あなたはなぜピケティがわからないのか

2015/1/15
フランスの経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本』が大ベストセラーになっています。NHKも「パリ白熱教室」というシリーズを放送開始し、おかげで私の 『日本人のためのピケティ入門』もすごい売れ行きです。おもしろいのは、2014年12月12日に発売したときより、年明けになって売れ行きが上がっていることです。これはピケティの本を買って正月に読もうと思ったものの挫折し、私の本を読もうと思った読者が多いものと思われます。
私の本はそういう読者でもわかるようにやさしく書きましたが、それでも「むずかしい」という声が多い。そこで、本よりさらにやさしくピケティ理論を解説することにしましょう。第1回のテーマは「ピケティは何がいいたいのか」。

不平等化は事実だが、それは法則なのか

彼の主張は単純です:資本主義によって資本家と労働者の不平等が拡大してきたということです。
上記の図(ピケティの本では図9.8)のように、アメリカでは1970年ごろから所得の上位10%の人の国民所得に占めるシェアが35%から50%に増え、上位1%のシェアは25%になっています。これが、2011年9月にウォール街でデモが起こったりした原因です。ヨーロッパでも、同じような現象が起こっていますが、アメリカほどではありません。
この原因は何でしょうか? ここでピケティが資本主義の根本的矛盾と呼ぶ不等式が出てきます。
このrは資本収益率、gは成長率ですが、これは別に矛盾ではなく、左辺は資本ストックに対する収益の増加率、右辺は所得というフローの増加率です。なぜストックとフローを比べるのか? なぜその差が不平等の原因になるのか?
ざっくりいうと、この左辺は資本家の所得の増加率、右側は一般国民の所得の増加率ですから、「資本家のもうけが一般国民を上回る」と考えることもできます。これはピケティも「理論的根拠のない経験則だ」と認めており、実証データでも例外が多い。このへんが読者の混乱する部分だと思います。
しかしこの不等式は、不平等化の必要条件ではないのです。ピケティのもっとも簡単な説明は、資本が増えると資本収益が増えるというものです。ここで資本は、典型的には土地と考えてください。
たとえば今年ある金持ちが100億円の土地をもっていて、その収益(地代・家賃)が5%だとすると、来年は資産が105億円になり、その翌年は110億円……というように資産が増えていきます。他方、土地をもっていない人の資産は増えないので所得の不平等は大きくなります。

資本ストックが増えると資本所得が増える

これがピケティのいう資本主義の第1基本法則ですが、これも法則ではなく恒等式、つまりどんな値でも成り立ちます。
資本が蓄積されると、ピケティのいう資本所得比率であるβが上がります。これは社会全体の資本ストック(土地や株式や債券など)を国民所得(GDP+海外収益)で割ったもので、Kを資本、Yを所得とすると、β=K/Yです。
他方、不平等の程度は資本分配率αで測ります。これは資本収益RをYで割ったものですから、α=R/Yです。ピケティの第1法則は、このαとβの関係を示したものです。
これは資本収益率rが同じだとすると、資本所得比率であるβが増えると資本分配率αが増えることを示しています。この式は恒等式だからつねに正しい。r=R/Kですから、上の定義で書き直すと、 
ここで右辺のKが分母と分子にあるので消え、α=R/Yとなるのは自明ですが、問題はβが上がっているのかどうかです。下記の図(ピケティの本では図5.3)は、それを示したものです。
この縦軸がβですが、1970年以降はおおむね上がり、資本ストックが所得に対して増えていることがわかります。つまり第1法則によって資本分配率αも増えるので、格差は広がるわけです。

ピケティの理論でどこまで説明できるのか

これが一番シンプルな説明ですが、これでどこまでデータを説明できるでしょうか。図のようにβが上がっていると資本ストックは(国民所得に対して)増えるので、資本収益も増えますが、それはいつまで続くのでしょうか?
明らかに無限に増えることはありえないので、どこかでピークアウトするはずです。そのときの水準をβ*としましょう。そうすると、
ということになります。日本のβは6ぐらいですから、β*がそれより大きければ資本蓄積が進み、資本分配率も大きくなりますが、そうでなければ資本蓄積は止まります。ピケティは「資本蓄積の止まるβ*の値は10〜15ぐらいだ」と推定しています。
これが正しいとすると、今後も資本蓄積が進むはずですが、先進国で今の2倍も資本が蓄積されるとは考えにくい。ピケティの本の図5.3のように日本のβはここ20年ぐらい、ほとんど同じです。
このようにβだけでは、不平等化の傾向を説明できません。特にアメリカでβが下がり、主要国では最低水準になっているのに、所得格差は最大になっています。これは資本収益率rが上がっているからだ、というのがr>gの意味です。
しかしピケティの本の図9.8でもわかるように、1910年から70年ごろまでは所得分配は平等化しています。これは戦争や大恐慌などで資本が破壊されたことによる例外だ、というのがピケティの説明ですが、100年のうち半分以上が例外になる「法則」って何でしょうか。
このようにピケティの本は疑問が多いのですが、それは重要な書物の特徴でもあります。マルクスの『資本論』も既存の問題に答えを出すのではなく、資本主義は持続可能かという新たな問題を提起しました。次回以降は『21世紀の資本』についての疑問を各部ごとに見ていきましょう。