2023/3/6

地銀が後押し。都市人材×地方のマッチングで進む副業・兼業の今

NewsPicks for Kids編集長/NewsPicks Studios
 2018年に副業推進のガイドラインが行政によって作成された。当時は「働く場所」が大きな課題だったが、コロナを機に、どこにいても仕事ができるという環境が整い始め、期せずして副業・兼業への追い風となった。
 労働人口の減少、若年層の都市部への流出──。
 これらの課題を抱える日本において現在注目が集まるのが、都市部の副業・兼業人材を地方企業にマッチングさせるという、パラレルキャリアと地方創生の融合だ。
 NewsPicks Studiosでは「地方×パラレルで実現。新しいキャリアデザインと経済再生」と題してイベントを実施。
 プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会 代表理事の平田麻莉氏をはじめとしたゲストを招き、3部にわたってパラレルキャリア、そして地方創生の可能性を議論した。
 第一部は平田氏の「日本の『パラレルワーク』現状と課題」。個人や企業にとっての副業やパラレルワークの変化や、それに関連した社会課題について伺いました。

優秀な人材をシェアする時代

──2018年から副業・兼業が推進され始め、コロナ禍を経て、働き方の多様化の流れはさらに加速しています。日本国内におけるパラレルワークの現状をどのように分析されていますか。
平田 パラレルワークをする人の数は年々増えています。
 そういったトレンドの背景として、2つの側面があると思っています。
平田麻莉(ひらた・まり)プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会 代表理事慶應SFC在学中にPR会社ビルコムの創業期に参画。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院への交換留学や日本ビジネススクール・ケース・コンペティション(JBCC)の立ち上げを経て、2011年に慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。現在はフリーランスで働く傍ら、2017年1月にプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会設立。パワーママプロジェクト「ワーママ・オブ・ザ・イヤー 2015」、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー 2020」受賞。政府検討会の委員・有識者経験多数。
 1つは、テクノロジーやサービスの発展。
 今はスマートフォン1つあればどこでもオンラインで会議ができますし、クラウドサービスを使って仕事を得ることもできる。
 決算処理も会計サービスを使えば非常に簡単にできるようになったことで、副業や兼業、独立の敷居が非常に下がりました。
 もう1つが、少子化や労働人材不足という日本が抱える不可逆な課題です。
 今までは企業と個人が終身雇用契約を結び、キャリアを形成するという形が中心でしたが、それだともう経済が回りません。
 優秀な人は、会社が抱え込むのではなく、企業間を行き来できるようにする。
 企業側にはオープンイノベーションの文脈でも、そういった人材活用が求められていますし、人材側も積極的にパラレルワークを求める方が増えています。
 政策として副業が推進されていることも、もちろん後押しになっていると思います。

高まる「越境人材」への期待

──全体の機運が高まっているんですね。今回のテーマである「地方と都市の人材のマッチング」について、現状をどのように分析されていますか。
 コロナを機に、地方での仕事に興味を持つ方は増えている印象です。
 その背景として大きく3つ、「リモートワークの普及」「収入の分散化トレンド」「キャリアアップニーズ」があると考えています。
 1つ目に関しては言わずもがなですね。サービスだけではなく、多くの企業が受け入れる体制ができつつあるという意味で、リモートワークのインフラが整ってきました。
 2つ目は、収入源を1カ所に依存していることはリスクだという考え方。リスクヘッジのための複数の収入源を持ちたいというニーズがあります。
 そして3つ目、一番大きいのはキャリアアップですよね。
 自分自身の専門性や強みを突き詰めていく上で、副業によって倍速で経験が積めたり、経営者視点に近づける
 副業を通して自己理解が深まることも含めて、キャリアアップのための副業や越境活動のニーズが非常に増えています。
──地方に住む人材や企業についてはいかがでしょうか。
 地方は、勤め先やワークスタイルの選択肢が限られています。特に女性は顕著に仕事がないため、首都圏に流出している状況です。
 そのため、企業は労働人口減少と、専門性を持った人材の不在に悩まされています。
 さまざまな課題が積み上がっていく中で、その解決のためだけに人材を雇ったり、固定費を増やしたりすることもなかなか難しい。
 そういった場面で、専門性を持った人材をスポット的に活用する「越境人材」の事例は今後さらに増えていくのではないでしょうか。
 第二部の「地方×パラレルで創る、新・キャリアデザイン」では、平田氏に2人のゲストを加え、地方に現存する課題や、それに対して「越境人材」がどのような価値を生み出しているのか、現場でみた事例をもとに議論が繰り広げられました。

地方企業の「課題に気づく」難しさ

──第二部では、個人の可能性にフォーカスして、地方×パラレルの可能性を掘り下げたいと思います。まずは地方に存在する課題や、求められるスキルを教えてください。
三谷 前提として、人材不足は非常に強く感じています。
三谷航平(みたに・こうへい)北海道上川町東京事務所 ゼネラルマネージャー上川町が展開する新規事業(北海道ガーデンショー・大雪山大学・カミカワークプロジェクトなど)の企画構想・立ち上げに主担当として携わる。2019年7月より、東京の民間会社に出向しKAMIKAWORK.Lab. TOKYO.SATELLITEも兼ねつつ都市・地域をつなぐ架け橋として数多くのプロジェクトを企画・進行。2022年4月上川町東京事務所を正式に開設。2022年6月にNewsPicks Re:gion Picker就任。
 中でも私が不足していると感じるのは、社長の右腕となる存在です。地方企業の社長って、営業から経理から本当に何でもやるので、とにかく疲弊している印象を持っています。
 私のいる上川町では、まちづくりや観光など、町に付加価値を与える事業を起こそうとしています。
 そのチャレンジに対して、経験を持って進行できる人材が必要です。あとは広報やマーケティング、デジタルに専門性を持つ人材を求めています。
平田 挑戦するためのバディがいない、というのはよく聞きます。
 経営者の方々は、人材不足に対してもちろん危機感を持っていて、どう対応すればいいかのアンテナも張っています。でも、自分と同じ視座や経験を持って、壁打ちしてくれる相手がいないんです。
山根 加えて、自社の課題に気づくことそのものの難しさもあると感じています。
山根奈央(やまね・なお)池田泉州銀行 ソリューション営業部 HRグループ 調査役大学卒業後、池田銀行(現池田泉州銀行)に入行。営業店や本部勤務で出会ったお客様や職員から刺激を受け、かねて関心をもっていた「働き方」「キャリア」について深く学ぶため、2016年に国家資格キャリアコンサルタントを取得。2020年にリレーション推進部(現ソリューション営業部)に着任し、人材紹介業務に従事。「求職者と取引先企業のご縁を紡ぐ」をモットーにキャリアコンサルタントとして、数百名の支援に携わる。
 特に地方に多いオーナー企業の場合、社長の理想やビジョンに共感している社員が多いため、ボトムアップで課題の提案があったり、社長自身が企業の課題を客観的に捉えたりすることが難しい。
 そこで第三者である私ども金融機関が介在して経営課題を掘り起こし、どういった人材が必要か、アドバイスしていくことも必要だと考えています。
──そこまでサポートしてくださるのは心強いですね。次に地方×パラレルで実現したキャリアについて教えてください。
三谷 上川町では、例えば住民サービスの設計のために、株式会社グッドパッチのUXデザイナーさんに入っていただいています
 行政サービスは年々複雑化していますが、そこには「行政視点のサービスをつくりがち」という背景があると考えています。
 仕方のない部分はありますが、顧客視点やデザイン志向を入れることは間違いなく大切だろうと考え、UXデザイナーの方と一緒に進めているんです。
──どのような経緯で越境人材とのプロジェクトが始まるのでしょうか。
三谷 まず、行政側で課題を整理して、解決すべきものを明確にすること。
 次に、どういった人材がいると、そのプロジェクトがより円滑に進むのかを定義します。
 今回の場合は、グッドパッチさんに「町として、行政サービスを使いやすい設計にしたくて...」とご相談した形です。
 そうしたら社長の土屋さんをはじめ5人で上川町まで来てくださって、中でも1人の方が町の雰囲気やポテンシャルを気に入ってくださって。
 会社にとって行政との制作経験は実績になりますし、個人のスキルアップにも繋がると、決断をしてくださいました。

世代ごとに異なる、越境の価値

── 平田さんもマッチングの事業をされています。その中でも印象的だった事例はありますか?
平田 千葉県の銚子市にある食品卸売の企業さんの事例が印象深いです。
 先代から事業継承された経営者の方が、社員の採用や育成などの人事面全般に課題を抱えており、採用そのものが難しいことに加えて、せっかく採用しても定着せずに辞めてしまう状況だったんです。
 そこで副業として入社されたのが、組織人事のコンサルタントをされている40代の方。男性自身も副業解禁を機に、セカンドキャリアに向けて強みを生かした副業先を探されていました。 その方はまず、すべての社員と1on1を行ったそうです。
 すると、同僚に対してなかなか言えない、第三者の人だからこそ言えるような社長が気づいていなかった課題がたくさん出てきた。
 それに対して役員を交えて議論を行い、課題点を一つ一つ改善していったところ、離職率が下がったということでした。
 副業で入っていただいているので改革のコストも相対的に低く済んだということで、非常に満足されていました。
── 企業と個人の双方にメリットがありますね。特に個人にとっては、金銭面以外の部分が大きいように思います。
平田 おっしゃる通りで、金銭以上に実績や人とのつながり、やりがいや達成感という心理的報酬を求めている方が多いです。 また、世代ごとに得られるものも異なります。若い世代であれば、都心の企業ではなかなか得難い裁量権やリーダー経験を得られる機会が非常に多い。
 中堅の働き盛り、それなりに専門性を身につけた方ですと、より専門性を深める機会や、キャリアアップするための経験や実績作りに活用される方が多いです。
 シニアの方であれば、セカンドキャリアの模索や社会貢献実感を求められる方が多いと思います。

越境人材はスーパーマンではない

── 実際にマッチングする際に、課題はあるのでしょうか。
三谷 企業側としては、外部の人材がしっかりと行動を起こせる体制づくりが課題です。
 越境人材といえども、スーパーマンではありません。
 それぞれに得意分野、不得意分野があるので、しっかりと見極めて得意分野の役割を与えることが不可欠です。
平田 人材側としては、できること、できないことを明確にすることが求められます。
 自分の強みや専門性をしっかり棚卸しして、言語化しておくことが第一ステップだと思います。
 また、特に初めて副業する方に注意していただきたいのは、キャパシティの見極めです。
 人は求められると嬉しいので、「やります」「できます」と頑張るつもりで言ってしまうのですが、やってみると、本業や家庭などの都合で思ったように動けないこともあります。
 なので、期待値をある程度低めに持っておいてもらって、それを超えていくことが信頼資産形成の上では適切だと思います。
山根 企業側も求職者側も不安要素を持っていて、第三者、別の角度からの助言を求めています。
 これまでは、そういった際にアドバイスするのは人材会社の仕事でしたが、そこに地域金融機関が入ることで、より多角的な情報を提供できるのではないかと始まったのが、金融庁が運営している「REVICareer(以下、レビキャリ)」というサービスです。
平田 特に地方の経営者は、何を言うかより「誰が言うか」を重んじる側面があります。
 首都圏から来た人材会社が営業してもなかなか響かなかったり理解していただけなかったところに、地銀さんが入るとスッと理解してもらえる可能性は高いのではないでしょうか。
 経営者自身もなかなかご自身では気づかなかったり、気づいていても認められない課題を、長く信頼関係を築かれてきた地銀さんに背中押していただくことで再発見できる。
 結果的に新たな挑戦に踏み出しやすくなると思いますので、非常に期待しています。
 第三部では、平田氏、金融庁 監督局 総務課人材マッチング推進室長の今泉宣親氏、WAmazing代表の加藤史子氏とともに、パラレルキャリアによる経済再生の可能性を考えた。

最大の課題は「地方企業のマインド」

── DX、Society5.0、SDGsなど、社会全体として取り組まなければいけないテーマや課題が山積しており、特に地方においては顕著です。このような状況をどのように考えていますか。
平田 地方創生戦略の中で掲げられていた、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方の普及・促進に関しては、コロナのおかげで一気に増しました。
 リモートワークの普及に加えて、首都圏の人材のマインドセットは徐々に変化しつつあります。
 残る課題は、地方企業側のマインドチェンジだと考えています。
今泉 おっしゃる通りですね。その点で、金融庁の者として注目しているのは、地域の金融機関が地方創生のステークホルダーに盛り込まれたことです。
今泉宣親(いまいずみ・よしちか)金融庁監督局銀行第二課 地域金融企画室長 兼 総務課人材マッチング推進室長2003年4月京都大学法学部卒業後、金融庁入庁。監督局総務課課長補佐等を経て、2015年8月より東京大学公共政策大学院特任准教授、2017年7月より総務企画局政策課政策評価室長。2019年7月より地域金融企画室管理官として地域における金融仲介機能の発揮に向けた実態把握・諸施策の企画立案に従事。2021年7月より人材マッチング推進室長を兼務、REVICareer(大企業人材と地域金融機関・中小企業を結ぶ人材プラットフォーム)の運営・改善を推進。
 地方企業を支える金融機関が関わることで、地域経済を活性化させる取り組みは加速すると考えています。
加藤 弊社にも地域金融機関、地銀や信用金庫が多く株主として入っていただいています。
 地域経済が元気でなければ融資先もありませんから、地方創生に対しては強い危機感を持ちながら、前向きに取り組んでいらっしゃるな、という感覚があります。
加藤史子(かとう・ふみこ)WAmazing株式会社 代表取締役CEO慶應SFC卒業後、リクルートにてインターネットでの新規事業立ち上げに携わった後、観光産業と地域活性のR&D部門じゃらんリサーチセンターに異動。主席研究員として調査研究・事業開発に携わる。2016年7月、訪日外国人旅行者による消費を地方にもいきわたらせ、地域の活性化に資するプラットフォームを立ち上げるべくWAmazing株式会社を創業。
今泉 はい。自分たちのリソースだけでも解決し切れないほど課題が山積しているので、外部のプレイヤーをいかに巻き込み、仕組みを作れるかが、コアな課題だと捉えています。
── 外部リソースの活用が重要であることは明確だと思います。その上で、課題はどういった点にあるのでしょうか。
加藤 先ほど平田さんがおっしゃっていたように、都市部の人材がリモートワークで手伝うインフラは整っています。
 一方で受け入れる側の「オンライン会議はできない」とか「よそ者にああだこうだ言われたくない」というマインドセットを解きほぐすことが、本当に難しいところなんです。
平田 地方経営者のマインドチェンジに加えて、人材マッチングのコーディネート力を磨いていただけるとベストですよね。
 業務委託のマッチングは、必要な人材の要件定義に加えて業務範囲や稼働スケジュールなども設計する必要があるため、難しい領域です。
 そこもミスマッチを防ぐ上で強く求められる知見なので、人材会社とも連携しながらコーディネート力を高めていっていただきたいと思っています。
今泉 平田さんのおっしゃる通り、多くの地域の課題に対して、特に事業者とのチャネルを持っているのが地域金融機関の強みです。
 今後、銀行員がこなすべき業務は、従来とは大幅に異なってくる可能性が高い。銀行業務だけでなく、人材マッチングや、新しいビジネスの立ち上げができる銀行員を増やしていく必要があります

固定的な大企業から、流動性を生み出す

── 企業と人材がどう出会うのか。その鍵の一つとなるのが金融庁が運営するレビキャリですよね。
今泉 はい。以前から人材マッチングビジネスはあったわけですが、特に地方企業の人材ニーズに課題がありました。
 経営人材のニーズが高い一方で、企業の経営課題が認識できていないため、なかなか良いマッチングにつながりにくい。
 この課題を解決するために、日々地方企業との対話を行い、経営課題を理解する地域金融機関に門戸を開きました。
 ただ、それだけでは人材の流動性が起きないですし、新しい出会いも生まれません。
 そこで始めたのが、レビキャリです。
 地方企業に興味を持っていただいている大企業の方に登録していただき、登録された人材データベースを、人材ニーズを知る地域金融機関や提携する人材会社へ提供し、マッチングを行っていただく仕組みです。
── 人材紹介会社にはないレビキャリならではの特徴はどういったものがありますか。
今泉 大きく3つあります。
 まず、地域金融機関に担っていただくことで、大企業人材及び地方企業双方に安心感があること。
 次に研修やワークショップの提供です。大企業人材が中小企業で働くイメージを持ちやすくするために行っています。
 最後に地方企業に対しての給付金です。越境人材を受け入れるための体制づくりや人事制度づくり、福利厚生を整えるために最大500万円の給付金を用意しています。
平田 地方企業の方にとっては、地域金融機関の方が対応するのと同じように、大企業の方が人材マッチングされることにも安心感があると思います。
 また、ベンチャー企業にいる方々はある程度勝手に流動していきますが、もっとも人が集まっている大企業の人材は固定的です。
 そこが循環のきっかけを作る意味でレビキャリは効果的な取り組みですよね。
加藤 大企業にお勤めの個人にとっても、意義深いものだと思います。
 私も大企業出身なのですが、課長以上になると優秀さにそれほど差がないんですよ。
 そこから先は、引き上げてくれる人の有無や時流などいろいろなことが絡んでくるので、仕事ができることとはまた別の力が試されます。でも、最終的に社長になれるのは1人じゃないですか。
 もったいない、埋もれている人材がたくさんいると思うんです。
 企業内の出世競争でしかキャリアが得られなかった時代は終わっていて、一歩外に出てみれば、その人の経験は地域を救うために生かせる。
 そういった機会が生まれていったら、大企業に勤める個人にとっても地域経済にとっても、非常にポジティブだなと思います。
── 最後に、今日一部、二部、三部と通してご登壇いただいた平田さんから一言いただけますか。
平田 何度もキーワードとして出てきていた「人材の流動化」が地方を元気にするということは間違いありません。
 経営者のマインドセットチェンジに関しては、地域金融機関の方にも頑張っていただきたいです。
 そして、「越境人材がいい成果を出しました」という事例が何よりの説得材料になります。
 私を含め「事例を自分が作るぞ」という個人が増えれば、それが伝播して人材の流動化は大きく進むと思います。読者の皆さん個人個人にも、ぜひ越境にチャレンジしていただきたいと思います。