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世界最強プレミアリーグにJリーグが学べること

英プレミアリーグとJリーグの差は、なぜこんなに開いたのか

2015/2/8
ビッグクラブのすべてでは、最新のスポーツビジネスの姿を描くべく、サッカー、野球など、あらゆるスポーツのビッグクラブのビジネスをインフォグラフィックで解説。あわせて、スポーツビジネスを知り尽くしたデロイトトーマツのコンサルタントたちが、クラブ、リーグという視点から分析を行う。今回は、デロイトトーマツのコンサルタントたちによる分析編です。

20年前、プレミアとJリーグの規模は一緒だった

イングランドプレミアリーグ。今、世界で最もビジネス的に勢いのあるリーグであり、日本でも多くの人々が中継などを通じて接点を持つ、知る人ぞ知るトップリーグである。

そして、わが国のJリーグ。ご存知の通り、日本初のプロサッカーリーグとして10チームでスタートし、現在ではJ3まで含めると51チーム(U22選抜を除く)にまで拡大している。

ここに、興味深いデータがある。

「400:275→4000:550」

これは、プレミアリーグとJリーグ(J1)の発足当初から現在までの売上規模の推移(単位:億円)である。実は、両リーグはほぼ同時期に創設されている(プレミアリーグ:1992年、Jリーグ:1993年)。

発足当初、両リーグの売上規模にはそこまでの開きはなかった。当時はプレミアリーグが22クラブ合計で約400億円、Jリーグが10クラブ合計で約275億円であったため、各クラブあたりの平均売上規模ではJリーグが上回っていたことになる。

しかし、20年以上を経た2013年時点での売上規模は、プレミアリーグが20クラブで約4000億円、Jリーグは18クラブで約550億円である。実にリーグ売上規模にして7倍以上水をあけられているのだ。

この差はどこから生まれてきたのか。そのヒントをビジネスマネジメントの観点から分析してみたい。

放映権収入はJリーグの20倍

まず、リーグ毎の収入の内訳を見てみると、違いが際立つのが放映権収入の比率である。

Deloitteの発行しているAnnual Review of Football Financeによれば、プレミアリーグでは各クラブ収入の約半分の47%が放映権収入で構成されている。一方、Jリーグの同比率はわずか7%未満だ。いずれのリーグも放映権はリーグが一括して管理しており、リーグが得た放映権収入を各クラブに分配する仕組みを採用しているため、傾斜配分比率に若干の差はあるものの、大きな仕組みとしては同じである。

 01_欧州5大リーグの売上規模 (2)

プレミアリーグでは、設立当初から放映権の販売は入札形式とされており、複数業者からの入札により、放映権収入の水準を保っている。それに加えて、国内放映権と海外放映権を厳密に管理し、海外放映権については直近で200もの地域に個別に販売している。

2013-14シーズンからスタートするリーグ放映権契約は3年間で22億ユーロ(直前3年間と比較して約9億ユーロ増)、日本円にして約2900億円となる。単年度ベースでは約1000億円であり、46億円のJリーグとは20倍もの差があることになる。

驚異的な集客力を支える、積極的な「人」への投資

そして次に目立つのが、高額な放映権収入を維持するためのベースとなる「驚異的な集客力の維持」である。これこそが、プレミアリーグの最大の特徴である。

2012-13シーズンにおけるプレミアリーグの平均観客動員率(=平均観客数/スタジアム収容可能人員数)は、何と95%である。つまり、全てのリーグ戦が毎回ほぼ満員の状態で開催されているのだ。すなわち、プレミアリーグの試合中継は、どのカードを放映したとしても満員のスタジアムで非常に盛り上がっている映像が保証されていることになる。それによって、視聴者の興味を惹けるのはもちろん、興行(試合)のメディア価値が飛躍的に高まる。

ちなみに、Jリーグから公表されているデータに基づきJリーグの同様の指標を計算すると、リーグ平均で約55%、最も値の高い川崎フロンターレでさえ約80%である。この比較から、プレミアリーグの集客力がいかにずば抜けているかが理解できる。

その一方で、人々の興味関心を引くための方策の現れとして、プレミアリーグは収益に占める労務費率が非常に高いクラブが多い。リーグ平均の労務費は2012-13シーズンで71%となっており、リーグ平均で約50%のJリーグと比べても高い。翌シーズンから放映権収入が増加することから、当該水準は若干下がるだろうが、「魅力・ポテンシャルのある選手らに積極的に投資し、将来の収益増加を狙う」というプレミアリーグのビジネス構造がここに垣間見える。

前述の通りプレミアリーグでは、満員のスタジアムを維持することにより高額の放映権収入を確保するというビジネススキームが基本である。そのため、スタジアムを満員にするためにも、選手年俸に代表される労務費にも積極的に投資を行うという経営戦略を採用しているのである。

もうひとつ、プレミアリーグのビジネス面の特徴としては、「少数のビッグクラブが主導権を形成している」という点も指摘できる。

収入の多いクラブトップ5(マンチェスター・U、マンチェスター・C、チェルシー、アーセナル、リヴァプール)の収入合計で、リーグ収入の約54%を占めている。同様の値をJリーグについて見てみると約40%である。プレミアリーグはビッグクラブへの富の集中度が高い。

 02_プレミアリーグ収入 (1)

 03_Jリーグ収入 (1)

つまり、戦力が非常に均衡し、毎年多くのクラブに優勝の可能性があるJリーグに比べ、プレミアリーグの優勝の可能性は基本的にビッグクラブに限られる反面、ビッグクラブがリーグ全体の価値のけん引役となっている。

ビジネス構造の違いが生まれた理由

なぜ、プレミアリーグとJリーグではここまでの差が生じてしまったのであろうか。

最も大きな違いは、興行(試合)のメディア価値と、その価値を実現させるビジネスマネジメント意識にあると筆者は考える。

約20年前にプレミアリーグが創設された背景には、興行のメディア価値の低下があった。古いスタジアム、凶暴化するフーリガンに加え、TV局のカルテルが発覚するなど、世間のイメージは非常に悪く、メディア価値も低下の一途を辿っていた。

そのような向かい風の中、当時の強豪ビッグ5(マンチェスター・U、アーセナル、エバートン、リヴァプール、トッテナム)が中心となり、人気クラブのみで構成される新リーグの設立を実現させた。この際にビッグ5のマネジメントが意識していたのは、間違いなく興行のメディア価値の最大化に他ならない。

このような歴史背景があるため、プレミアリーグでは発足当初より、興行のメディア価値を最大化することを意識したマネジメントが根底にあり、それは現在でも変わっていない。当然の流れとして、プレミアリーグではメディア価値を最大化するためのあらゆる施策が検討され、日々実践されている。

プレミアリーグの功罪

それに対してJリーグは、百年構想の旗印の下、サッカー文化の振興とその結果としての日本代表チームの強化という大命題が設立の背景となっている。

もちろん、興行のメディア価値の最大化に向けた対策がまったくされていないというわけではない。ただ、Jリーグでは、歴史を通して、サッカー競技人口の増加や環境整備を通じたサッカー文化の振興に軸足を置いた取り組みがなされてきた。

事実、W杯本戦出場の常連化、日本人選手の海外トップリーグ移籍、サッカー競技人口の増加といった成果が目に見える形で現れており、フィールドマネジメントの分野を中心に、Jリーグ発足後20年で日本サッカー界は目覚ましい発展を遂げている。

その一方、客観的なビジネスマネジメントの分野では、残念ながら成果は未だ見えていないと言わざるを得ない。J1の売上規模はほぼ倍増しているものの、クラブ数もほぼ倍増していることを考えれば、各クラブにおけるビジネス規模は20年前とそれほど変わっていないからだ。

もちろん、プレミアリーグのビジネスモデルに問題がないわけではない。リーグ収益の過半を占めるトップ5のうち、2012-13期において黒字経営をしているのは実はアーセナルだけだ。チェルシーに至っては巨額の債務超過となっている。また、良くも悪くもオーナーの意向でクラブの経営方針がガラリと変わることも珍しくない。

Jリーグとしては、百年構想という基本理念を維持しつつ、いかにして各クラブのビジネス規模を拡大し、健全かつ持続可能な経営(サスティナビリティ経営)を実現していくかに、正面から取り組むべきタイミングにきていると言える。

プレミアリーグのビジネスモデルの功罪を客観的に分析することを通じて、重要なベンチマーク素材とするとともに、今後のJリーグのあり方を検討する際の材料の一つとしてほしい。

(執筆:里崎 慎)

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