2022/9/26

ビジネスと社会を大きく変える。「電子レシート」が秘める真の実力

NewsPicks Brand Design シニアエディター
「お財布すっきり、便利なアプリ!」
 POSシステム大手、東芝テックが展開するレシート管理アプリ「スマートレシート」のテレビCMで叫ばれるセリフだ。
 アプリに表示されるバーコードをレジでスキャンしてもらうと、スマートフォンに電子化された明細が届く。
 ユーザーは煩雑な紙のレシート管理から解放されるほか、キャンペーン応募やデジタルスタンプカードの発行、支出の管理などをアプリ上で行える。
 ユーザーはおよそ100万人。使えるお店はスーパー、コンビニ、ドラッグストアを中心に全国で約1万2000店にのぼる(ともに2022年9月現在)。
 現在のビジネスモデルは、ユーザーの購買データを活用した小売・流通業者の販促、DX支援。だが、この先はそれにとどまらない。
 同社スマートレシート推進室の長谷川圭一室長は、業界を横断するデータプラットフォームビジネスを構想。将来的には地方創生への貢献まで見据えている、と語る。
「プラットフォーム」としてのスマートレシートの可能性はどこにあるのか。長谷川室長に、じっくり解説してもらった。
1988年、東京電気入社(現東芝テック)入社。食品スーパーマーケット向けプロダクト企画を経て、CRM、セルフレジと多岐にわたる周辺ソリューション企画担当。2014年にスマートレシートの商用ローンチ。2021年4月より現職。

ブレイクスルーの鍵は「データエコシステム」の構築

──スマートレシートは、生活者の利便性を高めるサービスですが、システムを導入する小売店にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。
長谷川 もっとも大きなメリットはDXの促進です。
 生活者の合意のもとに当社が購買データを取得・蓄積し、他のデータと掛け合わせたり分析したりして付加価値を高めた上で、小売店などパートナー企業の販促やDXに役立てていただいています。
 特長は他社サービスと簡単にID連携ができることです。
 一例ですが、小売業者のオウンドアプリとスマートレシートのIDを連携すれば、決済、ポイント登録に加えて、レシート発行・授受などの同時処理が可能になり、レジ業務の生産性が向上します。
──主に小売業者の課題解消に貢献するわけですね。
長谷川 サービスの提供先は小売・流通業界にとどまりません。
 北海道帯広市のガス事業者の事例です。
 ガスメーターの検針後、事業者は利用者に検針票を送付することが法的に義務付けられているため、この事業者も1軒ずつ郵送していました。が、さすがにこれは作業効率が悪い。
 そこで同社の呼びかけで、契約者の皆様にスマートレシート会員になっていただき、当社が毎月、電子化した検針票を各契約者に発行する、という仕組みに切り替えました。
 これによって同社は、業務効率化を図り、経済的なメリットも創出しています。
 ただ、こうした成果はスマートレシートが生み出す価値のごく一部でしかありません。
 スマートレシート事業の最大のポテンシャルは、電子レシートという「人中心のサービス」を起点として、様々なステークホルダーをつなぎ合わせ、これまで以上の価値を循環できるデータエコシステムを構築できることにあります。
──企業横断的なデータ活用が可能ということでしょうか。
長谷川 おっしゃる通りです。
 こちらの図をご覧ください。これは「ヘルスケア」という観点で、一人の生活者の日常を切り取ったものです。
 買い物もすれば、料理もするし、ジムにも行く。多くの生活者はシーンごとにオウンドアプリを活用しています。
 それらのアプリとスマートレシートのIDを連携すると、オウンドアプリ側の情報も当社で取得できるようになります。
 レシピアプリと連携すれば、ユーザー(生活者)が調べていたレシピ情報などの利活用が可能になります。
 それを購買データと掛け合わせると、アプリ事業者や小売業者は、生活者のニーズに即したダイレクトな販促施策を打てるようになるわけです。
 例えば、レシピサイトでカレーを検索しているユーザーに、スーパーから豚肉の特売情報を送る。
 あるいは、セール品の白茄子を買ったユーザーに、レシピサイトが白茄子サラダの作り方をレコメンドする。
 生活者が連携するアプリを増やすごとに、こうした業界・流通横断のダイナミックなデータ活用が可能になり、生活者に新鮮な消費体験をもたらします。
 ただ、高度にパーソナライズされた情報が利活用されることに対し、ユーザーの中には自分のことを詮索されているような気になる人もいます。
 だから我々は、まずは「レシートの管理を楽にする」という利便性を提供し、その上でデータ利用の許諾を得ています。このプロセスならユーザーの納得感を得やすいからです。
 さらに、ID連携しているサービスをユーザーの管理画面上に常に表示し、不要な連携はいつでも解消できる状態にしてあります。
 データ活用の入り口がクリアだからこそ、ユーザーは「出口」(=販促情報)にストレスを覚えず、情報の送り手も積極的なプロモーションが打てます。
 こうした生活者、小売業者、各種事業者の「三方よし」の関係を構築し、新たな価値創出の流れを生み出していくのがスマートレシートの真価です。
──各種の事業者による顧客の行動履歴に基づくレコメンドは、ネットの世界では既に広がっていませんか。
長谷川 ところが小売の世界では、それがまだ十分にできていません。実店舗というローカル環境でデータを管理・保管することが常態化しており、クラウドベースの柔軟なデータ共有が進んでいないためです。
 その傾向が顕著に表れているのがショッピングセンター(SC)です。
 テナント側とデベロッパー側のデータ連携が不十分なため、商機を逃してしまっている可能性が高いように思われます。
istock / Nick_Thompson
 そこで我々はいま、スマートレシートの活用によるSC向けのDX支援提案を進めています。
 最新のPOSを通じてSCとテナントのデータ連携を強化するとともに、SCのオウンドアプリとスマートレシートの連携を促し、顧客の購買データも蓄積していく。
 こうした体制を築けば、デベロッパーはテナントに対し、商品企画や集客強化に活かせる顧客データの提供や、顧客データに裏付けられたコンサルティングなどができるようになります。
 さらに、施設内の回遊率を高めることも可能になります。
 父の日前日に男性物の靴下を購入した人がいたら、別のテナントで売られているネクタイの割引クーポンを即座にプッシュ通知する──。
 そういう施策も打てるわけです。
istock / Sitthiphong
──買い物直後に購買データを活用することが可能なのでしょうか。
長谷川 スマートレシートは会計後、数秒程度でアプリで明細が見られる設計になっており、その時点でデータ活用も可能になります。
 紙のレシートを発行し、財布にしまうまでにかかる時間はおよそ4秒。それを越えると既存のサービスに劣ってしまいます。
そこであらゆる技術を駆使して、紙レシートの授受時間内に情報を処理できる仕組みを追求しました。
  このリアルタイム性は我々の大きな武器です。
 従来のID-POSデータ(顧客の属性が紐づいた購買データ)は、店舗で登録されてから商品メーカーなどに届くまで数日から数週間かかっていました。これからは購買データを瞬時に活用できる。
 このスピード感は、商品メーカーや小売業者らのプロモーションの可能性を大きく広げます。
 各種のコード決済サービスもクーポンを発行していますが、私からすれば、オムツを購入してから2日後に関連商品のクーポンが届くようでは遅いんです。
 販促効果を高めるなら、体験直後に発行したほうがいい。
istock / shironosov

先行する競合。スマートレシートの勝ち筋は?

──スマートレシートの「データプラットフォーム」としての可能性は、加盟店や利用者が増えることで広がっていきそうです。規模拡大に向けた打ち手はありますか。
長谷川 これまで加盟店から1店舗あたり月額2000円の利用料をいただいていましたが、2020年より無償化しました。それによって加盟店数がグンと伸びています。
 ただ、現時点での利用会員数は約100万人、加盟店舗数は導入予定を含めて2万店。
 本格的なデータビジネスに必要な基盤としては、まだ不十分です。
 2023年度末までに、キャズム(市場獲得に必要な規模)と設定する店舗数・会員数を超えるために、不退転の覚悟で先行投資を続けています。
──とはいえ、データビジネスの世界では様々な競合が先行しています。スマートレシートはどう立ち向かいますか。
長谷川 我々ならではの競争優位性はあります。
 まずはレシートを通じて、誰が、何を、いくつ買った、利用した、という個人の生活に密着した質の高い情報を取得し、活用できるスキームを持っていること。
 その情報は、様々な事業者とのID連携を通じて、さらに厚みを増していきます。
 つまり当社は、一人ひとりの生活者のパーソナルな情報を横断的に把握しています。
 ここまで広範囲かつ質の高い生活者データを有するプラットフォームは見かけません。
 流通横断のデータ活用についても当社らしい強みがあります。
 流通横断の施策は、大手の小売業者ではある程度進んでいますが、中小企業はやりたくてもやれない現状があります。自前でやるには、インフラ整備に多額の予算が必要なためです。
 その点「スマートレシート」は、低予算かつ簡単にID連携が進められることから、あらゆる規模の企業が利用しやすいプラットフォームと言えます。
 さらに、購買情報を瞬時に活かせるなど、データ活用のスピード感が極めて高いのは先ほどお話しした通り。
 これらは競合他社に対する当社の優位性を示していると考えます。
istock / peepo
 ここにもう一つ付け加えるとすれば、レシートを使った不正、例えば返品詐欺や中古品市場での盗品流通といった不正に対応できる基盤でもあること。
 スニーカー市場が顕著ですが、近年、商品のみならず購入店の購買証明も合わせてその価値が保証される世界が確立され、「本物のレシート」の価値が増しています。
 スマートレシートの仕組みを活かせば、デジタルだから簡単にコピーできてしまうという世界とはまるで反対の発想、つまり、人間を介在させずに、ブロックチェーンなどの各種の技術を組み合わせてデジタルtoデジタルでデータを受け渡すことで売る方も買う方も安心できる──そんなエビデンス性の高いかたちで購買証明を発行することが可能になるでしょう。
──ユーザー数や加盟店数がさらに増え、データサービスのプラットフォームとしても大きなシェアを占める存在になった場合、どのような価値を社会に還元していくことができるのでしょうか。
長谷川 実社会の生活者から集めたデータを、同意を得て活用することで、豊かな未来を創造するデータ循環型のエコシステムを構築したい──それが我々の事業目標です。
 それを全国に広げていくための足掛かりとして、まずは1エリアでショーケース的に顕在化させて価値を発信する取り組みを、福島県会津若松市で進めています。
会津若松市(istock / NicolasMcComber)
 この「スマートシティ会津」構想は、地域通貨の「会津財布」とスマートレシートを連携し、購買データをリアルタイムで分析しておすすめの商品をレコメンドするなど、地元の魅力的な商品を観光客や地元の人たちに知ってもらい、地域活性化を支援する取り組みです。
 スマートレシートで得た購買データを市民や住民、法人、サービス事業者などに付加価値として還元することで、優れたシナジーが生まれることを目指しています。
──地域創生にも貢献できるプラットフォームである、と。
長谷川 スマートレシートの本質は、あらゆる業種の垣根を取っ払って、多様なデータを利活用し、新たな価値を創出するところにあります。
 地方を舞台に各種のステークホルダーをつないで、地域活性を促進することもできれば、スマートレシートを基盤に複数の企業がタッグを組み、業界横断のプロモーション施策を打つこともできます。
 つまり、あらゆる業界のマーケティング担当者やDX担当者、新規事業担当者、広報担当者などに活用いただけるプラットフォームということです。
 一人でも多くの方に体験していただき、このサービスが秘める大きなポテンシャルを感じていただきたい。
 また、スマートレシート事業を共に推進してくださる方との連携も広げていきたい。
 様々な事業者の皆様と協力しながら、プラットフォームとしての規模を拡大し、すべての事業者に開かれた協創の基盤へと成長させていく──これがいま、私たちが描いているスマートレシートの未来像です。