2022/11/29

医療からウェルビーイングまでとらえるメタバースの「真の可能性」とは

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 いま大きな注目を集めている「メタバース」。しかし、実は早くも幻滅期に突入しつつある。
 
 The Wall Street Journalによれば、メタは当初、ホライズン・ワールドの月間アクティブユーザー(MAU)を2022年内に50万人に増やすことを目標に掲げていたが、最近その目標を28万人に下方修正した。社内文書によると、現在のMAUは20万人に満たないという。

 エンタメ業界以外ではまだまだそのポテンシャルを生かし切れていないのが現状だ。

 しかし、実はメタバースには、医療、教育、産業までさまざまな領域で社会課題を解決していく大きなポテンシャルを秘めているという声もある。

 物理的制約から解放された新しい人と人のつながり、さまざまな居場所の創出が可能となるメタバース空間において、我々は幸せの礎となるウェルビーイングをも、アップデートしうるのか。 
 さまざまなメタバースプロジェクトをリードする日本IBM社長の山口明夫氏、『ポーラ幸せ研究所』を創設し、美容の視点から幸福とウェルビーイングについて研究を重ねるポーラ社長の及川美紀氏。そして公益財団法人Well-being for Planet Earthの代表理事を務める予防医学者の石川善樹氏が、メタバースがもたらすウェルビーイングな未来の可能性について語った。
INDEX
  • 歩けない患者が歩けるようになる!? バーチャルホスピタルの可能性
  • 想像力によってメタバース空間でも「手のぬくもり」を感じられる
  • 現実でもバーチャルでも居場所が多いと幸せを感じる
  • メタバースは絶望した人が希望を取り戻せる場所

歩けない患者が歩けるようになる!? バーチャルホスピタルの可能性

大塚 いまメタバースのサービスは、ゲームやショッピングなどのエンターテイメントの分野が活発です。
 でも、果たしてメタバースの可能性って本当にそれだけなのでしょうか。どんな使われ方であれば、もっとメタバースのポテンシャルを発揮できるのかという視点で、今日はみなさんとディスカッションできればと思っております。
 まずはエンタメとは違ったメタバースについて、具体例をお伝えしたほうがイメージしやすいと思いますので、IBMと順天堂大学が取り組んでいるバーチャルホスピタルについて、ぜひ山口さんから紹介していただきたいなと思います。
山口 順天堂大学の順天堂医院さんと一緒に、メタバース空間の中に順天堂医院を「順天堂バーチャルホスピタル」として再現し、さまざまなサービスを提供していこうという取り組みを開始しました。
 まずは、患者さんや家族が来院前にバーチャルで病院を体験できる環境、患者さんのご家族がアバターとしてバーチャルホスピタルを訪問し、患者さんと交流できる環境を目指しています。
順天堂大学と日本IBMが共同研究の場としてメタバース(3次元の仮想空間)を設置。2022年度内に試作品を構築し、医師や患者、その家族らが仮想空間での”分身”となるアバターを使ってアクセスできるようにする。
 実はこの取り組みについて記者発表させていただいた日の夜に、たくさんのメッセージをいただきました。
 たとえば「私の娘はいま順天堂医院に入院しています。難病で長期間入院しているのだけど、コロナのこともあってなかなか会えない。でももしバーチャルホスピタルが完成すれば、たとえ仮想の世界であっても娘ともっと頻繁に会うことができます。実際に使うユーザーとしていくらでもサポートさせていただくので、早く完成させてください」というような内容です。
「テクノロジー」というとすこし冷たいイメージがありますけど、テクノロジーを活用した先に新しい、そして温かい世界があるんだなと思いました。
大塚 この取り組みについて発表した記者会見の際に、順天堂大学医学部長の服部先生が「歩行困難な患者さんが、メタバース空間で自身のアバターが歩く姿を見る、歩く経験をすることで、脳が刺激されて現実世界でも歩けるようになる可能性がある」という話をされていたのも非常に印象的でしたよね。
石川 これは非常におもしろいですね。実は寿命ってお見舞いに来てくれる人の多さとその頻度で決まるんです。
山口 そうなんですか。
石川 同じ病院で同じ先生に同じ治療受けても、そのあと病室でたくさんお見舞いに来てくれる人がいると寿命が伸びるという研究結果があります。
 ただお見舞いって、行くほうからすると3つハードルがあって。まず忙しい。忙しいからなんらか時間が取れない。二つ目は距離。病院が必ずしも近くにないので、いつでも行けるわけじゃないっていうのと。
 三つ目これ大事なんですけど、遠慮があるんです。行ったとしても、もしかしたら女性の患者さんであれば、お化粧もしてないかもしれないとか、部屋ももしかしたら散らかってるかもしれないとか。
 でも、メタバース空間だとそれが全部解決する。患者さんもお見舞いに行くほうも、気兼ねなくコミュニケーションが取れるという意味で、メタバース×病院っていうのは、たぶん本当に寿命を延ばすだろうなと思います。
大塚 そういう意味では介護現場とかでも応用ができそうですね。

想像力によってメタバース空間でも「手のぬくもり」を感じられる

大塚 没入感のあるメタバース空間でのコミュニケーションによって、本来は感じるはずのない吐息とかくすぐったさみたいなものを感じたと答えている方も多くいらっしゃるんですよね。生身の感触を伴う現実世界とアバターの仮想空間って、意外と接合点がありそうなんです。
 ここでポーラの及川さんにお話を伺いたいと思います。化粧品やスキンケアって、究極的にヒューマンタッチがすごく大事な世界だと思うのですが、ヒューマンタッチの世界とメタバースがクロスしたときに、どんな可能性があると思いますか?
及川 ありがとうございます。幸せとヒューマンタッチっていうのは、切っても切り離せないと考えています。
 人との関わりの中で自分の立ち位置を見つけると幸福感が高くなるというのはポーラの研究結果でも出ているんですよ。孤独の中で感じる幸せよりも、誰かと何かでつながることによって感じる幸せっていうのはすごく大きいんですね。
 ポーラは「Science. Art. Love. 私たちは、美と健康を願う人々および社会の永続的幸福を実現します」と企業理念に謳っているのですが、永続的幸福の実現って、まさにウェルビーイングなんですね
 美容と幸せ、働く幸せについて考えていくために、去年ポーラの中に「ポーラ幸せ研究所」というのをつくったんです。ポーラ幸せ研究所ではさまざまな研究に取り組んでいます。
 たとえば、男女取り混ぜて様々な方に統計的にアンケート調査をした結果から導き出した、幸せにつながる「美容ルーティン5か条」というのがあるんです。
 そのなかでも4つ目の「手のぬくもりを感じる」ことはとても大事だと考えています。
「手のぬくもり」って、メタバース空間の中で感じるのは難しそうに思えますが、脳への働きかけ方次第なんじゃないかと思っています。たとえば当社のゴッドハンドのエステティシャンがお客様の肌を触っている映像を観たときに、手の重さ、温かさをイメージできるか。
 先ほど「メタバース空間のなかで吐息やくすぐったさを感じた人が多くいる」というお話がありましたよね。
 メタバースのなかでは感じることができないはずのものも、実際にリアルの世界で過去に経験したことがあれば、あるいは豊かに想像することができれば、それを感じることができるのではないか。リアルの世界とメタバースをつなぐ豊かなイマジネーションがあればウェルビーイングにつながっていくのではないかと思います。
石川 実はポーラのビューティディレクターさんの集まりに行かせていただいたことがあるんですけど、もうすごいんです、エネルギーが。で、お話をするんですけども、気づいたらめちゃめちゃ触られてるんですよ(笑)。
 みなさん自然と人に触るのがめちゃくちゃうまい。そして、触られると元気になるんですね、エネルギーをもらえるというか。
及川 老人ホームにボランティアに行って、おじいちゃんやおばあちゃんに触って差し上げると、笑ってなかった人が笑うようになるとか、表情が出てくるとか、はっきりと変化が表れるんですよ。
 メタバースではリアルな温もりを感じられないですが、さっき言ったみたいに疑似体験からはじめてみたり、イマジネーションによって温もりを感じられるようにできたらいいなと思います。

現実でもバーチャルでも居場所が多いと幸せを感じる

石川 そもそも脳って真っ暗い空間の中にぽかぽか浮かんでるだけですから、何がイメージで何が現実なのかわからないはずなんですよ。
 逆に言うと、はっきりイメージできちゃうとそれが現実かのように感じてくる。たとえばまったく付き合ってない男女がいたときに「仮にもし二人が付き合って結婚したらどんな生活が起こるだろうか」と二人でイメージしていると、相手のことをだんだん本当に好きになってくるという研究もあったりするんです。
 だからイメージを先行することで、現実の体験が増えてくるってこともあるしその逆もある。自分が実際体験をすることでイメージができるようになるという好循環があるんだろうと思います。
及川 やっぱり経験則を増やすって結構大事なことだと思っています。
 たとえば私はよくボランティア行くんですけど、慣れてない方は、老人ホームでハンドトリートメントっていう手でやってあげるときに、おっかなびっくり触っちゃうんですよね。でもそういうことを事前に疑似体験していけば、スムーズに触れたんじゃないかなと。
 何かの経験の練習、トレーニングとしてアバターを使ってやってみて、現実世界でトライしたいことが増えていくといいんじゃないかなと思います。
大塚 現実世界をメタバースに完コピするのではなく、逆のベクトルの可能性もあるということですよね。
及川 メタバース空間で体験したことを、現実の世界でも体験したくなる。そうすると、メタバースでの体験が現実世界の可能性を広げる後押しになるとポジティブに考えています。
石川 さきほどのお見舞いの数で寿命が伸びる話をもうちょっと一般化すると、居場所がたくさんある人っていうのは、ウェルビーイングを感じやすいということなんですね。病院のベッドの上以外にも、メタバースのなかに居場所が増えることが、ウェルビーイングにつながっている。
 そしてもう一個重要なのが、いろんな人格の自分がいるということ。健全な多重人格というか、いろんな人格でいられるいろんな居場所があることが、ウェルビーイングの要因として非常に大事なんです。
 いろんな人格を担保し得るし、居場所にもなる「バーチャルホスピタル」には大きな可能性があり、メタバースってこう使えばいいんだなと思いました。
山口 病院の話については、患者さんとご家族の交流以外にもいろいろ考えています。先ほど別の人格という話がありましたが、施設利用や治療、バーチャル面談などは現実とイコールの人格でできることですよね。
石川 そうなんです。
山口 お話を聞きながら、現実とは別の自分を経験することで治療に役立てることもできるのではないかと考えています。たとえば対面恐怖症で、人と物理的に会って会話をすることが苦手だという方が、メタバースの世界でコミュニケーションを学んで会話に慣れていただくことで、対面でも会話ができるような形に変わることができたり。
 現実世界では運動ができないけれども、メタバースの世界で徒競走や高跳びなどを経験して、楽しさを感じてもらったり、リハビリにつなげていったりということもできますよね。
 そして、症状の疑似体験。身長、体重、体脂肪率などのデータを全部入れて、もしこれから3年間油物をずっと食べ続けて運動をしなかったら3年後の自分の体はどうなっているかというようなシミュレーションを行うことができる。その姿を見るとさすがにまずいと思いますから、行動変容を促すことができそうです。
 現在の自分とは違う状態のものをメタバース空間に作り出すことによって、なんらかの形で行動変容を起こしていく。今後そういった方向にも応用できそうですね。

メタバースは絶望した人が希望を取り戻せる場所

大塚 では最後に、メタバースを活用することでHOPE、希望を抱けることについてみなさんからひと言ずついただけたらと思います。
及川 メタバースの中でやりたいこと、あるいはこんなことができたっていうことが増えれば、現実の世界でトライしたくなることが増えるのかなと思いました。
 何かをやるにしても、やってみたいという自分の意思がない限りは、なかなか一歩踏み出せないですよね。メタバース空間でトライして体験してみることで、現実世界での新しい可能性につなげられるといいなと思います。
石川 HOPE、希望というポジティブ感情は、すごいおもしろいポジティブ感情で、なぜかというと、絶望を感じたときに見えてくる感情だからです。希望と絶望っていうのはセットなんですよ。もうちょっというと、絶望した人間だけが感じられる感情が希望ですね。そういう意味でいうと、メタバースは絶望しがちな人にまず寄り添うというのに向いているのかもしれません。
 実は、困っている人に手を差し伸べると人間ってウェルビーイングを感じやすいんです。こんな動物ほかにいないんですよ。300種類ぐらいいる哺乳類の中で人間ぐらい。だからお互い助け合ってここまで繁栄してきたともいわれるんですが。
 だから、絶望している人とメタバースが寄り添い、メタバース空間上で絶望してる人の力になるというところから始めると、ゲームなんかもちょっと違うものになるのかなと思います。ゲーム内って絶望してる人がいっぱいいて、そこで一緒に助け合えるからゲームが今流行っているのかもしれません。
山口 希望は絶望との背中合わせだって話をされていましたが、夢や希望を忘れて絶望した大人が、もう一度子どもに戻って何かにチャレンジしてみたい、そんな感情を取り戻せる空間がメタバースなのかもしれないと、いろいろなお話を伺って思いました。今日はみなさんありがとうございました。