2022/11/28

【アマゾンジャパン社長】中小企業と見据える、次なる一手

NewsPicks / Brand Design 編集者
 EC大手「Amazon」──
 1995年に米国の小さなオフィスで産声を上げて以来、ミッションである「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」を目指して、「顧客中心主義」「長期的視野」の徹底により、いまや世界中の人々や企業にとっての「必需品」へと成長した。
 Amazon.co.jpが事業を開始したのは2000年11月。
 米国同様、顧客のニーズを第一に追い続け、日本のビジネスを多角的に支援してきた。
「日本でまだ20年、これからのAmazonはもっとおもしろいことができる」
 そう語るのは、2001年から日本法人のトップとして、事業拡大に尽力してきたジャスパー・チャン氏だ。
 Amazonはいま何を考え、どこに注力しているのか。そしてまだ「道半ば」と語る日本でのビジネスの展望とは。
 アマゾンジャパン合同会社社長のチャン氏と、早稲田大学ビジネススクール教授・入山章栄氏との対談を通して、日本経済とAmazonのリアルに迫る。

日本市場は、まだ道半ば

──日本法人の代表となって20年あまり。今、どのような景色が見えていますか。
チャン 振り返れば、この20年間、私は日本でのEC事業の土台をつくることに全力を注いできました。日本はAmazonにとって創業から早期に事業を展開した、非常に重要な国です。
 2010年から2021年を見ますと、総額4.5兆円以上を日本に投資し、さまざまなインフラを整えてきました。
 物流拠点であるフルフィルメントセンターや、アマゾン ウェブ サービス(AWS)のデータセンターの構築といった設備にかかる費用から、お客様のニーズにお応えするためのさまざまなサービスへの投資、そしてそれをカタチにしてお客様にお届けする社員に支払う給与などの事業運営費が含まれます。
 米国のシステムを活用するだけでなく、日本のお客様に、いかに素早く価値を最大化して届けられるのか、その試行錯誤の連続でした。
 これからAmazonは、もっとおもしろいことができると考えています。
入山 20年前と言えば、日本ではECという言葉すら、一般の人だけでなくサプライヤーにさえ知られていませんでしたよね。
 日本でAmazonが浸透し始めた手応えを感じたのは、どのタイミングでしたか。
チャン Amazonプライムのサービスが始まった、2007年からだと思います。
 ECにおいては、お買い求めいただきやすい価格と豊富な品揃え、そして利便性が重要ですが、私たちは「スピード」による利便性が特に大切だと考えています。その価値を届けられたのが、大きかった。
 ただ、巨大な日本市場において、Amazonの存在感はまだ小さいと言わざるを得ません。
入山 驚きです。なぜ、そう思われるのですか?
チャン 小売業は非常に競争の厳しい世界です。お客様はお買い物する際、多様な選択肢をお持ちです。国ごとのシェアは開示できませんが、Amazonの小売ビジネスは世界全体の約1%に過ぎません。
 そして忘れてはならないのが、全世界や米国の小売市場の85%は、現在でもリアル店舗が占めていることです。
 欧米と比較して、商品の好みや決済方法も異なるため、ローカライズが必要です。
 Amazonは世界22の国と地域でサービスを展開していますが、日本市場はG7の中で最も難易度の高い市場の一つだと感じています。
入山 確かに日本では、常に高いサービスレベルが求められ、独特な商習慣もあるため、数年で撤退する外資企業も多い。
 私の中では「難しい日本市場でよくぞここまで」という印象のほうが強いのですが、さらにその先を見られているのですね。
──そんな中、日本ユーザーの日々の生活にインパクトを与えられたと感じる瞬間は、どんな時ですか。
チャン 目の前のお客様のニーズを満たせた、と感じられた時ですね。
 例えば、共働きのお客様や子育て中のお客様からの声としてよく聞くのが、毎日の食事を支える食料品の買い物に関するお悩みです。
「毎日の食事のためのお買い物に費やす時間を短くしたい」「購入した食料品の持ち運びを楽にしたい」といったニーズにお応えするために生まれたサービスが、生鮮食品やお惣菜などをご注文から最短2時間でお届けする「Amazonネットスーパー」と「Amazonフレッシュ」です。
 また、リモートワークの普及により「置き配」のニーズがあれば、それも選択肢として用意しました。そのように、日々生まれる目の前のニーズに一つずつ応えていくことが大切だと思いますね。

事業には根気強さが必要

──ずばり、Amazonの成長の秘訣とは、何でしょうか。
チャン 絶対の正解はありませんが、「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」という考え方は、私たちのビジネスのあり方をよく示しています。
 お客様の生の声を聞き、ニーズに応える必要があるため、ステークホルダーを取り巻く現場の各チームの責任が最も大きくなります。
 私たちはそれを理解した上で、既存の手法なのか、微調整なのか、まったく新しいソリューションが最適なのか、ということを自分たちで日々判断しています。
 そのため、米国で成功したものをそのまま持ってきた、というわけではないのです。
入山 なるほど。どれだけ成功しても好奇心を忘れず、新しい価値を創造し提供し続ける。
 創業者のジェフ・ベゾスの言う「Day 1(毎日がはじまりの日)」の姿勢ですね。
 ミッション達成のためには、既存の枠組みにもあえて挑戦する。それが、Amazonの強みだと思います。
チャン Day 1の姿勢とともに大切なのは、長期的思考です。お客様により良いサービスを提供するためには、短期的な結果のために長期的な価値を犠牲にするべきではないと考えています。
 そのためには根気強さも必要になります。例えば、今のAmazonのサイトでは新刊と中古書籍が同じ商品ページで紹介されていますが、書籍のオンライン販売を始める時には、このサービスを提供したら日本の出版業界から締め出されてしまうのではないかという危機感がありました。
 私たちは根気強く熟慮を重ね、最終的にお客様が望む多くの選択肢が提供できる現在の書籍事業のカタチとなりました。
 過去に成功したものに固執する、お客様のニーズを忘れて自分たちがつくり上げたものを守ろうとする、一時のトレンドに左右される……。
 こうした大企業病のような状態を、私たちは「Day 2」と呼んでいます。決してこれに陥ってはいけません。
 個人のお客様に対しても、大企業・中小企業のお客様に対しても、常にDay 1の気持ちで臨む。この考え方は変わりません。

中小企業が日本経済復興のカギ

──Amazon.co.jpが近年、日本で特に力を入れている領域は何ですか。
チャン 中小企業様の支援です。日本には、まだ知られていない素晴らしい企業がたくさんあります。
 Amazonが経営をサポートさせていただくことで、日本経済がより活性化すると考えています。
入山 私は、Amazonが、日本の中小企業の課題を解決する、一つの有効的な手段になり得ると思っています。
 中小企業における課題は大きく分けて二つ。「デジタル化の遅れ」と「顧客に見つけてもらえない」こと。
 仕事柄、全国の中小企業の方々と会う機会が多いのですが、素晴らしい商品やサービス、技術を持つ企業が山ほどあります。しかし、残念ながらあまり知られていません。
 もっと広くアピールしましょうよ、と社長に言うと「どうしていいかわからない」と異口同音におっしゃる。
 たまたま展示会に出て成功する事例もありますが、稀です。
 そのような中で、中小企業がAmazonを利用し、インターネット上で世界中のお客様に見つけてもらう場として機能し始めた時、そのインパクトは計り知れません。
 全国の中小企業が、さらに出品しやすい環境をぜひつくってほしいですね。
チャン Amazonなら、手軽にグローバル展開することができますからね。
 システムは欧米も日本も共通、いつもと同じ操作で世界に向けて出品できます。言語の問題については、自動翻訳機能も用意しています。
入山 日本の市場が大きいといっても、結局、日本には1億人しかいません。ですが、世界には80億人いる。
 日本市場しか見ていなければ、どんなに頑張っても80分の1しか対象にならないのが現実です。しかも、少子高齢化の真っ只中ですから、それ以上の成長も見込めません。
 でもグローバルのシステムに商品を載せれば、世界中の人がそれを見てくれて、リアルの展示会とは比べものにならない勢いで世界に知ってもらえる可能性がある。
 Amazonが中小企業支援に注力することは、日本経済を復興させる可能性も秘めていると言えるのではないでしょうか。

 モノづくりに集中できる環境づくりを支援

──もし今、もっと多くの人に商品を知ってもらいたいと思ったら、まず何をしたらいいですか。
チャン さまざまな方法がありますが、やはりメインは「マーケットプレイス」への出品でしょう。
 サービス開始からすでに20年の歴史があるため、サポート体制も充実しています。ただ、プロセス改善の余地はまだまだあると思っているので、開発チームと常にブラッシュアップしています。
入山 マーケットプレイスは定番ですが、意外と出品側の便利さは知られていないと思います。
チャン とにかく全部任せたい!という場合は、「フルフィルメント by Amazon(FBA)」ですね。
 Amazonの物流拠点であるフルフィルメントセンターに商品を預けていただくだけで、商品の保管、注文処理、梱包、配送、さらには注文や返品に関するカスタマーサービスをAmazonが代行します。
 受注、発送の業務に人手を割くことなく、商品開発や製造に専念できます。
 2021年には、Amazon.co.jp上で約8万社の日本の販売事業者様にFBAをご利用いただいており、そのトータルの売り上げは前年比10%超で増えています。

生産者の生活と地域の産業を守る

入山 そのほかに、中小企業が活用すべきサービスはありますか。
チャン あと、販路を広げるなら、海外販売をご支援する「Amazonグローバルセリング」もぜひ使ってみていただきたいですね。
 Amazonでは日本貿易振興機構(JETRO)と共同で、米国のAmazon.com内での日本商品の特集ページである「JAPAN STORE」を通じて海外販売支援を行っています。
Amazon.com(アメリカ)のJAPAN STORE
 良い事例があります。創業1954年、宮崎県高千穂町で「干し椎茸」を販売する杉本商店様は、このJAPAN STOREを活用して、海外にも販路を広げていらっしゃいます。
 生産者が持ち込む干し椎茸を現金で買い取る、という生産者の生活を守るための仕組みを取っているため、買い取った干し椎茸を1年で売り切らないと事業の継続が難しくなる在庫リスクを抱えていました。
 さらに、日本食離れの傾向から国内需要は減る一方、といった課題もありました。
JAPAN STORE内の杉本商店のページ
 そこで、「Amazonグローバルセリング」の活用を開始し、新たに始まったJAPAN STOREプログラムも上手くご活用いただくことで、米国Amazon.comにおいて商品の露出が高まるようになり、成果を出されています。
入山 干し椎茸が売れているとは意外でした。
 ただ、デジタル化の進んでいない中小企業にAmazonの利便性を理解して使ってもらうのに難しさは感じないでしょうか。
チャン 中小企業の皆様にAmazonのメリットが理解しやすいよう、情報発信をしています。
「セラーセントラル」という仕組みを提供したり、出品方法をわかりやすく学べる「Amazon出品大学」というコンテンツも提供したりしていますね。
 こうした中小企業支援の成果は少しずつ表れてきています。
 昨年、Amazonに出品いただいた4,000社以上の国内販売事業者様が海外で販売された商品個数は、前年比で2桁増の4000万点以上でした。
 こうした取り組みの一つひとつが、日本企業の9割以上を占める中小企業の成長と発展につながっていると信じています。

ビジネスの世界に「失敗」はない

── Amazonは、これから何を仕掛けようとしているのでしょうか。
チャン 今後は、想いのある企業やクリエイターの方々への支援を考えています。
 ブランドや商品によって最適な表現方法は違うはずなので、それぞれに合わせたサービスや場を提供していきたいですね。
入山 Amazonは、中小企業のブランドオーナーやクリエイターが、ビジネスを拡大していくための、自己表現の場としても活用されていくわけですね。
 私たちお客さん側は、どちらかと言うと、安さや便利さも大事なんだけど、共感性とか想いを大事にする人も明らかに世界中に増えている。
 一方で日本はこれだけのメーカーがあるのだから、彼らの力が発揮できる仕組みを作って、両方マッチングさせる。
 相乗効果を利用したビジネス展開は、Amazonの十八番。それがここでも活きてくる。
チャン はい。そのために、まずは全国の中小企業の方々にAmazonの取り組みや、成功事例を知ってもらいたいですね。
 小さな町の企業がAmazonを使って、米国で展開し成長しているという事例は、先ほどの干し椎茸の話のようにたくさん出てきているんです。
 Amazonの考え方として、ビジネスの世界に「失敗」はないということです。成功も失敗も、ミッションをゴールとした“旅”の過程の一つです。
 起きることはすべて「旅」の一部と考えて、一歩を踏み出してほしいと中小企業の皆様にはお伝えしたいですね。
入山 Amazonはこれから既存のECを超えていくと思います。
 この20年あまり、日本でAmazonはECのインフラづくりに注力してきた。これからは中小企業の想いを大切にしてもう一段階、進化していく予感があります。
 日本の中小企業がAmazonを活用して世界に打って出るようになれば、日本経済の復興にもつながる。
 Amazonがここから日本でのビジネスをどう展開していくかに注目しています。