2022/11/28

CO2の再利用は、脱炭素の切り札になるか?

NewsPicks Brand Design / Editor
 2050年カーボンニュートラルの達成に向けてCO2排出量の削減が必須となっている。省エネや、クリーンなエネルギーの開発を各産業が模索する中、排出したCO2を回収し、再利用をすることも検討されている。

 この再利用の分野で注目されているのが「メタネーション」という技術だ。回収したCO2を原料とし都市ガスの主成分であるメタンを作ることでCO2をエネルギーとして再利用できるという。

 CO2削減に大きなインパクトが期待される「メタネーション」はどれほどのCO2削減効果を見込めるのか。また、その実現可能性は高いのか。

 エネルギー開発の上流企業INPEXの再生可能エネルギー・新分野事業本部プロジェクトジェネラルマネージャーの若山樹氏のお話から紐解いていく。

CO2を再利用できるってどういうこと?

──排出したCO2を利用できると聞いて、驚いています。
若山 脱炭素と聞くと、そもそもCO2を排出しないようにすることを考えますよね。しかし、脱炭素の方法はそれだけではありません。排出してしまったCO2を回収し、資源と捉え、燃料や化学品として再利用することも行われています。
 脱炭素のソリューションには位置付けられていませんが、分かりやすい例としては、生活の中で利用されているドライアイスもCO2を原料にして作られています。CO2は様々なことに利用できるんです。
──具体的にどうやって再利用しているんですか?
 まずはプラント・工場などから排出されるCO2濃度の高い排気ガスに、吸着剤や吸着液を用いてCO2を回収します。これを冷却すればドライアイスになります。
 ただしドライアイスのような直接利用の用途は限定されています。もう一手間かけて、より需要の多い原材料や燃料に作り替える方法が研究されていますね。
 CO2が岩石に結合する特性を利用してコンクリートに混ぜ込むことや、触媒や微生物を用いて、燃料や化学品にすることで利用用途を増やしています。
──技術があり、需要があるのであれば、CO2を全部リサイクルするわけにはいかないのでしょうか?
 そうできるのが理想ですが、なかなか上手くはいきません。
 例えばCO2をリサイクルするためにはプラントや機械を運転しますよね。
 機械の動力を得るために、化石燃料を燃焼させ、化石燃料由来の電力を使えば、CO2が排出されてしまう。この排出量が、回収量を越えてしまっては元も子もありません。
 この前提をクリアした上で、将来的に大きなCO2削減量が見込める技術を促進することが重要なんです。

「ガス」の脱炭素の救世主、メタネーション

 CO2の再利用の選択肢の中でも、特にCO2削減のインパクトがあると期待されているのが「メタネーション」という技術です。CO2と水素を化学反応させ「メタンガス(合成メタン)」を製造します。
 メタンガスは、わたしたちが家庭で使っている都市ガスの主成分。つまりメタネーションは実質「ガスの脱炭素」とも言えます。
 メタネーションを用いたメタンガス(合成ガス)の利用は以前から行われていました。LNGの輸入量が少ない時代に、安定したガス供給を補完する役割を担っていたんです。
 当時は石油(ナフサ)や石炭という化石燃料からCO(一酸化炭素)と水素を作って都市ガスに用いるメタンを合成していたため、CO2の削減が目的ではありませんでした。
 しかし、CO2の回収技術の高まりもあり、回収したCO2からメタンガスを合成できるようになりました。脱炭素化を求める社会情勢と結びつき「ガスの脱炭素」の救世主として再び「メタネーション」が注目されてきているのです。
──なぜ救世主として注目されているのでしょうか?
 メタネーションで製造したメタンガス(合成ガス)は、既に都市ガスの主成分を担っているため、都市ガスの既存インフラを利用することができます。生活をする上で、皆様が今、使っているガス器具をそのまま使えるわけです。
 われわれINPEXのようなエネルギーの開発・販売をする会社も同様です。ガスを運搬するパイプラインなどの設備を、そのまま使うことができる。新たな設備投資にかかるコストを抑え、スピード感をもってガスの脱炭素化を進められることも、メタネーションが注目されている理由の一つですね。
 また国内の電力に関しては再生可能エネルギーや原子力発電など、既にある程度、CO2をほぼ排出しないクリーンなエネルギーがその構成比に入っています。
 しかし、ガスはLNG(液化天然ガス)が構成比の大半です。クリーンなエネルギーが含まれていません。
 ガスをLNG由来ではないものに置き替えようという議論は既に重ねられてきました。例えば、クリーンな水素を都市ガスとして導入する案。しかし水素は体積当たりの熱量が低く、LNGの約3分の1程度。つまりLNGの約3倍の量を扱うことになる。
 水素100%のガスを使うには、水素を「貯める」「運ぶ」「使う」ためのインフラを新しく整備する必要があります。
──ですが、たとえメタネーションで合成したメタンが主成分でも、ガスを燃やせば、その分CO2が排出されてしまいます。それでも脱炭素と言えるのでしょうか?
 ガスを利用した分のCO2は排出されますが、回収したCO2と同量になれば、相殺されて実質ゼロと位置付けることができます。
 メタネーションはCO2と水素を化学反応させることでメタンガス(合成ガス)を製造します。水素も化石燃料由来の「グレー水素」や「ブルー水素」だと水素の製造過程でCO2が発生してしまいます。そのため、メタネーションでは、再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して製造した「グリーン水素」の利用を前提としています。
こうして、回収したCO2と合成ガス使用時のCO2排出量を1対1の関係にしているのです。

どうしたら実現できるのか?

──メタネーションはもう実現できているのでしょうか? 何か障壁はありますか?
 要素技術は確立されてきていますが、まだ利用には至っていません。理由は二つあります。一つは「合成ガスとして利用できるほどの製造量を賄う設備がない」ことですね。
 現在使用されている都市ガスの規模感でメタンを合成するために、プラントを大型化している段階です。
 われわれINPEXも明確な数値目標を掲げ、メタネーションを大規模化する実証実験を繰り返しています。
 現在は、長岡鉱場の越路原プラントでメタネーションの実証実験を始め、2025年を目途に製造事業規模400 Nm3/hを予定しています。
 この400 Nm3/hという製造量は、都市ガスの全てを賄うにはまだまだ足りていませんが、現在、メタネーションで製造するメタンガス(合成ガス)の量としては世界最大規模です。
 その後、2030年には約25倍の1万Nm3/h、2035年には6万Nm3/hへ製造規模の拡大を予定しています。
 もう一つ、メタネーションで使うクリーンな水素が高価という課題があります。再生可能エネルギーを利用して水を電気分解した場合、再エネ電力のコストを10円/kWhと仮定しても、水素1 Nm3を作るのに約50~60円のコストがかかります。
 メタネーションにかかるコストと合わせると、合成メタンを1 Nm3製造するコストは200円以上になります。
 今、一般家庭の都市ガスの価格が1 Nm3当たり約130~150円であることを考えると、まだメタネーションで作る合成メタンは高価なガスになります。
 この合成メタンの価格を下げるためには、水素の製造コストを下げる必要があり、そもそもの再エネ由来の電力の価格を下げる必要があります。
 そのため、われわれINPEXは、コアエリアとしているオーストラリアやアブダビとの連携を想定しています。日本よりも再エネ由来の電気の価格が安く、水素を安価に作れる海外でメタネーションを行い、そのメタンを日本に輸入することも検討しています。
 こうした海外の事業所とのサプライチェーンも活かしながら、2030年ごろまでに合成メタンの価格を大幅に下げるという目標を掲げています。

エネルギーの変革は、一朝一夕ではできない

──一つ疑問なのは、INPEXは自社のLNGのプラントからCO2を分離・回収していますよね。メタネーションが進み、LNGの需要が減れば、CO2の調達が難しくなりませんか?
 いずれ、そうなるでしょう。経済産業省は2050年に都市ガスの90%をメタンガス(合成メタン)に切り替えると発表しています。この目標通りに進めば、INPEXが供給するLNGは残り10%にしか使われず、そこから分離・回収できるCO2も10%分になってしまいます。
 ただ、火力発電所やセメント・製鉄工場など、CO2排出量の多い事業者が、CO2実質ゼロを達成するのは並大抵のことではありません。どうしてもCO2を排出せざるをえないという状況が生まれます。
 そのCO2を有償で回収し、メタンガス(合成ガス)を製造・供給するというビジネスモデルに転換していくことも検討されるでしょう。
 例えば、LNGを運んでいたパイプラインや輸送船を応用し、CO2や水素を運ぶことも、将来的には考えられる。あらゆる方法を柔軟に模索していくつもりです。
 新しいエネルギーの開発は長い目で、柔軟に挑戦するというスタンスが大切だと考えています。
 都市ガスの歴史が約150年ある中で、最初にLNGが導入されたのが約50年前、LNGの普及率が99%を超えたのは約10年前です。
 50年、100年といった長いスパンをかけて、エネルギーの製造、供給、使用の環境は徐々に整えられていきます。
 しかしカーボンニュートラルの達成目標は2050年。そう考えるとガスの低炭素化・脱炭素化は、待った無しの課題です。メタネーション技術をスピード感をもって、かつ着実に促進し、新しいエネルギーを作り上げていくことが、われわれの責務だと考えています。