2022/11/8

「匠の技」の秘密を解き明かし、新しい製造業を作ろう

NewsPicks Brand Design / Editor
 様々なイノベーションを起こし日本経済をけん引してきた製造業。現在も日本のGDPの約2割を占め、その存在感は依然として大きい。

 しかし、高齢化による生産人口の減少や、設備の老朽化、熟練技術者の技術伝承の難しさ──。のしかかる課題は山積みで、製造業を取り巻く環境は年々厳しさを増している。

 こうした製造現場の課題を解決する手段として、DXというキーワードが盛りあがっているものの「安易なデジタル化では、日本のモノづくりは復活しない」と語るのが、横河ソリューションサービス ソリューションビジネス本部コネクテッドインダストリーズビジネス開拓センター長、佐藤恵二氏だ。

 日本のモノづくりを変革し、再び躍進するために必要なことは何か。製造業の未来に危機感をにじませる佐藤氏と、製造業支援に強いグローバルコンサルティングファーム、ローランド・ベルガーの日本法人代表を務め、現在はきづきアーキテクトの代表取締役として、数多の製造業の変革に携わった長島聡氏が対談。

 日本の製造業再興の鍵について本音を語り合った。

製造業の特技「改善」をする時間すら確保できない

──日本の製造業の低迷が叫ばれていますが、お二人はどのようにお感じでしょうか?
佐藤 イノベーションを生みだす力が弱くなってしまっている。そう感じています。新しい価値を生む余裕がありません。
 ユーザーのニーズが多様化している中で、製造業は少量多品種化をより一層求められている。昔のように一つの製品を大量生産する形では、ほとんどの製造業は成りたちません。
 顧客のきめ細かな要求にスピーディに応える。この対応だけで現場は多忙を極めています。
 さらに、工場や設備の老朽化が進み、生産性が下がってしまうことや、生産性を維持するためこれまで以上の工数がかかっていることも多い。
 これまでと同じように製造をしているのに歩留まりが悪化したり、品質が低下したりといった問題が起こり、その対処も追い打ちをかけています。
長島 とにかく多忙ですよね。製品の改善ポイントを見つけても、みんなで知恵を絞り合いスピード感をもって解決することが難しくなっている。
 通常は課題が見つかると、製造の現場では仮説検証のプロセスを踏みながら解決の道筋を探っていきます。
 でも、いまは仮説検証まで手がまわらず「A」という製品を「A+」にするといった、改善業務にも時間がかかってしまう。
佐藤 製品を改善し品質を高めていくのは、日本の製造業の得意分野です。それがままならない状況ですから「A」から「B」を生むこと。イノベーションを起こせと言われても難しいですよね。

誤解だらけの製造業DX

──そうした課題を解決するためにも、製造業もDXに盛んに取り組んでいますよね。
長島 取り組んでいますが、その定義が誤解されがちです。そもそもDXはDigital Transformationを略した言葉。つまりデジタルテクノロジーを活用し、自社のビジネスを変革すること。付加価値の創出、新たなプロダクトやサービスを作り、競争優位性を確立することです。
 例えば、紙で行っていた帳票作成や管理業務を、デジタルデータにしてオンラインで処理し業務効率化するということはDXではありません。
 生産性の向上が大きな課題であることは事実ですので、できるところから一つひとつデジタル化し時間を捻出することが悪いわけではありません。
 製品の課題を改善するための余裕も生まれますし、デジタルテクノロジーの利便性を感じる大切なファーストステップになります。
 ただし、時間を確保した上で、中長期的な研究開発や技術者の育成なども行うべきです。
 単純業務を効率化するためのデジタル活用にとどまっていることをDXと捉えていては、将来的に自社のビジネスを変革していくことにはつながりません。
佐藤 おっしゃる通りですね。例えば、生産設備に計測機器をつけインターネットと接続し、工場の稼働状況をリアルタイムで計測できるようにする。生産設備のIoT化なども同様です。
 稼働状況に合わせて生産ラインに配置する人員の過不足を予測できるようになるため、製造業務の効率化に役立ち、極めて重要です。
 しかし人員の効率化のみでは、品質の改善や、新たなプロダクト作りにつながるとは考えづらい。
 デジタイゼーションにとどまらず、知恵を結集して、ビジネスの変革につながるような一体感のある工場にする。One Factoryと呼べるような工場を作る。デジタルテクノロジーはそういった視点で活用するべきです。
──ではそれを実現するためには、具体的にデジタルテクノロジーを、どう活用すればいいのでしょうか?
佐藤 製造業では工場の設備や生産工程を監視し、制御するためのシステム、いわゆるOT(Operational Technology)システムが既に導入されていることが一般的です。
 しかし、設備の監視や制御・オペレーションをシステムに任せきりにはできません。適切な品質を保つために、設備や原料に不具合がないか確認し、機械を操作・調整する役割は「人」が担っている。
 この「人」が担っている部分を見える化すること。製造をする際に実際何を行っているのか、そのプロセスを可視化することにも、デジタルテクノロジーを活用するべきだと考えています。
──どういう意図からでしょうか?
佐藤 「人」が担っている役割は大きく、ITシステムの導入だけではDXは達成できないためです。
長島 先ほどのIoT化の例であったように人員を適切に配置したとしても、人のスキルによって品質や作業時間にばらつきが出ます。その結果、品質や業務効率が必ず改善されるとは限らない。
 それだけ技術者は繊細な調整をしています。
 また、この現場の技術者の「勘・コツ・ノウハウ」は属人化、ブラックボックス化しがちな部分です。
佐藤 はい。ここをデジタル化する。つまり「勘・コツ・ノウハウ」といった暗黙知を形式知に変えていくことで、品質を確定する条件を特定する。そうすれば「品質の見える化」ができます。
 ここを無視してITシステムを導入していっても、歩留まりの悪化や品質の低下は抜本的には変わらず、どこかで行き詰まるのではないかと考えています。
長島 また熟練の技術者と若手ではかなりスキルの差があります。熟練の技術者がどんどん高齢化し、ノウハウが継承できないまま、引退してしまうことも問題になっています。
佐藤 早く手を打つ必要がありますね。熟練の技術者の技術が残っているうちに「品質の見える化」をする。その上で、ITシステムを活用することができればDXはさらに進む。
 我々が「操業KAIZENソリューション」を立ち上げたのもこうした考えからです。

泥臭くデータと向き合いDXを推進

──「操業KAIZENソリューション」とはどのようなものでしょうか?
佐藤 我々、YOKOGAWAグループは制御・計測機器の製造・販売を中心に成長してきたメーカーです。そのため、お客様のOTシステムに関わるデータを保持しています。
 このデータとお客様の知識経験、原理原則を組み合わせることにより、モノづくりの状態を定量化します。そして「品質の見える化」、適切なITシステムの導入や活用、ビジョンメイキングなどのDX支援をしています。
佐藤 ただし、お客様1社1社で課題はまったく異なります。パッケージソリューションを導入して、解決といった簡単なことではありません。
 そのため、直接お客様に出向いて、最重要課題は何なのか、将来どんなビジネスへと変革していきたいのかをヒアリングした上で、課題解決に必要なデータを泥臭く抽出することから始めています。
長島 なるほど、ほぼコンサルティングサービスなんですね。
佐藤 はい。またデータ解析は本来的には、メーカーが自社でできることが望ましいんです。そのためデータ解析のワークショップを実施するなど「人財育成」の支援も行っています。
 このワークショップを実施する際は「必ず現場のベテランと若手をメンバーに入れてください」とお願いしていますね。
 ベテランは若手が何を欲しているかわからない。若手は自分が何をわかっていないか理解していない。そのため、ベテランと若手が同じ目標、いわゆる「北極星」を見ることが大切です。
 物事の見方が多少違っても、同じ目標を持っているとわかるとそれぞれの知識を共有しよう、一緒に問題を解こうという意識付けをすることができます。アナログなやり方ですが、これも属人化解消のための一つの方法です。

品質の見える化をきっかけに、一体感のある工場を

長島 今回お話を聞いていて「品質を見える化」した上でITシステムを導入するという視点が特に興味深く感じました。
 品質が見えるようになれば、エンドユーザーに合わせて、適正な品質とは何かを見極めることができる。より手間をかけるべきところが明確になるといった副次的効果も生まれますよね。
佐藤 そうですね。高品質な製品を作っても、エンドユーザーに求められていなければ、買っていただけません。あえて言葉を選ばずに表現すると「手の抜きどころ」を見極めなくてはいけないケースもあります。
長島 例えば、欧米の自動車メーカーは品質の基準を販売する国によって変えながらビジネスをしていますね。ドイツで販売する車と、アフリカで販売する車は同じ基準ではありません。
 だからといって、アフリカの顧客に見る目がないというわけではなく、エンドユーザーの求めている品質が違うというだけです。
佐藤 日本の製造業は品質基準が高く、現場のチェックリストがなかなか減らせませんよね。そのチェック項目を加えた理由も残っていないから、怖くて減らせない。
 またもし減らして何か起こったら責任問題になる。だからエンドユーザーの求める品質を越えたままになることが、往々にして起こります。
長島 ただ、日本も2050年までにネットゼロ達成を目指す「カーボンニュートラル宣言」をしました。二酸化炭素の削減のために、製造工程の見直しを求められています。
 つまり無駄な工程は二酸化炭素を生む原因とみなされていきます。その過程でゆっくりではありますが、過剰な品質基準を下げていく流れは生まれつつあります。
佐藤 ここまで手順を省いてもいまの品質を担保できるというファクトがあれば、お客さんも「よし、やりましょう!」となってもらえるはずですね。
 また品質基準を適正化し、ITシステムを使って工場全体に共有することができれば、新しい製品の品質基準を決める際のヒントになります。
 チェック項目も減り、製造工数が削減された上で、新しい製品を生むための知恵を絞るメンバーが揃っていればなお良しで、ビジネスに変革をもたらす一体感のある工場を作ることへとつながります。
長島 エンドユーザーの求める範囲に応じて、力の入れどころと抜きどころを自在に操れるようになれば、無駄な資源や労力を使わず、適切な品質の製品を納めることもできる。もちろん高品質な製品も作ることができるといった柔軟な対応も可能ですよね。
 そのためにも「操業KAIZENソリューション」のようなサービスがスピード感を持ってスケールすると、面白い景色が広がるかもしれません。
佐藤 まさに「操業KAIZENソリューション」は、モノづくりを自在に操るための解決手段です。
 日本のDXは単純な業務効率化のためデジタルツールの導入でとどまっている企業が8割といわれています。つまりまだまだ変革していく余地が残っているということです。
 DXへの誤解を解くことで、日本のモノづくりを再び躍進させたい。そのために、邁進していこうと思っています。