2023/1/24

【実録】7万5千人の組織にパーパスを浸透させるには

NewsPicks Brand Design editor
 社会課題への対応や、長期的な視点が経営に求められる中で、多くの企業が「パーパス経営」を志向している。

 しかし、壮大で抽象度が高いと捉えられるパーパスを社員が自分事にするのは、一筋縄ではいかない。パーパスの実現に対して熱意を持っているのは経営層だけで、社員は気にも留めていない……。そんな組織も、実は少なくないだろう。

 同様の課題意識のもと、パーパスの全社浸透を通して、組織変革に乗り出した企業が、損害保険大手のSOMPOグループだ。同社の社員数は、グローバルも含めれば7万5千人。そんな大企業で、社員一人ひとりが自社のパーパスを“自分事化”することは、可能なのか。

 SOMPOホールディングスでグループCHROを務める原伸一氏と、その組織変革を支援するTHINK AND DIALOGUE のCEO、富岡洋平氏の対談から読み解いていく。

社員7万5千人の価値観を活かす

──SOMPOグループは、2021年にグループ全体のパーパスを策定し、パーパス経営に舵を切りました。大きな意思決定ですが、その背景を教えてください。
 今組織を変えなければ、私たちは生き残っていけない。それくらいの危機感を抱いていたからです。
 歴史を辿れば、保険事業は規制が厳しく、商品の価格設定も政府主導でした。「決められた仕事をきっちりやる」ことが重要視され、創意工夫の余地が小さい業界だったと言えるでしょう。
 ですがご存じの通り、時代は変わりました。規制緩和が進み、保険サービスの自由度は圧倒的に高まった。さらに目の前には、少子高齢化など保険に関する社会課題も山積しています。
 そんな時代に、お客さまに価値を提供し続けるためには、自分たちの頭で社会課題に立ち向かう方法を考えて、イノベーションを起こし続けなければなりません。
「決められた仕事を言われた通りにやる組織」では、そこに太刀打ちできないのは明らか。
 だからこそ、組織の変革は必須。その“北極星”として、「“安心・安全・健康”のテーマパークにより、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」というグループ全体のパーパスを定めました。
 このパーパスを目指して新たな事業を創出し続けられる、そんな組織に変えていこうと決意したわけです。
──一方で、パーパスを策定しても組織の変革にまでは至らず、結局パーパスが“絵に描いた餅”になってしまうというケースも耳にします。
 ええ。パーパスを策定することと、策定したパーパスをもとに組織を変革することの難易度は、大きく異なります。
 なにしろ我々は、従業員が全世界で7万5千人の組織。
 その組織に根付いていた「決められた仕事をきっちりやる」という価値観から、「失敗を恐れずに新しい挑戦をする」という、真逆の価値観を持つ組織に変えなければならない。
 どうしたらこの壮大なゴールに辿り着けるのか、模索を続けていました。
 そんななか、この分野でのパートナーだったセルムさんと、パーパスに対する取り組みに共鳴する部分が多く、一緒にこのゴールを目指すことになったんです。
富岡 私たちTHINK AND DIALOGUEは、セルムのプロフェッショナルネットワークに属する外部パートナーとして、SOMPOグループの組織変革に伴走してきました。
 お客さまが描く組織変革の具体をセルムが言語化・要件定義し、THINK AND DIALOGUEが、専門性をもって変革の実行部分を担う役割分担のイメージですね。
 最初にお話を伺った時は、櫻田謙悟グループCEO(SOMPOホールディングス グループCEO)と原さんの想いが、とにかく強いのが印象的でした。
 日本を代表する大企業のトップが、「会社から与えられたパーパスをなんとなく実行するだけではなく、社員自らが持つ使命感で動く組織にしたい」と本気で考え、行動していたのです。
「日本に働きがいのある会社を増やしたい」と、この仕事をしてきた身としても、ぜひ一緒に同じ目標を目指したいと感じ、具体的な実現方法を共に議論し始めました。

鍵を握るのは一人ひとりの「MYパーパス」

──パーパス起点の組織変革を進める際に、重要なポイントはなんでしょうか?
富岡 重要なのは、会社のパーパスを社員が“自分事化”する事です。
 だからこそSOMPOグループと一緒に取り組んだのは、社員一人ひとりが持つ“人生の目的”を掘り下げることで、個人の「MYパーパス」を創るというプロジェクトでした。
 というのも、「経営陣がパーパスを創り現場に下ろす」やり方では、現場にはどうしても“やらされ感”が残ってしまう。
 その“やらされ感”を払拭し、当事者意識を持ってもらうためには、社員一人ひとりが自分の内面に向き合い、「何を求めて生きているのか」という自分の軸を持たなくてはいけない。
 そうして生まれたMYパーパスと、会社のパーパスを重ね合わせることで、「自分は、自分の人生の目的を果たすために、この会社で何を成し遂げたいのか」という想いが浮き彫りになるのです。
──MYパーパスを策定する取り組みは、具体的にどのように進めたのでしょうか?
富岡 まずは、小規模で始めました。組織変革は、頭で理解して進むものではありません。体験して腹落ちしなければ人は変わらない
 だからこそ、まずは少人数に「自分の中の変化」を体感してもらい、そこから取り組みをじわじわと広げていこうと考えたのです。
 そこで最初に取り組んだのは、SOMPOホールディングスの部長に向けたオンライン研修でした。
 部長が10人集まり、自分の人生の目的に繋がっている原体験を、とにかく書き出していく。
 そのプロセスの中で、心の奥底にある、今は押し殺しているかもしれない、もしくは忘れてしまっていた想いを引き出し、MYパーパスを形作っていくのです。
富岡 MYパーパスを策定いただき、共有しあっていただいた後は、次は自分の職場に持ち帰り、チームメンバーに広げるフェーズです。
 部長には、1on1での対話を通じてメンバーのMYパーパスを引き出すための具体的なフローを、研修内でお伝えしました。
 チームメンバーがMYパーパスを創った後には、チームメンバー同士で互いに発表しあって感想を伝え合う共有会も実施しました。
 この過程を経ると、部長にもメンバーにも明らかな変化が見られるんですよ。
 心の奥底にあった想いに気づき「仕事への向き合い方が変わった」と感動している人もいれば、他のメンバーのMYパーパスを聞くことで、「こんな想いで働いていたんだな」という相互理解に繋がったという声もありました。
 その過程で自身や周囲の変化に気づき、「これは意味がある」と気づいたメンバーが、積極的にMYパーパス創りを広めていく流れが生まれ始めたんです。
 全社員のMYパーパス創りの要となるのは、各組織のリーダーです。
 今年度末までに、国内リーダーの約9割にあたる約3千5百人が、MYパーパス1on1研修を終えるところまで、規模を拡大させることができました。
 コロナ禍を機にオンラインで働ける環境を整えていたからこそ、実現できたことですね。

1対1の対話が、組織を変える

──一方で、取り組みを全社に広げていくためには、多くの部門を説得して巻き込む必要があります。何がポイントだったのでしょうか?
富岡 トップの存在は非常に大きかったですね。櫻田グループCEOが、誰よりも組織変革に本気だった。その本気度が社内に伝播していったと感じます。
 衝撃的だったのは、21年4月に行った、「SOMPOの働き方改革Days」というオンラインでの社員との対話イベントでした。
 そこで櫻田が語ったのは、「一番大事なのは、皆さんの人生。会社は皆さんのパーパスを実現するための道具に過ぎないので、ぜひ使い倒してほしい」というメッセージでした。
 それまでやってきたMYパーパスの取り組みは、まさにその言葉通りでしたが、グループCEO自らが社員にそう語りかけることは、何にも代え難く、強い説得力がありました。
 ならば、ぜひ櫻田の力を借りてMYパーパスの取り組みをドライブさせていこうと、21年秋からは7回シリーズで「タウンホールミーティング」を開催。
 損害保険、生命保険、介護、デジタル事業の各事業からパネリストに登場してもらい、それぞれのMYパーパスについて櫻田と語り合うのです。
 最終的には、オンライン開催で1万人がライブで視聴するコンテンツになりました。
富岡 当日は私が司会を担当したのですが、リアルな原体験に溢れる、エネルギーに満ちた会でしたね。
 原体験やMYパーパスって、必ずしも美しい話ばかりではないんです。そんな生の声を、皆さんが真摯に共有してくださっていたのが、非常に印象的でした。
 一方で、取り組みを全社に拡大するには、グループ会社も含めて他部門のリーダー陣のやる気に火をつけなければいけません。
 ここは苦労した点でしたが、セルムさんとそのパートナーである富岡さんが介在する価値は、まさにそこにあったと考えています。
 正直に言って私くらいの年代だと、「MYパーパスなんて恥ずかしい」と感じる人も、結構いるんです。
 私も最初はそうでした。自分が人生で成し遂げたいことを人前で話すなんて、これまでしたことがなかったですから。
 リーダー陣の中にも、「親会社の人事が言うんだから、一応やっておくか」くらいの心持ちで研修に臨んでいた人もいたと思います。
 ですがセルムさんやTHINK AND DIALOGUEの富岡さんは、そういった一人ひとりと対話を重ね、向き合ってくれました。
 大きな戦略の絵を描くだけではなく、実践の泥臭い部分にも愚直に付き合ってくれたんです。
富岡 組織開発の研修は、1日やって終わり、というケースも多いと思います。でも、本当にカルチャーを変えようと思ったら、目の前の一人の行動が変わっていくところまで伴走しなければ意味がない。
 私たちは、この“やり抜く”というところにこだわっています。
 だからこそ長い時間をかけてでも、1対1でしっかりと向き合いますし、お客さまの課題解決に向けてより良い方法が見つければ、対話を重ねながら支援の形も柔軟に変えていきます。
 それが継続できたのは、SOMPOグループの「変えていく」という本気と、常にお客さまの方を向いて、組織変革の実現に徹底的に伴走するセルムの姿勢があったからだと感じます。
──これまでの一連の取り組みによって、どのような成果が出ているのでしょうか?
 もちろん枚挙にいとまがないほど、現場から変化を実感する声は挙がっていますが、数値の観点で言えば、MYパーパスに基づく1on1と社員のエンゲージメントスコアの相関係数は0.72でした。
 これはこのMYパーパスの取り組みが、社員のエンゲージメントに効果があることを明確に示しています。
MYパーパスに関する対話(1on1)ができている組織ほど、エンゲージメントが高い傾向にある(通常の1on1とエンゲージメントの相関は0.5程度)
 さらに今後の具体的な取り組みとしては、これまで日本だけで行っていた研修を、グローバルに広げていきます。グローバル拠点向けのタウンホールミーティングも、スタートしています。
 国内向けの取り組みも終わるわけではありません。
 日々の仕事に追われて、MYパーパスへの想いが薄れてしまうのは自然なこと。経営としても決して梯子を外すことなく、あきらめずにイノベーションを起こすための次のステップへ繋げていくつもりです。
 一方で、これからの課題は制度設計です。
 これまでの人事制度は、会社主導で適材適所を決めるものでした。でもそれでは、「自分の人生を考えるために、会社を道具にしていい」という“セルフドリブン”を促すメッセージと矛盾している。
 カルチャーに手を付けたからには、制度にも手を付けなければいけない。これは私の新たなミッションだと思っています。
 すでに始めたものとして、2020年4月には、SOMPOホールディングスでジョブ型の人事制度を導入しました。
 私たちの「ジョブ型」とは、社員自らが希望のポストを目指し、努力して勝ち取る人事異動のことで、すでに導入も始まっています。
 こうした取り組みにより、社員一人ひとりが「MYパーパスに基づいて自分が一番貢献できる、したい仕事は何か」と考えられる組織を目指したい。
 セルムさんや富岡さんのお力も借りながら、本当の意味でのパーパス経営を実践できるよう、これからも邁進していくつもりです。