2022/11/14

どんなエネルギーが未来を作る?「CO2ゼロ」への選択肢とは

NewsPicks Brand Design / Editor
 温室効果ガス排出量を実質ゼロにする、カーボンニュートラル。2050年までの目標達成を世界120か国以上が宣言し、各産業の脱炭素化やエネルギーシフトが加速している。

 しかし、世界が利用しているエネルギーの大部分を担う、石油・天然ガス・石炭といった化石燃料なしには、社会や経済を回すことができない。脱炭素と、エネルギーの安定供給。両者にどう折り合いをつけながら、2050年の目標に向かうのか。

 石油や天然ガスの上流開発を中核とし、自社のネットゼロを目標に据える国内最大手のエネルギー開発企業、INPEXの橘高公久氏に聞く。

カーボンニュートラルに「特効薬はない」

──カーボンニュートラルの実現は、どれくらい難しいのでしょうか。
橘高 現在、日本で使われているエネルギーの約85%が利用時にCO2を排出する化石燃料由来です。ここから出るCO2を大きく減らしながら再エネなどのクリーンエネルギーを開発していくことが現実的な進め方です。
 現段階ではカーボンニュートラルの課題を全て解決する魔法の杖のようなエネルギーがあるわけではありませんから、全てのエネルギーにおいて相当な努力が必要です。
 それに、世界規模で見ると、今後も人口の増加と共に必要となるエネルギー量は増えていきます。人が増えればその生活や産業を支えるエネルギーが必要になりますし、今現在、人口一人当たりのエネルギー消費量が少ない途上国でも、都市化が進めば人々が使用するエネルギー量は増加します。
 現在の世界人口は約80億人。今世紀中には、100億人まで増えると予測されています。当然、世界全体のエネルギー需要はさらに増していきます。
 世界全体でカーボンニュートラルを目指しながら、社会を維持するエネルギーをどう賄っていくのか。一つのモデルケースが他国に当てはまるわけではなく、各国が自国の状況を踏まえて様々な方法を模索している状況です。
──再生可能エネルギーを増やすだけでは難しいんですか。ヨーロッパ諸国では導入がかなり進んでいますよね。
 日本の場合、再エネだけでは難しいのが現実です。
 ヨーロッパの国々が再エネの比重を増やしやすいのは、導入に適した環境があり、国をまたいだ送電網インフラが整っているためです。
 例えば、海に風車を立てる洋上風力発電の場合、ヨーロッパでは強い風が常に吹いているので安定的に発電できます。また近郊の海が遠浅なため、洋上に比較的安価な風車(着底式)を建設しやすい環境があります。
 それに対して日本は、国土の大半が山や森林です。風車や太陽光パネルを設置する場所が限られることに加えて、周辺には遠浅な海域が少ない。
 さらに拡大する必要はありますが、風力発電にしても太陽光発電にしても発電量に限度があるため、地熱発電や水素発電などその他の新たな発電や再生可能エネルギーを増やすことも必要です。
──そう聞くと、生活者が節電するしかないのでは……という気持ちになります。実際に今年の夏には、電力が逼迫して政府が節電を呼びかける事態もありました。
 もちろん生活者一人ひとりが節電や省エネを意識する姿勢も大事ですが、日本はすでにその分野では世界トップクラスです。これ以上の節電や省エネは限度がありますし、カーボンニュートラル実現の抜本的解決策にはなりません。
 なぜなら、エネルギー起源のCO2排出量は、電力と非電力(熱や燃料として使うエネルギー)がほぼ半々。
 節電や省エネで電力(発電)や民生部分からのCO2排出を減らしたとしても、産業や運輸(物流)が占める部分も削減しなければなりません。あらゆる分野で、手を打っていく必要があります。
──年間10億トン以上の排出量を、実質ゼロにしないといけないんですね。どうすればいいのか想像がつきません。
 これさえあればカーボンニュートラルを達成できるという特効薬はありません。
 再エネ導入、原子力の技術革新をはじめ、水素・アンモニアといった新たなエネルギーの利用、さらに化石燃料由来のエネルギーのCO2排出を大きく削減しながら利用するなど、複合的な対策を行う必要があります。
 できることを総動員しながら、カーボンニュートラルに近づくエネルギー構成比にポートフォリオを組み替えること、つまりエネルギーシフトが重要です。

エネルギーシフトの「現実解」は?

──INPEXはその組み替えにどう取り組まれていますか?
 我々のアプローチは大きく二つあります。一つは「主力エネルギーである石油・天然ガスを徹底的にクリーン化」すること。
 カーボンニュートラルとは、石炭・石油・天然ガス等の化石燃料の利用をゼロにするのではなく、CO2排出を実質ゼロにすることです。
 いま世界で使われているエネルギーの5分の4は、石油・天然ガス・石炭。そこから出るCO2を削減できれば、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献できます。
 INPEXは世界20カ国程度で石油・天然ガスプロジェクトを推進し、日本企業最大級の埋蔵量、生産量規模を持っています。これらの施設や、ここで得られる技術やノウハウは石油・天然ガスのクリーン化にも大きく役立ちます。
 もう一つは「ネットゼロ5分野」※1の推進です。CO2削減へのインパクトが期待されている5つの事業分野に積極的に投資し、2050年までに自社の企業活動によるCO2排出を実質ゼロにすることを目指しています。
※1ネットゼロ=カーボンニュートラルとほぼ同義。
 我々がこれらの分野に注力するのは、INPEXが持つ技術や設備、サプライチェーンといったアセットを活かしながら、社会全体のエネルギーポートフォリオの組み替えに貢献できるからです。
 石油や天然ガス採掘などで発生するCO2を分離・回収し、資源として利用して地下に貯留する「CCUS」と呼ばれる技術。
 さらに、再エネや水素などのクリーンエネルギーを生産・供給し、CO2吸収を目的とした森林保全なども事業として強化していきます。
 いずれも夢物語のような話ではありません。すでに事業として動いているものもありますし、開発・実証を進めている段階のものも多くあります。
 INPEXでは、このネットゼロ5分野で2030年までの具体的な数値目標を掲げて、2030年までに最大1兆円程度を投資します。
──既存事業のアセットには、例えばどんなものがありますか。
 我々には、石油や天然ガス開発で培った様々な評価技術や生産技術、安定操業のノウハウがあります。
 こうした基盤技術の応用で、わかりやすい例が「CCS・CCUS」技術です。
 昨今、ネットゼロのソリューションとして注目されていますが、以前より地中にCO2を圧入し、石油やガスを効率よく押し出す方法が使われています。この際に圧入したCO2は大部分が地下にそのまま残ります。
 すでに当社では、新潟県の南阿賀油田での実証や、オーストラリアのイクシスLNG(液化天然ガス)プロジェクトでの導入検討を始めていて、2030年ごろには世界中で年間250万トンのCO2貯留を目指しています。これは世界最大規模です。
 現在は自社の事業から回収されたCO2が貯留の対象となりますが、ゆくゆくは顧客である電力会社や化学メーカーのプラントから出るCO2も回収する。または他の事業者から有償で引き取らせていただくことも視野に入れています。
──なるほど。ネットゼロのソリューションとして、CO2の回収自体がビジネスになり得るんですね。
 そうなんです。私たちにはエネルギーの上流を担う企業として、エネルギーの供給とCO2削減ソリューションをセットで提供していく責任があると考えています。
 CCS・CCUS以外にも、再エネの電力を用いた水素やアンモニアの製造。CO2と水素を化学反応させ、都市ガスとして利用可能なメタンガスを製造する「メタネーション」という技術の研究・実証も行っています。
 水素やアンモニア等の次世代エネルギーを社会に供給するときには、利用するユーザー側の準備も必要です。安全に保存し、パイプラインのような供給インフラの管理・運用体制を構築することが必要となります。
 INPEXでは新潟県の直江津にLNG受入基地を操業し、国内に約1,500kmあるパイプラインの管理・運用を行っています。
 こうしたノウハウやアセットを活用しながらEX(エネルギー・トランスフォーメーション)を進めていくことが、INPEXの役割だと考えています。

エネルギーの選択肢を増やすこと

──EXを進めるうえで、いまどんな障壁がありますか。
 最大の問題は、エネルギーの価格が上がってしまうことです。新しいクリーンエネルギーを開発し、その供給インフラを整備するには相応の技術開発や設備投資が必要です。
 CO2の排出を低減もしくはCO2を回収するという一手間が加わったエネルギーを、どうやって適正な価格で提供できるか。ここが、非常に難しいのです。
 現在は、世界共通のカーボンニュートラルという目標に向けて国からの助成があります。補助金を活用することで事業に弾みをつけながら、遅くとも2050年までに、市場原理に即したサステナブルなビジネスモデルを作らなければなりません。
──クリーンなエネルギーを、どこまで安く提供できるか。あるいは、「クリーンだから高い」を消費者や企業が納得できるか……。どちらも難しそうです。
 ですから、当社のようなエネルギー開発企業はエネルギーの選択肢を多様化させ、その違いを丁寧に説明していく必要があると考えています。
 極端な話ですが、もしもカーボンニュートラル実現のために「オール電化にして再エネ電力一本にします」となると、それだけのコストが物の値段や、電力価格に上乗せされます。加えて、再エネだけでは供給の安定性や利便性にも影響があるでしょう。
 消費者や事業者の立場から見ると、電気よりガスのほうが火力があるから使いやすいという方もいれば、多少高くてもクリーンなエネルギーを使いたいという方もいる。とにかく安いほうが助かるという声や、価格や供給が安定しているほうがいいという声もあります。
 そういう様々な声に応え、できるだけ間口を広く取り、多様なエネルギーを市場に送り出していく。それぞれの長所を活かし、適材適所で組み合わせながら、社会全体でカーボンニュートラルを実現していくことが一番確実なんです。
 選択肢が増えると、個々の価格が比較できるようになり「なぜ同じエネルギーでも価格が違うのか」という関心が高まります。その理由がわかれば、利用者も納得感のある選択ができるので、変化も加速しやすくなるのではないでしょうか。
──なんだか農業にも似ていますね。野菜も、価格だけでなく、産地や育て方、生産者によって選ばれるようになりました。
 野菜と比べると、電力や燃料は見た目や用途が変わらないから同じに見える。しかし、それぞれ、もととなる資源、生産方法や環境負荷が異なります。INPEXはこれを利用者に説明し、選択していただけるようにしていきたいと思っています。
 今後はカーボンニュートラル証書や炭素クレジットのような形で、CO2排出量削減への貢献価値なども見えるようになっていくでしょうから、その「個性」を知っていただけるとうれしいですね。