2022/11/16

【福岡】「捨てられる魚」をおいしく活用。サブスクでお届け

ライター
「未利用魚」をご存じでしょうか? 本当は食べられるのに「処理に手間がかかる」などの理由で行き場を失った魚のことです。そんな未利用魚を加工して商品化し、インターネットで販売しているのが福岡発のベンチャー企業、ベンナーズ(福岡市東区)です。これまでの水産業の常識にとらわれない独自のビジネスモデルを築き、消費者や投資家から注目を集めています。

創業者である井口剛志社長(27)は、水産業を営む一家の一人息子として生まれ育ち、米国のボストン大学を卒業後に起業しました。ベンナーズが取り組むビジネス戦略や、井口社長が起業に至るまでのライフヒストリーを紹介します。(全3回)
INDEX
  • “三方よし”を目指すビジネスモデル
  • 魚の直販サイトで水産業の構造にメス
  • コロナ危機をきっかけに「未利用魚」に着目
  • サブスクモデルを導入したワケ
  • 目標は1年間で「会員数5倍」
井口剛志(いのくち・つよし) 1995年長崎県生まれ。2012年の17歳のとき、通っていた福岡県の中高一貫校を高校1年で中退して米メーン州の高校へ編入。2014年にボストン大学へ入学してアントレプレナーシップと経営学を学ぶ。卒業後に帰国し、2018年4月に22歳でベンナーズ創業。2019年9月、漁業者と外食産業を直接つなぐプラットフォーム「Marinity(マリニティ)」のサービス開始。コロナ禍のため事業転換をはかり、2021年3月に未利用魚を使った直販サイト「Fishlle!(フィシュル)」をスタート。社名の由来は、エジプト神話に登場する不死の霊鳥「ベンヌ」から。

“三方よし”を目指すビジネスモデル

福岡県のJR博多駅から車で約20分。大きな工場が立ち並ぶ埠頭の一角に、ベンナーズの本社兼加工場があります。中に入ると、帽子にマスク、白い作業着姿の5人のスタッフが包丁を手に、生魚を手際よくさばいていました。
頭やウロコを落とし、切り身に分け、下味をつけた後にパック詰めをします。それを専用の機械で急速冷凍して段ボールに梱包。一連の作業が終われば、全国の消費者のもとへと発送していきます。
ここで加工されているのが「未利用魚」です。アイゴ、イラ、マトウダイ、ミノカサゴ……見た目が悪かったり、毒針などがあるため処理しづらかったり、あるいは、まとまった水揚げ量がなくて売りにくかったりするため、市場に出回らない魚です。本来はおいしく食べられるこれらの魚を有効活用しよう、というのがベンナーズの取り組みです。
本社が入る建物内にある加工場
同社は2018年4月、「作り手、使い手、社会を豊かにすること」という“食の三方よし”の実現を目指し、井口社長が22歳のときに1人で設立しました。未利用魚の販売は2021年3月から、「Fishlle!(フィシュル)」のサービス名でネット展開しています。
消費者の手元に手軽においしい魚を届けるのはもちろん、これまで価値がないとされていた「未利用魚」を商品化することで漁業者に新たな収益源を提供し、海洋資源のフードロスを減らそうとしています。
フィシュルが販売しているのは、「煮切り醤油漬け」「麦味噌漬け」などの定番の味から、「中華風カルパッチョ」「ハーブオイルコンフィ」など20種類以上のパック詰め魚料理。月額課金(サブスクリプション)で会員になってもらい、6個パックで月4200円、10パックで同6480円、16パックで同8980円の3パッケージを用意。会員は30~40代の女性を中心に全国各地に約1000人います。
「フィシュルは言ってみれば、単純なネット通販型のビジネスではありますが、それだけではないと思っています」――そう語る井口社長の“真意”を、これから読み解いていきましょう。
フィシュルを通して行き場のない魚を商品化する

魚の直販サイトで水産業の構造にメス

井口社長は、創業当時から「未利用魚」に目を付けていたわけではありません。最初に立ち上げたのは、市場で流通する一般的な魚について、漁業者と飲食店が直接、売買できるサイトでした。
水産業界では漁師が獲った魚が消費者の手に届くまで、多くの仲介業者を経由します。その間に入るプレーヤーを少なくし、複雑で入り組んだ構造にメスを入れるプラットフォームを築きたいと考えました。しかし、漁業者に参加を呼び掛けても、説得は一筋縄ではいきませんでした。
「日本の漁業は、どんどん水揚げ高が減っていて、魚の値段も下がっています。ただ、みんな市場自体の疲弊を実感しているものの、現状はまだ成り立っている。流通の目詰まりをこの仕組みを使って解消しようという提案をしたんですけど、『別にこのままでいいんじゃないか』という感じの人が大多数でしたね
まずは成功事例を作って、及び腰の漁業者たちに振り向いてもらいたい――。そんな思いで西日本の各地の港を巡り、呼びかけていきました。漁協や養殖業者、仲買などの業者が手を挙げ始め、5カ所の漁業者がプロジェクトに加わってくれました。そうしてやっと2019年9月に、サイトの開設にこぎつけたのです。
井口社長は各地の漁業者を訪ね、事業への参画を呼び掛けました(提供・ベンナーズ)
いざ事業をスタートしてみると、サイトを利用する飲食店がどんどん増え、取扱量は単月で1000万円ほどに膨らんでいきました。「このまま順調に成長していけるだろう」。そんな手ごたえを感じていました。ところが、サイト開設から半年もたたないうちにやってきたのが、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大です。外食産業で営業自粛の波が広がり、魚の需要が急減していきました。
「このままだとマズいなって思いました。外食さんをターゲットにビジネスを進めていたので。これはちょっと、なにか別のビジネスをやらないと企業として存続できないな、と」

コロナ危機をきっかけに「未利用魚」に着目

コロナ危機で事業の立て直しを考えたとき、ふっと頭に思い浮かんだのが「未利用魚」です。日本近海で獲れる魚は約3800種類とされますが、日本人が日常的によく食べるのは20種類ほどしかありません。総網上げ量の30~40%は捨てられるか、飼料用としてタダ同然で取引されているといいます。
井口社長は、各地の漁業者をめぐるなかで、そんな未利用魚の問題を聞いていました。
「産地の漁師さんたちからは、1匹あたりの単価を上げるのもありがたいけど、取引のボリュームも増やしてほしい、という要望があり、『本当は未利用魚をなんとかしてもらえると、一番なんだけど……』という声が挙がっていました。未利用魚の存在を知って、純粋にもったいないなと思っていました」
ならば、それを有効活用することで漁業者の課題を解決できるのでは――と思いついたのです。
水産業が抱える大きな課題は“流通の複雑化”ともうひとつ、消費者の“魚離れ”があります。コロナによって外食は減ってしまうけれど、ネットで食材を調達して家庭でご飯を食べる機会は増える。ちょうどSDGs的な考え方も社会に浸透し始めたタイミングでもありました。それなら未利用魚を活用して、消費者の心に刺さるような商品を作り、直接ネットで売っていこうと、フィシュルの原型となるようなモデルを考えたのです」
まずはマーケティングを兼ねて、2020年5月にクラウドファンディングを実施しました。すると、わずか1カ月間で数百人の支援者が応募し、400万円の資金が集まりました。井口社長は消費者のニーズの大きさを実感し、新しいビジネスへの挑戦を決心しました。
ただ未利用魚は、そのままでは売り物になりません。たとえば、代表的な未利用魚のアイゴは毒針があり、人の手に刺さると腫れてしまいます。内臓に臭みもあるため、水揚げ後にすぐに処理しないと臭みが抜けなくなります。市場に出回らないのはそれなりに理由があるわけで、そんな未利用魚を売るためには、加工にひと手間もふた手間もかける必要があるのです。
そこで、一緒にクラウドファンディングを手掛けた飲食店関係者と手を組み、営業自粛で使われていない店舗のキッチンに立って商品づくりを始めました。未利用魚を切り身に分け、味噌や醤油に漬けてみたり、スパイスをまぶしてみたり。どんな味つけが良いか、毎日毎日いろいろなメニューを作って試食するという作業を繰り返しました。
「消費者が魚を食べなくなってきている理由のひとつが、やはり、魚をさばいたりする加工の面倒くささです。未利用魚はその部分がさらに課題です。われわれが面倒くささを払拭しないと、需要は作れないなと思いました」
魚の骨をキレイに取って切り分け、パックを開ければすぐにでも食卓に並べることができる――顧客がなるべく調理の手間をかけずに済むような商品づくりを続けました。そして、クラウドファンディングの実施から4カ月後、2020年9月に「フィシュル」と命名した通販サイトを試験的に立ち上げます。
さらに消費者のニーズを探りつつ打ち出したのが、「オーガニック」「無添加」といった素材へのこだわりです。サイトや商品パッケージのデザインも改良を重ね、女性の支持を集めやすいテイストにしました。そうして2021年3月、フィシュルはついに本格始動となりました。
サービスはメインターゲットである30~40代の共働き世帯のニーズをとらえ、メディア露出や口コミでユーザーは約1年間で1000人にまで増えました。
「顧客からは『手軽に安心して魚を食べられる選択肢が少ないなか、料理のレパートリーが増えました。フィシュルと出会えて助かっています』といった声をいただいています。ママ層の食に関する課題感は強いなと思いました」

サブスクモデルを導入したワケ

“三方よし”を実現するにはどうすればいいか。フィシュルを特徴づけているアイデアのひとつが、サブスクリプションモデルの採用です。サブスクは事前に購入量が把握できるため、在庫を抱えるリスクが少なく、会社の収益の安定化につながります。漁業者にとっても、魚の買い取り単価が維持され、数量も事前にわかるといったメリットがあります。
ただ、会員にサブスクを継続してもらうには、顧客満足度が高くなくてはいけません。フィシュルでは、サービス開始初期の2020年4月から利用を継続する会員が40%に達しています。維持率を保持することの秘訣は何でしょうか。
「未利用魚を扱う以上、手作業で細かな下処理が必要になることは避けられませんが、逆に、それによって生じる少量多品種の状況が、多様なニーズに応えることになります。もちろん、一定の単価で売っていくためには、魚の加工度を高め、味のクオリティを向上させて商品としての付加価値を上げていかないといけません。そして、品質の良さを消費者に伝えるブランディングも必要です」
ホームページでは未利用魚を扱う社会的意義のほか、パートナーである漁師も顔写真入りで紹介して“三方よし”の精神を丁寧に解説します。一般的な通販サイトでは見られないような、「社会をどうしたいか」という熱いメッセージも載せています。商品とあわせて送る冊子には、未利用魚を紹介する手書きのイラストや説明文を載せています。
こうした“濃い情報”を消費者に伝えることで、会員は「商品の購入を通じて社会貢献に参加している」という充実感を得られます。それがフィシュルへの愛着を強め、サブスクの解約を抑える効果を生んでいるようです。

目標は1年間で「会員数5倍」

ベンナーズの挑戦はまだまだ続きます。会員数を現在の1000人から、2023年6月に5倍の5000人に増やす目標を掲げています。2022年1月には、複数の投資家から総額3200万円の資金調達を完了しました。フィシュルの認知度向上のためのマーケティングや人材採用に活用する予定です。
日本の水産業は決して明るい状況ではありません。農林水産省によると、日本の1人当たりの魚介類の消費量は2011年度に肉類を下回り、2020年度はピーク時(2001年度)の6割の水準にまで減っています。市場縮小の影響によって、漁業に従事する人の数も減少傾向にあります。
「フィシュルのミッションは、魚に対するイメージの向上や、魚の価値を上げていくことです。魚の最大の弱点は、極端に消費期限が短いこと。創業期のプラットフォーム事業の経験から、既存の流通の仕組みでは対応できず、多くの魚がムダになっていると感じていました。
ならば、水揚げされたものを産地ですぐに加工して、瞬間凍結して売っていくことが大きな流通革命になるかもしれない――そんな考えが、フィシュルの事業にもつながっています」
井口社長はフィシュルの事業を通じて「水産業が抱える課題を解決したい」という思いを持っています。「課題解決」と「ビジネス」が結びつく事業展開を始めたきっかけは、米国のボストン大学でアントレプレナーシップ(起業家精神)を学んだことにありました。次回は、井口社長が起業に至るまでのストーリーを追います。
Vol.2に続く