようと思ったんです」
改めて自室を見渡し、目に入ってきたのが「酒」でした。酒で事業を起こそう。自分は日本人だから、酒の中でも「日本酒」だ。こうして、日本酒で生きることを決意しました。
「選択肢を絞ることで、初めて悩まずにいられるようになりました。大学のある神戸は酒造りが盛んな地域でしたので、日本酒業界が斜陽産業ということは知っていました。それでも、当時の僕にとって重要なことではありませんでした」
Wako Megumi / iStock

秋田の名門「新政」でブランドの極意を学ぶ

「日本酒で起業する」ことを決めた岡住さんは日本酒が飲める飲食店に足を運び、目に入った日本酒を片っ端から飲んでいきました。
岡住 「お酒は好きでよく飲む方でしたが、特別に日本酒を意識して味わったことはほとんどありませんでした。まず自分が好きだと思う日本酒を見つけること。そしてトップ50くらいを上から順番に電話していけば、どこか雇ってくれるかなって」
あるとき見つけたのが「新政」でした。全国的な人気を誇る、秋田市の酒蔵です。「他のどのお酒とも違う味で、おいしい。ただただ驚きました」。岡住さんは思わず「ここで働きたい!」と声を上げます。
すると、思いもよらない展開となります。岡住さんの様子を面白がった飲食店の店長がSNSで「新政で働きたいという若者がきた」と投稿したところ、新政酒造の社長がそれを発見。そのまま採用が決まりました。
秋田市内にある商店街。新政酒造は、町を代表する酒蔵として知られている
2014年、岡住さんは単身秋田県に移住し、新政酒造に入社。酒造りの技術はもちろん、経営や販売など、酒蔵経営の総合的な知見を積極的に吸収していきました。岡住さんが特に影響を受けたと話すのが、新政酒造の徹底した「世界観の構築」でした。
岡住 「新政酒造の日本酒は、商品ごとの設計から瓶のデザインまで、徹底してつくり込まれているんですね。ブランディングやマーケティングに相当な力を入れているはず……そう思っていたのですが、社長に聞いたところ、『何もやっていない。自分がかっこいいと思う世界観を追求しているだけ』って言われたんです。
でもそれって、むしろ“究極のブランディング”ですよね。顧客を追いすぎるのではなく、理想をとことん突き詰める。こうした新政の思想には、強く影響を受けています」
新政酒造には若手社員が多く、他の蔵から勉強にきている同世代の人もいました。岡住さんは仲間たちと酒造りに邁進し、毎晩のように秋田の街を飲み歩きました。学生時代の苦悩から解放された、充実した期間でした。
2018年、岡住さんは新政酒造を退社。「3年後に自分の醸造所をつくる」「お世話になった秋田への恩返しとなる事業をつくる」と決意しました。

新規参入できない日本酒業界に風穴あける

日本国内で日本酒を製造・販売するには「清酒製造免許」が必要です。しかし現在、新規の免許交付は原則認められておらず、新規参入は実質不可能です(※現行の酒税法では製造免許発行は原則行われていない。2019年の改正により輸出用に限り免許発行が解禁された)。
そこで岡住さんは「その他の醸造酒」というジャンルに注目。日本酒製造の過程で少量の副原料を加えることで、法律上は日本酒ではない別の種類となり、醸造免許を得ることができるのです。
日本酒に加える副原料に岡住さんが選んだのは、テキーラの原料である「アガベ」由来のシロップ。その理由は、秋田で出会い結婚した女性が「テキーラ好きだから」とのこと。添加は少量で、発酵によりアルコールに変化するため、味にはほとんど影響しないそうです。
アガベシロップ。酒造りの途中に少量加えている(提供・稲とアガベ)
またこの頃、同じように「その他の醸造酒」のジャンルで酒造りに挑戦する動きが全国で出てきていました。副原料を加えてつくるそれらは、次第に日本酒ではない新ジャンルのお酒「クラフトサケ」と呼ばれるようになります。
「クラフトサケ」についてはこちらの挑戦ストーリーもおすすめ
次のハードルは資金調達です。
手元にある起業資金は、貯金した200万円ほど。建物と設備だけで計約1億6000万円かかった醸造所の設立には融資を受けることが不可欠でした。岡住さんは、新政時代に親交を持った土田酒造(群馬県)に相談し、お酒を委託醸造することにしました。まずはテスト販売を行って自身のブランドの「実績」をつくり、それを融資の突破口にしたいと考えたのです。
2020年、「稲とアガベ」ブランドの初のお酒を土田酒造への委託で完成させました。岡住さんの友人や知人のツテも頼りながらテスト販売を行ったところ、最初に用意した800本は即完売。続いて製造した酒販店向けの4800本(段階的に800本、2000本、2000本をテスト製造)も完売と、順調なスタートを切りました。
この実績を引っ提げて融資を申し込み、秋田銀行と日本政策金融公庫から、無担保で2億1100万円の融資を獲得。そして2021年秋、稲とアガベ株式会社を立ち上げ、醸造設備「稲とアガベ醸造所」がオープンしました。
旧男鹿駅。建物を生かしつつ醸造所へ改装した(提供・男鹿市)

「液体」ではなく「世界観」を売れ

稲とアガベの酒造りのコンセプトは「お米は磨かず、田んぼを磨く、自分の腕も磨いて、吟醸をつくる」です。
一般的に、日本酒造りは原材料となる米の外側を削って中央部分だけを使うことで雑味を減らします。多く削るほど高級なお酒となり、50%以下に削ったものは「大吟醸」と呼ばれます。
稲とアガベは反対に、米を10%程度しか削らずに、酒造りを行っています。それを実現するのは、地元・秋田で出会った農家さんの「無肥料無農薬のお米」。お米そのものの質を追求することで、多く削らなくても雑味を出さずにお酒をつくることができ、同時に製造過程で出るロスを減らせます。
岡住 「高級な米を使い、ぜいたくに磨いてつくる『大吟醸』のようなお酒は、技術や設備が向上した今の時代、たくさんの酒蔵でつくられており、品質も拮抗しています。すでに成熟している市場に、同じ価値観のお酒で参入しても、日本酒業界への貢献にはなりません。自分たちがお酒をつくる意味を考えた結果、『秋田の無肥料無農薬のお米』『削らない』というルールの中で品質を突き詰めることにしました」
「稲とアガベ」のラインアップ。「クラフトサケ」「どぶろく」のほか、委託醸造や海外輸出用の日本酒も製造している(提供・稲とアガベ)
価格は、1本(500ml)2500円から。一般的な日本酒の約2倍の価格設定です。
岡住 「稲とアガベの原料は農家さんと契約して仕入れていますが、業界の水準よりも高額で契約しています。買い叩くのではなく、サステナブルな関係性を築くためです。このように、値付けにはステークホルダーを守るという『理由』があります。『安くおいしいものをつくる』という従来の考えも大切ですが『高くても売れるものをつくる』ことが、日本酒業界の発展には欠かせないと考えています。
酒の価値は『液体』だけにあるわけではありません。思想や背景、こだわりなどすべてを総合して、ひとつの商品になると考えています。そうした信念まで感じてもらえるよう、味だけでなく、瓶やラベルデザイン、ブランドロゴ、裏ラベルに記載するメッセージまで、徹底的に世界観をつくりこんでいます」
1年目の製造量は約3万5000リットルで売上高は約1億円、2年目の製造予定は約4万5000リットルで売上高の予想は1.5億円と、順調に拡大中です。稲とアガベに込めた想いが多くのお客さんに届いているのでしょう。
「稲とアガベ」の各商品に描かれているロゴ。「DOBUROKU」は、男鹿の土地には縄文時代から人が住んでいたことから「土面」がモチーフ。「CRAFT」は、風が強い男鹿の自然をイメージした「風車」がモチーフ。すべてに「男鹿らしさ」が込められている(提供・稲とアガベ)

クラフトサケは、なぜ売れるのか?

お酒を販売する酒販店は、稲とアガベをどう見ているのでしょうか。話を聞きました。
伊勢五本店の店内。開店直後から多くの人で賑わう
東京の千駄木と目黒にある老舗酒販店「伊勢五本店」。30代の若手社員・池田剛史さんが実際に飲み「おいしい」と感じたことから稲とアガベの取り扱いがスタートしました。
池田 「業界歴の長いベテラン店員からは、仕入れに対して懐疑的な声もありましたが、売れ行きは好調です」
また、稲とアガベのように世界観のあるお酒は「販売しやすい」ともいいます。
「極論をいうと、製造レベルの上がった今の日本酒は『全部おいしい』ですし、裏返せば『おいしいだけでは差別化できない』状況です。お客さんに選んでもらうためには、味以外にお客さんに訴えかける背景やストーリーが重要です。クラフトサケという新しい存在であることはもちろん、原材料へのこだわり、サステナブルな思想がある商品は、お客さんにも薦めやすいですね」
東京・浅草橋の日本酒専門店「SAKE Street」代表・藤田利尚さんは、次のように話します。
藤田 「規模の大きな酒蔵と比べると製造量は少ないですが、すでにコアなファンがついています。もっとも、私が稲とアガベと取り引きしている理由は、売り上げの話だけではありません。日本酒業界で新しいことに取り組んでいる稲とアガベが今後どうなっていくか、日本酒に携わる一人として注目しているのです」
現在、稲とアガベを取り扱う酒販店は80以上に拡大。そこにはただのビジネスを超えた、岡住さんの挑戦への「応援」を感じることができます。
起業家・岡住さんと稲とアガベの挑戦は、まだ2年目。業界に風を起こすスタートアップに今、大きな注目が集まっています。
Vol.2に続く