2022/10/7

【岐阜・美濃】商家町でテレワーク。長居したくなるワケ

ライター / 編集者 /法政大学院政策創造研究科 修士課程
休暇を楽しみながら働く「ワーケーション」が、注目を集めています。地域振興につなげようと自治体や国が後押ししていることもあり、全国各地で受け入れが進んでいます。

行き先を探してみると、それぞれの地域で、根づいた歴史や文化を生かそうとしていることに気づきます。明治・大正時代にタイムスリップしたような古い町並みが目に止まりました。岐阜県美濃市にあるシェアオフィス「WASITA MINO」です。

キャッチコピーは「まちごとシェアオフィス」。この町並みすべてがシェアオフィスということでしょうか?

興味が湧き、現地に足を運びました。人口減で衰退が進む地方で、どのように人を呼び込み、次の世代につないでいくのか。仕掛け人や利用者の声に耳を傾けながら、自らもテレワークを体験して考えました。2回に分けてお届けします。〈前編〉
WASITA MINOのホームページ(https://wasita.co.jp/
INDEX
  • 非日常を味わえる「うだつの上がる町並み」
  • 築150年の長屋、まちごとシェアオフィスの拠点に
  • タンブラーが会員証。会話のきっかけに
  • 気軽に話しかけられる商人の町で働いてみる
  • 「もう数日いたい」。Uターンや移住のハブを目指す
  • コロナ禍が後押し。ワーケーションに地域色

非日常を味わえる「うだつの上がる町並み」

名古屋駅からレンタカーを走らせて1時間足らず。岐阜県のほぼ中央に位置する美濃市に着きました。
大通りには、木造二階建ての立派な長屋が軒を連ねています。美濃は、ユネスコ無形文化遺産に登録された「美濃和紙」の産地として有名ですが、もう一つ観光の目玉として打ち出しているのが、この「うだつの上がる町並み」です。
ぱっとしない、甲斐性がないことを「うだつが上がらない」と言います。その語源となった屋根の両端に作られた防火壁「うだつ(卯建)」が見られます。
国の重要文化財に指定された小坂酒造場。屋根の上の突起が「うだつ」(筆者撮影)
美濃は商人がつくり上げてきた町です。和紙卸で財をなした商家が、裕福さの証しとして「うだつ」のある家を次々に建てました。
その伝統的な町並みは1999年、国から「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。地域一帯で町の保存に取り組み、家屋の修繕だけでなく、電線を地中に埋め込んで「うだつの上がる町並み」を現代によみがえらせます。
一帯には、江戸時代に創業した酒蔵や老舗の和菓子屋のほかに、古民家をリノベーションしたホテルやカフェ、さらにはベーカリーやイタリアンレストラン、ホテル、銀行などが集まっています。立派な門構えや木目の落ち着いた色調でそろう一方で、地域の人たちの生活の営みも感じられます。
東京の大学院に通い、地方との2拠点生活をしている私は、一歩踏み入っただけで、その趣深さに「非日常感」を味わえました。

築150年の長屋、まちごとシェアオフィスの拠点に

WASITA MINOのエントランス(筆者撮影)
「まちごとシェアハウス」の拠点となっている「WASITA MINO」のエントランスが見えました。150年以上前に7家族30人近くが住んでいたという「相生町長家」を大規模に改装して、2021年にオープンしました。
長屋からシェアオフィスへ。「多様な人が集まる場」が、時代を超えて受け継がれています。
建物の改装資材は近くの山の木と土、石、草が用いられ、壁紙の一部は美濃和紙が使われています。建築は技術力の高い地元職人です。将来にわたって改修を続けられる持続可能性を意識したと言います。
このシェアオフィスにはいま、岐阜県内の印刷会社の新規事業部や有名メーカーのサテライトオフィスなどが入居中です。ほかにも起業を目指す東京からの移住者も、個人会員で利用しています。

タンブラーが会員証。会話のきっかけに

プロジェクトの仕掛け人で、みのシェアリング取締役の辻晃一さん(42)にお話をうかがいました。
辻晃一(つじ・こういち) 丸重製紙企業組合代表理事。みのシェアリング取締役。東京の大学を出てITベンチャーに就職し、上場を経験したのちに美濃にUターン。家業の和紙製造業を継ぎ、青年会議所の理事長や観光協会などの理事などを兼任する。地域エネルギーの会社を立ち上げたほか、2019年には古民家をリノベーションした分散型ホテル「NIPPONIA美濃商家町」をオープンさせ、ホテル内に美濃和紙の店を開くなど、持続可能な地域づくりの活動を精力的に行う。
――「まちごとシェアオフィス」とはユニークなコンセプトですね。どんな仕組みでしょう?
辻:ありがとうございます。みなさんにいつも、そこを褒めていただきます(笑)。
いま地方では、町や村全体が一つの宿泊施設となって来訪客を迎える「地域分散型ホテル」という形態が注目を集めています。それと同じように「地域分散型シェアオフィス」というものを考えました。
Work and Stay in Traditional Area”(伝統的な地域で働き、滞在する)の頭文字を取って、「和紙」をかけた造語が「WASITA(ワシタ)」です。
WASITAのロゴ入りタンブラーを町内の提携店に持っていくと、ドリンク一杯が無料になって、そこでPCを広げて、オンライン会議もできる、というシステムです。運営側からあとでお店にお支払いするので、負担はありません。美濃でテレワークをお試し利用をされる方に町になじんでもらいたいと始めましたが、法人や個人の会員のみなさんも気に入って使っている方が多いようです。
提携店に持っていくと、ドリンク一杯が無料になる「WASITA MINO」のタンブラー(筆者撮影)
――タンブラーが会員証のような役割で、町のあちこちで仕事ができるのですね。
辻:そうです。ドリンクが無料になるだけでなく、「ちょっとした仕事をしたい」という目的で来たお客さんだとすぐわかるので、お店側から気軽に話しかけることも多いです。初めての訪問でも会話のきっかけになるアイテムが、このタンブラーなんです。

気軽に話しかけられる商人の町で働いてみる

――仕組みを思いついたきっかけを教えてください。
辻:シェアオフィスを作るにあたって、仲間と分析をしたのですが、リモートワーク・テレワークには4タイプあると思います。
一つ目は高い利便性を求めた「都会型」、二つ目は「自宅」、三つ目が風光明媚な「大自然型」。そして四つ目が「町型」です。
美濃はもちろん町型です。歴史や文化がありますし、自然もあります。それでいて都会からもそう遠くなく、名古屋から車で1時間ほどです。
これらの強みを生かして「豊かな暮らしのある町で働く」をテーマにしました。
「豊かに働く」ためには色んな要素が考えられますが、ひとつには「コミュニティがある」ということだと思います。シェアオフィスの中もそうですし、そもそも町にコミュニティが存在します。
ここは商人の町なので、みんな気軽に話しかけてくれます。「おばちゃんたちにからまれて仕事が進まなかった」なんていうのも、豊かさのひとつではないでしょうか。「まちごとシェアオフィス」で、そういう体験も提供できると思いました。
――黙々と一人で仕事するのではなく、コミュニケーションを求めている人にはぴったりですね。
辻:先ほどの四つのタイプのうち、町型の良さは「ずっといられる」ことです。大自然は1週間ほどで飽きてしまうかもしれませんし、都会だと心が病んでしまうかもしれません。自宅で引きこもる時間が長くなると、つらいものがあります。
でも町は「暮らし」そのものですから、長期滞在ができる。それが強みだと思います。
WASITA MINO=提供

「もう数日いたい」。Uターンや移住のハブを目指す

――利用者は楽しいし、提供側も地域活性につなげられますね。
辻:そうですね。私は地元でホテルも運営していますが、旅行だと、どうしても一過性のお客さんで終わってしまいます。でもこういうワークスペースの場所があれば、「もう数日、滞在したい」「また行ってみたい」という時に利用していただけます。気に入ってリピートしていただければ、いわゆる関係人口(何度も訪問するその土地のファン)になっていただけます。その先には、Uターン帰省や移住も検討されるでしょう。
――ここが核になって人が集まってくる狙いですね。
辻:たとえば年末年始に美濃に帰省した人が、自宅に戻る日を延ばしたり、頻繁に美濃に帰ってきたりということが実際に起きています。「いっそのこと、2拠点生活にしちゃいなよ」といった流れもあり得ると思います。
そうやって首都圏で働いてきた感度の高い優秀な人材が集まってくれば、地域の困りごとを上手に解決して、地域の人から頼られる存在にもなります。つながりが増えることで、地域が活性化していくでしょう。このシェアオフィスは、そんなきっかけづくりに貢献できると思います。
ここでコミュニティマネージャーを務める橋元麻美さんは、東京から家族で移住しました。リノベーションをしていたころに辻さんと知り合って話すうちに、この町にすっかり魅了されたと言います。
息子に自然に囲まれた教育環境を与えたいという願いもかなえます。歩いて1分のところに保育園があることも移住を決めた大きな理由でした。
家族で東京から移住をした橋元麻美さん(右)と、辻さん。(筆者撮影)

コロナ禍が後押し。ワーケーションに地域色

ワーケーションは和歌山県の南紀白浜町が全国に先駆けて2017年からIT企業を誘致したのを皮切りに、2019年ごろから地域振興策としても注目されてきました。
全国に広まったのは、新型コロナウイルスの影響で観光業が落ちこんでいた2020年の夏、当時の菅義偉官房長官が「わが国にとって観光は地方創生の切り札」として、ワーケーションを重要な施策と発言してからです。各地でワーケーション誘致が一気に活発化しました。
ワーケーションには、短期利用が可能なコワーキングスペースやシェアオフィスなどの「働く空間」が必要です。地方で進む空き家や廃校の問題を解決するともあって、自治体主導でリノベーションをして、デスクやWi-Fiを完備したワークスペースが次々と生まれています。使われなくなった電車の車両や広大な畑を見わたす立地といったユニークな事例も増えてきました。
岐阜・美濃の「WASITA MINO」の取り組みは、地域の特色を生かしながら、人口減といった課題解決への糸口もつかもうとしています。
後編に続く