2023/3/14

反論も歓迎。求む、循環型社会を“本気で”目指す共創者

NewsPicks Brand Design editor
 大量にモノを生産し、大量に捨ててきたこれまでの社会。そのあり方を見直す必要性は、昨今の地球環境の悪化を背景に、これまでになく高まっている。
 一方で、大量生産・大量消費を前提に築き上げられてきた社会構造を、全く新しく作り替える難しさは、想像に難くない。
 そんな難題に真正面から挑み、日本を根本から「循環型社会」に変革しようと、虎視眈々と準備を進める人物がいる。
 1919年の創業以来、化学製品を通じて世の中に貢献してきたメーカー、ダイセル代表取締役社長の小河義美氏だ。
「バイオマスバリューチェーン構想」と呼ばれるこの壮大な計画は、日本の国土の7割を占める森林を石油化学原料の代替として活用することで、化石原燃料の利用を抑え、低炭素社会の実現を目指すもの。
 さらに、木材の価値を高めることで林業を活性化させ、健康な森を再生する。その結果、水産業や農業にまで好循環を生み、地域産業も活性化させる。
 そんな未来像まで描いているのだ。
 バイオマスバリューチェーン構想とは何か。本当に実現できるのか。そして小河氏はなぜこのような難題に立ち向かうのか。全3回の連載を通じて明らかにする。
 連載最終回の本記事では、この壮大な構想を描く小河氏の頭の中を覗く。
 なぜ自社の成長という枠を超えて、ビジネスを発想できるのか。未来をつくるための共創の極意とは。ぜひ3記事を通して読んでいただけると嬉しい。

“儲けない会社”の真意とは

小河 ここまで見てきたバイオマスバリューチェーン構想は、日本の国土の約7割を占める森林をバイオマスとして活用することを起点に、持続可能性がある循環型の産業構造を作るというものです。
 大量生産・大量消費社会という現代社会の根幹を覆そうという試みですから、もちろんダイセル一社で実現できるものではありませんし、短期的な利益には繋がらないことも理解しています。
 ではダイセルは、なぜあえてこんな難題に挑み、旗振り役を務めるのか。
 私は、ダイセルの社長に就任した当時、「儲けない会社にします」と話したんです。
 というと、勘違いさせてしまうかもしれません。正確には、「儲からない会社」ではなく、「儲けない会社」にするということ。
 企業が果たすべき責務として、まずはしっかりと収益を上げるのは大前提。
 しかし、その儲けたお金や培った知見を、企業の内側に溜め込むのではなく、社会全体に還元していくことを何よりも大事にしたい。そう考えているんです。
 ビジネスの根幹はやはり、社会貢献ですから。そういう意味で、「儲けない」と標榜してきました。
 だからこそ、その土台作りとしてこれまでシビアに追求してきたのが、いかに仕事の生産性を高め、企業の稼ぐ力を強化するかという点。
 その代表的な例が、ダイセル方式と呼ばれる生産革新手法を生み出したことです。
 生産工程の無駄を徹底的に排除するとともに、化学プラントの運転ノウハウを見える化、標準化することで、生産性を飛躍的に高める手法を確立したのです。
 こうした取り組みを通して、企業の収益の最大化に努めてきました。そうして得た収益は、従業員や株主に還元してきたつもりです。
 もちろん、従業員や株主に収益を還元することも、立派な社会貢献。ですが、「本当にそれだけでいいのだろうか」という次なる問いが生まれて。
「身近な人の幸せに貢献したい」という思いを起点として視野を広げ、次は「社会全体の幸せにどう貢献できるか」を考え始めました。
 その結果、持続可能な社会の実現という大きなテーマに、企業として真正面から向き合いたいと思うようになったのです。
 そうしてたどり着いた一つの仮説が、自社の技術を軸にサステナブルな循環型社会をつくる、バイオマスバリューチェーン構想でした。
 国産林や廃棄物を活用して資源を循環させるだけでなく、きちんと利益を出してキャッシュも循環させる。
 エコノミーとエコロジーを両立してこそ、真の豊かさを実現できると考えています。

SDGsと経済成長は両立できる

 そう聞くと、「本当にエコノミーとエコロジーの両立なんてできるのか?」と疑問に思う人もいるかもしれません。
 確かに、環境破壊や気候変動は急速に進んでいますし、産業界の成長が環境の悪化の一因であることは間違いありません。
 本気で環境の悪化を食い止めるためには、経済成長を諦めなければならないという主張があることも認識しています。
 ですが私は、「無駄をなくす」という試みこそ、一見相反するエコノミーとエコロジーを両立させる鍵だと考えているんです。
 考えてみてください。
 無駄をなくすことは、廃棄物や余計なエネルギー消費を減らせるので、環境に優しいですよね。
 それは結果的に、原料費やエネルギーにかかるコストも抑えられるため、経済的にもプラスになります。
 つまり、環境に優しくすることと、経済的なメリットを得ることは両立できる
 むしろ、いかにその二つを共存させるかに頭を使うことこそが、これから産業界が担う使命なのではないでしょうか。
 バイオマスバリューチェーンの根幹をなす「常温で木を溶かす」技術も、根本の思想は無駄をなくすことです。
常温で溶かす技術を用いて、木を溶かしている様子。出典:ダイセル提供
 これまで使われてこなかった国産林を、極力エネルギーを使わずに溶かして資源として活用し、さまざまな素材・プロダクトに生まれ変わらせる。
 原料の観点、製造プロセスの観点の両面から無駄をなくし、新たな産業の種を作ろうとする技術なのです。

人間はもっと、クリエイティブだ

 この「常温で溶かす」技術を使えば、木だけでなく、農業や水産業から出る廃棄物を使って、新しい素材を生み出せると考えています。
 現に兵庫県淡路島の玉ねぎの外皮を使って、フィルム素材や糸を作ることもできました。
 この技術を応用すれば、「資源の循環」と「経済の循環」を生むこと以外にも、副次的な効果をもたらせるんじゃないかと、実は期待しているんです。
 それは、人間をさらにクリエイティブにすること。
 話が少し飛躍してしまったので、順を追ってお話しさせてください。
 そもそも私は、人間は本来、創造性にあふれた生き物だと考えています。
 現在の大量生産・大量消費社会では、必要なものは何でも手に入りますが、何でも与えられるばかりでは、人はつまらなく感じてしまうはず。
 そう考えると、SDGsの潮流も相まって、数十年後には一人ひとりが自分が必要なものを必要な分だけ自分で作るような、そんな産業構造に変化していくのではと予想しています。
 そこに、個人のクリエイティビティが発揮されていく。
「常温で溶かす」技術も、そのように人間の創造性を解き放つために使ってもらえたら、こんなに嬉しいことはないと考えているのです。
 地域で余った農作物の廃棄物を溶かして、「こんなものを作れるのではないか?」と想像力を働かせ、新たなプロダクトを生み出す。
 その結果、その地域の特産物が生まれるなど、地域経済の活性化にも繋がっていく。
 私たちの技術を起点に、そんな未来もやってくるのではないかと、夢を膨らませているところです。
 大袈裟な話になってしまいますが、人類はこれまで、産業革命や戦後の復興など、さまざまな問題を解決し続けてきました。その背景にはいつも、技術のブレイクスルーがあった。
 私はもっと、人類の可能性を信じていいと思っているのです。
 SDGsについても、「こんなものは理想論だ」と斜に構えるのではなく、これまで蓄積してきた知恵を生かすチャレンジの場だと捉えればいい。
 あらゆる可能性を試してみて、ダメなら軌道修正すればいいだけです。

求む、超循環社会の共創者

 ですが、描く夢が大きければ大きいほど、ますます一社だけでそこに到達することはできません。さまざまな立場の人との共創が不可欠です。
 ダイセルも、これまでさまざまな企業や研究機関と一緒に共創をしてきましたが、「こんな技術、どの会社でも当たり前に持っていると思っていた」という技術や技能にこそ、独自の知見が集約されているものです。
 そういった唯一無二の技術と出会い、新たな活用方法を見出すためにも、私は互いの技術、製造工程をオープンにしたい。
 つまり、“見せっこ”したいんです。
 そうすれば、互いが持っていない技術を補い合ったり、新しい活用の糸口を見つけられたりと、一社では成し得なかったことも実現できるはずです。
 そう言うと、「そんなことをして、大切な技術を盗まれたらどうするんだ」と思うかもしれません。
 ですが、見せただけで盗まれる技術なんて所詮、大したものじゃないんですよ。
 そんな小さなことにこだわっている暇があったら、互いの知見を共有し合って、より大きな価値を生み出しましょうよ、と思うわけです。
 私たちが提唱するバイオマスバリューチェーンに関しても、ぜひ多くの企業、研究機関に飛び込んでいただき、多種多様な視点を持ち込んでほしいと考えています。
 バイオマスバリューチェーンは、従来の産業や資源活用の仕組みを大きく変えようとする構想であることから、さまざまなご意見があると思います。
 共感してくださる方の協力はもちろん、物申したい方のご意見も大歓迎です。
 そもそも、10人いたら10人賛同するアイデアなんて、面白くありません。全員が賛成するということは、すでに多くの人が発想している案ということですから。
 反対意見が出る案にこそ新規性があるし、異なる意見があることで議論が生まれ、アイデアを磨くこともできるはずです。ぜひ、建設的な意見を交わしましょう。
 バイオマスバリューチェーン構想は、ダイセルが提示する一つの仮説に過ぎません。ここからが始まりです。
 この仮説を軸に集まってくださる皆さんと共に、異分野の知恵を集めてカオスをつくり、知恵の連鎖を起こしていきたい。ピンと来た方が、このカオスに飛び込んでくれることを切に願っています。