2023/2/13

【窓際三等兵×嶋浩一郎】「タワマン文学」はなぜバズるのか。

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 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

 世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

 大好評だった昨年につづき、今年も全9回(予定)の放送を通して、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

窓際三等兵×嶋浩一郎×波頭亮 文学から現代日本をRethinkする

 Rethink Japan3第8回のテーマは「文学から学ぶ現代日本」。作家の窓際三等兵さんと、博報堂ケトルの取締役でクリエイティブディレクターの嶋浩一郎さんを迎えて議論します。
 窓際三等兵さんは文学の新しいジャンルである「タワマン文学」の先駆者。Twitterでタワーマンションに住む人々の悩みや葛藤を数多く描いてこられました。嶋浩一郎さんは文学賞のあり方に疑問を呈し、書店員が投票する「本屋大賞」を立ち上げられました。
 文学界に新しい風を吹き込むお二人が考える、今までの文学と、これからの文学。その「物語性」とは?モデレーターは経営コンサルタントの波頭亮さんです。

「本屋大賞」を始めた理由

波頭 まず嶋さんにお話を伺います。嶋さんが本屋大賞を始めたきっかけを教えてください。
 2004年に本屋大賞を立ち上げたのですが、当時は本屋に元気がありませんでした。本屋って新しい物語や知らない情報に出会える、豊かで大切な場所だと思うんです。それなのに本がなかなか売れない。
 どうしようと考えたとき、商品の魅力をよくわかっていて、今の時代に求められるニーズを最も把握しているのは、日々お客様と接している書店員だということに気がつきました。そこで全国の書店員の投票で選ばれる、本屋大賞を作ったわけです。
 それまでの文学賞では作家が作家を評価してきました。もちろんそれも意味があることですが、本が売れない世の中には、一読者でもある書店員がお客様に「今この本読んだら面白いよ」とお勧めする、「リコメンド消費」が合うのではないかと考えました。
波頭 二大文学賞といわれる直木賞や芥川賞をとっても、必ずしもヒットするわけではなくなってきていますよね。
嶋 もちろん、そういう名高い文学賞を取ってスターになる人もいらっしゃいます。喜ばしいことですし、もっとヒットしてほしいと思っています。
 一方で、本屋大賞を受賞された作家の方々をみていると、権威としての賞に対してというよりも、作品が書店員さんに選んでもらえたということが嬉しいようです。
 実は本屋大賞には賞金もありません。何をあげるかというと、本屋さんが手作りしたPOP。受け取られた作家の方々は、本当に喜んでくれます。
波頭 権威的ではない、純粋な勲章ですね。
嶋 授賞式の場で「初めて作家の人に会いました!」と大喜びする書店員の方々に、「あの人たちが現場で本を売ってくれるんだ」と実感する作家さん。かしこまらずカジュアルに書店員と作家が交わるあの空間は、他の授賞式にはない良さがあって好きです。

Twitterで話題の「タワマン文学」とは?

波頭 たしかに文学賞の授賞式には、かしこまった空気感がありますよね。そんな堅苦しいともいえる文学界に、新しい文学ジャンル「タワマン文学」を作ってくださったのが窓際三等兵さんです。そもそもタワマン文学とはどういうものなのでしょうか。
窓際 もともとタワマン文学というのは、不動産クラスタといわれるTwitterで不動産関連の情報を提示する人たちが、「タワマン高層階は気圧が低くてお米が硬くなっておいしくない」などとタワマンを面白おかしくいじっていたのが始まりです。
 ネットニュースでもタワマン叩きは有力コンテンツの一つ。「本当のお金持ちはタワマンより一軒家に住む」「あんなところ人が住む場所ではない」など書くとヤフーコメントは大抵盛り上がります。
窓際 外から見たタワマンは成功の象徴ですが、実際に住む人の多くは年収が平均よりも少し高い程度で、いわゆる富裕層とはかけ離れた生活を送っています。
 外から見えるタワマンのイメージと、現実とのギャップに面白さを感じて、新型コロナウイルスの影響でリモートワークが増え時間ができたこともあり、私も書き始めました。
取材してみると、同じタワマン住民の中でも格差があることがわかりました。高層階と低層階では、広さが変わらなくても値段・景色・設備は違いますし、子供がどこの学校に入るかなど、新しい差となる選択肢もどんどん生じてきます。そうした生々しい声をポップなテンションでTwitterに投稿したところ、バズったんです。
 反応が良いのでたくさん書き続けているうちに、「タワマン文学」といわれるようになりました。
波頭 Twitterはルサンチマンの坩堝です。うまくいっている人に対して、必ず足を引っ張るネガティブな発言が生まれます。だからこそタワマン文学が流行るのでしょう。

タワマン文学はなぜウケるのか

嶋 タワマン文学では、成功者であるはずの登場人物が「こんなはずじゃなかった」と苦悩しています。作家の朝井リョウさんがエッセイや小説でよく書いているのが「多様性が生み出す地獄」。
 今までは「勉強して、いい大学入って、大企業に就職することが成功」と社会の物差しがはっきりしていました。それが突然、「好きなように生きていいよ」と多様性を叫ぶ社会となった。
 自分が何をしたいのかわからない人にとっては、行き先が見えず路頭に迷ってしまうこととなりました。そんな人たちにとってタワマン文学の登場人物は、「自分だけじゃない」と共感できる対象。この共感が人気を生んでいるのかもしれません。
窓際 Twitterは負の感情が増幅しやすいダークなメディアです。これを私はあえて逆手にとり、キラキラして見えるタワマン住民やエリートサラリーマンも、実は苦悩していることを面白おかしく伝えています。
 そんなつもりはないのですが、子育て世代の方々から「励まされます」という言葉をよくいただきます。世帯年収が1000万円を超えて他人からはハッピーに見えるお母さんでも、教育費のために子育てと仕事の両立を強いられたり、欲しいものは全然買えなかったり。鬱憤が溜まっている人たちの共感をタワマン文学は生んでいるようです。
嶋 タワマン文学はダークな内容を扱っているのに軽やかに読むことができます。理由の一つはまず、短い文章で端的に書かれているのでテンポ良く読めることでしょう。
 もう一つは客観性が高いことだと思います。Twitterで文学を書いている人は、主人公や物語を非常に客観的に捉えています。読者は、メタバースの中にいる自分の“アバター”を見ているような気分になる。没入しすぎることなく客観的に読めることが、ライトさに繋がっているのでしょう。
波頭 わかります。タワマン文学のように、日常の生活や感情を描くものは「私小説」といわれ、主人公と書き手本人が非常に近いので、生々しくなりがちです。しかし、タワマン文学は徹底してネタとして描かれているので、深刻にならずに読むことができます。
嶋 窓際さんと同じくタワマン文学作家の麻布競馬場さんが書かれた『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』でも、職業年齢様々な登場人物がみんなフラストレーションを抱えて生きています。読者としてはその姿に感情移入し、愛しさまで感じてしまいます。
窓際 麻布競馬場くんは飲み友達なのですがアラサーの独身で、私はアラフォーで子育てをしているので生きている世界は異なります。
 しかし共通しているのが、東京という街に対する執着。私自身、子供の教育費は高いし、ローンもあるし、「なんでこんなに苦しい思いをして、東京に住んでいるのだろう」と思って生きています。そんな自分のことまでネタにしているんです。
波頭 文学論的にいうと「新しい私小説」だといえますね。これまでの私小説は自分の経験を直接小説へ投影してきましたが、タワマン文学では一度自分を客観的に“アバター”にしてから小説へ投影しています。
 自分のことでも他人事のように捉えたり、気づいていても気づかないふりをしたりと、あまり本気にならないことが最近の風潮ですから、タワマン文学のライトさは今後主流となっていくと思います。
窓際 「タワマン文学なんて文学じゃない」という声も耳にしますが、ありがたい言葉だと思っています。タワマン文学はSNSで発信することでみんなに面白がってほしいという思いが出発点なので「これは文学だ」と気負ってはいません。
 過去に新しく生まれた小説は、同じように批判を乗り越えてきています。同様のプロセスを踏めているという意味では、タワマン文学も文学の一ジャンルとして認められる日がくる気がしています。
波頭 まさにラノベがそうですね。文学として否定され「ライト」というレッテルを貼られたわけですが、今や文学としての地位をしっかりと確立させています。
嶋 トラディショナルな考えでは見つけにくい、新しいものを探してくるセンサーを書店員は非常に高く持っています。タワマン文学のような新しいジャンルの本を、書店員の方々はきっと応援してくれると思います。
波頭 そういう新しいジャンルに対して、名高い文学賞も賞を与えるべきだと思います。昔の読者に向けた、昔のイメージのままの文学ばかりではなく、今までの概念を覆すものも評価することで、自らの権威をリニューアルしていってほしいです。

漫画やアニメにない「文学」の強みとは

波頭 本や小説が売れなくなってきた一方、漫画やアニメは大ヒットしていますよね。小説だからこその強み、差別化のポイントはどこにあるのでしょう?
窓際 小説は絵を使えないという制約がある分、情景や感情を細かく文字で書き込めます。リアリティのある物語を描きやすく、読者をのめり込ませやすいと思います。
波頭 物語性が強まりますよね。漫画、アニメ、映画と、映像がつき、スケールが大きくなり、メディアが豊かになればなるほど与えられる表現は豊かになりますが、全体の刺激で満足してしまいます。小説のように与えられる表現が不自由なほうが、より微細にクリエイティビティを発揮できます。
嶋 松任谷由美さんは50周年でモノラルの音源を出されていて、「ステレオじゃなくモノラルのほうが想像力は掻き立てられる」とおっしゃっていました。与えられる表現の要素が少なければ、受け手は想像力を発動しなければいけません。
 例えばラジオだと音声しかないので、聞き手は映像である景色を想像しなければついていけません。しかし、一度情景を思い浮かべることができれば、情報を与えられるよりもずっと没入できるともいえます。小説にはそういう魅力がある。行間は読み手が埋めなければなりません。
 Twitterは文字数が140字と少ない分、さらに行間の余白が大きくなります。読者が行間を勝手に想像して、感情移入しやすくなるのでしょう。
波頭 与えられる情報が少ないメディアのほうが、受け手・読み手は能動的にならなければならないので、うまく没入できたときの充足感は高まりますよね。
窓際 今の時代はスマホなどで常に情報に圧迫され続けているように感じます。小説はそういった刺激から離れて、本の世界に没頭させてくれます。読書をすることで、自分と向き合うことができるのです。情報過多な時代だからこそ、小説を通して哲学的な時間を過ごす。この贅沢さには価値があると思います。
波頭 では最後に、現代日本をRethinkするためのキーワードをお願いします。
嶋 「カリフォルニアロール」です。若手にはよく、カリフォルニアロールを作れるか、作る人を認められることが大事だと伝えています。
 江戸前寿司を教えられた外国人が、サーモンやアボカドなど江戸前寿司では使わないような食材を入れてきたとして、「これも寿司でいいね!」と言えるかどうか。自由な発想を認められることが、文化がカンブリア紀を迎え、多様化するにあたって重要となります。
窓際 「SNSに本物の幸せはない!」です。昔ならいい大学、いい会社に入れたらゴールといわれていましたが、今はそうではありません。特に今の若者はSNSで、早いうちから自分自身や身近な人々より“もっと上”の幸せが見えてしまうようになりました。
 他人と比較するのではなくて、自分で幸せの軸を作ることが、現代を生き抜く鍵となるでしょう。
Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp

視点を変えれば、世の中は変わる。

私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、

パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2022年4月より全9話シリーズ(予定)毎月1回配信。

世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

NewsPicksアプリにて無料配信中。

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