米国製エリート教育は本当にすごいのか? (1)

【第3回】米国製エリート教育は本当にすごいのか?

日本のレベルを上げるため、まずあなたが世界に出よ

2014/12/19
G(グローバル)大学、L(ローカル)大学の議論が盛り上がる中、日本の大学教育のこれからに注目が集まっている。米国と日本の大学教育、ビジネス事情に詳しい、起業家の齋藤ウィリアム氏に、日本の教育へのアドバイスを聞いた(全3回)。
第1回:日本の大学教育は、なぜプアなのか?
第2回:米国製エリート学生と、日本製エリート学生の違い

日本人の考えるエリート教育はもう古い

佐々木:日本でもピーター・ティール氏の『ゼロ・トゥ・ワン』という本が売れています。彼は「ティールフェローシップ」という奨学金をつくり、大学を中退した20歳以下の若者に、起業資金10万ドルを与えています。彼のようなチャレンジをどう見ていますか?

※ティールフェローシップ
ピーター・ティールが創設した、20歳以下の人たちのための定員20名のフェローシップ。ミッションは、飛び抜けて優秀な若者を発見して、彼らに大学進学という一般的な進路を捨てさせること。第一期生は、起業をしたり、数百万ドルのベンチャー資金を調達したり、複雑なバイオテクノロジの問題の研究に取り組んだりしている。

ウィリアム:教え方は当然違うけど、彼がやっていることは大学と呼んでもいいと思う。ピーターもそうだし、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズもそう。大学を出なくても成功するパターンが多い。

佐々木:うまくいくのは、本物の、超一流だけではないんですか?

ウィリアム:いや、そんなことはない。昔も今も、大学を出ていなくても成功する人は日本にもたくさんいますよね。

佐々木:一方で、グーグルなどのエグゼクティブを見ると、みんな博士号を持っていたり、学歴エリートだらけですよね。

ウィリアム:エグゼクティブマネージメントの上の人たちは、大学を卒業している人は意外と少ない。

佐々木:そうですか。そこは、学歴エリートばかりじゃないと。

ウィリアム:日本とアメリカの企業を見ていると、創業者でハーバード卒や東大卒とかってあまりいないよね。シリコンバレーでも、みんながみんなスタンフォードというわけでもない。もっと多様性があります。

佐々木:アメリカの起業家は、一流の人を中心に、哲学というか、世界観があって、ビジネスはその手段みたいな感じます。たとえば、グーグルなら「世界中の情報を整理する」という大きいビジョンがあるので事業が大きくなる。

日本にも起業家は増えていますが、粒が小さい気がします。それは、哲学のなさ、ビジョンの弱さ、教養の不足からきてるように思うのですが、いかがですか?

ウィリアム:日本では高校で哲学の授業がないの? 私、それを知らなかったんだけど。

佐々木:そういうのがないので、大きいビジョンについて考える機会がないのかなと思います。

ウィリアム:また教育の話に戻るけど、高校で独立した科目として哲学とか統計学がないのにはびっくりする。でも、授業で教えられないからできないというのは言い訳。授業で教えられなければ、自分で勉強すればいい。日本人は、他人のせいにしすぎるから。

佐々木:そうですね。

ウィリアム:若いうちに、自分は何が得意で何が苦手かということを知った上で、それを補う勉強が必要だと思う。アメリカでは、理系の人間は大学で最初の2年間、文系の勉強をやたらとさせられます。私も医学の道に進んでいるのに、歴史の勉強をさせられた。今になって、あれには意味があったんだなと思います。

佐々木:今になってそう思われますか?

ウィリアム:私は自分の不得意分野は「つまらないな」と思っていた。一応、点数がとれるように勉強はしたけど。でも、視野を広げるためには今思うといい機会だった。

佐々木:ウィリアムさんは、エリート教育みたいなものが必要だと思いますか? エリートを幹部候補生として徹底的に英才教育することは。

ウィリアム:日本が考えるエリート教育はもう古い。

本当のエリート教育とは、例えばシンガポールでやっていることですよ。どんな国でも、そこで一番優秀な人を集めて育てるというのは限界がある。シンガポールがしていることは、世界中のトップ0.1パーセントをシンガポールに呼んで、お金も施設も十分すぎるものを用意するやり方です。そうすれば世界中から優秀な人材が集まってくる。日本のトップ1パーセントを集めても勝てない。

佐々木:サッカーのプレミアリーグみたいなものですね。自分たちのクラブで育てるよりも、才能を集める、と。

ウィリアム:エリートとは単にその国のベストを指すものではない。いかに「グローバルベスト」に近づけるか、それを狙える層をどうレベルアップするかが大事だと思います。

佐々木:限られた人間だけではなくて、全体を引き上げるということですね。

一回外に出ないと「何が足りないか」がわからない

佐々木:日本をアジアのプレミアリーグのようにするためには、東京を世界中からトップが集まる都市にしなければなりませんね。日本でもアントレプレナーシップというか、起業家的な活動が盛り上がってきていますが、日本の起業家についてはどう感じますか?

ウィリアム:みなさん、すごくがんばっています。でも、ドメスティックであることは事実。教育とつながっている部分だから、すぐには変わらないけど。

日本の人口が減ってマーケットが縮小するんだから、最初から海外を見据えないといけない。でもみんな、英語教育を長く受けている割に英語が話せないから、海外にも行けないし、情報交換もうまくできない。日本を出ると、かわいそうになる。

佐々木:最近は、シリコンバレーで起業したり、最初から世界を見据えてサービスをつくる若い人も出てきました。

ウィリアム:でも、なかなかうまくはいかない。勝てないね。小学生が大学生とサッカーするようなものだから難しい。

佐々木:国内のレベルを上げなきゃいけないということですか。

ウィリアム:そう。

佐々木:Jリーグのレベルが上がらないと、ワールドカップに行ってもこてんぱんにやられるのと同じですね。ウィリアムさんのお話をうかがっていると希望がなくなる気がしますが、日本のビジネスマンや学生はどうすればいいでしょう?

ウィリアム:簡単ですよ、海外に留学すること。あなたがしたように。

佐々木:武者修行ですね。

ウィリアム:日本は本当にすばらしい国です。でも、天国じゃないんだから悪いところもある。いいところ、悪いところは、一回海外に出て、比較対象ができないとわからないものなんです。だから、海外に行くのはいいこと。日本のどこがすばらしくて、何が足りないのかを勉強して帰ってきてほしい。

佐々木:負けてもいいし、失敗してもいい。いろいろなことを経験してこいということですね。

世界に出ていった人がまた帰ってきて、問題意識を持って新たな事業とかいろんな動きをすれば、日本がよくなるでしょう。人の行き来が大事だということですね。昔の明治維新のときの福沢諭吉とかそういうことですか。

ウィリアム:そう。ジョブズも言ってたじゃない? ゲイツが成功しないのは、自分みたいにインドで1カ月、メディテーションしなかったからだって。

佐々木:そんなこと言ってるんですか。面白いですね。

ウィリアム:そういう深い人生経験から、iPhoneのような魅力的な製品がつくれたのかもしれない

佐々木:武者修行というか、世界を見ることが一番大きいところですね。

ウィリアム:人生経験の大切さについて、具体的な例をあげてお話しましょう。双子の東大生がいます。小中高は一緒に通い、塾も同じところ。そして、めでたく東大に入りました。ところが、Aさんは授業を受けてクラブ活動をして普通に卒業する。Bさんは在学中にベンチャーを立ち上げて、ちょっとうまくいったんだけど、結局は失敗した。

日本の企業に「どっちを雇う?」と聞いたら、どちらを選ぶと思いますか?

佐々木:Aさんですね。

ウィリアム:私が質問した人の99.9パーセントがAですよ。アメリカの企業なら、Bを選ぶ。

佐々木:失敗してすごい経験をしてるわけですもんね。

ウィリアム:そういう違いがありますね。もうひとつ、東大生のママとスタンフォード生のママ。子どもがスタンフォードを卒業したママの一番の自慢話はなんだと思う?

佐々木:スタンフォードのママは、起業したこと、ですか。東大のママは子どもが公務員になったこと、官僚になったこと、弁護士になったこと。

ウィリアム:そう!もし、スタンフォードのママが「うちの子どもは公務員になった」と言ったらまわりのママは「へえ。郵便物を配達する人になったんだ」とイメージすると思いますよ。逆に、東大のママが「うちの息子はベンチャービジネスを始めたんだ」と言ったら日本のお母さんは何と思いますか? 「かわいそうに、大企業に入れなかったんだね」となる。

佐々木:価値観の違いがそこまであるっていうことですよね。

ウィリアム:そう。これが実際のイメージギャップ、100パーセント。それほど違うんですよ。

【プロフィール】
齋藤ウィリアム浩幸(SAITO William Hiroyuki)
株式会社インテカー代表取締役社長、内閣府本府参与
米国生まれ。日系二世の起業家、ベンチャー企業支援コンサルタント。10代で商用ソフトウェアのプログラムを始め、大学在学中にI/Oソフトウェアを設立。指紋認証など生体認証暗号システムの開発で成功し、2004年会社をマイクロソフトに売却。その後、日本に拠点を移しベンチャー支援のインテカーを設立。2011年ダボス会議(世界経済フォーラム)「ヤング・グローバル・リーダー」メンバーに選出。後に、ボードメンバーに就任。日本では2012年、日経ビジネス「次代を創る100人」に選ばれる。日本語著書に『ザ・チーム-日本の一番大きな問題を解く』(日経BP社2012年)、『その考え方は、「世界標準」ですか?』(大和書房2013年)。日経産業新聞コラム「ウィリアム氏と明日を読み解く」を執筆中。