2022/12/5

“発想の種”は身近にある。65億個のプラを不要にする技術とは

NewsPicks Brand Design editor
 環境問題を議論する際に欠かせない業界、それは「化学業界」だ。
 化学産業における出荷額(2020年)は約46兆円。日本の経済を支える製造業の中でも、第2位の市場規模を誇る。
経済産業省「化学産業の現状と課題」
 そもそも私たちの身の回りにある製品は、化学反応によって生み出された「素材」からできている。
 つまり、化学の力で「素材」の性質自体や組み合わせを変えることで、環境負荷の少ない製品の実現も可能になる。
 そう考えれば、化学業界が地球のサステナビリティのためにできる貢献は、無限にあるとも言えるのだ。
 そんな業界のプレーヤーを“商社”という立ち位置から繋ぎ、化学業界から環境問題の解決を牽引しているのが長瀬産業だ。
 化学系専門商社ならではの、環境への貢献とは何か。長瀬産業の取り組み事例を手がかりに、化学業界におけるサステナビリティに向けた取り組みの最前線をお届けする。
 何かを“新たに生む”ためではなく、何かを“なくす”ための技術。それが、長瀬産業が2022年5月に発表した超音波溶着技術「TiMELESS®️(タイムレス)」だ。
「超音波溶着技術」と聞けば、何やら難しそうと敬遠してしまうかもしれない。だが、その利用シーンはかなり身近だ。
 特にコーヒーを豆で買うコーヒー好きは、コーヒー豆の袋にプラスチックのバルブが付いているのを見たことがあるだろう。TiMELESS®️は、このプラスチックを“なくす”ことができる技術なのだ。
 同技術のコーヒー用途での総代理店を務める長瀬産業の田雑忠紹氏は、こう解説する。
「コーヒー豆は焙煎後、炭酸ガスを発生させます。だから袋に入れて密閉すると袋が膨張し、破裂してしまう。そのガスを排出する役目を果たすのが、プラスチックのバルブなんです。
 ですが、TiMELESS®️技術を活用した包装材を用いれば、バルブなしでも鮮度を保持しながら袋内部のガスを排出させられます」(田雑氏)
 TiMELESS®️は、株式会社MIB代表取締役の渡辺徹社長が考案した特許技術。フィルムや紙で包装材を製造する際に、シーリング部に微細な「流路」を作って溶着することで、袋内部のガスを外に出すことができる。
 袋内部のガスは排出しやすい反面、外からの空気は入りにくい特殊な構造になっており、内容物の酸化を防ぐことができる。
「『何だ、バルブをなくすだけか』と思う人もいるかもしれません。ですが調査によれば、世界では約65億個のバルブが使われているといいます。
 2028年には85億個にも達するという調査結果もあります。
 この全てをなくすことができれば、プラスチックごみの削減に大きなインパクトがあるはずです」(田雑氏)
TiMELESS®️の溶着技術が使われた、コーヒー豆の包装材。
 当たり前だが、技術だけあっても商品は作れない。そこで長瀬産業はMIB、ナカバヤシ株式会社、王子エフテックス株式会社、三菱ケミカル株式会社と共に「TiMELESS®」を使用したコーヒー豆向けバリア包装材「asue」を開発した。
 酸素や水蒸気、香気の透過を防ぐ王子エフテックスのバリア紙「SILBIO BARRIER」で袋の外面を構成し、三菱ケミカルの生分解性樹脂「BioPBS™️」で袋の内面を構成、それをナカバヤシがTiMELESS®️溶着し、袋を製造することで、「脱プラスチック」を実現するコーヒー豆の袋が誕生した。
 三菱ケミカルも王子エフテックスも長瀬産業の以前からの取引先だといい、幅広い繋がりから最適なパートナーにリーチする、商社ならではの“巻き込み力”がうかがえる。

包装材でフードロスに貢献する

 TiMELESS®️の可能性は、コーヒー豆の包装材に閉じたものではない。現に、野菜などの青果物の包装材にも使用される。
 その目的は、フードロスの削減だ。
「野菜は収穫後も袋の中で呼吸して生きているため、密閉されていると野菜は呼吸ができなくなって腐ってしまいます。
 ところが、TiMELESS®️技術を活用した包装材を使えば、中の野菜がギリギリ生きていける量の酸素が行き来する流路を作ることが可能です。
 そうすることで野菜が仮死状態となり、長持ちする。結果的に、捨てられる野菜を減らすことに貢献できると考えています」(田雑氏)
TiMELESS®️の溶着技術が使われた、長芋の包装材。すでにスーパーにも並んでいる。
 そもそも田雑氏がTiMELESS®️を知ったのは、別の仕事で協業している取引先の社長から、この技術の開発者であるMIBの渡辺社長を紹介してもらったのがきっかけだ。
 化学業界で長年、多様な技術や商品に触れてきた田雑氏は、「この技術は大きく育つ」と直感したという。
「機能付与する際は、何かを追加する“足し算”の発想をしがちです。炭酸ガスを排出する機能を付与したいから、バルブを付ける。それが一般的な思考回路です。
 しかし、TiMELESS®️は違いました。ガス排出の機能を袋に付与することでバルブを不要にするという “引き算”の発想なんです。
 この発想はサステナブルな時代にも合っているし、組み合わせ次第でさまざまな応用も利く。
 長瀬産業が関わることで、この技術の種を大きく育てられると感じ、何としてでも一緒に商品の開発・拡販をしたいと申し出たのです」(田雑氏)
 ある技術が、どれほどの可能性を秘めているのか。「すごい技術」を「稼げるビジネス」に育てるために、足りない要素は何なのか。
 創業から190年をかけて広げてきた「輪」と、脈々と受け継がれてきた技術に対する“目利き力”が、新たなビジネスの種を生むのかもしれない。
 日々話題が絶えないEV(電気自動車)の領域でも、化学が大きな変化を起こそうとしている。
 脱炭素に貢献するサステナブルな交通手段と謳われ、中国を筆頭に世界中でシェアを広げるEV。日本にも、遅かれ早かれその波が訪れると予想されている。
中国汽車工業協会(CAAM) Annual sales volume of new energy vehicles in China from 2011 to 2021, by type (グラフはNewsPicks Brand Designが作成)
 しかし新しい発明には、新しい課題も付き物。EVが抱える課題の一つが、EV蓄電池の処理方法だ。
 そもそも蓄電池は、電気で自動車を走らせるために不可欠な部品である。
 常に安定して高い出力を確保するため、EVには特に高性能な蓄電池が使われており、EVでの役目を終えた後も、さまざまな用途にリユースが可能だという。
 しかし現状では、まだ十分に使える蓄電池が、非効率な形でリサイクルに回されてしまったり、廃棄されたりしているというのだ。
 長瀬産業の粕谷紳太郎氏は、その最大の理由を、EV電池の劣化具合を診断する仕組みが整っていないことにあると話す。
「蓄電池の劣化を診断する技術自体は、すでに存在します。しかし、これまではその技術があまり活用されてこなかったんです。
 その要因の一つは、スピード。蓄電池の劣化状況を診断するには、蓄電池の放電と充電のサイクルを複数回行う必要があるのですが、数時間から1日はかかる作業なんです。
 その工数と得られるメリットが見合わず、挑戦する企業がいない状況でした。
 もちろん、EVの普及がそこまで見込まれていなかった十数年前は、蓄電池をリユースするニーズ自体が少なかったという側面もあったでしょう」(粕谷氏)
 そんな状況を打破しようと立ち上がったのが、BACE(Battery Circular Ecosystem)コンソーシアムだ。
 車載蓄電池を循環させる世界を目指して複数の企業が参画しており、長瀬産業もそのうちの一社だ。
 2022年3月には、蓄電池の劣化状況の診断時間を大幅に短縮できるサービスの事業化を発表。
 その診断結果を、蓄電池のバリューチェーン内で共有する仕組みの構築も目指すという。

技術の話が“通じる”強さ

 本コンソーシアムの価値は、なんといっても複数企業が参加するプラットフォームであるという点。ここに、長瀬産業の力が活かされる。
「そもそも自動車業界の構造は、かなり複雑です。
 蓄電池を作るメーカーから、部品を解体してリサイクルに回す企業、そのリサイクル部品を買う企業まで、EVの一連のバリューチェーンには、数えきれないほどの企業が関わっています。
 専門領域も企業の規模も利害関係も異なる複数社が、コンソーシアムの中で一つの目標に向かって手を取り合うには、もちろん困難が伴います。
 協業のために、技術的なカスタマイズも必要になる。参画企業が保有する技術や製品を、単に組み合わせてサービス化すればいいという単純な話ではないのです。
 そうした時に、長瀬産業が商社の立場から“旗振り役”を務めることで、貢献できるのではと考えました。
 化学で培った知見により、あらゆる業界で活躍する長瀬産業には、様々な技術情報が蓄積されています。端的に言えば、私たちには“技術の話が通じる”。
 だからこそ各化学メーカーとも深い議論ができますし、『あの技術が足りない』となれば、幅広いパートナー企業から適切な企業を探し出して、お声がけすることもできます。
 加えて、実業を知っている商社として、販売側のセンスもきちんと持っている。このバランス感覚があるからこそパートナーに信頼していただけ、企業や技術を繋げるのだと感じます」(粕谷氏)
 さらに、今年中を目処に着手する実証実験の舞台は、EVの浸透が進む中国。ここでも、グローバルに強い長瀬産業の強みが活かされそうだ。
 実は長瀬産業は、売上総利益における海外の割合が、48.8%と約半数を占める(2022年3月時点)。その中でも特に近年注力しているエリアが、中国だという。
 この実証実験でも、自社の中国拠点とも密に連携しながら、中国の取引先を巻き込んでいるという。
「日本で蓄電池の廃棄が社会問題として認識されるのは、2025年ごろだと見込んでいます。その時までに、蓄電池を適切にリユースできる環境をしっかり整えたい。
 大袈裟に聞こえるかもしれませんが、持続可能な社会を作ることは、私のライフワークでもあります。子どもたちの世代に、『生きづらい地球』を残したくないという個人的な思いもある。
 技術への理解、ビジネスの知見の両軸に加え、既存の枠にとらわれず様々な分野・業態の企業と協業するというNAGASEだからこそできるやり方で、新しいビジネスをどんどんデザインしていきたい。
 サステナブルな社会の実現に、チャレンジし続けていくつもりです」(粕谷氏)