2022/8/12

「人的資本」に投資しない企業は、ヒトもカネも集まらない理由

NewsPicks Brand Design Senior Editor
2022年1月、岸田総理大臣が施政方針演説で、こんな発言をした。

「人的投資が、企業の持続的な価値創造の基盤である」。

これによって、政府内での「非財務情報の開示ルール」を策定する検討が進められている。

では、企業はどのように「人的資本」に投資し、経営競争力をつければいいのか。また、その「方程式」はあるのか。NewsPicks Brand Designでは、6月30日に「人的資本経営の実践」をテーマとしたオンラインカンファレンスを開催。

タレントマネジメントシステムを提供している株式会社カオナビとともに、約2時間にわたり、企業や組織における「個」の活かし方を探った。その内容をダイジェストでお届けする。
INDEX
  • 「人的資本」とは投資である
  • 好き嫌い vs. 良し悪し
  • マネジメント側が、個の「好き」を伸ばす
  • 「働きがい」は3年後、売上に影響してくる
  • 「働きがい」向上のために、企業がすべきこと
  • 各領域のプロフェッショナルが必要な時代
  • 時代の流れを読み「KDDI版ジョブ型」にシフト
  • 「人は投資」を社内外に示す

「人的資本」とは投資である

楠木 そもそも企業が目指すゴールは何か。それは「長期利益」です。
 長期で利益を得るには、競争の中で独自の価値を見出さなくてはならない。
 ESG(環境・社会・ガバナンス)の重要性が叫ばれて久しいですが、これは取り組まなければいけません。なぜなら、ESGに取り組まない会社は“長期的に儲からない”状況となっているからです。
 そのひとつが「人的資本」、つまりヒトへの投資です。ESGの文脈はもちろんですが、そもそもヒトへの投資はとても重要。
 なぜなら、モノへの投資はどうしても限界があります。設備にどれだけ投資しようが、生産力は頭打ちになりますから。
 しかしヒトの能力は、モノと違って5倍、10倍になる可能性がある。しかしながら、調子が悪くなると1/10にまで減ってしまう。つまり非常に可変性が高い。
 ということは、人をうまくマネジメントすれば、生産性は飛躍的に向上できるというわけです。
 ここでよく間違える人が多いのですが、「資本」とは「富」ではありません。
 たとえば、ナポレオンは戦争に勝って、莫大な富を獲得しました。しかし、単なる富は「資本」ではありません。
 だから早々に失脚しました。資本とは、それを使い長期利益を生み出すものです。つまりヒトにかかるお金は人件費ではなく「投資」なのです。

好き嫌い vs. 良し悪し

 さて、私は仕事において重要なのは「好き嫌い」だと、常々お伝えしています。「好き嫌い」とは、つまり「良し悪し」ではないものです。
 たとえば 「遅刻をしてはいけない」というのは、多くの国や地域で普遍的にコンセンサスが取れている価値観なので「良し悪し」ですよね。
 一方「カツ丼と天丼なら、カツ丼が好きだ」という価値観。これは「良し悪し」で決められません。「好き嫌い」です。
 では、なぜ仕事を「好き嫌い」という価値で判断するのか。それは、仕事で重要なのは「この人の代わりになる人はいない」と思われることが大事だからです。
 つまり、良し悪しでは替えがきくわけですが、好き嫌いでは替えがきかない。
 仕事を好き嫌いでする人は、本人は努力している気がないくらいに、“凝っている”という状態になります。
 好きなこと(娯楽)をやっているので、継続でき、そのうち成果が出ます。つまり重要なのは「努力の娯楽化」です。
「好き」を追求していくと、本質的に負けない仕事が生まれる。そして、これが究極の差別化に繋がるわけです。

マネジメント側が、個の「好き」を伸ばす

 となると「個」の好き嫌いが飛び交っている組織は、競争力やパフォーマンスが高い。
 大事なのは、企業のマネジメントメンバーが、一人ひとりの好きな仕事や嫌いな仕事を認識していること。
 そして好きな仕事をやらせ、しっかり投資をする。これまでの企業であれば、個人は「好き嫌い」を外に発露してはいけなかった。
 でも今は逆です。
 個人の「好き」を伸ばせるかによって、企業の競争力は変わる。これは人事のみならず、経営者の力量にかかっているように思いますね。

「働きがい」は3年後、売上に影響してくる

大澤 楠木先生のお話、すごくおもしろかったですね。じゃあ、これをどうやって実践していけばいいのか。
 このセッションでは、いますぐ役立つ最新データを共有させていただければと思います。
佐藤 大澤さんは「人的資本経営」を進めるためには、「働きがい」が重要な指標になるとお話しされていますが、どんな関係があるのでしょうか?
大澤 そうですね。まず本題に入る前に、「働きがい」と「働きやすさ」について考えてみましょう。
 ちょうど、この「働きがい」と「働きやすさ」が10年でどのように変化してきたかがわかるおもしろいデータを持ってきました。
 このグラフは、OpenWorkに投稿された社員口コミをもとに、AIや機械学習でスコア化したものです。
 これを見ると「働きやすさ」は改善されていますが、「働きがい」はジェットコースターのような下がり方をしています。
 働き方改革の推進によって、確かに働きやすさは向上しました。しかし、楠木先生がおっしゃった「働く楽しさ」や「努力の娯楽化」は失われてしまったことがわかると思います。
佐藤 でも「働きがい」や「働きやすさ」が本当に売上に影響するんでしょうか?
大澤 次にこちらのデータを見てください。「働きがい」は、3年の遅効性をもって、売上に強く影響するとわかっています。
「働きやすさ」は、2、3年後に営業利益率に効いてきます。そして内部留保に回していくと、再び「働きがい」に還元されていく。
 売上や利益が上がると、働きがいも上がるというのは事実ですが、両方やらないとダメだという結果が出ています。
 さらに「働きがい」や「働きやすさ」は株価のパフォーマンスにも影響しているので、投資家がオルタナティブデータとして使っている可能性もあります。

「働きがい」向上のために、企業がすべきこと

大澤 でも「働きやすさはともかく、働きがいはどう引き出すのか」と思った方も多いはず。こちらにもデータがあります。
 まずは「社員の士気」から。
 先ほど楠木先生も話していましたが、マネジメント側が個人の「好き」をちゃんと聞くこと。1on1などを通してヒアリングし、士気を引き出す努力をすることが大事だと思います。
 次に「20代成長環境」。日本で唯一下がり続けているのは、この項目です。
 20代などのZ世代にアンケートを取ったところ、「将来が不安」と答える人がすごく多かった。「自分はいま“ぬるま湯”にいるんじゃないか」「働きやすいけど、成長できていないんじゃないか」と不安に思っているようです。
 彼らには終身雇用という概念がないからこそ、成長環境を求めている。成長を促す仕組みを整えることが急務です。
 そして「人事評価の適正感」。自分のやった仕事が適切に評価され、会社にいる意義を感じられると、働きがいに繋がります。
 そのためには人事評価の適正感を担保するためのITツールの利用や、人材育成が重要になってくると思います。
 気をつけたいのは、これらを実践して、エンゲージメントが上がり、利益が出たら終わりではないこと。
 利益は内部留保に回すなどし、従業員の給与を上げたり、賞与を出したり、または新規事業に投資したりすべきです。
 この好循環が生まれれば、強い会社になる。この円環こそ人的資本経営の本質だと考えています。

各領域のプロフェッショナルが必要な時代

佐藤 KDDIは、日本経済を牽引してきたエンタープライズ企業です。よく、大企業は柔軟性が足りないといわれますが、KDDIは積極的に「人的資本経営」に舵を切ってきましたよね。
白岩 人的資本経営という言葉が出てきたのはこの2、3年。経済産業省から「人材版伊藤レポート」が公表されてから、認識されてきたと思います。
 ただ、我々がそれ以前から人的資本を意識していたかというと実はそうでもありません。
 前提として、我々は通信事業者です。みなさんご存じの通り、現在は5Gのフェーズに入っています。その前は4Gだったわけですが、だいたい10年ごとに変わっていく。
 世の中の流動性は非常に高まっています。そうなると、通信事業だけでシェアを取り合うことはもう難しいでしょう。
 しかし通信は、金融やエネルギーなど、さまざまな産業と組み合わせられる。IoT(モノのインターネット)といわれますが、そうなったときに、必然的に別領域のプロフェッショナル=人財が必要になった。
 そういった背景から、KDDIはヒトへの投資にずっと力を入れてきたんです。

時代の流れを読み「KDDI版ジョブ型」にシフト

白岩 たとえば、当社に入社する新入社員。毎年270〜300人を採用しており、この10年間は変わっていません。
 ですが中途のキャリア採用の数は、2013年度の時点では約20人、2021年度が約200人。そして2022年度には、400人を採ろうと動いています。
 つまり、外部の人材に資本を投下しようという強いベクトルが働いているわけです。
 そして、新卒として入ってくる方も、学生時代に学んできたスキルを仕事に活かせるのであれば、入社時点から希望部署で働けるような仕組みを設けています。
 これを我々は「WILL採用」と呼んでいますが、いまは約半分の方がこの採用方式です。そして中途の方は、当然ジョブ型での採用になる。
 すると、いままでのような年功序列制をベースに据えた人事制度ではもう成り立たなくなってくる。
 そこで、この3年で制度変革を徹底的にしてきました。もちろん人事の意志だけでなく、経営層と意見交換をしながら、最終的にフルモデルチェンジに至りました。
 それが「KDDI版ジョブ型」というものです。
 こういった採用制度や教育体制が、結果として「個」を見る人事、つまり人的資本経営に繋がっているのだと感じています。

「人は投資」を社内外に示す

佐藤 採用以外でいうと、どのような取り組みをされているのでしょうか。
白岩 弊社では、一番下にフィロソフィー、そしてビジョン、最上段に経営理念を示したフレームを策定しています。
 そのなかに、2025年度までの中期経営戦略もあります。
 ここでは事業戦略(財務)と経営基盤強化(非財務)をベースとしながら、6つのマテリアリティ(重要課題)を定義していますが、そのひとつが「人財ファースト企業への変革」です。
 つまり、「人的資本経営」が経営の柱にもなっているということなんですね。それを対外的に公表しています。
 戦国武将の武田信玄が「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」と言ったように、やはり人が企業の価値を高めていくと考えています。
 社員は単なるヘッドカウントではなく、資産として投資をしているんだと、社内外にもきちんと示していくことが非常に重要です。
 そして、社員のエンゲージメントが高まる瞬間とは、大澤さんもお話しされていましたが、「働きがい」を感じて仕事をしているときです。
 一人ひとりが持っているスキルを最大限発揮してもらうことで、会社のパフォーマンスが上がる。そういった意識を、経営層が強く持つようにしています。
 人的資本経営を重視すれば、対外的にもサスティナブルな企業として企業価値が向上しますし、その結果として社会の貢献にも繋がると信じています。
佐藤 なるほど。個人に立脚することで、企業の業績が上がったり、新規事業を創出できたり、社会から信頼されたりする。
 人的資本経営は、KDDIのようなエンタープライズ企業だけでなく、あらゆる企業に求められていると感じました。
 タレントマネジメントシステムを提供するカオナビとしましても、個にフォーカスし、よりよい企業や社会をつくるノウハウを共有できる場を、今後も提供していきたいと考えています。