2023/3/6

差し迫る2024年問題。「共同輸送」は物流の無駄をなくせるか

NewsPicks Brand Design editor
 ドライバーの過酷な労働環境や低賃金、それによる深刻なドライバー不足。「物流の2024年問題」のタイムリミットも刻々と迫り、物流業界は苦境に置かれている。
 そんな課題だらけの物流の世界で、さらに悩ましい状況にあるのが「化学品」の領域における輸送だ。
 化学品は、爆発の危険性や特殊な匂いなどがあることから、輸送界のいわば“嫌われ者”。運送会社から輸送を断られてしまうことも多いのだという。
 そんな化学品の物流の最適化を図るプロジェクトに乗り出したのが、化学領域の専門商社である長瀬産業と、物流の効率化を図るソリューションを提供する日本パレットレンタル(JPR)だ。
 企業同士の輸送をマッチングし、輸送の無駄をなくす「共同輸送」の取り組みを、共同で行なっている。
 共同輸送で、本当に輸送の無駄はなくせるのか。化学品に特化した共同輸送の難しさとは。
 長瀬産業の仲吉陽祐氏と、日本パレットレンタルの渡邉安彦氏に聞いた。

1年後に迫る「2024年問題」

──「物流の2024年問題」など、物流業界のニュースはよく耳にします。そもそも、どんな課題を抱えているのでしょうか。
渡邉 物流業界には、トラックドライバーの長時間労働や賃金の低さなど、ドライバーの労働環境に関する課題が山積しています。
 それ故生じている深刻なドライバー不足が、2024年4月以降、さらに進行すると予想されています。働き方改革関連法により、ドライバーの時間外労働の規制が強化されるのです。
 ドライバーの過酷な労働環境にメスが入ること自体は本来は望ましいことですが、労働時間が制限されることで、運送会社の利益やドライバーの収入は減少する。
 そうなれば、運送会社の倒産やドライバーの離職が進み、ドライバー不足は一層深刻化するでしょう。
 今のように当たり前に荷物が届く日常は、1年後には維持できなくなってしまうかもしれない。物流業界は今、そんな危機に直面しているのです。
 そんな状況においても、物流業界はいまだに非常に非効率な状況が続いています。
 一例を挙げれば、トラックの最大積載量に対して、実際に積んだ荷物の重量の割合を指す「積載率」は、40%程度と言われています(出典:国土交通省 「最近の物流政策について」)。
 顧客からの注文の納期を守るため、積載率が悪い状態でも納期優先でトラックを走らせている現状があるのです。
 実車率(トラックが走行した距離のうち、実際に荷物を積んで走行した距離の割合)も同様です。こんなにもドライバー不足が叫ばれているのに、往路は荷物を積んでいても、復路は荷物ゼロで帰る「空車回送」も少なくない状況です。
 こういった非効率な慣習を刷新しないことには、この社会課題は解消できません。
仲吉 物流業界の非効率性は、脱炭素の観点においても問題視されています。
 私たちが属する化学業界はもちろん、企業はもはや、脱炭素の潮流を避けて通ることはできません。
 その潮流の中でも、自社が排出する温室効果ガス(GHG)だけでなく、サプライチェーンの中で排出されるGHGを含めてゼロにすることが、新たなスタンダードとして企業に求められ始めています。
 そこにはもちろん、原材料や製品の「輸送」によって排出されるGHGも含まれます。
 物流における非効率性の改善を考えることは、企業が脱炭素を進めるための欠かせないピースでもあるのです。

輸送の無駄をなくす「AI共同輸送」

──物流業界の非効率を解消する道筋はあるのでしょうか?
渡邉 物流業界のDXを進めることで、非効率の解決を目指しています。
 その有力な解決策の一つとして私たちが注力しているのが、「共同輸送」です。
 共同輸送とは、出荷元と納品先の共通する複数の荷主企業が互いに荷物を持ちより、特定のルートやエリアの輸送業務を共同で行なうことで、トラックの実車率や積載率を高め、CO2排出量やコスト削減を図る取り組みです。
 その実現のため、輸送の効率化を図りたい荷主企業同士がマッチングできるプラットフォームとして、日本パレットレンタル(JPR)は2021年、「TranOpt(トランオプト)」をリリースしました。
 すでに塗料・インキメーカーをはじめとする150社に参画していただき、数々の輸送マッチングが生まれています(2023年1月時点)。
──どのように共同輸送を実現するのでしょうか?
渡邉 まず、一口に「物流」といっても「配送」と「輸送」の大きく2つに分けられることをお伝えしておきたいと思います。
 これからお話しするのは、このBtoBの「輸送」の話だと考えていただければ。
大量の荷物を拠点から違う拠点に運ぶことを「輸送」、その荷物を小売店や消費者などの近距離で複数の場所に運ぶ際に「配送(=ラストワンマイル)」という。
 輸送のマッチングをするには、まず会員企業が輸送ルートなどの情報をTranOptに入力、その情報をデータベース化します。
 そして産学共同研究によって開発したAIが、データベースの中から相性の良い輸送ルート同士のマッチング候補を選出。最終的には人間がその候補を確認し、マッチングが成立する仕組みです。
 マッチングの要素はさまざまありますが、「輸送ルート」「積載の状態」の二つが主な要素。
「輸送ルート」に関しては、たとえばA地点からB地点に向かうトラックと、B地点からA地点に向かうトラックがあった場合。
 バラバラに運べば復路は荷物がゼロになってしまいますが、TranOptでマッチングできれば一つのトラックで往復することが可能です。
「積載の状態」に関しては、同一方向の輸送ルートで、他の荷物を運びたい企業があった場合に役立ちます。
 トラックの積載量に余裕があれば、他の荷物を一つのトラックで運び、積載率を上げることができる。
 結果的に、荷主企業の輸送のコストの削減にもつながります。
 実際に、2018年に食品や日用品などの異業種3社で行なった共同輸送の実証実験では、実車率99.5%を達成。
 GHGの削減と省労働力化を実現したことが評価され、「グリーン物流パートナーシップ会議優良事業者表彰」において、国土交通大臣賞を受賞しています。

“嫌われ者”の化学品が、共同輸送を実現する鍵とは

仲吉 このTranOptを使い、化学領域に特化して共同輸送の取り組みを始めたのが、2022年5月です。
 長瀬産業が音頭をとり、現在16社と共に実証実験を行なっています。
──なぜ、“化学領域に特化”する必要があるのでしょうか?
仲吉 実は化学品には、他の一般品貨物との混載輸送が難しいものが多く含まれるんです。
 具体的には、塗料用樹脂の硬化剤に使われる有機過酸化物など厳しく温度を管理しないと爆発する危険性があるものや、自動車塗料・食品包装用インキに使われる溶剤など他の荷物に匂いを移してしまうものなど。
 特に引火点の管理が必要な危険物は、消防法に基づいて危険等級が第1類〜第6類に分かれており、厳格な管理が求められます。
 また、第○類と第○類は同じトラックに積載してはいけないといった、混載に関する決まりもあります。
 このような扱いづらさがあるため、化学品はいわば、輸送界の“嫌われ者”のような存在なんです。
 それにもかかわらず、運賃は一般品を運ぶ場合とほぼ同じ。そのため、化学品の輸送は運送会社から断られてしまうことも少なくありません。
 そうでなくてもドライバーが大幅に不足している今の時代、これは業界にとって切実な課題です。
 そこで、化学品という“嫌われ者”だけでコミュニティを作って共同輸送を行ない、化学品輸送の生産性を高めようと動き出したんです。
渡邉 現状TranOptの会員企業が取り扱う荷物は日用品や食品をはじめとする消費財が多く、それらと化学品は相性が悪い。
 今後参画企業を増やしていく中で、共通の特徴を持った荷物のコミュニティ作りは、どこかのフェーズで必要になってくると感じていたため、この取り組みには非常に可能性を感じました。
 JPR側の役割としては、まずはTranOptのシステムのライセンスを提供している点。その上で、長瀬産業から化学品に特化した輸送に関するフィードバックをいただき、その要望をシステムに実装するなどの役割を担っています。
──商社である長瀬産業が、化学品の共同輸送の旗振り役を務める意義は、どこにあるのでしょうか。
仲吉 共同輸送のプラットフォームは、多くの企業に参画していただかないことには効力を発揮できません。
 その点、長瀬産業は化学品を多く取り扱う商社として、約6000社もの化学系企業と取引をしています。
 業界の川上から川下までネットワークを持つ私たちだからこそ、多くの企業を巻き込めるのではないかと考えています。
 また、商社という“中立”の立場だからこそ、調整役として貢献できることもある。
 というのも、競合の企業同士は、運ぶ荷物の特性が似ていることもあり、共同輸送に適しているケースも多い。ですが、いくら共同輸送の可能性があるとはいえ、競合に声をかけるのは気が引けるものです。
 そういう観点でも、長瀬産業が間に入って調整を進めることで、価値を発揮できるのではないかと考えています。
 ただ、問題は実現するためのデジタルの部分でした。そんなときにたまたま、新聞記事でTranOptのことを知ったんです。
 一読して「まさにこれが自分たちのやりたかったことだ」と直感しました。
 当時はつながりもなかったため、JPRさんのホームページの問い合わせ窓口から、直接コンタクトを取ったのを覚えています(笑)。

共同輸送を脱炭素のソリューションに

──化学品に特化した実証実験、手応えはどうですか。
仲吉 実証実験では、16社の参画企業の定期便のルートから、約140件のマッチングが成立し、実際の共同輸送に向けた交渉が進んでいる最中です。
 もちろん、その過程で見えてきた課題もあります。たとえば、物流会社の選定問題。
 共同輸送が実現するということは、A社がA運輸、B社がB運輸に頼んでいた場合、物流会社も一つに集約されることを意味します。
 物流会社とのこれまでの関係もある中、どのように物流会社を選定するのか。そういったウェットな調整の必要性も求められるということは、実証実験を始めてわかってきたことです。
 荷物の保管場所の不足も、新たに見えてきた課題ですね。
 2024年以降のドライバーの労働時間の規制を考えれば、東京〜大阪間のように500kmを超えるような輸送では、中継拠点で一度荷物を下ろして保管する等の対策を取らなければなりません。
 しかし、危険物の保管許可を持っている倉庫の数が元々少なく、状況は切迫しています。
 共同輸送の実現が進めば、化学品の物流に関するデータも一箇所に集約できるようになります。そういったデータや知見をもとに、倉庫が最も求められる場所を割り出し、保管場所の確保にも貢献できるかもしれない。
 JPRさんとも協力して、マッチングの最適化にとどまらず、化学品の輸送全体を最適化できるよう、環境を整えていきたい。
 さらに長瀬産業では現在、ゼロボード社と提携して、化学業界全体のGHG排出量の可視化に取り組んでいます。
 可視化の次、削減のステップに進むためには、GHG排出量を減らすためのソリューションが不可欠です。共同輸送は、その有効なソリューションの一つになります。
 化学品輸送の無駄をなくして、ドライバー不足、GHG排出量削減の両方に貢献する
 それを実現するために、まずは共同輸送の実証実験をしっかりと成功させ、より多くの企業を巻き込めるように改善点を見つけていきたいと思います。