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個人に群がる日本

錦織ブームであって、断じてテニスブームではない

2015/2/5
全豪オープンの錦織圭の試合がNHKで生中継されるなど、日本におけるテニス人気が急激に高まってきた。だが、大卒後にテニス雑誌『スマッシュ』に配属され、伊達公子を長年取材してきた金子逹仁はまったく違う見方をしている。金子や伊達は何に怒りを感じているのか?
金子達仁は法政大学卒業後に出版社に入ると、テニス雑誌『スマッシュ』に配属され、高校生の伊達公子に出会った(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

金子達仁は法政大学卒業後に出版社に入ると、テニス雑誌『スマッシュ』に配属され、高校生の伊達公子に出会った(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

松岡修造のときも同じだった

――今回はテニスの話を聞かせてください。昨年の全米オープンで錦織圭が準優勝して以来、テニスの人気がすごく高まっています。1月の全豪オープンでは惜しくもベスト8で敗れてしまいましたが、NHKで生中継されてテニスブームが来ているように思います。

金子:「えーっと、まず自分はテニスブームが起こっているとはまったく思わない」

――え、そうですか?

金子:「起こっているのは錦織ブームであって。だって、錦織くんが負けた途端に、全豪オープンの中継を見た人数は激減したでしょ?」

――NHKでの生中継は敗退後になくなりました。

金子:「それってテニスブームですか?」

――個人のブームであって、競技のブームではない……ですね。

金子:「っていうのをダテック(伊達公子)は一番怒っていたよね」

――いつ伊達さんに会われたんですか?

金子:「昨年12月、『Number』でインタビューしたときにすごく怒っていた。このままだとブームを消費して終わってしまう、何も残らないと。だってさ、松岡修造君が出てきたときも同じだった。あのときは日本のテニスに対する注目も高くて、マッケンロー、ボルグの頃からの世界のテニスを見る層がいたにもかかわらず。『スマッシュ』が『サッカーダイジェスト』の3倍、4倍売れていた時代だから。それでも個人のブームで終わった」

――金子さんは大学卒業後に『サッカーダイジェスト』を発行する出版社に入社したら、まずテニス雑誌の『スマッシュ』に配属されたんですよね。

金子:「『サッカーダイジェスト』はいつ潰そうかと言われていて、支えていたのは『スマッシュ』だったからね」

――それはいつ頃の話ですか?

金子:「俺が入社したのは88年。会社としては久しぶりの新入社員を取った、なのになんで売れないサッカーなんだということで、売れているテニスに回されました、ということだった。そのおかげで高校生の伊達公子に出会えたんだけども」

日本の誇りと言うのは図々しいにもほどがある

――伊達さんからすると、個人のブームは一過性で終わるというのが目に見えていると。

金子:「日本から次々とテニス選手が出てくる土壌が作られているのであれば浮かれていてもいいよ。でも、錦織君を育てたのはアメリカじゃん。盛田(正明)さんのお金でアメリカが育てたわけじゃない? これ、日本の誇りと言うのは図々しいにもほどがあると思うのよ」

――なるほど。

金子:「だから、一番最近腹が立っているのは、錦織君、フィギュアスケートの羽生(結弦)君もそうだ、日本のスポーツのスターの多くが海外で作られていっているわけじゃない。にもかかわらず成功すると、日本の誇りだって大騒ぎする。一方で今回の後藤健二さんたちに関しては、自己責任と言われる。どっちなんだって思う」

日本スポーツは鳥のカッコウと同じ

金子:「テーマとズレてしまったけど、錦織ブームであって、テニスブームではない。ベッカーが生まれたあと、ドイツは一気にテニスの環境を充実させて、すぐにグラフが出てきた。スペインなんかは、88年当時、日本より弱かった。今は歯が立たないでしょ? 錦織君は頑張っているけれど、国として。彼らはテニスをやっている子供たちに、世界に行っても困らないように英語教育をして、そういう取り組みの成果が出ている。それに比べると、日本はほぼ何もやっていないでしょう」

――国としての育成の取り組みが違うわけですね。

金子:「プロ野球はちょっと別だけど、Jリーグにしても、テニスにしても、日本のほとんどのスポーツは一流を除いてすごくプア。海外に出て行かないと大きく稼げない。それを放置している日本って、すごく嫌だなと思うのよ。そのくせ勝つと群がる」

――国として育成に本気で取り組んでいないのに、世界で勝った途端、国の誇りとして見られると。

金子:「すごくカッコウだと思う。托卵(鳥が他種の鳥の巣に卵を産み、育てさせること)しているだけ。サッカー選手だってそうだぜ。本田圭佑を育てたのはグランパスですか?」

――なるほど、オランダのフェンロでの経験の方が大きかったかもしれません。

金子:「ヨーロッパに行かないとうまくなれない、という固定観念が生まれていない?」

――本田圭佑はJリーグを評価したうえで、「できるだけ早く日本を飛び出せ」という主旨の発言をしています。誤解されやすい発言なので、参考までに昨年10月のブラジル戦後のコメントを引用しますね。

【本田圭佑(2014.10.14)】
「これは誤解されるんですけど、Jリーグのレベルは高まっていると思うし、素晴らしいチームも多いし、素晴らしいサポーターもいる。ただし若いうちに海外に出ると、やはり日本では味わえない経験ができる。自分のスタイルが固まる年齢だと、海外に出ても難しかったりするんですよ。若いうちに出るのが何よりも重要。レギュラー争いは大変だし、ホームシックになったり、生活するうえで差別を受けるかもしれない。居心地が良くないかもしれない。そういったものに日々打ち勝って、個々としての経験が得られる。居心地のいい場所でずっとやっていたらダメです」

――Jリーグ関係者としては悔しいですけど、現実的にこういう問題があります。

金子:「アルゼンチンの選手は、自国リーグを出た方がいいとは言わないと思う。良い悪いは別にして、他の国と異なる部分だと思う。自国の環境にもっと目を向けるべき」

日本スポーツ界には経済大国の発想がない

――(同席した編集部の上田裕からの質問)テニスでは世界に出ないとプロとして食べていけない現状があります。だから高校や大学でトップクラスの人でも、企業に入って仕事をしながら実業団などでプレーするのがいいと考える人が多い。でも、そうするとプレイヤーとして成長が止まってしまう可能性がある。だとすると早い時期に海外に行く錦織コースしかないのかなと。

金子:「だとすると、日本からは一流選手が出てこないよな。たまたま錦織君は盛田さんの援助で恵まれた環境でプレーすることができたけど、このままだとお金持ちじゃないと世界で戦える日本人にはなれないってことじゃない。実際、現実にそういうところがある。ニック(ボロテリー・テニスアカデミー)にも、お金持ちのお坊ちゃんが行っている。それじゃあ勝てるわけがないよね。日本人だから勝てないんじゃなくて、日本のシステムが勝てないテニス選手を量産しているだけだと思う」

――(上田)おっしゃっていることが、すごくしっくりきます。

金子:「ダテック(伊達公子)が怒っているのはそこなのよね。だって彼女は高校のテニス部で育った女の子だから。あの頃はバブルだったから、不動産会社が毎年たくさんの子供をウィンブルドンのジュニアに参加させたり、国際経験を積ませていた。それが花開いた。でもバブルが弾けてなくなった。テニス協会がやっていたことではないから続かないよね。国際競争力を積ませるのは悪いことじゃないんだけど、一番やらなければならないのは日本の環境を育てることだったのに、そこに手をつけなかったよね」

――(上田)僕は学生時代に部活でテニスをやっていたんですが、今の部活の環境で世界で戦えと言われても、オムニコート(人工芝と砂を混合したゴムのコート)でやっている選手では厳しいと思ってしまいます。

金子:「なんでオムニになってしまうかというと、経済的な理由だよね。メンテナンスが楽だから、安いから。ここは発展途上国ですか? 経済大国の発想じゃないのよ。日本でスポーツに携わっている人たちって」

――(上田)確かに市営コートはオムニコートがかなり多いです。錦織選手が活躍しなかったら、そういう問題意識すら生まれなかったかもしれません。

金子:「どうだろう、錦織君が問題提起しているわけではなく、ダテック(伊達公子)が怒っているだけなんで。まあ、彼女は『(稀人)まれびと』というか。言っていることがカッコいいよね。上田君はテニスコートがどんどんフットサルコートに変わっていることに忸怩たる思いがあるでしょ?」

――(上田)それは結構あります。そうなると都心では残っているテニスコートの倍率がすごい倍率になるんです。限られたコートを巡って愛好家同士で抽選になって、値段も高くなる。

金子:「クレーでもハードでもないサーフェス(コート面の材質)でやっていて、どうやって世界で戦うんでしょうっていう、もうジャパンオープンのコートをオムニにするしかないよね。そこを賞金世界一にして。どうぞみなさん、オムニを増やしてくださいとやるしかない」

*本連載は毎週木曜日に掲載する予定です。