2022/12/23

逆境をバネに、生まれ変わる地域DXの最前線

NewsPicks NewsPicks Brand Design 編集長 / NewsPicksパブリッシング 編集者
 いま北九州が、おもしろい。
皿倉山からの眺望。九州第2位の人口規模の都市でありながら、長く美しい海岸線と緑豊かな山々に囲まれている
 北九州市と言えば、明治以降日本の近代化を牽引した四大工業地帯のひとつ。八幡製鉄所を筆頭に第二次産業の発祥地域だが、公害問題や治安問題に悩まされた地域でもある。
 だが近年、生活環境、労働環境など、絶え間ない改善を続けてきたという。次のような評価を見ると、その努力の軌跡が滲む。
「ジャパンSDGsアワード」2017年 特別賞(SDGsパートナーシップ賞)受賞
(外務省主催)
「夏のDigi田甲子園」2022年 優勝・内閣総理大臣賞受賞
(内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局主催)
「日経自治体DXアワード」2022年 大賞受賞
(日経デジタルフォーラム主催)
「次世代育成環境ランキング」2021年 1位 ※11年連続16回目
(NPO法人エガリテ大手前主催)
「日本新三大夜景都市」2022年 1位獲得
(夜景観光コンベンション・ビューロー主催)
 そんな北九州市が、2022年8月、日本IBMと連携協定を結んだ。
11月に「IBM地域DXセンター」を北九州市内に新設するなど、地域のDXの推進や雇用の創出及びデジタル人材の育成、企業誘致活動の促進を図り、産学官で連携していく
「女性や若者の地元定着、IT企業の誘致・集積にはずみをつけたい」と期待を寄せる北橋健治市長だが、北九州で働くことで実現できる真にウェルビーイングな生活とはどのようなものなのだろうか?
 IBM地域DXセンターは北九州の街にどのような変化をもたらすのか?
 北橋市長と、日本IBM常務・松尾美枝氏、日本IBMデジタルサービス社長・井上裕美氏に語ってもらった。

公害の克服。治安改善。住みやすい街に成長した北九州

──まずは、北橋市長から見た北九州という街の魅力について、伺ってもよいでしょうか。
北橋 この10年あまりで、住みやすさも、働きやすさもずいぶんと住みやすい街に変わったと思います。 
 もともと北九州と言えば、明治以降日本の近代化を牽引した四大工業地帯のひとつとして、全国から人が集まって勤勉に働いて、この街をつくりました。
1953年、兵庫県生まれ。1986年、衆議院議員初当選。大蔵政務次官、衆議院環境委員長、大蔵委員会筆頭理事などを経て、2007年2月より北九州市長に。好きな言葉は、「一日生涯」「釣月耕雲」。
 いろんな施設がコンパクトにまとまっていて、30分以上かけて通うところなんてなかなかない。自分に使える時間が「1日26時間のまち」です。
 また、物価も安いし、昔から非常に住みやすさが評価されてきた「ほどよく都会、ほどよく田舎」です。
 ファミリータイプの新築マンションが3000万円代で購入できますし、かつ丼は東京だったら1000円くらいするけど北九州なら650円で食べられます(笑)。
──コスパ抜群ですね(笑)。松尾さんは、北九州出身と伺いましたが、近年の街の変化をどう感じますか。
松尾 そうですね。私は北九州のこのあたりの出身なんですが、子どもの頃は、七色の煙が空を覆っていたんです。小学校に空気清浄機があったぐらいですから。
 でも市民にとっては「七色の煙が日本を支えている」という誇りでもあった一方で、あまりにも公害が酷かった。
北九州市出身。1987年日本アイ・ビー・エムに入社しシステムエンジニアとして勤務。その後税理士資格を取得し監査法人・日本企業米国法人勤務を経て2001年日本アイ・ビー・エムのコンサルティング部門に再入社。経理財務中心に間接業務全般の効率化・高度化のコンサルティングに従事。テクノロジーを活用したプロセス変革を実施する事業部責任者を日本及びシンガポールのアジア・パシフィック本部で歴任し2021年帰国。2022年4月より常務執行役員。
 でも久しぶりに帰ってくると、紫川(むらさきがわ)は澄んでいるし、洞海湾(どうかいわん)には魚がいるし、空気がきれいで環境が良くなっていることを実感しています。
北橋 まさに日本の第二次産業の繁栄を支えた陰に、公害の問題がありました。特に1960年代に顕在化したのですが、その際にまずアクションを起こしたのが「戸畑婦人会」という主婦の会なんですね。
 夫と子どもの健康を守るために勉強会をはじめて、彼女たちの真摯な訴えがきっかけとなって企業、大学、行政が公害対策に取り組み、非常に円滑に青い空、青い海を取り戻すことができた。これは当時世界的にも非常に先進的なケースでした。
 ボトムアップで課題を乗り越えてきた「市民力」が北九州の持つ大きな強みだと思っています。
松尾 ものすごく公害対策に力を入れてきたんだなと変化を実感します。
北橋 そして、この5年、10年の間で治安が本当に良くなったんです。市民一丸となっていい町にしようと取り組んだ結果、劇的に改善したんです。
──「劇的改善」。市長自ら、力強い言葉です。
北橋 公害を乗り越えた現在、さらに住みやすい街になったと自負しています。いまは「衣食住」ではなく「医食住」なんて言い方をしますが、「医」については子どもの夜間休日の診療対応など、全国でも際立って医療サービスがきめ細かいんですよ。
 子育てしやすい環境をNPO法人が順位づけする、「次世代育成環境ランキング」では、11年連続16回目の1位をいただきました。
「食」は昔から海産物が有名ですし、口コミサイトで日本一になったお寿司屋さんもあります。
「住」については、全国約6,100名の夜景観光士が投票で決定する「日本新三大夜景都市」の1位に今年選ばれました。豊かな観光資源に恵まれた、住みよい街です。
 また、住みやすさという点で、女性の支援にも力を入れており、働く女性が求職やハラスメント相談、託児などをワンストップでできるウーマンワークカフェや、出産・子育ての手続きをDX化したアプリ「母子モ」の導入など、さまざまな成果を挙げています。
皿倉山から望む夜景
松尾 北九州空港(2006年開港)によってアクセスもよくなったし、観光地としても足を延ばしやすくなりましたよね。
北橋 北九州空港は24時間利用可能なのがポイントなんです。これによって、物流拠点として、圧倒的な効率を誇ります。
 ヤマト運輸が貨物専用機を新たにリースして、再来年からは北九州空港と東京・沖縄を結ぶ2路線が運航することが発表されているので、物流も大きく変化し、非常に産業が活性化していくと思います。悲願だった滑走路の延伸も現実的になってきました。
 あと小倉城には高齢者も利用しやすいようにエレベーターを設置して、天守閣では夜景を見ながらパーティができるようにしたんですよ。
松尾 天守閣でパーティ! それは素敵ですね(笑)。
ライトアップされた小倉城

日本最初のリサイクル基地ができたのは北九州だった

松尾 公害の克服を経た今、洋上の風力発電などサステナビリティにもすごく力を入れていらっしゃいますよね。
北橋 2025年度には、響灘(ひびきなだ)地区で日本初となる25基の大規模洋上ウインドファームが商用開始の予定です。
 公害克服の文脈で、サステナビリティについては昔からずっと取り組んできました。日本で最初の、最も大きなリサイクル基地というのは、北九州にできているんですよ。
 リサイクルなんてビジネスにならない、飯が食えないと言われていた時代から、古着をポリエステルにしたり、廃棄物からレアメタルを抽出してオリンピックのメダルをつくったり、おかゆをすするようにつましくこつこつと取り組んできました。
松尾 サステナビリティ関連の新しい産業もどんどん生まれていると感じます。
北橋 昨今サステナビリティ、カーボンニュートラルといったことが提唱されるようになって、時代が追いついてきたな、ビジネスとして成長していけるなと思っています。ようやく銀シャリが食べられます(笑)。

「ものづくりの街」から「デジタルの街」への転換

──松尾さんから見て、「働きやすさ」という点ではどんな変化を感じますか?
松尾 市長が産業発祥とおっしゃったように、北九州はもともとものづくりの街なので、製造業が多いんですよね。
 製鉄、製鋼、化学……工場が多く男性の職場というイメージでしたが、市の取り組みとして「デジタルで快適・便利な幸せなまち」の実現を目指していくなかで、女性や若者も働きやすい環境が整ってきていると感じます。
北橋 製鉄所だけで最盛期は5万人の正規社員がいたんですよ。今は、関連会社を入れても1万3000人。正規社員となると3000人程度です。それでも生産量は昔とあまり変わらないんですが。
 これからは、ものづくり人材中心の街からデジタル人材中心の街に変化を図っていきます。
松尾 若者の流出はどこの地方都市も抱えている悩みだと思うんですが、それはひとえに魅力的な仕事がないからですよね。
北橋 魅力的な仕事が近くにあれば、地元に残ってもらえると考えたときに、やはりIT職への期待は大きい。
 市の取り組みとしては、九州・山口一帯の高専や理工系の大学を回って関係をつくって、新たな企業が進出したときに、すぐに人材募集の案内をしてアシストをするようにしたんです。安定して人材を確保できれば企業も安心して進出できますよね。
 産学官で連携していかにデジタル人材を育成するかが、今後街として生き残る大きなカギになると思っています。

北九州市と日本IBMが共創で目指す地域DXとウェルビーイング

──デジタル人材の育成について、日本IBMデジタルサービス社長・井上裕美さんはどうお考えでしょうか。
井上 北九州市とは2022年8月にIBM社と包括的な連携協定を結び、11月には地域のDX推進やデジタル人材育成の拠点となる「IBM地域DXセンター」を開設しました。
2003年、日本IBM入社。システムエンジニアとして官公庁のシステム開発を担当後、さまざまな案件でプロジェクト・マネージャーを務める。2019年より、官公庁 デリバリー・リーダー。2020年より、日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービシーズのガバメント・インダストリー理事。2020年7月、日本アイ・ビー・エムデジタルサービスの設立に伴い、代表取締役社長に就任。2022年4月、日本アイ・ビー・エム取締役に就任。二人の娘を持つ母でもある。
 人材育成については、地域の教育機関とも連携して取り組んでいて、スキルを身につけた方が北九州で働けるように、就業機会の提供まで推進していきます。
──具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。
井上 社会人のリスキリングと就労を支援するIBMの社会貢献プログラム「IBM SkillsBuild」を活用しながら、新卒の若者はもちろん、60歳以降の方も現場で活躍できる組織をつくっています。またデジタル教育の一環として、市内の高校での環境をテーマにしたワークショップ開催などを検討しています。
北橋 2022年には、27社のIT企業が市内に進出しました。
 育児中の女性だったり、障がいのある方だったり、今まで働き口が見つけづらかった方もリモートで働くことができますし、雇用も積極的に行っています。働く場所としてさまざまな方に目を向けていただきたいですね。
──地元の製造業においてもデジタル人材のニーズはあるのでしょうか?
北橋 たとえば、ゼムケンサービスという女性だけの土木系の会社があるんですが、トップや現場のリーダーがエグゼクティブスクールで受講してDXを勉強して、経験が浅い人でも熟練した人と同じように、リモートで現場のチェック、指導ができるようにしているんです。
 力仕事と思われがちな土木系の仕事も、DXによって女性、障がいのある方、高齢者など多くの方に働くチャンスが生まれるし、さまざまなところで応用できる成功モデルだと思います。
 地元の中小製造業がDXによって生産性を上げて、雇用を生み出し、所得も上げるにはどうしたらいいかと常に考えています。
井上 IBM地域DXセンターは、デジタルの技術にプラスして、自分たちで課題を見つけて変革をしていける人材を育成することで、地域社会の活性化に貢献することが最終的な目標です。
 人材の相互交流も始まっていて日本IBMグループと北九州市の間での人事交流を既に進めています。
 今年(2022年)11月に開設した北九州のIBM地域DXセンターのビルからは、ひとつの窓から海と山が両方見えるんですよね。DXによって、場所を選ばず、自然が豊かで食べ物もおいしいというすばらしい環境で働ける世界観の先に、本当の意味でのウェルビーイングがある。こうした思いにみなさんが共鳴して、共鳴の輪が広がって人が集まってきているんだと実感します。
紫川河口
──今後さらにIT技術者は足りなくなると言われていますが、IBM地域DXセンターの果たす役割はますます大きくなりそうですね。
井上 本当にそうですね。2025年の崖という言葉がありますけれど、2025年頃にちょうど定年を迎える方の層は多いので、IT業界に限らずどの業界においてもこれは課題だと思います。
 雇用延長の施策も取っていますが、若い方をたくさん採用して、早いうちに育成しなければいけません。IBM地域DXセンターも、令和6年までに拠点を増やして、全体で2,500名規模に拡大する予定です。
──まさに待ったなしの状況なんですね。
井上 地元に帰って介護をしなきゃいけない状況だけど、首都圏にしか仕事がないから帰れないと思っている方や、地域貢献をしたいけど地元には仕事がないと考えているZ世代の方が、自分の希望をかなえて働ける環境を我々はご提供しますし、IBM地域DXセンターで働くための人材育成にも力を惜しみません。
 ご自身の望むワークライフバランスをかなえるためにスキルを積んで、IBM地域DXセンターで活躍していただける方が増えるように、我々の理念に共感していただける方を、どんどん採用していきたいと思っています。

若者がやりがいや希望を持って働ける場を

──Z世代の若者たちは、サステナビリティや社会貢献への意識が高いですがそのあたりはいかがでしょうか。
北橋 北九州市では「北九州市グリーン成長戦略」を掲げて、ゼロカーボンシティの実現と企業の脱炭素化を支援しようとしています。
 教育機関では、SDGsやサステナブルという、時代の大きなトレンドに対して理解を深め、きちんと教育現場で伝えていこうという取り組みが進んでいます。
 数としては一番多い中小企業にまだまだ切迫感が足りないのは課題ですが、学校で重要性を学んできた若い世代は敏感ですよね。未来のためにも、いい人を採用するためにも、必須の取り組みになると伝えていっています。
井上 サステナブルやカーボンニュートラル実現に向けては、我々の持っているアセット、デジタルソリューションを惜しみなく提供していきたいと考えています。IBM地域DXセンターをハブとして提供し、その先の社会貢献につながることができたら、我々としても本望です。
北橋 北九州の産業がさらに発展していくためにも、トップ自らサステナビリティ、SDGsへの意識を高めて、実践してほしいと願っていますし、それによっていい人材が集まる好循環を目指しています。
井上 真の意味でのウェルビーイング、働きやすさとは何かというのを、採用する側もジャッジされていると感じますね。引き続き、IBM地域DXセンターを拠点に北九州で働くことの魅力をきちんとお伝えしていきたいですね。
北橋 もちろん東京はいいところですから、進学や就職で若いときに一度行ってみるっていうのはすごくいいことだと思います。
 でも、帰りたくなったときに「仕事がないから帰れないよ」というのではなく、「地元に帰ってきたら、住みやすい環境も整っているし、働く場所もあるよ」と、帰れるチャンスが用意されていれば、すごくいい人生になると思うんですよ。
井上 本当にそう思います。「地元に残って働くチャンス」「地元に戻って働くチャンス」の両方を提供できるようにしたいです。
北橋 今後はパートナーシップをより深めて、若者がやりがいや希望を持って、地元で働ける場をつくるため、「デジタルで快適・便利な幸せなまち」の発展に共に取り組んでいきたいですね。